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後日談:アーニーって呼ばないで 中編



 †


 アーチは包み隠さずすべてを話した。


 アーネストが誘拐された経緯は後になって本人から聞いた話だったが、魔法庁の隅に隠れていたらフィルが来て、「僕からアーチに連絡しておくから」と言われてついていったらしい。プレイステッドだったら絶対についていかなかったのに、と頬を膨らませていたことを思い出す。

 そして車の中でプレイステッドと合流して、驚いたがもう逃げられず、あの状況に至ったのだということだった。

 そこからはご存知の通りである。


 聞き終えるとエドガーは冷たい相槌を打った。


『ふぅん。なんだ、三分の一くらいはアーニーのせいじゃないか。なんでアイツは逃げ出したんだ? いや、そもそもどうしてキャベンディッシュの名を隠したんだ?』

「魔法界ではキャベンディッシュの名は“魔法使いを縛る者”と捉えられていることが多いもので。そのことを気にしたのでしょう」

『ふんっ、ばかばかしい。それとアーニーに何の関係がある? 堂々としていればいいものを、変に縮こまるから図に乗る馬鹿が出てくるんだ』

「私に言わないでもらえますか」

『そう言っておけ』

「ご自分で言ってください」

『アイツは私から逃げる』

「次は逃げませんよ、たぶん。逃げるなとは言いました。それをどこまでやれるかは知りませんが」

『……そうか』


 エドガーは何か考え込むような間を開けた。


『なぁ、アーチボルト』


 こういう切り出し方は兄弟でそっくりだ。アーチは少し笑いそうになったのをこらえて、「なんですか」と先を促した。


『アーニーが停学になると聞いた時、父はそのまま学校をやめさせる気だったんだ。規則で退学処分と決まっているのなら情状酌量などいらん、と言ってな。らしいだろう?』

「……そうですね」


 直接の面識はないが、いかにも言いそうな感じである。


『それを押しとどめたのが私だ。アーチボルトは信頼がおける魔法使いだから、きっとアーニーにとってもいい影響になるだろう、と。――あ、その時に、六年前に父を助けてもらった件も話してしまった。さすがに、もういいよな?』


 六年前の件――フリーランスの魔法使いとして生きていくきっかけになった事件だ。エドガーの父、現在のキャベンディッシュ家当主が原因不明の病に倒れ、最高峰の名医たちに掛かってもまったくの無駄だったから、呪いか何かに違いないと判断したエドガーがアーチのもとに乗り込んできたのだ。

 パブリックスクールの制服を着た明らかに上流階級の青年が大学にずかずかと上がりこんで、アーチに「おい、お前が魔法使いか?」とぶしつけに聞いた時には、教室中が騒然となった。

 ――それに対してアーチが「礼儀のなっていないガキですね。挨拶からやり直してください」と言い放ったことで、余計騒然となったのだが。


 懐かしい思い出だ。


 結局その件は内密に片付けて、キャベンディッシュ氏には“原因不明の重い病気。何か知らんが自然に治った”とだけ説明することにしたのだ。キャベンディッシュ家と魔法使いの繋がりは薄い方がいいし、なにより世間にばれたらアーチのその後に響く可能性があった。

 それで、秘密を知る者は少ない方がよいという判断のもと隠していたのだ。


 だが、身内から魔法使いが出てしまった今となってはどうでもいいだろう。万一世間にばれたところで悪いことをしたわけでもないのだし、アーチの立場もかつてほど脆くはない。風当たりはもともと強いのだからどうでもいい。


「何かおっしゃってましたか?」

『いや。一言“そうか”と言っただけだ』

「そうですか」

『今回の件を通して、“これで貸し借りはなしだな”とも言っていたがな』

「なるほど」


 テレビや新聞などで見て持っていたイメージとその言葉は見事に合致した。あまり隠さない人なのかもしれない。


『で、だ。私がそこまでして押し通したのには理由がある』


 理由。きっとエドガーはずっと先のことを考えているのだろう。


『いずれ私は家督を継ぐ。その時にアーニーが魔法使いとして、魔法庁なりカレッジなりにいてくれれば、何かと話が付きやすくなるだろう? 内部の事情も聞けるしな。そういう、政略的な理由だ。上手く事が運べば、アイツにはもっと重要な役割を任せることになるかもしれない』


 少し気に入らなかったが、アーチが何かを言えるような立場ではない。


「……そうですか」

『不服そうな声だな』

「……」

『お前はお前が思っているよりずっと表情豊かだぞ、アーチボルト』

「失礼しました」

『いや、いい。むしろそうであってほしい。不服に思え。不満に感じろ。そしてそれを、出来ればアーニーの前で、私たちにぶつけてくれ』

「それは……」


 どういうことですか、と聞きかけて、ふと思い至り息を呑んだ。


「――それは、エドガー、あなたっ」

『ああ。味方がいれば、アーニーは現実から逃げないからな』

「っ……」

『ひどいだろう?』


 アーチは溜め息をついた。


「ええ、最低です。それでも本当に兄ですか?」

『もちろんだとも。だがそれ以上にやりたいことがある。それだけだ』

「……最低だ」

『そうそう、その調子でいってくれ。私にそんなにあけすけに物を言ってくれるのはお前以外いないからな。思ったことはどんな口汚い罵倒であっても言っていいぞ』

「あなたってマゾヒストでしたっけ?」

『ふふ、そういうわけではないが。……たまに、自分でも自分が嫌になる。そういう時に必要なんだ』

「……」

『兄弟そろって世話をかけるが、よろしくな、師匠(・・)

「あなたまで弟子にした記憶はありませんよ、エドガー」

『手厳しいな。まぁいい、近々会おう。また連絡する。じゃあな』


 そう言って、エドガーは電話を切った。

 アーチはスマホを放り出して、また溜め息をついた。エドガーが執拗にアーネストのことを“アーニー”と呼ぶのを聞いて、彼が愛称で呼ばれるのを嫌う理由がなんとなく分かったような気がした。

 キャベンディッシュ氏の主張する魔法使いの共存体制が完成するとしたら、それを成すのはおそらくエドガーだ。そしてそのためなら、彼は何だって利用するだろう。アーネストも自分も利用される。いや、もうすでに利用されている。


(恐ろしいやつだ、本当に)


 こうなると、最初に出会った時に見せた涙すら計算の内だったような気がしてくる。


(アーネストもいずれこんな風になるのかな……)


 ぞっとしない話だ。いや、エドガーをけなすわけではない。貴族院議員には必要なしぶとさと狡猾さだろうし、あの精神の強靭さはアーネストに足りていない部分でもある。心を読む力はそのままにあれだけの精神力を得られるならば、それはアーネストに必要な強さだろう。

 敏感であるということは、それだけ繊細で、傷付きやすいということだから。

 しかし、できるだけ純粋で優しいまま、たくましくなってほしいと願うのは、欲張りなことだろうか。傷付いて汚れて壊れなければ、強くなれないものだろうか。


(次会う時には、もう少し何か役に立つことを教えてあげよう。変な通路とか置物の動かし方とか、秘密基地とか……余計なことばかり話したからな)


 次がいつになるかは分からないが。

 そう思った時に、()を楽しみにしている自分がいることに気が付いた。

 アーチは首筋を擦った。その仕草が恥ずかしくなったり照れたりした時の癖だということは、本人だけが気付いていない。


(夕飯を済まして寝よう。夜中に叩き起こされることもあるかもしれないし)


 と立ち上がった時だった。

 着信音。

 画面には見慣れない番号が並んでいた。

 依頼だろうか、と思いながら応答する。


「はい、ウルフです」

『やあ、ウルフ・ジュニア! ご無沙汰だね!』


 その声は大昔に聞いた覚えがあるものだった。


 †


「わあああああああああっ!」


 息が続かなくなったところで叫ぶのをやめた。だがまだ落ち続けている。


(こんなことになるならさっさと校歌を歌っておけば良かった!)


 後悔先に立たず、だ。

 地下水道に落とされた時のことを思い出す。あの時は師匠のスーツケースが滑りこんできて、水に落ちる前に支えてくれた。だが今は?


(この下がどこなのかによる……っ!)


 体をねじって目線を下にやった。

 遠くに小さな光が見える。どうやらどこかに繋がってはいるらしい。アーネストは杖を握りしめて願った。どうか安全な場所でありますように――!

 光はどんどん大きくなって、やがてアーネストの視界にパァッと景色が広がった。


「っ!」


 真っ先にシャンデリアが目に入った。

 というかシャンデリアの上に落ちた。


「うぐっ!」


 火が灯っている蝋燭の上でなかったのは不幸中の幸いと言っていいかもしれないが、それでも細い鉄の上だ。腹がアームに食い込んで吐きそうになったが、どうにかしがみつく。飛び乗った衝撃で古いシャンデリアは大きく左右に揺れた。

 その下で悲鳴が飛び交っている。

 少し冷静になったアーネストが周りを見回すと、そこはカレッジの食堂だった。夕飯時だったが、ピークは過ぎているらしく、先生は誰もいないし生徒も少なかった。


 が、


「おーい、何やってんだよアーネスト!」

「どっから落ちてきたのー?!」


 食堂で落ち合おう、と約束していたおかげで、ヴィンセントとダニエルが揃っていた。いつもの二人がいつものように声を掛けてくれるだけで、アーネストはすっかり元気を取り戻した。


「ちょっと遭難しかけて、気付いたらここだった!」


 と返して、ふと、


(……あれ、これどうやって降りるんだ?)


 アーネストはアームによじ登り、鎖の一本に掴まりながら首を傾げた。高さはそれなりにある。軽率に飛び降りたら軽傷では済まないだろう。


「ねぇ! これどうやって降りたらいいと思うー?!」

「知るかぁっ!」

「先生呼んでくるねぇー!」


 ヴィンセントが怒ったように怒鳴り返して、ダニエルはサッと踵を返した。

 呑気に手を振って、ダニエルが食堂を出るのを見送る。「呑気にしてる場合かよ!」とヴィンセントが下で足を踏み鳴らしていたが、他にどうしようもないのだから仕方ないだろう、と肩をすくめる。


 その時だった。


 ミシリ、と嫌な音が少し上で鳴った。


(……ん?)


 バキンッ


「うわっ!」

「アーネスト!」


 持っていた鎖が切れた。

 バランスを崩して転倒して、


「っ!」


 落ちるギリギリのところでアームを掴む。

 方々から悲鳴が上がった。

 アーネストは斜めになったシャンデリアにぶら下がる形になった。鎖は中央の一本と、そこから残り二本が伸びているが、それだっていつまでもつものか。左右に揺れているのがさらに負担を掛けているに違いない。


(ヤバいっ……これはヤバい、ヤバいっ!)


 アーネストは唾を飲み込んだ。手汗がにじんでくる。


「アーネスト!」


 ヴィンセントの声だ。


「手ぇ離せ! 飛び降りろ!」

「はぁっ?!」

「そのまま鎖が全部切れたら、シャンデリアの下敷きになるぞ!」

「っ……!」


 ヴィンセントの言う通りだ。上に乗った状態で鎖が切れたならまだ良かったかもしれない。が、ぶら下がった状態の今、鎖が切れたら間違いなく下敷きになり――下敷きになった方が、飛び降りた時より重症になることは想像に難くない。


「サポートする! 三数えるからそしたら手ぇ離せ! いいか?!」

「……分かった!」


 アーネストは腹を括った。何にせよ下敷きになるよりはマシだ。


「行くぞ! 三! 二!」


 一、と聞こえた瞬間、もう一本の鎖が切れた。

 ガクン、と傾いた衝撃で手が滑った。


「あっ……」

「っ、ふ、『ふんわり浮遊(floating)』!」


 少し動揺したようなヴィンセントの詠唱が、けれどきっちりアーネストにかかった。落下のスピードががくんと落ちる。落下自体は続いているが、パラシュートを付けているかのようにふんわり浮かんでいる。

 その間にアーネストは体勢を整えて、


「っ……もう……無理っ!」


 支えきれなくなったヴィンセントが魔法を放棄した時にはしっかり足から着地する体勢になっていた。

 魔法が切れて重力を思い出した体が真っ直ぐに落ちる。

 彼を追いかけるように、頭の上でバキンッ、バキッと立て続けに音が鳴った。


(やばっ)


 アーネストは着地すると同時に、ヴィンセントへタックルを掛けるように飛び付いた。

 ヴィンセントもアーネストの首根っこを掴んで思い切り後ろに後退したから、二人は重なって倒れた。だがそれでもぎりぎり下敷き圏内だ。


 ――シャンデリアが落ちる。


「『防壁(guard)』!」


 ガッシャーンッ!


 破砕音。悲鳴。

 アーネストは来るべき痛みが来なかったことに困惑して、パッと起き上がった。


「ひぃ……間に合った……」

「ダニエル!」


 二人の前で『防壁』を展開していたダニエルがへたり込んでいた。


「ありがとうダニエル! 助かった!」

「ギリギリだったねぇ……ふぅ……」

「ヴィンスも――いてっ!」

「何やってんだよ本当にお前は! ったく、寿命が縮んだ!」

「悪かったって……」


 ヴィンセントにはたかれた頭をさすりながら振り返る。


 と、


「やあ、問題児たち?」

「……バロウッズ先生」


 満面の笑みを浮かべたバロウッズ先生が立っていた。先生はいつも笑顔でいるが、笑顔にも種類があるのだ。アーネストはよく分かっていた。


 今のこの笑顔は怒っている時の笑みだ。


「反射神経の良さは褒めてあげよう。修業の賜物かな?」


 三人はこくこくと頷いた。


「しかし、戻ってきて二日でこの騒ぎとは……これも修業の賜物だね?」


 ダニエルとヴィンセントがこちらを向いて、アーネストはそっぽを向いた。はっきり否定することは出来なかった。師匠に教わった通路を使った結果がこれなのだから。


「シャンデリアは明日明後日で取り替える予定だったから、破損についてはまぁいいとして。とりあえず三人に怪我がなかったことは何よりだ。――アーネスト、君は罰として厨房掃除の手伝いを明日から一週間、毎日放課後に行くこと」

「はぁい」


 アーネストは口をすぼめて頷いた。


「まったく、問題児は困るな」


 と笑ったバロウッズ先生は、言葉に反して楽しそうな笑顔をしていた。


 †



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