表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゴールドタウン町立探偵事務所  作者: 濱マイク
3/4

別れさせ屋

【別れさせ屋】



町役場の職員専用の駐車スペースは、一般駐車場の一番奥に設けられている。


空いているスペースに車を戻して、対象が事務所に入るのを確認して、外の喫煙所でゆっくり時間をかけて一服する。


中の様子を伺いながら、きっかり10分待って、静かに事務所の裏口の扉を開けて中に入った。


「お疲れっす」

「お疲れ様って、メチャ早くね?」


田中が不思議そうにポカンとしてる。


「ってか、まだ、尾行中」


口に人差し指を当てて、声のトーンを少し落とす。


INGアイエヌジー、進行形っす」


菊池君がフォローしてくれる。


「何それぇ?」

「主任は?」

「今、依頼人が来て、面談中よ」


間仕切りの向こうの応接スペースで話し声がしているが、内容まではわからない。


プライバシー重視の探偵業としては何も聞こえない方が安心だが、このバラックじゃたかが知れてるな。


「何なのよぉ?」


隣のブースの様子を伺ってるのを、田中が訝しがってる。


「シーッ」


菊池君も口に人差し指を当てて脳天気な田中を制する。



程なくして、主任が戻ってきた。


「田中さん、あ、佐藤さんも居てくれたんですね」


「新規の依頼ですか?」


「ん〜そうなんですが、ま、取り敢えず、田中さん、同席してください」

「私ですか?」


「それと、佐藤さんに相談なんですが」

「はい」


「新しい依頼人なんですけどね」

「柴田孝でしょ?」


「知っていたんですか?」

「尾行してたら、なんと真っ直ぐここに入ったんで、こっちがびっくりですよ」


「そうでしたか。やや話が込み入って来てます」


「でしょうね」


「佐藤さんの顔はバレない方が良いかも知れないので、一応待機していてください」


「一体何の用なんですか?」


「ん〜、要するに、フーチェン氏と円満に別れたいと」


「別れたい?」


「で、取り敢えずは、田中さんに同席してもらう事にします」


なるほど、別れさせ屋の出番という訳か。

ただし相手はモーホーだぞ。


田中の男好きのする唇や豊満なボディ等、な〜んの役にも立たんが。



「え、柴田孝が来てるんですか?」

「うっそ〜!」


田中と荒井のおばちゃんの表情が一変する。


「ええ、田中さん、手が空いてますか?」


「もっちろんですぅ〜、あ、でも1分待ってください!」


と、すっくと立ち上がるや、洗面所に駆け込み、慌ただしく化粧を始めた。

目的がわからん。


「私、お茶出して来ます!」


荒井のおばちゃんまで手鏡でリップ塗りだした。


だから、モーホーだって。




お茶を出しに行った荒井のおばちゃんが、頬っぺたをピンクに染めてニコニコしながら戻って来た。


「あのねあのねぇ〜」


なんだその萌え系の語尾は?


「は?」


「色が透き通るくらい白くってねぇ、まつ毛がすっごく長くてってねぇ、くっきりした瞳がキラキラしてんのよぉ〜」


はいはい。


もしかして荒井のおばちゃん、ジャニタレの追っかけやってる?



30分程で面談が終わった。


柴田孝は、少女漫画の王子様の様に、周りに花びらやキラキラした星屑を撒き散らしながら、およそ役場の駐車場には場違いな真っ赤なフェラーリに颯爽と乗り込み、爆音を響かせながら帰って行った。


町役場の本庁舎の窓から、たくさんの女性職員が顔を出し、キャーキャー言いながらうっとりと眺めてるぜ。


カッコ良すぎだってば。


もちろん、一応菊池君にフォローを頼んで尾行を続けて貰う。




主任と田中が戻って来たので、急遽、臨時ミーティングが開かれた。


田中の顔もピンク色にほわんほわんと染まってるわい。


話にならんわ。



「一応、調査対象の尾行は、菊池君に続けてもらってます」


「わかりました」



「もったいなっ」


田中の独り言だ。

聞こえないように言え。


「あれでモーホーだなんて、勿体なさすぎるわ」


こらこら。


「ま、個人的な好みはともかくですね、要件がかなり進展した訳です」


「進展?したんですか?」


「フーチェン氏依頼の浮気調査の方は、証拠固めだけでほぼ解決するかもしれません」


「対象からの証言が取れたんですね?」


「ええ、まぁ。ただ、フーチェン氏に報告する内容の吟味と時期の判断が必要かも知れませんねぇ」


「何か問題でも?」


「まず、確かに柴田孝氏には、新しい恋人ができた様です」

「やっぱり、そうですか」


「経緯はともかく、フーチェン氏の存在が疎ましくなっている様です」

「なるほど」


「それともう一つ、柴田孝の死んだはずの母親が、実は生きている事が分かったそうです」

「へ?」


「つまり、柴田孝はフーチェン氏には嘘をついてなかったという事です」

「本当ですか?」


「今は不如帰町ほととぎちょうの特養、あ、特別養護老人ホームに入っているそうです」

「老人ホームですかぁ」


不如帰町ならすぐ隣町だ。


「どういう経緯かはわかりませんが、母親が家を出て行ったのを、残された父親が、死んだ事にしていた様です」


「よくわかりましたね?」


「母親が再婚だったので、彼には元々腹違いのお兄さんがいて、家を出る時に母親が引き取っていたらしいんです」


「母親の連れ子のお兄さん?」


「そうです」


「ところが、再々婚の連れ添いも先に亡くなり、とうとう母親が介護が必要な状態になって、お兄さんが困り果てていた様です」


「そんな矢先に、本当に偶然らしいんですが、腹違いの弟の柴田孝に出くわしたんです」


「出くわした?」


「お客としてです」


「お客?、て、お兄さんもモーホーなんですか?」


「血は争えないもんですねぇ」


「それって、もしかして、先月の21日の雨の日ですか?」


「その通りです」


「と、言うことは、あれですかね、腹違いのお兄さんが、今の柴田孝の新しい恋人ですか?」


「正解!ピンポーン」


主任が、ポケットから出した紙の花吹雪を巻きあげました。


あら、そういうキャラだっけ。


高木のオッさんと荒井のオバちゃんが拍手喝采して大受けです。


何時から仕込んでんだ?


「今日も、これから老人ホームに行くと言ってたので、尾行している菊池君に確認してもらいましょう」


「わかりました」



ボーッと夢見心地だった田中が、ようやく目が覚めたらしく、手を挙げた。


「提案があるんですけどぉ」

「どうぞ」


「柴田孝様の依頼の担当は、菊池君に担当をお願いして、私と佐藤さんでヘルプすると言うのはいかがでしょうか?」


「菊池君ですか?」


「はい、佐藤さんはフーチェン氏に面が割れていますよね」


「ああ」


「私は柴田氏に面談しているので問題はありませんが、何せそっちの世界のあれなんで」


「確かに」


「潜伏するにも聞き込みするにも何かと制約が出てしまいます」


「なるほど」


「ここは、一応男の子の菊池君に頑張ってもらうというのが順当かと」


「彼で、大丈夫ですか?」


「考えがあります」

「考えと言いますと?」

「頭で今構想中なので、もう少しはっきりしたらお伝えします」


「そうですか、ま、田中さんは専門家なので、方法論はお任せするしかありませんね」


「もちろんふたりで全面的にバックアップしますので」


「それでは、シフト表を再度調整して、菊池君が戻り次第、プランニングをお願いします」


「わかりました」




ミーティングが終わり、外の灰皿だけの喫煙所に田中を誘った。


「ああ、もったいなっ!」


まだ言ってるよ。


「で、どうするんだ?」


「今夜空いてる?」

「へ?まぁ、別に用事はないけど」

「じゃ菊池君が戻ったら、3人で飲みに行くよ」


「いいけど」


「いろいろと彼にはレクチャーしなくちゃならないからね」


徐ろに肩と頭を回してストレッチしてる。



こいつ、何考えてんだ?




Lineにメッセージが入った。

菊池君からだ。


不如帰町ほととぎちょうの特別養護老人ホームです。中庭で身体の大きな男性と談話中。写メ送ります』


「菊池君?」

「ああ」


写メが添付されて来た。

かなり遠いが、雰囲気は伝わった。



だってさ、肩抱いてるもん。



(つづく)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ