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三つのチョコ【12】


 いきなり、向かい側の席に座るのは驚かせてしまうだろう。俺は窓の外を眺めている女性に話しかけようとした。しかし、俺が声をかける前に彼女はこちらを振り返った。


「なにか?」

「すみません、少し話を伺いたくて」


 俺は女性の座っているテーブルに黒い箱を置いた。


 彼女のアイスココアは半分程減っており、上にのっていた生クリームはもうほとんどなくなっており、残っていた分もココアに溶け込んでいる。


「この箱に見覚えはありませんか?」

「いいえ」


 数秒もせずに女性に否定されてしまった。

 もう打つ手はない。

 後ろの方で小さく砂橋がぷっと噴き出す音が聞こえる。


「その箱がどうかしたんですか?」


「ああ……この箱の中身は拾ってきたチョコなんですけど、今送り主を探していて……もしかしたらこの喫茶店にチョコレートの送り主がいるかもしれないと思い、探しているんです」


「あら、そうなの……。でも、ごめんなさいね。その黒い箱については何も知らないから力になれそうにはないわ」


 彼女が本当のことを言っているのかどうかは俺に確かめる術はないが、これ以上問い詰めることもできないだろう。仕方なく引き下がるしかない。


「……このチョコを俺が食うことになるのか」


 そうだ。俺が送り主を当てられないということは砂橋の言う通りに三つの気味の悪いチョコを俺が食わなければいけない。


 俺の心の中の声が漏れ出ていたのか、アイスココアの残りを飲もうとしていた女性は顔をあげた。


「どうしてあなたがそのチョコを食べるの?」


「え、ああ……さっき送り主を探しているって言いましたよね。しかし、その送り主を当てられなかった場合、俺がチョコを全部食べろと言われて……」


「……それって誰に言われたの?」

「友人です。ほら、カウンター席の奥から二番目に座っている……」


 もうこうなったら砂橋を俺の方から巻き込んでやる。


 砂橋はこちらには見向きもせずに生クリームを頬張っている。砂橋を指さして「あいつです」と言う。俺にばかりチョコレートの犯人探しを押し付けるのであれば、こちらも砂橋が気味の悪いチョコを人に押し付けるようなひどい奴だと他人に教えるくらいしていいだろう。


 アイスココアの女性に砂橋の座っている席を教えたところで俺は彼女には黒い箱の中身がただのチョコだとしか教えてないことに気づいた。


 これでは砂橋がただチョコを友人に譲っただけのいい奴になってしまうではないか。


 砂橋は決してそんないい人間ではないのに。


「あ、実はこのチョコは普通のチョコではなく……」


 俺がアイスココアの女性を振り返り、チョコのことを話そうとしたが、それをする前に女性は席から立って、黒いハイヒールで鋭い音を立てた。


 すれ違った彼女は店の奥へと迷いなく進み、砂橋の手前で止まった。


「あんたって、本当に嫌な人ね!」


 女性は砂橋の苺の花束パフェの横に勢いよく手の平を打ち付けた。その音は店内に流れるピアノの音色を掻き消す程だった。


 しかし、砂橋は涼しい顔をして、パフェの中間あたりに潜んでいたストロベリーアイスをぱくりと口に含んで味わってから、やっと怒り心頭の女性を振り返った。


 すっとその目が細められる。


「なぁに。やっと話しかけてくれたの、かおりちゃん?」

「気安く名前を呼ばないで!」

「じゃあ、宇都部うつべさん」


 砂橋がくすくすと笑うのを見て、香と呼ばれたアイスココアの女性は叩きつけていない方の拳を固く握りしめてわなわなと震わせた。


 二人は知り合いなのか。


「あんた、なに考えてるのよ!Sへって書かれた紙が貼ってあるんだから、髪入りチョコはあんたが食べるべきでしょう?なに、いつもの腰巾着に食わせようとしてるのよ!」


 俺は確か彼女には「Sへ」と書かれた紙袋のことも、チョコに髪が入っていることも伝えていなかったはずだが。


 いや、それよりも今彼女は俺のことを砂橋の腰巾着と言ったか?


「宇都部さん。君は知らずにチョコの罠を仕掛けたみたいだけど、このビルには僕以外にもSが二人いるんだ」

「はぁ!?」


 香は握っていた拳を開いて、額をおさえた。


「まさか……こんな人がいないビルに……」


 ああ、なるほど。


 彼女はこのビルにいるSが砂橋ただ一人と思っていたのか。それならば、最初から彼女の思惑は外れていたのだろう。


 待てよ。

 先ほど、砂橋は「やっと話しかけてくれた」と言っていた。


「もしかして、砂橋……喫茶店に入った時から彼女が知り合いであると分かっていたのか?」

「うん、分かってたけど?」


 俺の言葉に砂橋は悪びれもなく頷いた。


 四条マスターは自分へのチョコがどれかも誰が自分にチョコを渡そうとしているのかも知っていた。


 しかし、砂橋は違った。


 一つは確実に自分宛てだということしか砂橋は分かっていなかった。


 つまり、砂橋は知り合いである女性が喫茶店にいることを確認して、自分宛てのチョコがあると確信したのだ。しかし、どれのチョコかは分からなかった。


 砂橋宛てのチョコは今俺の手の中にある黒い箱の中にあるということだ。髪の毛入りのチョコが。


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