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私の愛する元魔王  作者: 織田優弥
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第一話

 私は、勇者である。


 正確には、勇者だった。

 もっと正確には、勇者の生まれ変わりだ。


 そう気が付いたのは、いつの頃だろうか?


 そうだ。

 あれは、三つぐらいの頃。

 家の柱に抱きついて、気張っていた頃だ。


 小さな手で柱を掴んだ私は、背筋を伸ばす。

 オムツに包まれたお尻を、よく出るように突き出していた。


「んー! んー!」

 顔を真っ赤にして、踏ん張る。


 中々出なかった。

 前日に食べ過ぎたか、手強い相手だった。


「んー! んー! んーんーんーんーんー!!」

 私はせっかちな性格だ。

 勢いで乗り切ろうと、さらに踏ん張る。

 顔をげんこつ岩のように、しかめる。


 その甲斐もあって、敵は顔を出す。

 砲台も開き始める。

 大爆発まで、もう少しだ。

 導火線には火が付いている。

 ユウヤ、頑張れ。

 今が勝負時だ。

「んー!!!」

 歯が生え揃っていないので、歯茎を噛み合わせ、踏ん張る。

 最大出力。

 

「すはああああああああ」

 プリブリ、プリプリプリプリ。

 肛門が大爆発を開始する。

 大小様々な爆弾が誘爆し、連鎖爆発を起こす。

 出すという排泄行為の快楽に、私の顔が惚ける。

 下品な言い方をすれば、アヘる。

 アヘ顔を浮かべたまま足をぷるぷると震わせ、柱にもたれかかっている。

 お腹の中がスッキリし、何とも言えない爽快感が、私を包み込んでいる。

 頭の中はホワイトアウトし、まるで雲の中にいるようだ。

 身体も出した分軽い。

 浮遊感さえ覚える。


「はああああああ」

 すっかり全部キレ良く出し切り、私は大きく息を吐き出した。

 その時、私は思い出した。

 

 真っ白な頭が雷にでも打たれたように、瞬時に覚醒する。

 目覚めた脳内に、次々とイメージが浮かび上がっては消えていく。

 その速度はとても目で追えるものではなかったが、感覚的に全てを理解できた。

 それらは全て、一度体験したもの、記憶だったからだ。

 

 誕生と成長、出会いと戦闘、交流と別離、そして転生。

 前世の記憶がまざまざと蘇る。

 私は思い出した。

 私は勇者だった。

 私の前世は勇者だった。

 こことは違う世界で、剣と魔法と勇気を武器に、世界制服を企む輩と戦う、世界で一番の勇者だった。

 

 私は泣き出した。

 全てを思い出し、ギャン泣きした。

 耳まで真っ赤にし、顔をくしゃくしゃに自分でも耳障りな音量で泣いた。

 言葉にもならない言語を圧縮したような大声で、空気を震わせた。

 

 泣いた理由は、怖かったからだ。

 異世界に一人で放り出されたからだ。

 友人、知人、肉親、家族、両親などの縁を断ち切られ、異世界に転生させられていたからだ。

 

 封印、お目付け役、緊急避難、隔離、排除、手助け、余計な事を。

 すべてを思い出した気になっていたが、転生直前の記憶はあやふやだ。

 大魔法使いのジジイと大賢者のババアが、加齢臭プンプンにそんな事を言っていたような。

 理由は思い出せないが、この老害二人に転生させられたことは間違いない。

 一人で異世界に放り出されたのだ。

 その恨みは末代まで対象だ。

 今度会ったら、絶対にコロス!

 

 そう強がってみても、今の私は異世界の住人。

 かつ三歳の乳幼児だ。

 オムツも取れなければ、母乳も未だに大好きだ。

 元勇者様だろうが、そんな今の私に何が一体できると言うのだろう?

 泣くしかないではないか。

 

「あに濁点が*10個、ぎゅわわーん、だぎゃーだぎゃー!!」

 私は人目もはばからず、大声で泣き喚く。

 見かねた、おっぱいを吸わせてくれる母親?が、ガラガラをやめ、寄って来る。

「どうしたのかなあ、ユウヤちゃん。お尻が気持ち悪くなったのかなあ」

 異世界への転生という大秘法で生まれた私が、この人を母親と呼んでいいのだろうか?

 母親?は慣れた手つきで、ウンチにまみれたオムツを外し、これまたウンチにまみれた私のお尻を拭いてくれている。

 ローションが染み込んだ綿は、少しひやっとする。

 オムツで蒸れた肌には気持ち良い。

 優しさが、触れられた手から伝わってくる。

 その温かさに応える。

 この人は母親だ。

 たまたまの異世界への転生先だろうと、私の母親で間違いない。

 だが、それとこれとは別物だ。

 異世界の一人の寂しさは、紛れない。

 新たなオムツに身を包んでも、お尻がすっきりしても、私のギャン泣きは治まらなかった。

 見かねた母親が、ガラガラであやしていたもう一人を連れてくる。

 私より一個上の四つの兄だ。

 兄は成長が遅いのか、体格も一才下の妹の私と変わらない。

 むしろ一回り小さい。

 顔に締まりもなく、鼻水と涎を垂らしている。

 涎掛けが体液でデロデロだ。

「はあい、ユウヤちゃん。お兄ちゃんのオウマちゃんでちゅよお」

 オムツ替えに仰向けに寝転んだままの私に、母親は兄を見せ付ける。

 両手で持って、私の顔に近づける。

 鼻水と涎が、私の服にかかる。

 

 私のギャン泣きが治まる。

 また一つ思い出した。

 この鼻水と涎の大王こと転生先では私の兄こそ、世界制服を企んだ輩自体であり、また私が愛した男だったからだ。

 私は一人ではなかった。

 最愛の男と二人一緒に転生していた。

 もう何も怖くない。

 

 私は笑い出した。

 キャハハ、ウフフと私が笑う中、兄は何も知らないかのように体液をデロデロしていた。


 それから、十二年の月日が流れ。

 明日、私達は高校一年生になる。

 

 真新しい制服に身を包み、真新しい環境で、真新しい友達に出会い、真新しく良く学ぶ、良く遊んでいく。

 真新しいベッドで胸を躍らせながら、私は眠りについた。

 

 翌朝。

 眩しさに目が覚める。

 窓から光が差し込んでいる。

 朝日だ。

 起き上がり、ベッド脇のダンボール箱に置いていたスマートフォンで時間を確認する。 まだ六時前だ。

 ベッドにまた背中を預ける。

 起きるにはまだ早いが、目が覚めてしまった。

 新しい部屋にまだ慣れていないのか、遮光カーテンを閉めるのを忘れてしまっていた。 防視用のレースカーテンだけ閉めている。

 何やってんだか。

 部屋には所狭しとダンボール箱が転がっている。

 昨日の昼に引っ越してきたばかりだからだ。

 荷解きは最低限しか行なっていない。

 ベッドは事前にネットで購入し配送予約をしていたので、寝床は確保できていた。

 私達兄妹は、両親が転勤族のため三年同じ場所にはいない。

 短くて半年、長くて三年弱のスパンで、引越しを繰り返している。

 少々贅沢な気もするが、寝具については毎回買い直している。

 大物なので引越し費用が高くつくからだ。

 引越しの距離も様々だが、最低でも五県はまたぐ遠距離が基本だ。

 離島だったこともある。

 そのため、家具、家電は基本的に買い直している。

 贅沢というか、現在的な消費型で、私はあまり好きではない。

 私が前世でいた異世界では。

 

 懐古主義はババア臭くなるので、やめておこう。

 老けるのも早くなりそうだし。

 大量生産大量消費の、高循環社会だからこその利点もある。

 大量消費されるからこそ、大量に生産されるのだ。

 大量に生産されるからこそ、改善の機会に恵まれるのだ。

 私はダンボール箱の隙間を抜け、自室を出た。

 廊下に出る。

 リビング・ダイニングと隔てた左にある扉から、明かりが漏れている。

 兄はもう起きているようだ。

 扉の擦りガラスから、居間の暖色照明でなく、台所の白色蛍光灯の光が見える。

 兄はどうやら台所に立っているようだ。

 こっちの学校に転入してくる原因を作った罰として、向こう半年間の家事は兄の分担となっている。

 早起きしての炊事とは、良い心がけだ。

 私は、兄も反省しているのだなと勘違いしたまま、右に抜け、風呂場へと向かった。

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