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コカトリス・フリッター 2


 厨房の横の小部屋は料理人たちの休憩所だ。生徒は立ち入り禁止と言われているけれど、アーネストは師匠の指示に従ってノックをした。気だるげな返事があって、中に入る。

 師匠は料理人のラルフ・スマイスと小さなテーブルを囲んでいた。テーブルの上にはクッキーと紅茶が並んでいて、ほわほわと白い湯気が甘い香りを運んできた。師匠はやけにこの部屋に馴染んでいて、きっと在学中からよく立ち入ってたんだろうなとアーネストは思った。


「おかえりなさい、アーネスト。どうでしたか?」

「ありがとう、師匠。アイツら、あのあとすぐに逃げてっちゃったんだ」

「そうでしたか。そのわりには時間が掛かりましたね」

「散らばったごみを集められるだけ集めて、菜園まで行ってきたから」


 そう言うと、スマイスがけらけらと笑い出した。


「弟子の方が偉いな。お前だったらいじめっ子のせいにして放置しただろ、ウルフ」

「私だったら連中をとっちめて私の代わりに拾わせますね」

「おっとさらに上を行きやがった……お前は染まり過ぎんなよ、お弟子くん」

「みんなにそう言われるよ」


 くすりと笑った師匠に「座ってください」と言われて椅子に掛ける。するとスマイスが紅茶を淹れて、クッキーの皿をこちらに滑らせてくれた。


「はい、罰掃除お疲れさま」

「いいの?」

「ほんとは駄目。だから内緒な」

「分かった。ありがとう!」


 寒い中の重労働をこなしてきた体に、濃いめの紅茶はすごく美味しかった。生き返ったような心持ちになる。


「で、ウルフ。お前本当に連れていくのか?」

「彼らに来る気があれば、ですが」


 アーネストは黙ったまま首を傾げた。彼ら、というのは俺たちのことだろう。師匠は仕事でここに来た、と言っていた。スマイスが心配そうな顔をしていることから考えても、何か危険な仕事であるらしい。きっと危険な魔性生物の駆除とかだ。

 そう判断して、アーネストはティーカップを置いた。


「何の討伐なの?」


 アーネストが聞いた時に、ちょうどココアのクッキーを口へ放り込んでいた師匠は、ちょっと待ってと言う代わりににこりとした。アーネストがふと皿の上を見ると、あからさまにココアの方が少なくなっていた。どうやら師匠はココアのクッキーの方が好きらしい。

 師匠は紅茶を傾けてから、ようやく答えた。


「コカトリスです」

「コカトリス……?」


 眉を顰めたのは知らないからではない。コカトリスは尻尾がヘビになっているニワトリのことで、アンブローズ・カレッジの中でも何十羽と飼っている。鶏蛇肉(コカトリス)の唐揚げ(・フリッター)はフィッシュ・アンド・チップスに次いでよく食卓にあがる名物だ。(蛇肉の部分は不味い。)

 けれど師匠に討伐の依頼がいくような生き物だっただろうか?

 アーネストの疑問を読み取ったように、師匠は続けた。


「家畜舎にいるやつではありません。野生のコカトリスです」

「へぇ、コカトリスって野生でいるんだ」

「ええ。クレイヴンの魔界側の山に群生地があるのですが、放置しておくと増える一方で。縄張り争いに負けた個体が人間界に出てきて暴れたことがあったものですから、そうなる前に毎年、何羽か間引いているんです」

「そうなんだ」


 アーネストの頭には、山中をものすごい勢いで走っていくコカトリスの群れの映像が浮かび上がった。コカトリスは本当に素早くて、うるさくて、あまり好きじゃない。生物学の授業で触った時に、尾に噛まれて痛い思いをしたのも嫌いな原因だ。


「あれの群れか……」


 思わず渋面になって呟いたアーネスト。

 だが師匠は「いえ、群れではありませんよ」とさらり。


「群れじゃないの?」

「はい」

「え、でも、増えるんでしょ」

「はい」


 顔中に疑問符を貼り付けるアーネスト。師匠は面白がるような笑みを浮かべながら、頬杖をついて答えた。


「カレッジの家畜舎にいるコカトリスは、普通のニワトリやヘビとの交配を経て、小型化された品種です。毒性もなく、凶暴性もかなり抑えこまれています」

「え、そうなんだ!」


 抑えこまれているようには思えないけれど、とアーネストは思って、次の瞬間考えがぐるんと進んだ。


「待って、ってことはさ、野生のコカトリスって」

「はい。まず非常に大きいです。高さはざっと二・五メートルから、大きい個体では三メートルを超すこともあります」

「でっか……」

「そして尾のヘビは毒を持ち、噛まれたら一分ほどで全身が石化します」

「マジで?」

「さらに非常に好戦的で、近付くとすぐに襲ってきます。脚力が強く、蹴りをまともに受けたら骨が砕けました」

「砕け……砕けたことあるの?!」


 師匠は平然と「ええ。昔のことですけど」と頷いた。


「この通り危険ですが、群れることはありませんので、一体ずつ仕留めていけばそこまで難しいことでもありません。君たちを連れていっても大丈夫だと思います。薬も護符も持ってきましたし、君たちの『防壁』ならたいていの攻撃は凌げるでしょうから」


 師匠は嘘をつかないし、褒めようと思って褒める人でもない。だから『防壁』の堅さを言われて、アーネストは浮遊するような気持ちになった。賛辞は湯気、天まで昇れ!

 師匠は頬杖をやめて、アーネストのことを真っ直ぐに見た。


「強制はしません。二人にも聞いてみて、話し合って決めてください。明日の朝、九時の始発に乗りますので、来る気になったら十五分前に守衛室へ、ローブを着て来るように。よろしいですか」

了解(オーケー)師匠(マスター)!」


 きっとヴィンセントは二つ返事で“行く!”と言うだろう。ダニエルは怖がるかもしれないけれど、断ったりはしないはずだ。万一異を唱えたとしても、アーネストは全力で説き伏せるつもりだった。


(だって俺、行きたいし!)


 話の途中からわくわくしてきてしまったのだ。今夜は眠れないんじゃないかと思ったくらい。危険があるのは承知の上で、師匠と一緒にまだ誰もしたことのない経験をしに行くのが楽しみでしかたなかった。さらにいうと、危険があるからこそ楽しみな部分があった。

 それに、


(たぶん、師匠は一人で行った方が楽だと思う。毎年行ってるんだから。なのにわざわざ俺たちへ声をかけてくれた――弟子だから、って)


 そう思ったら“行かない”なんていう選択肢はサッパリ綺麗に消えてしまった。

 アーネストはバターのクッキーを食べて、紅茶を飲みほしてから、椅子を飛び降りた。


「じゃ、俺行くね。ありがとうスマイスさん、ごちそうさま! 師匠、また明日!」

「はいよ、お疲れさん」

「ええ、おやすみなさい」


 ひらひらと手を振る二人に見送られて、アーネストは厨房から走り出た。



 翌朝、弟子たち三人は揃って守衛室に行った。予想通りヴィンセントは「行く! 絶対に行く!」と即答したし、ダニエルは「ええ、怖いなぁ……でも行きたい」と言ったのだ。

 守衛室の中ではいつかみたいに、師匠とバートンが紅茶を片手に待っていた。


「おはよう、師匠、バートン!」

「おはようございます、ボーイズ」

「おう、おはよう! コカトリス狩りに行くんだってなぁ、気を付けていけよ!」


 豪快に笑うバートンに見送られて、守衛室を出る。本来、外出には許可がいるのだが、師匠に連れられて行く分には無許可でいいらしい。


「都合のいい校則ですね。いろいろと利用できると思いますが、緊急時以外は使わないようにしてください」

「「はーい!」」


 三人で声を揃えて元気よく返事をすると、師匠はまったく信用していない目付きでこちらを一瞥した。それでも何も言わなかったのは、きっと自分が同じ立場だったら思いっ切り都合よく使う(・・・・・・)だろう、と思ったからに違いない。

 駅舎にはすでに始発の便が停まっていた。中には誰もいない。師匠が「九時半頃に一度乗り換えますので」と三号車に最も近い席を選んだ。

 師匠は必ず進行方向を向く窓際に座る。酔ってしまうからだろう。


「そういえば、どうして君は罰掃除をしていたんですか?」

「食堂のシャンデリアを壊しちゃって」

「聞いてくれよ師匠、半分は師匠のせいだから」

「でもネイピアの反応最高だったよねぇ」

「うん、あれは最高だった」


 銘々に話し出そうとしたアーネストたちを前に、師匠は両手を上げた。


「一週間ちょっとしか経っていないのに、なかなか充実した日々を過ごしたようですね。一から聞かせてもらえますか?」

「もちろん!」

「聞いて聞いて!」

「師匠に習った『静電気』でネイピアたちに仕返ししようと思ってさ――」


 彼らが乗り換えを忘れずに出来たのは奇跡的なことだった。もちろんものすごく慌ただしいことになって、危うくダニエルが置き去りにされるところだったが。




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