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ゴールドタウン町立探偵事務所  作者: 濱マイク
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プロローグ 町立探偵

【プロローグ】


朝からの長雨で、水溜りにネオンサインが鈍く反射してる。


鰭ヶ崎モールのメインストリートは、無数の傘のオンパレードだ。


ゴールドタウンの私鉄の駅から種々雑多な人々がわさわさと溢れ出てくる。


帰宅時間のいつもの光景だ。


雨の中、先を急いで傘もささず走り出すひとや、のんびり雨宿りしながら通り沿いの店を冷やかしている人。


ほとんどの人々が、流れに身を任せて、まるでひとの群れの動く方向に吊られて進んでいるようにも見える。


山の手の住宅街方面や、オータ橋を渡って旧赤線地帯のネオンの海を左手に見ながら、面倒橋方面に散っていく。


コンビニのある笛吹町4丁目の交差点を、山の手側から来たベージュのリンカーンのタウンカーがゆっくりと左折して行く。


真っ黒なフイルムで中は見えないが、ナンバーはゾロ目の333。


「どの辺?」

「もう少し先だ」

「ラブホ?」

「そうだ」


多分ゴールドジムでボディビルやってる内に脳味噌まで筋肉になったと思われる、これ又陽サロでこんがり焼け過ぎた男が、夜なのにサングラスで運転している。


盛り上がり過ぎている胸元にはぶっといゴールドのチェーンがこれでもかってくらいケバめに光り輝いてる。


助手席には、まるで対照的な、ほっそりした色の白い妖艶な美少年が乗っている。


ジャニーズ系だけど、もっとモデル系寄りだ。


ホスト系の黒服だが、大きく開いた襟元から、華奢で眩く銀色に光るネックレスをしている。


「部屋番号は、1101号室だ」

「判った」

「VIPコースだから、宜しくな」

「了解」


一瞬美少年が妖しげに笑った。


車が横付けしたのは、裏通りの、入り口に細やかなネオン看板がひとつだけ光っているだけの建物だ。


暗闇に上を見上げると、目的の部屋は最上階のようだった。





【町立探偵】



俺の名前は、佐藤哲也。

本名に決まってんだろ。


職業は、探偵。

嘘だと思うだろ?

べ〜だ、これがまた本当なんだな。


でも、私立探偵(Private Detective)じゃない。


それ以外に探偵があるのかって?


港町のゴールドタウンは、多国籍移民タウンとして、想像もつかないような非常識な日常が転がってる。


町をあげて取り組まなきゃならない下世話な厄介事が溢れかえってるのさ。


で、ゴールドタウンの町役場の駐車場に、バラックの建屋で探偵事務所が開設されて、俺はそこの臨時職員で採用されたんだ。


そ、町立探偵(Municipal Detective

)佐藤哲也だ。




「佐藤さん!」

「はい」


主任のお呼びだ。


「オーオカ川の猫の水死体の件の報告書はどうなってますか?」


「はい、現場写真を編集中で、明日には提出する予定です」


「そうですか。あ、明日は町議会があるから駄目だなぁ。明後日に提出して下さい」

「わかりました」


前倒しではなく先送りかい?

呑気なもんだ。

さすが地方公務員というか、ぬるま湯じゃん。


席に戻ると、同じく臨時職員の田中理恵が椅子をずらして寄ってきた。


「猫の水死体事件よね〜」

「そうそう」

「死体を扱うなんて、刑事みたいじゃん!羨ましい〜」

「ハハハハッ、いやぁ大した事はないさ〜」

「そうだね」


カチン。


「そういや田中さん、3丁目のマリア婆ちゃんのオムツ盗難事件はどうなってんの?」

「それは禁句よ!」


ニヤリ。


「まだフリフリのミニスカート履いて真っ白い顔して、あの辺徘徊してんの?」

「やっかましい!」


ハハッ

ろくな仕事がない。


町立探偵事務所は、民営化を前提条件にした町役場の外郭団体になる。


したがって、そこの臨時職員は公務員試験無しで採用されていて、民間のアルバイトやパートとなんら変わらない。

勿論、年齢経験も問わない。


所長を始め所属の課長係長までは天下り組のお爺ちゃんたちで、基本探偵実務は一切しない。


主任だけが町役場の職員で、2年で戻る事を条件に出向している。


実務と言えるものは全て臨時職員が対応し、町役場への報告と臨時職員の管理が主任以上の主な仕事だ。


この事務所には臨時職員が5人居る。


大学の新卒が1人と、中途採用が4人。


俺や田中は中途採用だ。


田中は民間の興信所出身。29歳。

と、言っても典型的な別れさせ屋だったらしい。


男好きのする顔に豊満な身体で旦那さんに浮気させて、その現場をスクープして離婚訴訟を有利にするお仕事。


脱いだら凄い、としか言いようのないトランジスタグラマーだ。


俺は外資系の保険会社で営業をやってた。31歳。独身。


後は、38歳の専業主婦だった荒井さんと、52歳でリストラされた高木さん。


それに公務員試験に落ちまくって取り敢えず潜り込んでる、大学出の新卒の菊池君。


以上5人が、ゴールドタウンの町立探偵って訳さ。




「おい、菊池〜」

「はい」

「ミーティングの会場はどこだぁ?」


もう昼が近い。


「少々お待ちください」


菊池君はパソコンオタクだから、WEB調査はお手のもんだ。


ミーティングとは、あくまでランチミーティングだ。


気分転換の時間として最重要であると、菊池君には懇々と教え込んでいるんだ。


お役所の昼休みは45分きっかりしか許されていない。


庁舎の地下食堂が一番安いが、メッチャ混むし、旬のものが食えてお得な処をピックアップして昼飯にする方が多い。


だいたいせっかくのランチタイムに同じ役所のおじちゃんおばちゃんの顔見ててもつまらんし、なんの進歩もない。


少年よ書を捨てて、街に出よう!

これは古過ぎるな。



ミーティングの会場が鰭ヶ崎モールの焼肉ランチに決定して扨と腰を上げかけた時、来客に応対していた主任が戻って来た。


「佐藤さん」

「はい」

「ちょっと同席してください」

「え、って焼肉ランチなんですけどぉ」

「仕事です」

「はぁ」


チキショ〜

唯一の楽しみが〜


「お気の毒様です。ハハッ」


田中と菊池君がこそっと吹き出しながら耳打ちして行く。


このヤロ。



形ばかりに仕切られた応接コーナーに行くと、空気が一変した。


およそ役場というところは来るものは拒まずなので、色んな来客がある。


老若男女を問わず、国籍も問わず、宗教も、勿論、性癖もだ。


でも、普通役場になんか来ないだろ〜って輩がそこに座っていたんだ。


擦り切れた椅子を2人分占領しても足らぬ位のはち切れた肉の塊が壁を作ってる。


頭は典型的なモヒカン刈り。

シャープなサングラスに髭面。

タンクトップの胸毛や腕毛がわさわさ生えてて、両肩に髑髏のTATOO入り。


普通さ、町役場に相談になんか来ね〜タイプじゃん。


でも、一番不自然だったのは、肩を震わせて、泣いてる事だ。


泣いてんの?

何、この人?



「浮気調査の依頼です」

「浮気調査って、奥様ですか?」


「あ、いや、え〜と、恋人だそうです」


主任が面談ノートを見せてくれる。


「では、今後は担当の佐藤が承りますので、何なりとお申し付けください」


って、そそくさと席を立っちまった。


ほへ?

同席じゃないのぉ?


嵌められたぜ。


取り敢えず、面談ノートに目を落とす。


依頼人は、フーチェン石井さん。28歳。

28歳?俺より年下かい!

ハーフらしいけど、見た目は髭面のせいか40歳位にしか見えなかった。


調査対象は、彼と恋人関係にある、柴田孝。 21歳。


柴田孝さん?

男?

ん?


男が落ち着くのを待って、徐に切り出してみる。


「え〜と、あの、調査の対象は、柴田孝さんでお間違えないですね?」

「そうです」


男がバッグから写真を取り出した。

ほっそりした美少年が笑ってる


すげ〜美形だなぁ。


でもどう見ても男だ。

なるほど、間違いないんだ。


「おふたりの関係は、その、恋人同士であると」

「そうです」

「恋人同士であるという事は、その、なんだ、肉体関係が、そのあれです、あるという事ですか?」


途端に男がまたオイオイと泣き出した。


「タカシ〜!」


手が付けられないよぉ。

おいおい。


「それで、何か浮気と言える証拠でも見つかったんでしょうか?」


「してないんだ」

「は?」

「先月から一度もさせてくれない」

「え〜と、させてくれないの、させては、そのもしかするとなんですが、肉体関係という事ですか?」


聴きづらいなぁ〜


「そうです」


もしかしたら違うかもとは思ったんだけど、やっぱそうなのねぇ。


「体調が芳しくないとか?」

「普通です」

「しない理由を聞きましたか?」

「お袋さんの介護が忙しくなったと」


「親御さんの介護ですか?だとしたら、暇がないんじゃないんですか?」

「調べたんですよ」

「はあ」

「孝のお袋は10年も前に亡くなってるそうだ」

「と、すると、嘘をついてる?」

「他に男が出来だんだ!」


全身の筋肉に力が入って青筋が立ってきた。


うわっこわっ


「そ、それ以外で、何か怪しいとか、思い当たる事とか、気がついた事はありますか?」


「ふたりの記念日にプレゼントしたプラチナのネックレスを、一切しなくなった」

「プラチナ?それはそれはお高いんでしょうねぇ?」

「50万円した」

「ご、50万円ですか?」


「あの日だ」

「あの日?」

「先月、朝から雨だった日があったろ」

「雨の日ですか、あまりよく覚えてませんが」

「一日中雨だった日だ。確か21日だった。間違いない」

「21日ですね」


「仕事が終わって帰ってきたら、もうネックレスをしてなかった」

「お仕事は何を?」

「ホテトルだ」

「へ?」

「客が怪しいんだ」

「お客さんですかぁ?」


男が出張ホテトルなのねぇ。

なかなかに風俗の最先端だなぁ。


それから、その時の客の連絡先と、使ったラブホテル、彼の記憶にあるお客さんの情報の全てを聞き出した。


一応調査対象者の出勤予定を提出して貰って、調査費の料金の概算を説明して、今日はお引き取り願った。



腹減ったなぁ〜

どっと疲れたし。


浮気調査は根気とタイミングだ。

タイミング良く浮気相手に出くわせば1日で終わる。


出くわさなけりゃ一生出くわさない。

そんなもんさ。


扨てと、先ずは、腹ごしらえだ。



(つづく)


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