拳嵐
眼を疑うような光景だった。
五貫(二〇キロ)を超える当世具足を身に付けた男が、木端のように弾け飛んでいく。その身の目方と合わせれば、二〇貫(八〇キロ)はゆうに超える。
その様子は、さながら焙烙玉でも破裂したかのようである。
そんな宙に舞う具足姿の下を、黒い鬼が奔った。
そこへ、胴当てを身に付けた男が剣で突っかかる。
「ちぇぇぇぇ!」
狂ったような叫びを上げながら、剣を振り回す男に向かって、黒い男が掌を突き出すと、まるで吸い込まれるように、黒装束の男の掌が顎先を下から突き上げる。
すると、先ほどの具足姿の男が宙に在るうちに、この男の身体も木端のように宙を舞った。
間髪入れず、左右から別の男ふたりが、黒装束の男に襲い掛かる。
その剣を紙一重の見切りで躱すと、独楽のように身体を回転させた黒装束の男が、鞭のようにしなる拳を二人の顎先に叩き込んだ。
膝から崩れるように沈む二人の男たちに合わせたかのように、先ほど宙を舞った具足姿の男たちが、岩場に顔から落ちる。
ふん――と鼻を鳴らすと黒装束の男は、何事も無かったかのように石段を昇りはじめた。
そこで漸く、俊輔は溜めていた息を吐いた。
僅か一呼吸ほどの刹那の出来事に、俊介は息をするのも忘れ、ただ茫然と見つめる事しか出来なかった。