偏屈なおじさん
偏屈シリーズ2弾。
ちょっといい感じの話なのがムカつく。
このおじさんの得体の知れなさは想像を掻き立てますよね。
私の家の隣には偏屈なおじさんが住んでいる。学校帰りの時間にいっつも庭で本を読んでいるおじさんだ。背が高くって、いつもつまらなさそうな顔をしている。なんの仕事をしているかはよくわからないけど、お金持ちらしい。クラウンに乗っているのをよく見る。初めて出会った時、私は小学生だった。
「おじさん何読んでるの?おもしろい?」
「いや、全然面白くないな。今にも読むのを止めてしまいそうだ」
それがおじさんとの最初の会話だった。へんなおじさんだと思ったけど、面白いおじさんだなとも思った。その日から私はこの偏屈なおじさんとお喋りするようになった。
「おじさん聞いて!テストで80点とったよ!」
「そんな将来には役に立たないもので喜ぶとは若いな」
「じゃあおじさんはテストで良い点取ってもうれしくないの?」
「ああ、普通に生きてりゃ当然だからな」
子供ながらに大人げない人だなぁとは思ったが。でもおじさんは頼んだら勉強を教えてくれるし、悪い人ではないみたいだ。
おじさんは言葉も悪いし不愛想だけど、私の事を少なからず心配してくれているらしい。中学生のころ私に彼氏が出来た時だった。
「ねえねえおじさん、私さー彼氏が出来たんだー!今すごい幸せ」
私は彼氏の写真を見せた。おじさんは本に落とした目を一瞬こちらに向けた。
「浮かれてるな」
思っていたよりも淡白な反応だった。続けて私が何かを言おうとするとおじさんはこう続けた。
「中学生の恋愛なんておままごとみたいなもんだ。男ばかり見て大事な所で足元すくわれないようにな」
「……なにそれ」
馬鹿にされている。そう確信した。わたしはそれだけで苛立ちを感じた。
「中学生なんて先の事もよく分かってない癖に大人ぶった阿呆ばかりだ。まあ失敗することで人生いい方向に進めることもあるんだから、今のうちに楽しい気分を味わっておけという事だ。」
「そんなことないもん!おままごとなんかじゃない!私は真剣なんだもん!!」
「どうせ」
おじさんは私の顔をちらりと見た。
「そいつはスポーツが他のメンツより良く出来て、顔が多少恵まれた、誰にでもずけずけと言葉を交わせるような、自分が偉いと思っている人種だろう?」
「……」
すごい、前半は当たっていた。彼はバスケットボール部で人気のエースだ。確かに軽い所はあるけど、そんな偉そうな態度をとるような男じゃない!私はそう思っていた。
「そんな言い方ってないじゃん!!もうおじさんなんて知らない!!」
私は用意してもらった紅茶に口も付けずに、自分ちの玄関まで走った。
「確かに中学生の恋愛なんて大人から見たら子供のお遊びかもしれないけど!私は真剣なの!お遊びのつもりなんてないの!!」
「まあ落着きなよ……」
早速次の日私はこの怒りを友達にぶつけた。いきなりの剣幕にその子も驚いていた。
「あいつ、絶対ロリコンよ!きっと彼に嫉妬したんだわ!!」
「落着きなって…結局あんたはおじさんにどう言って欲しかったのさ」
「……別に」
そういえば、なんでこんな事をおじさんに言ったんだろう。淡白に返されるのはあの人の性格から分かってたはずなのに。
「褒めて欲しかったの?」
「え…そ、そんなことないよ!!なんで私が褒めてもらわなきゃいけないのよ!」
だけど、ちょっとだけ図星かもしれない。そういえばおじさんは私を褒めない。いっつも分かりにくいアドバイスとか小言ばっかりくれる。だからちょっと、浮かれてたのもあって、彼氏でも出来たら褒めてもらえるかもって思ったのかもしれない。
「…まあでも、ちょっと言い過ぎたかもね。」
「みょうに素直じゃん」
「まあね、私は大人の女ですから」
その日おじさんがいる庭にいくと、いつも通り怒ってるのかと思うような顔をしながら本を読んでいるおじさんと、紅茶と、いつもは無いケーキが、机に置かれていた。おじさんは私に気づくと言った。
「昨日はああ言ったが、俺も大人だ。めでたいことが有れば祝ってやるさ」
「そう、ありがと」
私はちょっと大人ぶって、昨日の事なんて気にしてませんよっていう態度をした。だけどおじさんが正しかったことが分かるのはすぐだった。
「あのさ」
「どうかしたの?」
学校の昼休み、例の友達が神妙な面持ちで私の顔を見ながら切り出してきた。
「あんた、彼氏と仲良くしてるの?」
「うん……まぁ」
LINEのやり取りは減ったけど。心でそう付け加えた。
「あんまりこういう事言わないほうがいいかなって思って、だまってたんだけどさ」
「なに、どうしたのよ」
「多分あんたの彼、浮気してる」
後の顛末は想像に難くないだろう。問いただして、大ゲンカして、別れて…その日は散々泣きはらして家路についた。ふらりと庭に立ち寄るといつも通りおじさんは居た。
「今日はコーヒーしかないぞ」
おじさんはそういうと私の顔を見た。さっきまで、泣いてましたよって顔を見た。
「……なんだその面は、見れたもんじゃないぞ」
「そうかな……?」
いつも通りのおじさんに私は思わず笑ってしまった。
「例の彼にフラれた」
「そうか。よかったじゃないか。お前は大人に一歩近づいたんだ」
「そう思う事にした。…結局、おじさんの言う通りな奴だったよ」
「まあこれでも40年は生きた。顔を見ただけで分かるようになる事もある。それに」
おじさんはコーヒーを口にする。
「色恋沙汰なんて他人がどうこう言ったって、止められないこともな」
「……」
今言うべきなのは、ありがとうなのかごめんなさいなのか、よく分からなかった。とりあえず黙っていた。
「親御さんに、今日は飯は外で食うと伝えてこい。おごってやる」
意外な言葉が飛んできて、驚きつつも私は返す。
「いいよ、なんか、物食べる気分じゃない」
「ほう…」
おじさんはニヒルな微笑みを見せながら、楽しそうに言った。
「お前の元カレは、最高級松坂牛よりも大事な物らしいな」
その日の焼肉は、世界で一番美味しかったかもしれない。
そんなこんながあってから、私はおじさんに人生の色々なことを相談するようになった。大体帰ってくる返事はロクなものではなかったけど、それでも私はその言葉に耳を傾けるようになった。
「文系か理系かだと?どちらにせよ最下位だとアホがばれるぞ」
「告白された?………それを何故俺に聞くんだ。まぁもし長続きさせたいなら将来性で考えろ、公務員志望以外は蹴れ。」
「先生に怒られた?お前が悪い。もっと馬鹿を治すと良い。コツは相手をよく見ることだ。」
……参考になったかどうかは別として。
そんなある日、私は本当に悩んでいることに出会った。私にはおじさんにも、両親にも言わなかった夢があった。それは美容師になることだった。私も高校生になったことで、夢現で考えていた事をいよいよ本気で考えなければならなくなったのだった。そして何より私を悩ませたのは、親の快い返事を得られなかったことだった。どうすればいいのか、私は自然とおじさんの元へむかった。
「おじさん、実は、私、美容師になりたいんだ」
するとおじさんは本から目線を外さないで言った。
「なればいいだろ。俺に言わずとも」
「そうなんだけど…親があんまり頷いてくれなくて…」
「……本気なのか」
「うん。ずっと前から考えてた」
「そうか、なら尚更頑張るんだな」
……なんだか今日のおじさんは、淡白というより、冷たい感じがした。
「冷たい感じがしたんだよ……」
「あんたまたおじさんの話?好きねホント。お二人は付き合ってんじゃないの?」
高校生になっても私の相談相手の友達はあきれ顔で言った。
「違うって。付き合ってなんかないもん。すぐに邪推しないで。とにかく!いつもは淡白でもアドバイスとかくれるおじさんが、今回に限ってなんにもくれなくて……この件に関しては、ほんとに助言が欲しかったんだよ……」
「何回目だろこの流れ」
「どうしてかな…なんか気に障ること言ったかな……もう、心当たりが多くて」
「多いんだ」
彼女はため息を吐くといった。
「たぶんさ。おじさんは、あんたに自分で考えて欲しかったんじゃない?」
「自分で?」
「そう、ほんとに大事だと思う事だからこそ、おじさんはあんた自身に決めさせたいんじゃないの?」
「……」
おじさんってどうして、
「素直じゃないのかなぁ…」
私の目を見ながら彼女は言った。
「あんたは素直すぎるんじゃないの?」
「かもね」
少し得意げに言った。
家に帰っておじさんの庭に行こうとすると、ポストに色々入ってるのが見えた。キャンパス案内とか、資料とか色々入っている。その中に、小さなメモ用紙も居た。
『』
私は思わずクスっと笑ってしまった。何も書いてない。描かないんだったらなにも入れなきゃいいのに。おじさんらしい。少し勇気をもらった気がしながら、その足でおじさんの元へ向かった。
「おじさん」
「んん?」
今日は珍しく本を読んでいないおじさんであった。綺麗に整備された庭を見ながらコーヒーを飲んでいる。
「私が、もし美容師になったら、最初のお客さんになってほしいの」
おじさんはスプーンでカップの中身をかき混ぜながら言った。
「断る」
「えっ」
「俺は守れない約束はしないタチでね。お前も、覚悟決めるなら『もし』なんて言うんじゃない」
「じゃあ、」
私は、少しだけ息をのむと、言葉をゆっくり吐き出した。
「絶対、親も説得して、どれだけ時間をかけても、私、夢をかなえる!だから、その時は……」
少し嗚咽を交えながらも、言葉は止めなかった。
「髪を、切らせてください……!!」
気が付くと頭を少しだけ下げていた。自分で思ってた何倍も、本気のお願いだった。
「……わかった。ただ」
私は言葉の続きが気になって、顔を上げた。すこし嬉しそうな顔をしたおじさんが続けた。
「少し割引しろ」
あんまりきかないおじさんの冗談に、それだけで私は吹き出してしまった。
「おじさんも冗談なんて珍しいね」
「そうかもな。だったらお前も涙ふけ」
「えっ!」
自分も気が付かない間に私は感極まっていたらしい。目にたまっていた涙が今になって頬につたわった。目が少し熱を持っている事に今になって気付いた。
それからの私というのは、ひたすらに夢一直線だった。親には条件付きで美容師の道をみとめてもらった。その道すがら起きたたくさんの事はおじさんや友達に相談しながら、乗り越えていった。
おじさんはいつも通り嫌そうな顔をしながら聞いてくれた。友達も忙しい合間を縫って聞いてくれた。専門学校も問題なく卒業して、国家試験も挫けそうになりながらも無事に合格して…。
遂に念願の美容院での仕事が決まった。研修期間もそろそろ終わりに近づいてきた頃、私はおじさんにそれを伝えようといつもの小綺麗な庭を目に浮かべながら向かった。足取りはいつもより軽かった。だけど、目に映ったのは何台かの引っ越しトラックだった。玄関先に待ってたと言わんばかりにおじさんがぼーっと立っていた。
「なにこれ」
私はなんだか冷や汗が背を伝う感覚を覚える。言って欲しくない言葉が頭の中に浮かんでいた。
「実は1、2年家を空けることになった。俗にいう転勤だな」
「俗にでも何でもないよそれ。……転勤っていうのよそれ」
おじさんは無理に冗談を言ってる気がした。しかもわかりづらかった。
「実は……私、研修もそろそろ終わって。再来週からお客さんの髪切っていいって言われた。」
「そうか」
「いつ転勤?」
「明後日」
「なんで言ってくれなかったの?」
「お前、頑張ってたからな」
おじさんは妙に伸びた前髪を鬱陶しそうにいじりながら言った。
「……二年後でもいい」
「……」
「腕上げて、おじさんが帰ってくるの待ってるよ」
私はおじさんの目を見ていった。おじさんは一瞬、私から目を逸らした後、もう一度私の目を見て言った。
「約束は、守るよ」
そういったおじさんに出来るだけ笑顔を送った。別に二度と会えない訳じゃない。寂しいけど、私は頑張れる。
二週間後、おじさんの転勤を見送ってすぐ、私の研修期間は終わった。やっとお客さんの髪を切れる。正直思ってたよりきつい世界で、のほほんと生きてきた私にはしんどいこともある。泣くこともあるけど…。夢がやっとかなうのだ。私は開店作業のために自動ドアのカギを外して顔を上げた。目の前にはもうお客さんが居た。アロハシャツを着た背の高い……
「おじさん…?」
陰気臭い顔に似合わないピンク色のアロハシャツを着たおじさんが立っていた。
「えっ転勤先ハワイ?」
「グアムだ」
イラついた顔をしながそう答えたおじさんを見て、精いっぱいの受け狙いであることに気づいた。というか外国なのか転勤先は。
「て、転勤は?」
「言ったろ、約束は守るって」
「言ってたけど」
行動力凄いなぁ……。
「お前、客に対する態度がなってないぞ。『いらっしゃいませ』だろ」
「は、はい!いらっしゃいませ!!」
私はおしりを叩かれた気分で、営業スマイルを作った。おじさんを店内に案内して、椅子に座らせてカラークロスをかける。それから私はおじさんの髪の毛を指先で触りながら言った。
「お客様、今日の髪型はいかがいたしますか?」
私のお客様第一号は言った。
「お前が俺に一番似合うと思う髪型にしろ」
私は苦笑いした。私のお客様は注文まで偏屈らしかった。
ちなみに長編も作っています。
偏屈な人は出てきません。笑
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twitterやってます。@shabonet71232
このシリーズ続けた方が良いんでしょうか?笑