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潮騒館殺人事件【14】


 女給室の向かいである書斎の扉は開いたままで、中を覗いてみると俺が愛を呼びに来た時のまま、テーブルの上にファイルが出たままになっている。


「……何故、散らかってるんだ?」


 海女月は部屋の中を見て、顔をしかめた。ファイルがテーブルの上にいくつか出ているだけで散らかっているわけではないと思うのだが、海女月にとっては散らかっているという判定なのだろうか。


「私が来た時には散らかっていたので、片付けをしていたんです。途中で弾正様に呼ばれたので……」


 まだ片付けが終わってなくてすみません、と謝る愛に「いや、そういうわけでは……」と何故か、海女月が慌てている様子だった。


「……」


 おかしい。

 何か引っかかる。

 確かに蝦村が書斎に入って調べ物をしたのは聞いていたが、何かが。


「蝦村」

「なに?」


 話題が振られると思ってなかったのか、肩をびくりと震わせながら蝦村がこちらを見た。


「答えてほしい。ここに来たのは爆破の後で解散してすぐのことで、資料は片付けたな?」


 なんでここでそれを言ってしまうのか、と蝦村は一瞬眉間にしわを寄せたが、テーブルの上を見て、こちらを見る。


「ええ。ばれたら元も子もないじゃない。ちゃんと片付けたわよ」

「え、片付け……?」

「海女月。お前、書斎に入っただろう」


 呆然としていた海女月が俺の言葉に唇を引き締めた。さてはこいつ、嘘をつくことが下手なのではないだろうか。


「タイミングからして、蝦村が片付けた後だろう。お前も十年前のことについて調べていたのか」

「それは……」


 どう答えていいのか分からないのか、海女月は俺から視線を逸らした。俺はため息を吐いた。


「海女月」


 砂橋だったら、こういう時、笑ったりして相手の緊張をほぐして話を聞きだすんだろう。悪いが、俺にはそんなことはできそうにない。俺は海女月を睨みつけた。


「俺は大切な人間を失ってるんだ。下手な隠し事をするな」

「……」


 海女月は俯いた。こいつは、事件が起こってからずっと高圧的な態度だが、自身が警察だということからくる態度なら俺には通じないということを理解してもらわなければいけない。


 ここには弁護士も記者も警察もいる。それがどうした。


「俺を犯罪者にさせないでくれ」

「……確かにここに来た」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、言葉を捻りだした。


「十年前の横領でも調べようとしたのか?遺体を見たと言っていたな?何か、よからぬことでも関わっていて、その証拠を隠滅しようとこんなに散らかしたんだろう?」


「ち、違う!」

「何が違う?」


 俺は海女月の傍にあった椅子を蹴り倒した。


「納得いくまで話してくれるんだろうな?」

「だ、弾正さんっ!」

「弾正、とりあえず、落ち着け」


 白田と羽田が後ろから俺を呼んだ。海女月は俯いたまま、顔をあげない。この聞き方はまずかったか。


「きっと皆さん、疲れてるんです。少し休みましょう?ホットミルクでもいれますから!いったん落ち着きましょう?」


 白田はそう言って、食堂へ向かおうとそそくさと部屋を出て行った。


 どうにも、うまくいかない。

 俺はまたため息をついた。



「キャァァァ!」



 一度、緩んだ糸がまた張り詰めた音がした。


「白田!」


 羽田と蝦村がすぐに反応して、通路へと飛び出した。叫び声が聞こえたのはホールの方からだ。ホールへの扉は開けるまでもなく、開きっぱなしにされており、ホールに入ったところで白田はしりもちをついていた。ぎ、ぎ、とぎこちなく振り返りながら口をぱくぱくする白田は玄関あたりを指さしていた。


「あ、あ……っ」

「なんだ、あれ……水たまり?」


 近づいてみると、床には濡れた後がしっかりとできていた。今しがた濡れたのだろう。天井を見るが、雨漏りなどもしていない。


「ゆ、幽霊ではっ?」


 白田が腰を抜かしている理由に合点がいった。確かに足跡のように見えなくもないが。


「もしかして、第三者がいるんじゃない?」


 蝦村が白田に駆け寄り、背中をさすりながらそう言った。


「はっ、こんな雨の中、こんな場所に強盗でも来るってか?」


 羽田の言葉に蝦村が首を横に振る。


「いてもおかしくない人ならいるじゃない。むしろ、私たちを呼んだくせにまだ姿を現さない方がおかしいと思ったのよ……」


「木更津貴志か」


「もしかして、私たちが呼ばれたのって……口封じのためだったりするんじゃないの?」


 蝦村の言葉に遅れてやってきた海女月が固まる。貴鮫も「まさか!」と声を荒げるが、完全に否定することはできないのか、それ以上は言わなかった。


「木更津貴志は、十年前のことを調べられたくないのよ。だから、それに関係してたり、調べようとしてる私たちのことを消そうとしてるんじゃないの?」


 白田が「ひぃっ」と情けない声をあげた。海女月も貴鮫も関係者だということを隠す様子もなく、その場から動けなくなっている。今ではもう白田と共にうずくまっている蝦村に近づいて、肩に手を置く。


「そんなわけがないだろう。落ち着いてくれ」


「そんなわけないってどうして言えるの!だって、砂橋くんが風呂に入ってる間、私は書斎に行ったし、貴鮫さんと海女月さんは一緒の部屋にいたし、愛ちゃんと白田ちゃんもキッチンで会ったって言うし、弾正くんと羽田くんは娯楽室にいたんでしょう?全員、砂橋くんを殺すことなんてできないじゃん!」


 確かに今までの話をまとめるとそうなるだろう。他の人間のアリバイについても、それぞれ聞いて考える機会はいくらでもあったのだろう。蝦村の不安は分からないでもないが。


 俺はとりあえず、蝦村の腕を掴んで立たせた。次に白田も立たせる。完全に否定するのは不安を煽ってしまうだけだろう。とりあえず、落ち着かせるか。


「そうだとしたら、こんなところで蹲っているよりも、全員で固まっていた方がいいだろう。食堂に行くぞ」

「え、ええ、分かったわ……」


 蝦村がこくこくと頷いた。


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