三つのチョコ【9】
砂橋は、この三つのうちの一つが確実に自分のチョコだということを分かっている。
そして、四条マスターはどのチョコが自分宛てのものかを分かっている。
ということは砂橋宛てのチョコと四条マスター宛てのチョコが一つずつ確実にあるということだ。
「マスター。どのチョコがマスター宛てですか?」
「さぁ、どれでしょうか」
「教えてくれないんですか」
「弾正さん、まだ少しも考えていないじゃないですか」
それもそうだが、こちらはヒントも何ももらえていないのだ。少しぐらい答えを教えてもらってもいいだろう。
「二人は当事者だから何か気づいたかもしれないが、俺は二人がチョコをもらう理由も何も分かっていないんだ……」
「メッセージカードから考えてみればどうですか?」
どうやら、頼んでも教えてくれそうにない。
俺はメッセージカードを三つとも並べる。
三枚とも個性が出ている。
黒いカードに白いインクで「食え」の文字。
白いカードに綺麗な文字で「好きです。絶対に振り向いてもらいます」という文章。
数字の羅列ばかりを印刷された用紙。
メッセージカードを見て分かったということは、四条マスターはこの数字の羅列の暗号の解き方を知っていて、見ただけで自分宛てだと分かったということか。
しかし、それだと謎解きが得意な砂橋にもその理屈は当てはまる。いや、違う。
砂橋はどれが自分宛てのチョコか、分かっていないのだ。
だから、この数字の羅列は砂橋には解けていない。
「さっきから何をしているんですか?」
四条マスターでも、砂橋でもない声が横からする。
声のする方へと目を向けると砂橋の隣に女性が座っていた。
濃い緑のロングスカートの女性、彼女は端のカウンター席に座っていた女性だ。砂橋の隣の席にいつの間にか移動してきていたのだろう。端の席にあったホットの飲み物も食べかけの苺のケーキも彼女と一緒に移動してきていた。
「……チョコレートが誰宛てかを当ててるんです」
「マスターとこの子も一緒に?」
砂橋もマスターも話題に出されているのにどこ吹く風だ。砂橋は相変わらず生チョコパフェを堪能している。一口一口楽しそうに食べている。マスターは女性に対してにこりと微笑んだだけで何も言わなかった。
「マスターは自分宛てのチョコが分かっているみたいですけど、こいつは自分宛てのチョコがどれかは分からないみたいで」
「あら、そうなの?確かに三つもチョコがあるものね」
女性はテーブルに肘をついて、三つの箱をじっと見た。
俺達がずっと箱を見て何かを話しているのが気になったのだろう。確かに、周りから見ていれば不思議な行動をしている。俺だって、プレゼントの箱を三つも店のカウンター席で並べて中身を確認してはそっと蓋を閉めている人間がいれば気になる。
「でも、どうして宛先が分からないの?全部、一人の人へのプレゼントでしょう?」
「実はこの三つは紙袋に入っていたんですが、その紙袋がこれで……」
俺は足元にあった「Sへのバレンタインデーのチョコはこちらへ」という張り紙を見せた。
「Sが頭文字の人間がこのビルには俺の知る限り、三人いて……」
「そのSがマスターとこの子ってことね」
話が早くて助かる。
女性は好奇心で俺に話しかけてきたのだろうが、人に状況を説明すると頭の整理ができる気がする。しかし、気がするだけで何かが分かるわけではない。
そういえば、紙袋を置いた人間もこの喫茶店にいるかもしれないが、チョコを入れた人間も砂橋に見られていないということはこの喫茶店にいるのか。
もしかして、話しかけたこの女性も、この三つのチョコのうち一つの持ち主だったりするのか。
髪の毛が入っていたり、赤黒いどろりとしたものが入っていたり、爪が入っていたりするもののうちの一つを渡したとなると、どれが一番安心できるか。
いや、どれも安心できない。
話しかけてくれたことで頭の整理はできた気がするが、今度は心が休まらなくなってしまった。




