四楓院苺事件【6】
「四楓院苺について調べてほしい」
喫茶店でオレンジジュースを飲み始めた砂橋にそういうと、砂橋はジュースを気管につまらせたのか、ごほごほと咳き込んだ。
「本気で言ってる?」
「何か問題でも?」
四楓院苺について緘口令が敷かれているのであれば、それはもう仕方のないことだ。表に出てくるのを嫌う人物なのだろう。反応からして砂橋は四楓院苺のことを少しでも知っているようだ。
「いや、いいけどさぁ」
砂橋は、またストローに口をつけながら、テーブル横のメニューを取り出した。じーっと見ていたと思ったら、デザートの欄で一際目立っている桃のまるごとパフェというものを無言で指さした。俺は呼び出しボタンを押して、店員にパフェとコーヒーゼリーを注文した。
「どうして?」
「店頭で俺の本に並んでいるのを何度か見かけてな。読んでみたんだ」
「恋愛小説を?」
見て分かるほど目を丸くして驚く砂橋を鼻で笑う。俺だって、普段触っていないジャンルの本を読むことぐらいある。
「SNSからたどってホームページを見たんだが、そこから気になってファンレターを送ったんだ」
「は?」
俺がファンレターを送るなど、確かに驚きだろう。さすがの探偵でもそんな予想はできなかったか。なんだか、してやったような気がして少しだけ気分がよくなる。
「しかし、部屋の掃除をしていた時に俺が四楓院苺に送ったはずのファンレターを見つけたんだ」
「出し忘れたとかじゃないの?」
俺は鞄の中から件のファンレターを出した。封を開けた形跡があり、なおかつ、消印済みとくれば、俺が郵便局に出し忘れたという意見は成り立たなくなる。
「ふーん」
「ご注文の桃まるごとパフェとコーヒーゼリーになります」
店員がパフェを持つと砂橋が軽く手をあげて、自分のだと主張し、その後、何も言わずともコーヒーゼリーが俺の前に置かれた。パフェ皿のてっぺんには名前の通り、桃が丸ごと載っていた。どうやら、切り込みはいれられているらしく、フォークで刺し、砂橋は一切れの桃を口の中に入れる。
「じゃあ、噛み砕いて説明するけど」
砂橋はフォークを持っていない方の手で俺のことを指さした。
「四楓院苺は、弾正……君なんだ」
「俺が、四楓院苺?」
あまりに突拍子のない言葉に言葉を鸚鵡返しにする。こくりと神妙な顔つきで砂橋は頷いた。
「君が気づいてないだけで、君は二重人格者なんだ」
何を言っているのか。砂橋は俺をからかっているだけなんじゃないか、と俺は眉間にしわを寄せた。
「君の中のもう一つの人格。四楓院苺ちゃんは恋する乙女で、恋愛小説家で」
「待て待て待て」
これ以上、虚言に付き合うつもりは毛頭ないが、砂橋の言葉は止まらない。
「でも、消印のついたファンレターが家にある。出身大学も作家デビューした年も一緒。そして、たぶん、ホームページは弾正が仮眠をとったり、寝ている間に更新されているんじゃないかな?」
「そ、それは……」
確かにそうだ。俺が仮眠をしている間にブログが更新され、消印のついたファンレターがあるのも、俺が四楓院苺だから。
いや、そんなはずは。
しかし、だとしたら、この現象はどう理由をつければ。
そもそも、俺が四楓院苺だとしてだ。
四楓院苺はいったい誰に恋心を抱いているというのだ。ホームページの隠しページで言っていた恋の相手とは?
そこで俺は眩暈がして、目の前が真っ暗になった。




