三つのチョコ【11】
「そういえば、この喫茶店にはどの順番で客が入ってきたんだ?」
「私は二番目で、その後にニットの女が入ってきたわよ?」
実の言葉を聞いてから四条マスターを見ると彼はこくりと頷いた。実が嘘をつくとは思えないが、四条マスターのお墨付きがあるのだから大丈夫だろう。
「それじゃあ、最初の紙袋と黒い箱を置いたかもしれない女性は窓際に座っている女性か」
ちらりと視線を向ける。アイスココアにのったホイップに長いスプーンを突き立てている女性は肘をついて窓の外の道路を眺めている。
十時半頃になったこの時間帯には少しだけ交通量が減る。出勤する時間が終わったのだ。
「……でも、どうやってこの箱の持ち主だと確かめればいいんだ」
俺は頭を抱えた。
実に関しては彼女が勝手にこちらに近づいてきてくれたからよかったのだが、他の女性は来る気配はない。
「せっかく作ったチョコなんだからチョコが相手の手元に行くところまで見たいはずなんだけどなぁ」
頬杖をついた実はホットドリンクのカップを持ち上げてすすった。
「僕もカフェオレ飲もうかな……」
どうやら、カフェオレだったらしい。
カウンターの向こうではマスターが砂橋に注文された苺の花束パフェを作っている。コーンフレークや生クリームなどの材料は普通のパフェとあまり変わらないが、苺の量が普通の苺のパフェの二倍はある。パフェグラスの縁から飛び出るように、半分にスライスされた苺が断面を下にした隙間なく並べられている。花束とはよく言ったものだ。
生クリームの上にピコラをさしこみ、ストロベリーソースをかけたら完成だ。
目の前に苺がふんだんに使われたパフェを差し出された砂橋は、生チョコパフェが出てきた時と同様に目を輝かせた。
「わーい!マスター、ほんと最高!」
「確かにこうして手作りしたものはできれば渡したい相手が食べるところまで見届けたいですね
「そういうものか……」
「弾正さんは料理を人のために作ることはありますか?」
「……あるな」
主に、というか、今まで俺に料理を作らせたのは砂橋しかいない。いきなり家に来て「お腹すいた!」ということもあれば、事前に「今日の晩御飯はグラタンがいい!」と注文をすることもある。俺は普通のコーヒーメイカーでよかったものをキャラメルマキアートなども作ることのできるメイカーを買わせたのは砂橋だ。
「それなら分かるでしょう?」
もしチョコレートを渡したい相手がいて、その相手に渡すことができなかったら意味がない。
このチョコレートを箱に入れた人物達も同じ気持ちであるのならば、相手にチョコレートが渡るのを見届けるために近くにいるはずだ。
だとしたら、この喫茶店にいるよりも通路を見ることのできる道路にいた方がいいが……それだと怪しいだろう。
「……悩んだところで分からないな。あと二つのチョコのメッセージは「食え」という一言と、数字の羅列だからな」
「考えても分からない時は行動すればいいんだよ」
砂橋はさっそく花びらを模した苺の花弁を一枚、口に放り込んだ。
どうやら、本当に今回のチョコレートの謎解きは俺にやらせるらしい。このようなワガママももうすっかり慣れてしまった。
砂橋のワガママにここまで付き合えるのも俺くらいではないだろうか。
「……本人に聞こう」
俺の言葉に砂橋と実が目を丸くする。しかし、二人とも俺を止めるでもなく、一緒に行くよと言うでもなく。
「話したければ話せば?」
「私は話したくないわ。もしかしたら、髪か爪なんて汚いものをいれた非常識な人間なんでしょう?」
「……」
砂橋は俺の手伝いをしてくれないのは知っていたが。
実、お前は人のことを言えないぞ。
四条マスターはにっこりと微笑むだけだ。
俺は深いため息をついて、黒い箱を持ち、窓際へと向かった。