雪女①
ケータイの着信音で目が覚めた。
枕元に置いたまま寝たから凄くうるさかった…普段なら着信なんかなかなか来ないし。
電話を掛けてきたのは仄さんだった。
『やぁ!久しぶりだねぇ。元気してた?』
そう陽気な声が電話越しに聞こえてくる。
「あぁ、元気だけど。突然電話なんてどうしたんだ?」
俺は聞かれたことにだけ答える。余計なことは言わない。シンプルイズベスト。
『んー、なんていうか、ね。君、最近困ったことない?』
「そうっすね…あんたの妹に弁当の卵焼き盗み食いされて的確なアドバイスまでもらったこととか?」
『あ、そういうんじゃなくて。もっとこう…ね?あ、でもまだ味付けは微妙だったかな、うん』
「いつの間にあんたまで食べたんだよ…」
てかそんなに俺の卵焼き美味しくないの?結構自信作なんだけど?
「困ったこと…ね。あるにはあるけど」
『あるにはあるって、そんなレベルの困ったことなのかい?私にはそうは思えないが』
「…流石、お見通しっすね。かなり手強い案件なんですけど」
『やはりね。しかもそれは妖怪関連のもの。そうだろう?』
なんでこう、この人にはわかってしまうのだろうか。最初に出会った時からずっとそうだ。
「そうです。俺の学校に、雪女がいます。んで、そいつに絡まれた…?というのか、接触を持ちました」
実際接触程度ではない。殺されかけた。
『まぁ、気をつけるこったね。君、あの時言ったよね?もうこっちの世界に足を踏み入れる覚悟はあるって』
「言いましたよ…でも、どうすればいいのかわからなくて…俺以外の妖怪に出会うなんて初めてのことだし」
『そうだね。一応説明しておこうか。君が今抱えている問題。雪女、と言ったね?雪女は私達国家魔術師教会が近頃調査にあたっている「大罪妖怪」の1つに数えられている妖怪でね』
「大罪妖怪って?」
『あぁ、言ってなかったね。大罪妖怪ってのは魔術師教会の間で付けた名前なんだが、七つの大罪ってのがあるだろう?キリスト教で言われてる人を罪に導く欲望やら感情のことだ。今、私達が調査している妖怪ってのはちっと特殊でね。異常な程に力が強い。妖怪における力ってのは負の力のことでね。彼らにとっては負の力が正に働くんだ。そこで、異常な程に強い妖怪のことを負の力である七つの大罪に準えてそう呼んでいるんだ。ま、本当に7人しかいないかどうかはわからんし、呼びやすいからそう呼んでるだけなんだけど、さ』
そこで仄さんは1度言葉を切り、
『君と接触のあったという雪女は「悲嘆」の大罪。雪女ってのは物語上悲しい位置づけ、悲劇のヒロインを演じることが多い。そこから私達は雪女を悲嘆の大罪妖怪としている』
なるほど。間違ってはいない。出利葉氷夢は過去に悲しい思いをしている。彼女に取り憑いた雪女も悲しみから来る憎しみで彼女を不幸にさせた。
『妖怪は神としても扱われていてね。人では決して触れることは出来ない存在だ。まぁ、私や君のような例外を除けばだけど。ということで、今回の問題、君の学友との問題のようだし、君が解決してね?私はもう手出しないよ?』
「どこが ということで!?俺ひとりでどうにかなるもんだいじゃな」
いという前に
『それじゃー、私は忙しいので~。またなんかあったら妹たちに連絡係頼むから、さ。まぁ、せいぜい卵焼きの腕でも上げといてよね☆』
と言うと電話は切れた。
その後掛け直しても仄さんは出なかった。
罪であり神である存在、妖怪。出利葉氷夢も俺もその1人だ。
さて、どうしたものかね…もう引き返すって選択肢は絶対に無いけれど。