プロローグ/カースド・レッド
二〇二〇年、二月一日、夜九時過ぎ。
イギリス、ロンドン郊外。
「――あれ。おかしいわね」
シンクに水が溜まっていく。栓はしていない。食べ物のカスが詰まっているわけでもない。なのに水が流れていかないのだ。
やがて住人は、それがキッチンだけではないことに気付く。トイレも、シャワーも、全部流れていかない。
しかもそれはその家だけの話ではなかった。
その地区一帯のすべての家で、原因不明の水詰まりが発生していた。
クレームが殺到した水道局は、おそらく原因は下水管にあるのではないかと判断し、作業員を三人派遣した。
気だるげにやってきた彼らがマンホールに手をかける様子を、一番近くの住人が窓越しに見ていた。
マンホールが開いた。
瞬間、半透明の何かが一斉に噴き出した。
「ひぃっ!」
見ていた住人は悲鳴を呑んだ。作業員たちの悲鳴がかすかに聞こえて、すぐに途絶えた。半透明の何かはマンホールから溢れ出てきて、みるみるうちに街路を埋め尽くした。霧のようだった。だが、明らかに霧とは違う。
それには手があった。
それには口があった。
それには目があった。
「……幽霊……っ!」
手足の震えがうつったかのように、部屋の中にある物もまた震えはじめた。大量のゴーストたちの影響によるポルターガイストだ。
バンッ!
「ひゃああっ!」
ゴーストが窓を叩いた。何度も何度も叩かれて、その度に大きな音が鳴る。叩き割られるのも時間の問題ではないだろうか。
「で、電話……っ!」
住人は這う這うの体で受話器を持ち上げ、人生で一度も使ったことのない――一生使うこともないだろうと思っていた――番号を、ぎこちない手つきでダイヤルした。
コール音が二回。応答したのは冷静な声の女性だった。
『はい。こちらは魔法庁緊急コールセンターです』
「助けてくれ! ゴーストが、ゴーストが家の前にたくさんいるんだ!」
『落ち着いてください』
「早くどうにかしてくれ、魔法使い!」
言われた方はやはり落ち着き払った声のまま、『はい。どうにかしますので、まずは冷静にお話を。何があったのですか』と聞き返した。
†
魔法使い。
それはおとぎ話の存在ではない。
ここ英国には全人口の約0.004%の魔法使いが存在している。
誰もが魔法使いになれるというわけではない。なれるのは十一歳までに素質を開花させた者だけだ。素質を持ち正しい教育を受けた者だけが、国家公認魔法使いの資格を得て、魔法使いとしての業務に携われるのである。
魔法庁はその九割方が所属している国家機関である。
広報課緊急コールセンターには、二人の魔女が詰めていた。年配の方がペンの頭でこめかみを掻き、新人がくたびれた様子で椅子の背にもたれている。
「全部同じ場所からの通報ね。ゴーストの大量発生か……魔性生物課の今日の宿直、誰だっけ?」
「ええと……ジェレミー・ブレイディですね」
「ああー、あの子じゃ駄目ね。絶対無理だわ。どうせ最後には彼に投げるんだから、悪化する前にこっちから頼んじゃいましょう。お金はかかるけど確実だし」
「彼?」
「スリム・ウルフよ」
「スリム・ウルフ?!」
目を剥いた新人を無視して、先輩はひょいと受話器を取った。電話の向こうの相手と二、三の簡単なやり取りを済まして、すぐに通話を終える。
「はい、これで全部解決ね。外部委託扱いにして、っと……処理は明日でいいか」
「……」
「なに? あ、もしかしてあなた、まだスリム・ウルフと会ったことないの?」
「遠目に見たことはあるんですけど」
「目立つものね、あの真っ赤なロングコート」
「すっごく冷たくて怖い人だって聞きました。魔法庁にも入ってないし、誰ともつるんでないし……金を積めば何でもする、暴力的な機械人間だ、って」
新人はその時こんな詩を思い出していた。
その男、スリム・ウルフ 真っ赤なコートの魔法使い
人狼と喧嘩で負けず 吸血鬼には魔法で勝った
その男、スリム・ウルフ 腕も立つけど弁も立つ
邪魔な男は殴って落とし 欲しい女は口説いて落とす
その男、スリム・ウルフ 掲げ持ったは合理主義
彼の前には心も神秘も もろ手を挙げて「降参です!」
怯えた様子の新人を、先輩は軽く笑い飛ばした。
「あんたそれ、ウルフ嫌いの奴から聞いたでしょ」
「違うんですか?」
「違ってないわ」
「えっ」
先輩はけらけらと笑う。
「ただ、彼にはいろんな評価があるからね。実態が掴めないってのは確かよ。眉唾物のエピソードも多いし」
「そうなんですか?」
「あたしの知ってる限りで話してあげるわ。どーせ今夜はもう何も起きないでしょうし、ゴーストの方はウルフに任せておけば間違いないから。――そうそう、実態は掴めないし性格には難があるけれど、魔法の腕だけは信頼していいわよ。そこだけは、すべての魔法使いが認めてる事実だから。彼はあたしの三つ下なんだけどね……」
先輩はそう言って、彼女自身の学生時代の記憶を掘り返し始めた。新人が前のめりになって話に夢中になる。
そうやって夜は更けていった。
†
アップミンスター墓地の裏手の暗闇に、ぽっと青白い光が灯った。
そこに少年の顔が三つ浮かび上がる。
「うわ、九時過ぎてんじゃん、やば」
「バスが来るまであと何分?」
「七分」
少年たちの吐いた息が白く凍って消えた。
スマホを切ると、辺りは一瞬で闇に閉ざされる。膝下まである黒いローブを揃って着込んだ少年たちの姿も、溶けるように見えなくなった。ローブの袖口を飾る銀色のフープも光源が無ければ輝かない。
寒さに肩を寄せ合って、互いの顔がようやく分かるというぐらいだ。
「バレずに戻れるかな……」
「大丈夫だよ、アーネスト。この間もバレてなかっただろ? このルートでバレたら俺たちの運が相当悪いってことだ」
「日頃の行ないが試されるな、ヴィンス?」
「じゃあ勝ち確だ」
日頃の行ないを棚に上げてふてぶてしく笑ったヴィンセントに、アーネストは軽くふき出した。
墓地の方を落ち着きなく見回していた三人目が、その二人の袖を引っ張った。
「……ねぇ、ねぇ」
「どうした、ダニエル」
「何かいる」
「そりゃ、墓地なんだから」
「幽霊だろ」
「違うよ。もっとなんていうか……怖い感じのやつ。ほら、あそこ!」
ダニエルが指さした方向を振り返って、二人もまた息を止めた。
確かにそれは幽霊とは違った。半透明で人の形をしている、ここまでは幽霊と同じだが、幽霊は自分から光ったりしないし、黒い影のようでもない。
それは木々の隙間、墓地の中ほどにいた。切り取った夜空を人型にはめ込んだような姿だった。暗闇の中に沈むようにあってなお目を引く存在感――異質感。スパンコールのような小さな輝きが、ちらちらと瞬いては消えてを繰り返していた。
三人はちょっと顔を見合わせた。声のトーンをさらに落とす。
「……なんだと思う?」
「幽霊じゃないことは確かだな」
「というかこの墓地、幽霊少なくないか? 俺まだ一人も見てないよ」
「たぶんだけど……あれに怯えてるんじゃないかな」
「あれに?」
三人はまた謎の影の方に向き直った。
「あれ、人が増えた」
アーネストが呟いた。それの前にまた別の人影が立っているのが見えたのだ。二人目は普通の女性のように見えた。足元がおぼつかない様子で、遠目にもふらふらとしているのが分かる。
次の瞬間、三人は背筋を粟立てて、咄嗟に互いの腕を掴んだ。
それが女性の首に手をかけたのだ。
「ひぃっ――」
悲鳴を上げそうになったダニエルを、ヴィンセントが素早く押さえこんだ。「バカ、声出すな、こっちまでやられるぞ」と囁く。
アーネストは現場から目を離せずにいた。それは今や人の輪郭を保っていなかった。奇妙に歪んで解けた輪郭線から、触手のように何本もの細長い影が伸びて、女性の手足に絡みついている。
「器を、求めてる」
「え?」
「自分が入れる器が欲しいんだ、あれ――駄目だ、あの人、死んじゃう!」
「おい、アーネスト!」
ヴィンセントの手をすり抜けて、アーネストは駆け出した。茂みを乗り越えて、木々の隙間を縫って、現場へ――
「おいこらバカ!」
「んぐっ」
ヴィンセントの方がよっぽど足が速いのだ。あっさり追い付かれた上にフードを掴まれて引き倒され、アーネストは呻き声を上げた。
「近寄るならせめて体勢低くして、見つからないように行けよ……!」
「あ、確かに……ごめん……」
あとから「お、置いていかないで……!」と半ば泣きそうになりながら来たダニエルが、ヴィンセントの背中にしがみついた。
三人は墓標の陰からそうっと首を出した。
まるでそれが二つに分裂したようになっていた。女性の姿がそれに完全に覆われていたのだ。
「……どうする」
「やるべきだろ」
「同感」
アーネストとヴィンセントはすんなりと話を決めた。付いていけなかったダニエルが「え、何を? 何するの二人とも?」と戸惑いの声を上げたが、二人は振り返りすらしなかった。
ローブの袖口に手を突っ込んで、手品のように取り出したのは杖だ。
それを見てさすがのダニエルも察した。
「ちょ、ちょっと待って二人とも! 校外で魔法を撃つのはマズいよ……!」
「こんなところで撃って誰が見てるって言うんだよ。バレなきゃ平気だ、ヘーキ」
「一般人が魔性生物の犠牲になるのを、黙って見てた方が問題だろ?」
「で、でも……でもさぁ……!」
まだぐずっているダニエルを無視して、「『風刃』だな」「了解。せーの、でいこう」「オーケー」と話を進める。
そして、同時に杖を振り上げて、唱えた。
「せーの、」
「「『風刃ズタズタ』!」」
振り下ろした杖の先から、一陣の風が発生した。それは意思を持った人為的な竜巻。ゴウッ、と音を立てて吹き抜けて、現場に直撃し――
「……あれ?」
風が止んだ時、そこにはどんな姿も残っていなかった。
ただ暗闇が静寂を湛えているだけである。
三人はまた顔を見合わせて、ゆっくりと墓標の陰から出た。
「消えた……?」
「気配は……感じないけど……」
「倒した、みたいな手応えじゃなかったよな」
「うん」
さっきまで二つの影があったはずの辺りまで来て、ヴィンセントが杖を掲げた。
「『光明フワフワ』」
呟くように唱えると、淡い橙色の灯りが杖の先に灯る。暗闇を少しだけ押しのけて、その場が光の下に現れる。
「ひゃあっ!」
「うわっ!」
ダニエルとアーネストがほぼ同時に悲鳴を上げて、互いにしがみついた。
「おわ……なんだこれ、どういうことだ?」
そこには一面の血だまりが広がっていた。
アーネストが目を背け、よろよろと後退った。
「待って……俺、血は無理……」
「大丈夫?」
「うん……たぶん……」
「ダニエル、これ何の血か分かる?」
ダニエルはアーネストを何度か振り返りながら、ヴィンセントの傍に駆け寄った。アーネストのように血を怖がっているわけではない彼は、平然と血だまりの傍らに膝をついた。さっきの悲鳴は突然のことに驚いただけである。
ダニエルはわずかに頭を下げて、すんすんと鼻を鳴らした。
「ええと……たぶんだけど……一般人」
「量的に一人分。ってことは、さっきの変な影に飲み込まれてた人のやつってことかな」
ヴィンセントは杖を高く掲げ、探偵然として辺りを見回した。目撃者なし。やっぱり幽霊は一体もいない。墓地なのに? 幽霊を怯えさせるほどの力を持つ何か。アーネストの言葉が正しいなら、器を探していた何者か。何故消えた? 俺たちが魔法を撃ったから? だとしたら――。
思索を続けるヴィンセントの足元で、ダニエルはふと、何か光るものがあることに気が付いた。
「ん?」
血だまりの端の方に、不自然な小島が出来ている。まるでその物に触れるのを血の方から避けたかのような、小さな浮島。その真ん中に、ガラス片のような物が落ちていた。
そっと手を伸ばして拾い上げる。拾った途端、血の海が寄せてきて浮島になっていた部分を覆った。
「なんだろう、これ……」
何の変哲もないガラスの欠片のように見える。だが、ダニエルの鼻はそれが魔法に関連する代物であることを感じ取っていた。何か不可思議なにおいがするのだ。ごくわずかに――卵の黄身のような――
「あっ!」
突然アーネストの声が闇を切り裂いたから、二人はびくりと肩を跳ね上げて振り返った。
「魔法バスの時間!」
「「……あっ!」」
ヴィンセントが素早く灯りを消した。ダニエルは拾ったガラス片をポケットに落として立ち上がる。アーネストがスマホを確認して「あと三十秒!」と言うなり駆け出した。さすがにこのバスを逃したら、帰りが深夜になってしまう。そうなったらバレないように校内へ戻るなんて不可能だ。
しゅん、と捻じれた空間から飛び出て来たバスに、ダニエルが真っ先に飛び乗った。続いてヴィンセントが飛び込んで、やや遅れたアーネストの腕を引っ張る。彼の足がぎりぎりバスの中に入ったと同時、バスは再び捻じれた次元に飛び込んで、一般社会から姿を消したのだった。
†
少年たちがいなくなった墓地には、再び二人の人影が現れていた。
「今のは、魔法学校の生徒だな?」
片方の問いかけに、もう一方は黙然と頷いた。
問いかけた方が大きな溜め息をつく。
「まぁ、どうでもいいか。見ていたところで何も出来まい。校則違反のガキどもの言葉など、誰も信じないだろう」
言いながら片方の手を虚空にかざす。そしてうやうやしく「女王よ、お戻りください」と告げると、どこからともなく寄り集まってきた影がその手の中に吸い込まれていった。
「しかしまた失敗か。これで八人目――やはり一般人では駄目だな」
その人は軽蔑する響きを内に込めて吐き捨てた。
「予定通り、“スリム・ウルフ”に接触しよう。分かっているな?」
「……ええ、もちろん。不可視性魔法に耐性のある彼なら、器として耐えうる可能性が大いにあります。ですが、彼が我々に協力的になるとは思えません。ご存知の通り、強情な人間ですから。といって無理やり協力させるとなると……」
「出来ないことはあるまい」
「……吸血鬼も人狼もドラゴンも一人で倒し切るような男ですよ?」
「ああ。だが、同じ人間だ」
「ですが、損害が大きくなりますし、我々二人では失敗する可能性の方が高いかと」
「協力者ならちょうどいいのを見繕ってある。あいつを上手く操れば――」
言葉の途中でその人は息を呑んだ。
「アレが無い……っ! まさかあのガキども、持っていったのか?! アレを?!」
苛立ったように地面を踏み、「くそっ、畜生! あのガキども……っ!」そこまで吠えて冷静さを取り戻したらしい。溜め息を一つ。
「どうにかして――殺してでも奪い返さなければ。アレが無いと何も出来ない……」
「……ちょうどよい機会かと」
「なんだって?」
尖った声にも怯まずに、もう一方が続ける。
「彼らが一般人に向けて魔法を撃った、という通報が魔法庁に入れば、彼らは退学処分になります。ですが、そう簡単に退学にはさせられないはずです。彼らは“特別な”子どもたちですから」
「ふぅん? それで?」
試すような口ぶりが先を促した。
「停学期間中外部の魔法使いに弟子入り、という処分の前例があります。それを利用して、スリム・ウルフに彼らを預ければいいのです」
「……なるほど。いくら彼でも、ガキを三人もお守りしながらでは、満足に戦えないということか」
「はい」
「よろしい。ではそれでいこう。――しくじってくれるなよ?」
「……ええ、そちらこそ」
どこかヒリヒリとした空気を後に残して、その二人もまた姿を消した。
†
同時刻、ロンドン郊外。
「ハッ……クシュッ」
「あれ、風邪ですか?」
「……服装の選択を間違えただけですよ」
そう言いながら、真っ赤なナポレオンコートの男は襟の中に顔を埋めた。吐いた息で眼鏡が曇る。
「まさかこんな大量に幽霊が集まってるとは思いもしなかったので」
通りは半透明の幽霊たちによって埋め尽くされていた。幽霊自体はそう珍しいものではないが、ここまで大量に、それも一ヶ所に集合するなどめったにないことだった。
もう一枚着てくるべきでした、とぼやく彼に、傍らの男――魔法庁の職員がひょいと紙を差し出した。
「はい、サインしました。契約完了です。では、あとはよろしくお願いします」
「……はい、確かに」
彼はさっと契約書を確認すると、嫌そうにコートの前を開け、ジャケットの内側にそれをしまった。幽霊は一体いるだけでその場の温度を一℃下げると言われている。それがこれだけ集まっているのだ。
「水道管が凍結するのも当然ですね」
「ええ。ですので早急な駆除を――あ、そうだった」
職員はぽんと両手を叩いた。
「それで呼ばれた水道局の作業員が三名、マンホールに引きずり込まれたという目撃証言が――」
「そういうことはもっと早く言ってもらえますか?!」
一喝するのが先か、男は袖口から杖を取り出して振りかざした。
「『援護』――『虹は西巻き、警句は目印、雷撃よ今ここに閃け』!」
バチバチバチッ、と凄まじい音を立てる青白い閃光が彼の周りに集まって――次の瞬間、杖から迸った紫電が轟音とともに通りを一嘗めした。職員が「うわっ」と小さな声を上げて身を縮める。街路樹が軒並み焼け落ちて、歩道のレンガが捲り上がり、建ち並んだ家々の外壁のことごとくが黒く焦がされた。
眩んだ目をもう一度闇にならしながら目を開いた職員は、あれだけ大量にいた幽霊たちが綺麗に一掃されているのを見て目を丸くした。
「うわ、一撃とかマジか……ていうかさっきのって、二人用の大規模魔法じゃ……」
「修理はよろしくお願いします。費用は適当に天引きしてください。では」
「え、あの――」
彼は職員を置き去りに、パッと駆け出した。一つだけ蓋の開かれたマンホールがあり、そこから新たな幽霊たちが出てこようとしているのが見えたのだ。
(引きずり込まれたというなら、この先――!)
どちらにせよ、下水道に集結しているらしい幽霊たちを処理しないことには、水道管の凍結も直らないのだ。彼は真っ赤なコートを翻し、躊躇うことなくマンホールの中に飛び込んだ。
その背中を見送って、職員はヒュウと口笛を鳴らした。
「さっすが、“優男風の猛獣”。噂通りの人だな」
それから彼もまた杖を取り出すと、窓から不安そうに見下ろしてくる住民たちに手を振りながら、ちまちまと壊れた街並みの『修復』に取り掛かったのだった。
通称スリム・ウルフ――本名アーチボルト・ウルフ。
英国で唯一の“フリーランス”の魔法使いとして活躍している彼は、このあと十八時間かけて地下水道の幽霊たちをすべて駆除し、引きずり込まれていた作業員三人を救出し、ようやく眠れる、といったところで新たな依頼を受けることになる。
その依頼が、彼の人生を大きく変えるとは露知らず――彼は魔法学校へ向かう列車の中で、二時間にも満たない短い睡眠を摂っていた。




