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探偵のオペラ【21】


「そういえば、気になってたんだけど、祈さんや史也さんは演技しないの?」


 砂橋の素朴な疑問に史也は困ったように頬をかく。


「そうだぜ、史也。いい加減舞台に出ろよ」


 いつから話を聞いていたのか、金髪頭の桔平が後ろから史也の肩に手を回した。


 史也と桔平と祈。この三人で井上演劇設営者を創設したらしい。ということは、この三人は他の団員と比べて気心が知れているということだろう。そして、この劇団の中で一番の古株はこの三人だ。


「やっぱり、演技できるの?」


「そうだぜ、坊主」


 桔平が砂橋の言葉に答える。その間も史也は「やめてくれよ」と言っているが困ったように笑っていて、桔平を止める気がないのかあるのかはっきりしない。


「史也の演技はよくできてる。祈もだ。裏方の仕事をするのは人手が足りないっていうのもあるが、一番の理由は劇団を大きくしたいからだろ」

「ちょ、ちょっと桔平。その話は今はいいって」

「いい機会だ。第三者に聞いてもらおうぜ」


 先ほど、悪魔役の新に対して不信感を示していた彼とは態度が打って変わっている。いまだに彼がつけていたかつらは二列目の真ん中あたりのパイプ椅子の上に転がっていた。


「演劇っていうのは役者の演技だけでなりたってるものじゃねぇ。脚本、音、照明、道具、いろんなものでできてる。一個でも欠けちゃいけねぇんだ。まぁ、一つをわざと欠けさせるっていうのも劇の試みとしてはあるが……史也と祈は劇団を大きくするために、役者には演技を集中してもらって、他のところは自分たちがクオリティをあげていこうって話に落ち着いたらしい」


 確かに、演劇に関する役割は数個存在する。


 脚本はそれに特化した人間がいるように、照明を専門として行っている人間もいれば、音響専門の人間もいる。そのような人間が集まってこないというのもあって、役者としての役割を捨てて劇団のためにその部分を極めようとしているというわけか。


「桔平さんは役者をやめて裏方に回ろうとか思わないの?」


「俺は細かい作業が苦手だし、何より演技が大好きだからな。裏方は向いてねぇのさ。まぁ、主人公よりも脇役が好きだから目立つことはないがな」


 確かに桔平が演じているパスカルという男は、クルミ座の支配人で、主役のエマや悪魔、エマを陥れようとするアンネや殺されるルノーとは違い、悪魔の噂を気にしたり、ルノーの死体に腰を抜かしたりする脇役だ。なくてもいいという人間もいるかもしれないが、彼がいることによって、クルミ座がもしかしたら潰れるかもしれないほど金に困っていたり、自分の息子でもあるクーレルが手を焼くほどの問題児だということが分かる。彼の話や表情や仕草で劇で繰り広げられている話に深みができるのだ。


「桔平はそういう役ばかり好んでやるからな」


「史也はオールマイティーに役をこなすよな。でもまぁ、俺は史也の主役も好きだけどよ」


「どんな役だとしても真剣に向き合っていきたいだけだよ。こういうのは器用貧乏って言うんだ」


 なんでも一定数こなすということは器用貧乏ではない。それほどまでに努力していると誇ってもいいと思うのだが、史也にはその考えは一切ないらしい。


「なんだ、つまんねぇの」


 どうやら、この話はいつものやり取りだったらしく、桔平は史也と肩を組むのをやめて、さっさと二列目の席に戻ろうとしてしまう。


「あ、そういえば、さっき新のこといじめちまったけど、トイレで泣いてんじゃね?」


 史也が大きくため息を吐く。


「まったく……後輩をいじめないでやってくれといつも言ってるじゃないか」


「不可抗力だよ、不可抗力!あんなことがあれば誰だって動揺するだろうが」


「それはそうだけど……」


 史也はもう一度大きなため息を吐いた。桔平は言いたいことは言ったと言わんばかりに観客席の前から二列目のパイプ椅子に戻っていくとかつらを置いてあるパイプ椅子の隣にどかりと腰を下ろした。


「新って悪魔役の?」


「そうですね」


 確かに悪魔役をしていた青年の姿が観客席には見当たらない。控室へは一本道なのですれ違っていない彼が控室にいるとも考えられない。ということは桔平の言う通り、新はトイレにいるのだろう。


 そんな話を聞いてしまえば、史也は団員を放っておくことはできず、トイレの方向へと歩き始めた。暇なのか砂橋もその後をついていくから、俺はさらに一歩遅れてついていくこととなった。


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