一話
どのようにして持ち運んだのかと疑問に思うソレを、少女は両手で器用にまわしている。
音もなくまわすその姿に、普通なら感心の一つでもするのだろう。
さながらマーチングバンドの旗のようにクルクルとまわすその様は、優美さすら感じさせる。
・・・そう、普通なら。
彼女がまわしているソレは巨大な鎌だった。
小柄な彼女には到底似つかわしくない漆黒の鎌。
柄の部分には文字が彫られているが日本語ではなさそうだ。
そのほかに目立つ装飾はないが、そのシンプルさが
武器として持つ本来の禍々しさを醸し出してる。
肝心の刃はというと手入れを怠っているのだろうか、
ところどころくすんでいて鈍く光っている。
ただ、照りつける太陽の光を反射するには十分だった。
・・・あっつぅ~。
ぼうっとした頭で考えるのはそれぐらいだった。
自分がどうしてこんな場所にいるのかを考えるのも面倒になる。
そんな茹だるような暑さだった。首筋から背中へと伝う汗が気持ち悪い。
制服にもじわじわと色の濃い部分を作り始めていた。拓けた屋上では遮蔽物もなく、
元凶である太陽を見上げればこちらを見るなと言わんばかりに照り返してくる。
眩しいな。
さっきからくるくるしてるアレが一定の間隔で太陽光を反射している。
鎌かな?
それが第一印象だった。鎌といっても、学校の奉仕作業でみた草取り用のヤツじゃない。
ゲームでもマイナーな戦闘用のデスサイズみたいだ。持ち主を見てみると下級生だろうか、
小柄な少女がソレを操っていた。
夢・・・だな。
俺はそう思った。目の前の光景と嫌な暑さが現実感を感じさせてくれない。
仮に現実だとしても夢にしとこう。それでこの夢の続きはどこか涼しいところで見よう、
そうしよう。そんな夢からの現実逃避を試みようと、俺は少女に背を向けようとした。
彼をここで返す訳にはいかない。少し手荒な真似だけど・・・。
そこで俺は再認識した、これが夢だということを。振り返ろうとしたのに体が動かない。
いや、呼吸や心臓が動いているのだから、言うことを聞かないと言ったほうが正しいかも
しれない。
あー、今ので意識はっきりしてきたわ。ん、夢なのに意識はっきりっておかしくね?
まあ、細かいことはいいや、覚めてくれさえすれば関係ないし。
そんなことを考えながら、俺は夢に身を委ねることに決めた。
あ~、め~が~ま~わ~る~。なぁ~にが楽しくてクルクルクルクルしてんだコイツ?
コイツの頭狂々(クルクル)してんじゃねえか。まあムリもないわな、この暑さだし?
イカレちまったってしょうがねえ。それにしてもだ、アイツもアイツだ、何考えてんだかわかんねえ。
どうやら動くつもりはないらしい。クハハ、物好きなヤツだ。わかってんのかなアイツ?
今から自分が殺されるってwww
標的は微動だにしない。逃げ出す気はないようだ。
こちらもいつまでもこうしているわけにはいかない、そろそろ・・・?
フフフ、この状況で怯え一つない目をしている。覚悟はできているようだ。
ならば気を取り直してそろそろ始めるとしようか。いや・・・終わらせる、か。
とりあえず俺は、目の前の少女を観察することにした。なにぶんすることがないのだ。
夢の中で暇をもてあますというのもおもしろいけど・・・。
鎌を持っていること以外、その少女は至って普通の女子高生だった。
いや、恐るべき怪力であることを補足しとく。鎌の質量を考えれば常人の比じゃない。
けど、それを除けば普通なんだよなあ。
だが、そんな感想も彼女の顔へ目をやった瞬間に吹き飛んだ。目。彼女の目だ。
あんな目を俺は見たことが無かった。感情が、熱が、生命が感じられない。
べつに俺の経験に限った話ではない。人が元来持つ直感、本能と言った部分が俺にそう告げていた。この暗く、深い闇が渦巻いているような目は、人間にはできないと。
そして俺は遅蒔きながらに気づいた。
さっきまで虚空を見つめていた闇が、俺を捕らえていることに・・・。
「それは一瞬の出来事だった・・・・と、語れるのならばカッコ良かったのだが私は疑問に
思うのだよ、ザック。一瞬とは何かをね。・・・はは、そんなしかめっ面をしなでくれ、そこまで
哲学的な話でもないさ。・・・そうだな、これは寧ろ単純な話さ。すべての物事の限界・・・、
そう言えば君にもわかりやすいかな?」
どこかの国のどこかの街のどこかのホテル、その一室で2人は話していた。
簡素な家具が最低限に置かれているのを見ると、どうやら安いビジネスホテルのようだ。
ベッドに腰を掛けた白い背広を着た男が窓際に立つ相方に話しかけていた。
初老のようだが話す際に見せる豊かな表情と若々しい声で不思議と老いを感じさせなかった。
一方ザックと呼ばれた男はというと、またかといったように壁に寄りかかった。
目深にかぶったハットから表情は伺えないが、背広の男の言うことを信じるならしかめっ面
真っ最中のはずだ。
「人よりも象の方が大きく、象よりもビルが大きい。だがそれよりも空の方が巨大だろう?それ
と同じことだよ。人は本当に極短い僅かな時を一瞬と呼ぶ。刹那と言い換えてもいいな。
だがそれが本当に最短なのかは疑問だと思わないか?正確に計ったわけでもない、個人
の主観に基づいた単位なんてあてにはならない。仮にそれが正しいとしよう、ならば0とはな
んだ、無とはなんだ。0秒ならば時は無いのか、止まるのか?・・・ああ、すまないね取り乱し
てしまった。つまりね、僕が言いたいのは時に値をつけるなんて無意味だということさ。人の
驕りでしかないんだよ。フハハ、そういった意味では人に限界は無いのかもしれないね。
・・・え、大きさの話と矛盾している?なあに、気にすることなんて無いさ。」
帽子の男が言葉を発したようには思えなっかったが、彼の心を読み取ったかのように男は
話を続ける。
いや、それ以前に・・・・、
「この世には矛盾が溢れている、もしかしたら矛盾しかないかもしれない。君とボクだって
そうだろ?まあ、それを見つけるのはこれから先に生きる人達だ、ボク達じゃないよ。それ
にね、さっきの話もあながち矛盾してないかもしれないよ?だってさあ、君の心がどこまで
も広いからこうしてボクの退屈な話を聞いてくれるわけじゃん?」
それまでしかめっ面だった相方の表情が、初めて緩んだように感じた。
その後も二人はしばらく話をしていたが・・・、
「・・・さて、だいぶわき道に逸れてしまったわけだけど、そろそろ話を戻すとしよう。
そうだなあ、続きは場所を変えるとしようじゃないか?」
そう言って二人は歩き出す
「君も気になるだろう?そのあと少年A君がどうなったのか。」
そんな言葉を後に残し、背広の青年と寡黙な男は部屋を後にした。
二人が去った後の部屋にこれまた二つの人影が現れた。
「どうする、つけるか?」
「やめとけ、どうせすぐに撒かれる。ご丁寧に話まで逸らしやがって、あいつら完全に俺ら
に気づいてやがった。」
彼らの話を聞く限り、どうやらこの場には先ほどまで四人の人間が存在していたようだ。
「肝心の話は聞けなかったな、朧月の血が絶えているならそれに越したことはないが・・・」
「その話は戻ってからだ。上には俺から報告しておく、お前は今すぐショッピングモールへ
向かえ。」
「ん、ショッピングモール?なんだってそんなとこ?」
「支度だよ、支度。旅行のな・・・。」
「おい、まさか・・・!?」
相棒の意図がわかったのか、もう一人が激しい動揺に襲われる。
「やっとわかったか?あいつらを逃がした時点でどの道それしか手はねえ・・・。」
そう言うと命令口調のほうは、窓の外の夜空に呟いた
「ここよりも星空は綺麗だろうぜ、日本は・・・。」
そこからはあっという間だった。2人の視線が交錯したそのときに、事は起こった。
それまで一心に獲物を回し続けていた少女は、柄を握りなおし大きく振りかぶったかと
思うと、そのまま少年の方へ飛んだのだ。体全体から醸し出された物騒な重心移動は、
見た目にはスロウモーションのようであった。が、その滑らかな動作には一切のムダがなく、
瞬きでもすれば感じとることのできない動きでもあった。
一足飛びかと思える突進は、地面をなめるような感覚を与えた
俺はそこで初めて疑問に思った。これは本当に夢なんだろうかって。
ただ、考えようにも彼女はすぐ目の前に迫っていて・・・。
そのあとはもう痛みの中だった。左半身からの激痛に頭は考えることを放棄した。
なんでこんなことになっているのかもわからず、痛みに喘ぎ、顔は歪む
頭の中で様々な思いが湧き出ては消える
母さんごめんな、親不孝で...
そんなことを思ったりもしたが、やはり痛みの中に消えていく
気を失う間際、何か聞こえたような気もしたが、
そんなことお構いなしに俺の意識は闇に沈んでいった
私は自分が無意識のうちに言葉を発していたことに気づいた。
なぜこんな言葉を発したのかは自分でもわからなかったが、
わかる必要もないと感じ、後始末を始めた