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三つのチョコ【10】


「私の名前は篠原実しのはらみのるよ。あなたは?」

「……友人には弾正と呼ばれています」


 このチョコの中の一つの持ち主だと思うとフルネームを教えるのには抵抗があり、俺はそれだけ教えた。すると、俺の警戒を知ってか知らずか、女性が名前の追及する前にマスターが口を開く。


「実さんはうちの常連なんですよ。時間がある時は来てくれます」

「そうなのよ!私、この喫茶店もマスターも好きでね。常連になっちゃった」


 実は嬉しそうに顔を綻ばせた。


 彼女が常連だという事実は先ほどマスターから聞いていたから知っていた。きっと話題を俺の名前から逸らすためにマスターが気を利かせてくれたのだろう。


「それにしても、チョコに不純物を混ぜるなんてどうかしてるよ。一つも食べられないじゃん」


 砂橋が少しだけ不機嫌そうにため息をついた。「ところで」とそのまま続ける。


「一つだけどうしても食べろと言われたらみんなどうする?」


 このどれか一つを食べるとしたら。


「拒否権はないのか?」

「ないよ。実際に食べるんじゃないんだからちょっとだけ考えて答えればいいじゃん」


 マスターも「う~ん」と顎に手をあてて、真剣に考え出した。砂橋が実の方を見ると自分も質問されていることに気づいたのか実は「あ、私も?」と目を丸くしていた。


「俺は、爪だな。上にかかっているだけだから取り除けば、食べられないこともないだろう」


 実際に食べろと言われたら全力で拒否するが。


「それじゃあ、私は髪ですね。取り除いてもいいのなら、一度溶かして、ふるいにかけて髪の毛を取り除いた後のチョコを食べます」


「えっ、髪と爪はありえないでしょ」


 苦言を呈したのは実だった。


「だって、爪も髪の毛も汚いじゃん。その分、血だったら汚くないでしょう?元々体の中にあったものだし、よくない?私だったら髪と爪は食べないかなぁ」


 俺はトリュフの入っていた赤い箱と実の顔を二度見した。


「……カウンター席が四つも離れていたのに、どうしてチョコの中身が分かってるんだ?」

「……なんとなく?」


 彼女は思いついた言葉を言うが、それで騙されるほど人間をやっていないわけではない。


「この……好きですというメッセージは」


 メッセージカードを彼女に見せると彼女は観念したのかこくりと頷いた。


「四条マスターへのラブレター……」


 俺は頭を抱えた。


 数字の羅列が四条マスターへのチョコだと思っていたが違ったのだ。四条マスターは思わず、ふふふと声を出して笑った。


「実さんからは十回は告白されているんですよ。前にもすごい贈り物をもらっては送り返しているんです」


「十回程度じゃないわ!マスター!十七回よ!今回ので十八回!何度告白してもオーケーの返事をくれないじゃない!」


 彼女の言葉に四条マスターは「はっはっは」と朗らかに笑うだけで軽くあしらう。


「……だから、好きですってメッセージカードを見て、トリュフの中身を確認した方がいいって言ったのか」


「実さんが普通のチョコを私に送ってくるはずがないので」


 四条マスターは笑顔で言っているが、それでいいのか。彼女は危険人物ではないのか。


 心配になるが、それはもういい。


 残ったのはあと二つのチョコだ。


「そういえば、実さんのチョコはこの赤い箱のチョコでいいんですよね?他のチョコはに見覚えは?」

「見覚えなら黒い箱はあるわよ?Sって四条マスターのことだって思って入れたのに、他にもこのビルにSって頭文字の人がいたなんてね」


 どうやら、この紙袋を置いたのは黒い箱のチョコの持ち主で合っているらしい。もしくは三つのチョコの持ち主でもない第三者が紙袋を置いたのか。


「前にマスターが贈り物を贈るなら場所を用意しますからって言っていたのを思い出したのよ。だから、これだって思って……でも、結局私のチョコはマスターの元へと届いたんだから、私たちって運命だと思うのよね!」


「作ったものはご自分で全部食べてくださいね」


 四条マスターはにこりと実に微笑んだ。


 十八回目の告白も上手くいかないらしい。


 告白が上手くいかないのは、根本的な問題があると思うのだが、その話を実にしてやれるほど俺も暇ではない。


「それなら、この数字の暗号の青い箱のチョコは一番最後に入れられたのか」


 順番が分かったからなんだと言うのか。

 俺は人差し指と親指を当てて、眉間をほぐした。


「僕、パフェの下の方にあるコーンフレークって好きなんだよね。溶けたアイスとホイップと合わせて食べると最高に美味しいんだよねぇ。このコーンフレークだけはふにゃふにゃになってもいくらでも食べられるよ」


 もうコーンフレークを食べ始めたのか。すぐに食べ終わるじゃないか。


 このまま長引いてしまうと砂橋が生チョコパフェだけではなく、もう一つの季節の限定である苺のパフェも食べ始めてしまうだろう。


 早く、この二つのチョコについて考え始めなければ。


「マスター。この季節限定の苺の花束パフェも追加で」


 間に合わなかった。


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