俺には彼女の余命が見える
俺には、人や動物の頭の上に数字が見える。
その数字はぼやけていて、近づいて見ないと正確には読み取れない。
視力の悪い人が少し離れた場所にある文字を読もうとしても、文字があることはわかるが何が書いているかはわからないことがあるだろう。それと似た感じと思ってくれたらいい。
小さい頃の俺はこれが何の数字なのかさっぱりわからなかった。
当時の俺にわかったことは数字が一日ずつ減ることと、写真やテレビに写っている人や動物の上には数字がないということだけだった。
しかし、幼かった俺はそれが何なのかわかっていなくても人とは違う目を持っていることを喜んでいた。
この数字について大きな手掛かりを得たのは小学四年生のことだ。
その日は飼っていた犬の数字が ”0” になった日だった。
俺は毎日、学校が終わった後は友達と遊んでいたがその日は違った。
学校が終わるなりすぐに家に帰り、犬と一緒に過ごし観察するつもりだった。
そのつもりだったが、残念ながら俺はその日、大好きだったペットと過ごすことはできなかった。
我が家の愛犬はその日、俺が学校にいる間に命を落としてしまったからだ。
悲しくて涙が止まらなかったのを今でも覚えている。
小学校に入学するときに親に買ってもらった犬だった。
毎日一緒にいるのが当たり前で、まさかいきなり死んでしまうなんて考えてもいなかった。
しかし愛犬が死ぬことで俺はその日、十年間考え続けた問題をやっと解決することができた。
俺には生物の余命を見ることができる。
一日ごとに減っていく数字。現在とは時間がずれてしまっている写真やテレビの中ではその数字は写らないこと。そして、その数字が ”0” になった日に死んでしまった犬。
そのすべてが俺の特殊な目の謎の答えにつながっていた。
そのことがわかった瞬間、今まで意味をなさなかったただの数字の羅列がとてつもない意味を持ったカウントダウンクロックにその姿を変えてしまった。
その日からというもの、俺はひたすらこの目について調べ、活用しようとした。
自分のように大切なものをいきなりなくす人が少しでも減ればよいと思っていた。
事前に死ぬことがわかっていれば、何かできるかもしれない。俺はそう考えていた。
近所のペットが死にそうになっていることをその飼い主にも伝えたし、六年生のときには余命が ”0” の人を駅で見かけ、今日死ぬかもしれないから家に帰るよう伝えたこともあった。
しかし、どれも意味がないことだった。
いきなり親しい仲でもない子供に、飼っているペットや自分自身が死ぬと言われても信じてもらえるはずがなく、当時の俺は何度も不謹慎だと周りの人間に怒られた。
それでも当時の俺は諦めなかった。
というより、自分が怒られる理由がわからなかった。
実際、その家のペットは死んだし、俺が注意した駅では人身事故が起きていた。
俺なら多くの人が救える。
そう信じてやまなかった。
そんな中、正月に久しぶりに母方の実家に帰省したときのことだ。
俺は気づいてしまったのだ、俺のおばあちゃんの余命が ”1” だということに。
俺はその日、何度もおばあちゃんに病院に行くよう伝えた。
そのころの俺は余命のことを言っても信じてもらえないことくらいはわかっていたので、「顔色が悪い」、「痩せすぎだ」 など何かと理由をつけて説得した。
おばあちゃんも孫に心配されるのがうれしかったのだろうか、次の日には病院に行くと言ってくれた。
それで俺は安心し、とうとう人を救えたのかもしれないと思っていた。
しかし次の日の朝、おばあちゃんは階段から足を滑らせ強く頭を打ち、意識不明の重体となり、その日のうちに病院で息を引き取った。
俺は運命というものに嘲笑われているかのように感じた。
俺一人じゃ何も変えられないことを知り、
世界はそんなに甘くないということを痛感した。
そしてその日から俺は、余命を見るのをやめた。
あれから三年。
俺は高校二年生になっている。
県では上位の進学校に進学し、部活も勉強も並一通り頑張っている。
俺には付き合って半年の女の子がいる。
彼女は小柄で顔もかなり可愛いと評判だ。
見た目には子供っぽさが残り、性格も天然でどこか抜けている。
「そこがいい」と言うファンも沢山いる。
もちろん、俺もそのうちの一人だ。
天然とは言ったが、根はまじめで彼女は俺よりも断然賢い。
よく勉強を教えてもらっている。
吹奏楽部の彼女は俺よりも部活が終わるのが早いが、俺の練習が終わるまで毎日学校に残ってくれていた。
毎日申し訳ないと思っていたのだが、家に帰ってしまうより学校にいるほうが勉強もできてちょうどいいと言ってくれていた。
ある日のことだ。
日曜日はどっちも部活が休みなので、毎週二人でデートするようにしていたのだが、その日はテストも近いということで俺の家で勉強することになった。
休憩と称して、二人でベットの上に腰を下ろし肩を寄せ合い他愛もない雑談をしていたときのことだ。
楽しそうに笑う彼女の顔を見ようと横を向いたとき、俺は見てしまった。
彼女の余命が。
今まで意識して、彼女の余命だけは見ないようにしていた。
それなのにうかつだった。
楽しい時間は俺の気を緩め、そしてそれは俺をどん底に突き落とした。
彼女の頭の上にあった数字は "30" 。
つまり、彼女に残っている余命はあと三十日ということだ。
この一か月は彼女のために捧げてきた。
二年間頑張ってきていた部活も毎日早退し、彼女の部活の終わりに合わせて俺も一緒に帰った。
帰り道も、それまでは駅で別れていたが、今は彼女の家の前まで毎日送っている。
休みの日にはなけなしの小遣いをはたき、彼女の負担にならない限りなるべく遠出した。
都会に行って買い物もしたり、きれいな星を見るために田舎のほうにも行った。
俺はできる限りのことをしてあげた。
してあげたというより、俺がそうしたかった。
「どうしたの? 優くん、なんだか元気ないね」
優くん。
俺のことをそう呼ぶのは彼女だけだ。
今日も俺は彼女を家まで送っていた。
「そんなことないよ。ピンピンしてる」
俺は今できる精一杯の笑顔で答える。
「そう? でも、無理しちゃダメなんだからね」
「大丈夫だよ。無理なんかしてない」
嘘だ。
無理はしている。
こうして彼女と笑顔で接するのは正直もう辛い。
本当なら、ここで泣き出してしまいたいくらいだ。
「本当? 最近、家まで送ってくれてるけど大変なんじゃないの? 私の家から優くんの家まで結構遠いし」
「全然平気だって。俺がやりたくてやってるからそれでいいの」
「う~ん……。わかった」
彼女は何かを言いたげだったが、それを押しとどめて納得してくれる。
「でもその代わり、今日はここまででいいです」
「いや、すぐそこだし最後まで送らせてくれよ」
「だ~め。ここまでが私ができる最大の譲歩だよ」
「譲歩って……。送りたいって言ってるのは俺のほうだよ?」
「だから譲歩なんです。それとも、優くんは私のお願いを聞いてくれないの?」
彼女は少しいたずらっぽい目をしながら笑った。
ここでこれ以上食い下がるのは逆効果かもしれない。
「わかった。気を付けて帰ってね」
「は~い。優くんも気を付けて帰るんだよ」
「了解しました」
俺がそう言うと彼女は俺に別れを告げ、そのまま帰っていく。
俺を心配し、労わってくれる彼女が俺には何よりも愛おしい。
俺はそんな彼女の後姿を、ずっと眺めていた。
ぼやけてしまって見えないが、彼女の頭の上には ”2” という数字が表示されているはずだ。
立ち尽くしながら、俺は考える。
俺は明日、彼女に何をしてあげられるのだろうか。
読んでいただきありがとうございます。
一度短編を書いてみたかったので書いてみました。
感想などお待ちしております。