三つのチョコ【3】
「とりあえず、砂橋さん、聞きたいことはたくさんあるんですけど、ビルの前って具体的にどこら辺に置いてあったんですか?」
「このビルって一階は喫茶店でしょ?その隣の通路のど真ん中にあったんだよ」
探偵事務所セレストが二階に位置するこのビルの一階は喫茶店「硝子匣」がある。その隣にはビルの内部に入る通路があり、奥にエレベーターがある。しかし、エレベーターは今は故障中で、ビルを上りたいなら外の階段を使うしかないのだ。
エレベーターに続く通路に紙袋が置かれていた。
俺だったらそんな怪しい紙袋は絶対に触らない。
「それで紙袋をちらっと見たらでかでかとこれが書いてあるんだもん」
砂橋が指さした先には「Sへのバレンタインデーのチョコはこちらへ」というパソコンで打たれた文字を印刷したかのようなコピー用紙だ。
「僕も笹川くんもSだし」
「……それは思いましたけど」
だからと言って不審なものを持ってくるのは違うと思う。
耳を済ませたらチクタクと音がしないか不安になってくる。
「誰が紙袋を置いたのかは見たか?」
「見てないよ」
紙袋を置いた人間を見ていたらその人物にこれは何かと砂橋なら聞くはずだ。答えは半分分かり切っていたが、一応確認はしておくことにこしたことはないだろう。
しかし、このビルに入る人間なら分かるような位置に紙袋を置いたなら、俺が見ていないはずはない。記憶を辿っても、この赤とピンクのチェック柄の紙袋は見当たらない。
「俺がここに来た時は紙袋は置いていなかった」
「僕がコンビニに来た時にはすでにあったから……五分前くらいかな」
俺は左手首の腕時計を確認する。
現在時刻は十時十五分。
砂橋がコンビニに行った五分前には紙袋がビルの通路にあった。
「ということは弾正が探偵事務所に来て、僕がコンビニに行くまでの十分の間に紙袋が置かれたんだね」
砂橋は顎に手をあてて「う~ん」と首を捻った。
「ビルの前の通りは見晴らしがいいけど、人はいなかったんだよなぁ。ビルとビルの間は人が通り抜ける道ではないし」
「置いた後にコンビニに行ったとかじゃないですか?」
笹川の言葉に砂橋は首を横に振った。
「コンビニに他の客はいなかったよ。僕の後に来た客はいたけれど、その人が紙袋を置いたとは考えにくいかな」
むしろ、と言いかけて砂橋は俺の方へと目をやった。
「弾正が紙袋を置いたのに知らないって嘘をついているとか?僕へのチョコでも持ってきてくれたの?」
「渡すとしたら直接渡す。今日は煎餅を持ってきた」
そういって、煎餅の包みを渡すと砂橋は煎餅の箱をじっと見てから顔をあげて、まじまじと俺の顔を見た。
「今日がなんの日か知ってる?」
「さっき笹川にも同じことを言われた」




