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完結

 

「やっぱり帰ってくれないかしら」

「はぁ?」

「女の子が部屋に男を入れるなんてふしだらよ、帰ってちょうだい」

「……」


 なんというか『話がある』と言われたがゆえに半年以上かけて旅をし、辿り着いた瞬間に帰れと言われた。


 わかっている。

 実は恥ずかしがり屋だからな、土壇場になって怖気づいたのだ。

 日本にいた時も、あゆむと友達になれそうな人間は何名か現れた。

 だが、仲良くなれそうになると、恥ずかしくなって照れ隠しで半殺しにしてしまうのだ。

 人知れず凹んでいるのを何度か目撃したことがある。


 俺もコミュ障の自覚は有るが、あゆむはさらに酷いのだ。

 まともな人間と会話が成立する事が無い。

 剣道に出会い、しかも極めるだけ極めてしまってからは、さらに酷い有様になった。

 

「話があるんだよ、俺が」


 事あるごとに折れてやらないと話にならないのだ。


「しかたないわね、話を聞いてあげるわ」


 上から目線の満足げな笑みを浮かべ、あゆむは一二〇一室の扉を開けて、クイッと顎を上げ、入室を促してきた。

 定期的に譲歩してやらないと精神的に不安定になり、投げ出す。

 暴力をともなって。


 端から見れば迷惑きわまりない話だ。

 悪気が無いわけでもない、性格が悪いのだ、悪気が無いはずがない。

 

「あぁ、ありがとよ」


 性格が悪く、根性は歪み、自己中なのに寂しがり屋なのだ。

 それを他人にわかって貰えないのが理不尽だと疑いもせず信じている。


「変なことをしたら大声出すから」

「そうかい、楽しみにしてるよ」


 そんな面倒くさい女の部屋に入った。



 

 広さは三〇畳はあるだろう、天蓋つきのベッドが部屋の真ん中に鎮座し、壁に埋め込む形でクローゼットがある。

 扉が二つあることから一つはトイレ、もう一つは風呂だろう。


 ……それだけだ、それだけしか物が無い。


「食事とかどうしてるんだ?」

「下僕が作ってくれるわ」

「下僕?」

「間違えた、友達が作ってくれているわ」

「その友達は、今はいないのか?」

「今は出て行ってもらっているわ」

「お前にも友達ができたんだ……会ってみたいもんだ」

「その友達がこの部屋にいる時は全裸よ、いやらしいわね」

「そんなローカルルール知らねぇよ! てかそれって友達かよ」

「そういう趣味の友だちよ、私を疑っているのかしら?」

「……まぁ、信じてやるよ」


 どうせ、話し掛けるためだけに、うっかり口から出た命令だろう。

『人に優しくすると媚びていると思われる』って考えてしまう性格だからな。


「ところで、何の話があって私の部屋に転がり込んできたのよ」


 靴を脱ぎ、独りでベッドに腰掛けながら口を尖らせて吐き捨ててきた。

 ちなみに俺は立ったままだ、椅子は部屋に存在しない。

 会話の流れは、もう俺の方があゆむに会いたくて転がり込んできたことになっている。

 

「公園でしていた話の続きだよ」

「あれは、もういいわ。大したことじゃないもの」

「まぁそれならいいけどよ。結構気にしていたんだぜ、話を聞いておけばよかったってな」

「……そう」

「大したこと無いなら忘れていた方がよかったな」

「靴を舐めるなら教えてあけてもいいわ」

「もう素足じゃねぇか」

「なら……足を舐めればいいじゃない……」


 何を顔を赤らめてんだよ、別にSでもないクセに、ただ性格が悪いだけなのに。


「仕方ないな……」

「なっ、なによ!」


 テンパっているあゆむの隣に腰掛け、首筋から服の隙間に手を突っ込んでみた。

 異世界に来ようがパットさんは必須のようだ。

 懐かしいな。


「ちょっ! なにすんのよ!」

「お前がしろって言ったんじゃねぇかよ! 動くなよ、服が脱がせにくいだろ!」

「足っていったのよ! 聞こえなかったの!」

「あぁ、足か……」


 俺は服から手を抜きつつテンションを下げる素振り。

 過度な追撃はしない、命に関わるからな。


「聞き間違いをしたようだ」

「なっ!」

「なんだよ、ほんの些細な間違いでキレるのかよ、心が狭いな」

「……勘違いなら、しょうがないわね……許してあげるわ、感謝なさい」


 そのままベッドに座るあゆむの隣に腰かけ、話し掛ける。


「まぁ話もないみたいだし、帰ろうかな」

「……そう」

「待っている連中もいることだし」

「……」

「お前も友達が沢山いるみたいだし、安心だな」

「……」

「俺もお前に負けないくらい、楽しく過ごせる仲間がいるんだ」

「……そう」

「そいつらと旅をしたんだ、こっちの世界に来てからずっと旅をしていたようなもんだった」

「……」

「まぁ、お前の人生に比べたら大したことねぇんだけどな」

「うん……」

「話すまでもない、お前が聞いても『なにそれ、つまんないことしてたのね、まさに人生をドブに捨てていたってことね』とか言われそうだけど、まぁ最後だから聞くか?」

「そうね……最後なんだから話してみなさいよ」

「そうだな、最初にお前とはぐれて一人で呆けていたらよ、三人の村人に襲われてなぁ、大変だったぜ。いやぁ~剣道しててよかった、竹刀があったから咄嗟に返り討ちにして逃げたんだ」

「そう……」

「それからよぉ、ハーフエルフの子に会ったんだ。心配すんな男だから」

「別に心配してないわ……」

「そいつを連れて悪者をバッタバッタとなぎ倒していたら。赤い髪の王子様に出会ったんだ」

「そう……」

「その王子様が『姫を救うため、祖国に帰らなければならない』って俺に救いを求めたんだ、俺は言った『心配するな、この俺が君を必ず祖国に送り届けてやる』ってな」

「うん……」

「その道中、天界の龍に出会った。心配すんな、こいつは本当に男だ」

「本当にってなによ……」

「まぁ気にすんな。でな、悪者を蹴散らして、ついにアルディア王国って国に辿り着いてみれば、もう滅んでいたんだ」

「うん……」

「そこでも紆余曲折があった、だが俺は常に正々堂々と悪者を蹴散らし、王子とその親友、そしてロリコン男を救出し、その国から脱出したんだ」

「男ばかりなのね、つまらないわ……」

「まぁな、それから獣人とレパス王国っていう国の戦争に介入し、愛の力で解決したんだ。大変だったぞ、聖人とかっていう人外もいてな。そいつも一騎打ちの末に撃破したわけだが」

「そう……」

「それから旅を続けて迷宮を叩き潰した、後はお前の知っているとおりさ」

「女の子がいたじゃない、見たわよ」

「見間違いだ、仲間は男しかいなかった」

「手をつないでいたじゃない」

「あれは……二人とも男だ、ホモが俺の取り合いをしていたんだ」

「嘘よ」

「お前の勘違いだ。俺は、嘘をついたことがないとは言わないが、お前に嘘をついたことは一度も無い……そうだろ?」

「そうね……ユタカは私を騙したことなんて、騙せたことなんか一度も無いわ」

「そうだよ……まぁそんな、お前から見たらつまらない旅をしていたんだ」

「本当につまらないわね……」

「だろ……」

「……」

「なんてな……嘘だよ」

「うん……」

「俺に仲間なんていなかった、全部嘘だ」

「……」


 あゆむは俯いたまま、手を組み、左右の人差し指をくるくると回している。

 沈黙が部屋を包みそうになる、相変わらず面倒くさい女で何よりだ。


「お前は何をしていたんだ?」

「神様になったわ」

「それは知っている」

「……それくらいなものよ」

「他にもあるだろ。アルテミスってなんだよ、この街ってお前の町だろ、国まで出来てんじゃん」

「知らないわ、勝手にそうなっていただけよ」

「まぁ、なんとなくわかった……いつもどおりなんだな」

「そうね、いつもどおりだわ」


 こいつの性格、そして街の人々の態度を見ればある程度はわかっていた。

 別に暴虐の限りを尽くしているわけじゃないだろう。

 もしそうなら街がここまで発展しているはずがない、今は市民が物陰に隠れているだけだ。


 腫れ物のように扱われている自分を俺に見せないために、住民そのものを隠しているのだろう。

 そんなことをしてもバレバレなのに浅はかな女だ。

 

「俺の話はそれくらいだな」

「そう」

「……さ~てどうしようかね~」

「好きにしなさいよ」

「旅にでもでようかな~」

「……どこによ」

「知らねぇよ、暇つぶしだ。なんせ俺たちは年をとらないみたいだからな。異世界の異物だからだろうかね」

「行く当てがないなら、ここにいればいいじゃない……」

「ヒモか~、なんか嫌だなぁ」

「チビの癖に贅沢ね」

「うるせぇよ」

「……この街から出ることは許さないわ、命令よ」

「命令か~嫌だなぁ」

「これから一言でも『嫌』って言ったら殺すわ」

「相変わらずひでぇ性格をしてやがるな」

「何よ!」

「じゃあ、勝負でもするか」

「……」

「お前が勝ったら、まぁ、お前の傍にいてやってもいい」

「そう……」

「俺が勝ったら……そうだな、お前が俺についてこい」

「……わかったわ」


 あゆむはベッドからすっと立ち上がり俺を見下ろした。

 いつのまにか竹刀が二本握られている『どこから出した?』などと驚きはしない。まぁ赤帝でもどうにもできない怪物だからな。

 その気になれば何でもできるんだろう。

 こんなに不安定な生き物が強大な力を持っているってのは、ひょっとしなくても世界存亡の危機なのではないだろうか。


「随分懐かしいものを引っ張りだしてきたな」

「……そうね」

「防具とかもつけるのか?」

「必要ないわ」

「……そうかい」


 ぽいっと投げ出された竹刀を掴み取る。


「ん? こんなに軽かったっけ?」

「そんなものよ」

「……懐かしいな」


 ベッドから立ち上がってあゆむから距離を取り、振り向く。

 幸いなことに広い部屋だ。お遊び程度なら剣も振れる。

 あゆむはもう構えていた、正眼の美しい構え、軸のブレは全く無い。


「じゃあ始めるか」

「いつでもいいわ……」


 とんだ茶番だ、結果は既に見えている。

 あゆむが俺より弱かったことは一度も無い。

 まして今や、天の使いである赤帝に『神』認定も受けている。


「さぁ、いくぞっ」


 始めの合図もおざなり、俺は無造作にあゆむの間合いへと踏み込む、駆け引きなんか一つもない。

 必要も無い。


 俺はあゆむに一度として負けたことが無いんだからな。

 こいつを一人にしていたら、いつかこの世界は滅ぶ。

 孤独は嫌いなくせに人に歩み寄ることが出来ない性格だ、いつかパンクしてしまう事だろう。

 

 だからまぁ、面倒くさい腐れ縁ではあるが、最後の最後まで傍にいてやることにしようか。


(完)

 

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