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虚妾


 ぱちり、と炭が爆ぜた。

 先ほど、俊輔が拾ってきた乾いた枝が炎を上げている。

 煙が上がらぬよう、乾いた枝を厳選してきた甲斐があって、瞬く間に良い炭が出来あがった。

 炎の脇で、上半身を剥きだしにした柔志狼が膝を着いている。

 無駄なく鍛えられた身体だった。

 柔志狼が動く度、瘤のように盛り上がった筋肉がしなやかに動く。その姿は、まさしく山門で睨みを利かせる仁王像のようである。

 だがそれとは明らかに違い、柔志狼の肉体には無数の古傷があった。

 その殆どが刀傷であるが、大きな爪で抉られた様な盛り上がった傷や、獣の嚙み跡のような傷まであった。

 その中にまだ血を滴らせる、生々しい傷があった。先ほど天狗党の一味に撃たれた銃創である。


「よし」


 柔志狼が、手にした苦無を炎に突っ込んだ。

 もちろん、幾重にも折り返したさらし越しに、苦無を掴んでいる。

 炎から取り出すと、反対の手に持った竹筒を咥え、中身を口に含む。

 それを赤く焼けた苦無に吹きかけると、酒の甘い香気が広がった。

 続いて自分の脇の傷にも酒を吹きかける。

 すると、なんの躊躇も無く、苦無の先を傷に突き刺した。

 腹の中に二寸ほど潜り込んだ苦無の先端が、固いものに触れた。


「ぐっ」


 柔志狼は苦無をこじると、傷口を抉った。

 その光景に、俊輔は思わず顔をしかめた。

 腹から苦無を抜くと、柔志狼は傷に指先を突っ込んだ。


「――がっ」


 引き抜いた指先には、鮮やかな桃色の肉片と共に、鈍色をした銃の弾があった。

 柔志狼はそれを投げ捨てると、傷口に酒をぶっかける。

 一瞬、苦悶の表情を浮かべるが、慣れた手つきで傷を塞ぎさらしを巻いていく。

 手伝います――と手を差し伸べた俊輔の手をはらい、全てを自分一人でこなす。

 着物に袖を通すと、大きなため息を一つ――柔志狼が肩を落とした。


「手慣れたものですね」


 心底感心した声を洩らしながら、俊輔が火を始末する。


「いつもの……事だ――」


 大きな岩に背を預け、柔志狼が苦しそうに顔を歪める。


「大丈夫ですか――」


 近づこうとする俊輔を手で制し、


「大丈夫だ」


 と、呟く。


「いや、でも……」

「大丈夫だって言っ……うぷぇ」


 耳まで赤くした柔志狼が口元を押さえた。


「本当ですか?物凄く具合が悪そうですが大丈夫なんですか」


 にやにやと笑みを浮かべ、顔を背け蹲る柔志狼を気遣うが、余計な御世話だと言わんばかりに制される。


「しかし、それにしても面白いお人ですね。柔志狼さんは」


 何がだ――と、言いたそうに充血した眼が、じろりと睨む。


「お酒弱いんですね」

「別に弱くない!ただ……」

「ただ――なんです?」

「好きじゃ――ひっく、ね、無ぇんだよ」


 その答えに、俊輔が思わず吹き出す。


「ちっ」


 柔志狼が舌打ち、背を向ける。


「すみません。あんなにお強い人が、こんなにも酒に弱いなんてなんだか」

「煩ぇ!」

「それにしても、あんな大勢を剣も持たずに倒すなんて到底、人間技とは思えない。実は妖術でも使えるんですか」

「んな訳あるか」

(やわら)ですかね?」


 そろりと、俊輔が探る様に呟く。


「――――」


 だが、柔志狼は答えない。


「どうして剣を使わないんですか?柔志狼さんなら、剣だって上手に扱えるでしょうに」


 尚も食い下がる俊輔。


「――ひとつだけ教えてやる」


 背を向けたまま、ぽつりと柔志狼が言う。


「お前だったら、殺し合っている最中に剣を落としたらどうする?」

「剣を落とす――いや、私は商人ですから考えたこともありませんよ」

「もしも剣が折れたら?」

「で、ですから――」

「矢尽き、刀折れ――それでも戦わねばならぬとすれば、棒を拾い石を握る。ではそんな石や棒すらなければどうする?」

「逃げます」


 俊輔が困ったように苦笑する。


「なにも無ければ、己の拳を握り、挑むしかないだろ」


 この男にしては珍しく饒舌だと思った。ごく少量とはいえ、苦手な酒がまだ残っている性なのであろう。


「ならば最初から、武器など無い事を想定した(すべ)を身に付ける方が良いとは思わねぇか」

「はぁ――私にはどうも分かりませんね。非合理的だ。でもそれも普通の柔術家の考えとも違う気がしますね」

「だがな、そういうことだ」


 と言って、柔志狼は黙った。

 俊輔の望んでいた答えとは少し違ったが、それなりに興味深い話だった。

 沈黙が、なんとも座りの悪い空気を作った。


「んん、お銀さんどこまで行っちゃったんですかね。早く水を汲んできてくれないかな」


 俊輔が瀬音のする方に首を回す。




 あの後――幸いなことに足を滑らしたお銀に怪我は無かった。

 崖が思いのほか、なだらかであったことも要因だが、すぐ下に太い松が生えており、偶然にも、お銀は枝に引っ掛かり無事であった。

 お銀を助け上げ柔志狼の元に向かうと、再びそこは凄惨の一言に尽きた。

 累々たる屍の上に、鬼神の如き柔志狼が立ち尽くしていた。


「かぁ――」


 と、息を吐いた柔志狼が頬の血を拭った。

 そのまま道を逸れ藪の中に入っていくのを、俊輔とお銀も無言で追った。

 川の瀬音が心地よい開けた場所に腰を降ろすと、柔志狼は徐に火をおこし始めた。


「どうするのです?火など起こせば見つかってしまいますよ」

「俊輔、すまないが枝を拾ってきてくれ。なるべく乾いている奴を頼む」


 水分の多い枝では、よけいに煙が上がってしまう。生木など言語道断である。


「わかりました」


 先ほどまで人を寄せ付けなかった柔志狼に乞われた事に、気をよくした俊輔は二つ返事で、抜けてきた藪に入っていく。


「では私は水を汲んでまいりましょう」


 そう言うと、お銀は俊輔と反対の方向へ行った。




 それから既に四半刻――

 柔志狼たちの居る場所は、川の岸にあたる藪の中である。この川沿いを上流に上れば、目指す玄能寺である。

 覗きこめば川面が見えるが、下は切り立った崖である。

 おそらくお銀は、どこか降りられそうな所から川に近づき、水を汲みに行ったのであろう。流れも緩やかで、水深も浅そうである。流される心配はまず無い。

 気をつければ女の脚だとて、往復するに造作も無いはずだ。

 だとすれば――俊輔が訴えるように柔志狼に視線を送る。

 しかし、眠ってしまったのか。柔志狼の背中が緩やかに上下している。


「なんともまあ――」


 その姿に、俊輔は呆れた。

 いくら酒に弱いとはいえ、よくもここまで無防備に寝息を立てられるものだと、感心してしまう。

 と、俊輔の口角が、くいと持ち上がった。

 人の良さそうな笑みを眼元に湛えたまま、能面のように表情が固まる。

 瞬きもせず。指先で左の手首の皮膚を摘まんだ。

 摘まんだ皮膚を引っ張る様にして――


 一歩――

 二歩――

 三歩――

 

 分厚い背中は眼の前だった。

 俊輔の眼が、微かに細められ――


「おい」


 その声に俊輔の動きが、びくりと止まる。


「何してんだ」

「い、いや私は――」


 懐の中で、俊輔の手に力がこもる。


「どうしたんだ、お銀(・・)よ」


 柔志狼の言葉に、俊輔が弾かれたように振り返る。


「お銀さん――」


 そこには、蒼白い顔をしたお銀の姿があった。


「よう、お前ぇらかい、俺らの縄張りで暴れてくれたのはよ」


 お銀の背後に、にやにやと笑みを浮かべる完治の姿があった。

 その手に持った小太刀を、お銀の背に突きつけている。


「どこのどいつだか答えてから死ぬのと、答えずに今すぐ死ぬのどっちがいい?好きな方を選んでいいぜ」


 物騒な事を、さらりと言い放つ。


「それにしてもよ、なんだか拍子抜けだな。本当にこいつらが殺ったのか?二人とも、剣のひとつも持ってないぜ」


 完治が、お銀の背を小突く。


「は、はい」


 お銀が震えたように頷く、


「じゃあよ、お前は何人殺ったんだ。あぁん?」


 と、俊輔に顎をしゃくる。


「いい、いや私は只の商人でして。殺るなんてとんでもない」


 俊輔が必死に首を振る。


「じゃぁ、手前か?」


 と、完治の視線が、背を向ける柔志狼に落ちる。


「手前ぇのさっきの話な―――」


 のっそりと、柔志狼が立ち上がった。


「もう一つ選択肢があるぜ」

「聞くまでも無かったな。全部お前の仕業か……」


 ぎらりと、殺気を放つ柔志狼に。完治が唾を飲む。


「なんだよ、選択肢ってのは」


 嬉々として、完治の口角が上がる。


「お前をぶち殺して、なにも喋らないって手だよ」


 ゆらりと、柔志狼が前に出る。


「この女が眼に入らないかい?」


 お銀の首根っこを掴み、前に突き出す。


「知らんな。そもそも、こいつらとは、そこの村で出会っただけで無関係だ。その女もこの男も、死のうが生きようが俺の知った事じゃない」

「じゅ、柔志狼さん――」


 お銀の瞳に熱が灯ったような光が宿る。


「ちょ、ちょ、ちょ柔志狼さん!」


 動きを止めぬ柔志狼に、俊輔が慌てる。


「諦めな――」


 その言葉は誰に向けてか――柔志狼の間合いまで、あと三歩。


「仕方ねぇなぁ――」


 完治が、お銀の身体を突き飛ばした。

 不意を突かれ、お銀の身体が倒れ込むように柔志狼に向かう。

 それを左に躱し、柔志狼が前に出ようとしたところを、縋るようなお銀の手が掴んだ。


「おいっ!」


 お銀の身体を引きはがそうとした柔志狼の左手を、黒い衝撃が走った。


「へへぁ!」


 完治の鞭が、柔志狼の手首を絡め取る。


「杉作!今だ、殺れ!」


 その声を合図に、背後の藪から黒い影が飛び出した。


「死ねぇぇぇぇ!」


 巨大な鉞を振り上げ、杉作の巨体が迫る。


「吩っ!」

 気合と共に柔志狼が腰を落とすと、お銀の身体がふわりと転がった。

 同時に、鞭を握る完治の身体が地面に叩きつけられる。


「ぐばぁ!」


 何が起こったか理解出来ぬまま、完治が地を転がる。

 束縛から自由になった柔志狼の寸前を、巨大な鉞が空気を焦がして通り過ぎる。


「――なにぃ!」


 勢いに流され、杉作の身体が前に泳いだ。

 そこの杉作の顎に、柔志狼の掌底が放たれる。

 だが、肩の肉に埋もれた杉作の顎は遠く、体勢の不十分だった掌打では、蚊に刺された様なものである。

 直ぐに飛び退く柔志狼のいた空間を、力任せに切り返した鉞が薙ぐ。

 技もクソも無い力任せの一撃だが、それが怖い。

 勢い余って叩かれた樹の幹が、粉みじんに吹き飛ぶ。


「馬鹿力出しやがって」


 柔志狼の身体を遥かに凌駕する、杉作の規格外れの肉体から放たれる攻撃は、砲撃に等しい。


「俊輔ぇ!」


 降り注ぐ木端はお銀にも降り注いだ。


「は、はいはい」


 あまりの光景に、呆気にとられていた俊輔が、柔志狼の言葉に走る。


「大丈夫ですか」


 地面に身を起こし、戦いを見つめるお銀を、俊輔が背後から抱き起す。


「お銀さん――」

「あっ……」


 お銀の口から甘い吐息がこぼれる。


「――俊輔さん」


 振り向いたお銀の頬が、上気したように紅く染まっていた。

 潤む瞳が気丈に、俊輔を睨みつける。


「痛っ!」

「――悪いお人」


 いつの間にか俊輔の(たなごころ)が、お銀の胸元に滑り込んでいた。

 柔らかな乳房の上にある蕾を、俊輔の指が摘まんだ時、お銀の爪がその手に朱い筋を刻みつけたのだ。


「これは失礼しました」


 悪びれる風も無く、掌を引き抜いた俊輔の腕に、朱い血の筋が滴る。


「ほら今のうちに、逃げましょう」


 お銀に立つように促す。


「動くな」


 だが、眼前に突きつけられた白刃がそれを妨げた。


「妙な事しやがったら――わかってるよな」


 いつの間に姿を現したのか。

 俊輔の背後に、剣を手にした恒と仁平が立っていた。


「――わ、わかりましたよ。動きませんから……」


 仁平の剣先が、俊輔の首筋に触れる。


「お前ぇには聞きたいことがある」


 音も無く、俊輔の隣に巳吉が立った。


「まぁ、暫し見物としゃれ込もうじゃないか」


 巳吉の薄い唇が、くいと持ち上がった。

 杉作の振り回す鉞は、幹を砕き岩を割る。

 後退する柔志狼を追うその姿はあたかも、荒れ狂う竜巻。

 その肉厚の刃に当たれば、柔志狼の腕とて骨まで断ち斬られるであろう。

 だが足元の悪い中その凶刃を、柔志狼が紙一重で躱す。

 一度だけ躱しきれぬ攻撃を、腰に付けた革袋で受ける。

 咄嗟に、後ろに跳んだからか。一瞬、火花が弾けるが、怪我は無い。


「この野郎っ」


 一抱えはある革袋を腰につけると、柔志狼が転がって距離を取る。

 ふと、そんな柔志狼の動きに、俊輔は違和感を抱いた。

 先ほどまでの炎のような激しさは無く、その動きに迷いが感じられる。さすがに脇腹の傷が響いているのだろうか。もしくは治療の際に含んだ酒の影響だろうか。

 と、首すれすれを襲う鉞を躱したとき、ほんの一瞬であるが、俊輔と視線が交差した。


「そうか――」


 その動きの悪さは怪我によるものでは無い。

 柔志狼は、人質にとられている俊輔とお銀を気にしているのだ。

 杉作の攻撃を躱しながら、伏兵により囚われた俊輔たちを気にして、攻撃に転じることを躊躇っているのだ。


「……柔志狼さん」


 俊輔が呟く。


「うがぁ!ちょこまかとしやがって!」


 柔志狼が、ひと抱えはある山桜の幹の後ろに回り込んだ。

 二股に別れた幹の間から、(つぶて)が奔った。

 咄嗟に拾い上げた石を、柔志狼が放ったのだ。


「ぐぉお」


 石の尖った先が、杉作の右眼に当たる。

 失明させるほどのものでは無いが、少なくとも暫く眼は開けられまい。

 一瞬の隙を突き、柔志狼が間合いを詰める。


「杉作ぅ!」


 巳吉の声に、杉作が顔を上げる。

 既に柔志狼は間合いの内にいた。


「クソがぁ!」


 杉作が、闇雲に鉞を振るう。


 ふわり――


 柔志狼が刃を躱し、杉作の腕を真綿でくるむように絡め取る。

 そのまま(たい)を捌と、杉作の巨体が地に沈む。

 顔面から地に突っ伏した杉作の腕が、奇妙な角度で天を向いていた。

 杉作の手から離れた鉞が、鈍い音をたてて地に落ちた。


 ぶぎゅ――


「――っがぁぁぁぁ!」


 柔志狼が、握っていた手首を捻ると、杉作の肩口から濡れた雑巾を千切るような嫌な音が響いた。


「手前ぇ、こいつらの命が惜しくないのか!」


 恒が握る剣先が、俊輔の首を刺すと、咽喉元に赤い血が流れた。


「うひぃ」


 俊輔が顔をしかめる。


「好きにしろ」

「えっ?」

「そいつらとは無関係だと言ったはずだ」

「そ、そんなぁ――」


 当てが外れ、俊輔が情けない声を洩らす。

 だが、この一連のやり取りの中、お銀だけ熱を帯びた瞳で柔志狼を見つめていた。


「――ちん、とん、しゃぁ――」


 ――ん、と、柔志狼の脚が、杉作の首の付け根を踏み抜きにいった。

 その瞬間、空気を切裂く破裂音が響いた。


「むっ」


 柔志狼の動きが止まる。


「殺らせないぜぇ」


 完治の持つ鞭が、柔志狼の腕を絡め取っていた。


「そこから離れろ!」


 完治が鞭を引く。


「――分かった」

「えっ?」


 鞭を引く感触が軽い事に、完治が戸惑う。


「そっちに行ってやるよ」


 完治が鞭を引くよりも早く、柔志狼が奔っていた。


「ちぃぃぃ――」


 鞭を外そうと、完治が手繰るが、すでに柔志狼に握り締められている。


 間合いは|二間《約四メートル)――


 咄嗟に、小太刀に切り替えようと、鞭を手放そうとした。

 だが――微かに触れている鞭の柄によって、完治の体勢が崩された。

 ぐらりと、崩れそうになる身体を踏ん張って耐えたのは、条件反射だった。

 それが失敗だった。

 踏ん張ったその一瞬、眼前に黒い悪鬼がいた。

 鍵爪状に曲げた柔志狼の指先が、完治の咽喉仏を突き上げる。


「――ぁがぁっ」


 勢いで一瞬浮き上がった身体が、急転、地に引かれる。

 咽喉を潰され後頭部を叩きつけられ、絶命する己を、完治は刹那に感じた。


「ぐばぁ――」


 だが柔志狼の力が、完治から消失した。


「――――死ねぇぇぇぇぇ!」


 突如、立ち上がった杉作が、柔志狼に突っ込んだ。

 自分の二倍以上ある杉作に背後から抱えられ、流石の柔志狼でもなす術も無い。

 片手で柔志狼の身体を抱えたまま、杉作がそのまま走る。


「手前ぇ!」


 柔志狼は身を捻り、杉作の耳に指を突き立てる。


「ごぉぉぉあ!」


 指の付け根まで突き込まれても、杉作は止まらない。

 杉作は、柔志狼を抱えたまま、藪を突っ切り突進する。


「やばっ――」


 柔志狼が振り返る。

 藪の先――そこは、切り立った崖。


「お頭によろしくなぁぁぁぁ――――――」


 縺れたまま、柔志狼と杉作の身体は宙に吸い込まれていった。


「柔志狼さぁん!」


 俊輔の叫びが、青い空に虚しく響いた。


「――杉作よぉ……」


 崖を覗き込むように、完治が呟く。


「さて、どうします」


 改まったように、巳吉が頭を掻く。


「えっ?何が……」


 訳が分からず、俊輔が落ち着きを無くす。

 ふぅ――と、お銀が溜めていた息を吐いた。


「つまんない男だねぇ。もう少し骨があると思ったのに、とんだ見込み違いだった」


 くくく――と、お銀の肩が揺れた。


「銀狐姐さん、帰ぇりましょう」


 巳吉が己の羽織を脱ぐと、お銀の肩に掛ける。


「俊輔さん。あんたを望み通り、あたしらの玄能寺に連れて行ってあげるよ」


 くい――と、俊輔の顎を白い指で持ち上げ、お銀が微笑んだ。





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