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13話 孤高の女神

 

 アフロディーテ聖教国首都ポッシビル。

 近くに寄ってみて気づいたことなのだが、それを取り囲む塀は真新しい質感で、突貫工事に近いペースで町を広げたのだろうと思い至った。

 意地悪をするつもりは無かったのだが、ゲジ男に乗ったまま壁際を周回してみると、壁は完成しているわけではなく、未完成部分は土木関係の職人と土系統の魔術師も動員され作業に追われていた。

 特に意味は無いが、白い太陽の日の出から中天まで外周を見て回った。



 


「遅いわよ!」


 見学を終えて正門前に着くと、家来らしき男女三名を左右に(かしず)かせ、その真ん中で真っ白な薄手のワンピースを着て待ち構えていたあゆむに、出会い頭に怒られた。

 遅いも何も、待ち合わせなんかした覚えがないんだが……

 まぁいいや。俺はゲジ男の御者台から飛び降り、あゆむに向かって歩を進めながら。


「結構早く着いたと思うんだけどな」

「何で城壁の見学なんかで寄り道するのよ」


 ん? 何で俺が脇道にそれて城壁見学をしたことを知っているんだろう。

 ひょっとしたら『千里眼』のようなスキルを持っているのかもしれない。まぁ待ち合わせをしていたわけでもないし、俺が責められるいわれは何処にもないのだが、あゆむは三白眼を鋭く吊り上げている、これは怖い顔だ。


「観光は旅の醍醐味だろ」


 とりあえず無難に返答する。

 この町であゆむがどんな立ち位置なのかは知らないが、俺たちのやり取りを見て左右の男女は滝のような汗を流して震えている。

 あゆむは時限爆弾のような女だからな、不安なのだろう。

 下手に刺激して八つ当たりが周囲に及んでは可哀想だ。

 体の小さい連中ばかりで親近感も沸くしな。


「とりあえず俺にとっては始めての町だからな、案内よろしく」

「そうね、じゃあその乗り物はこっちで預からせてもらうわ」


 あゆむが一人の女の子に目配せするとおずおずと女の子が歩み寄り「このキャラピラボッドはこちらで責任を持って預からせて頂きます」と言ってきた、口調が固いのは緊張してるからだろう。

 ここで『嫌だ』と言えば、あゆむの八つ当たりで少女が酷い目に遭うかもしれない。

「よろしく」と返答し、言われるがままゲジ男を少女に預けた。

 



 正門をくぐって街に入ってみると「おおぅ」思わず感嘆の声が漏れた。

 街道が今まで見た町に比べ、格段に広い。

 中央を貫く本通りだが幅が二〇メートル近くある。

 道を挟んで商店が建ち並んでいる……だが何故だろう、人通りが全くない。


「ゴーストタウンなのか?」

「今日は私が通るから貸切よ、人にぶつかって私が怪我をしたらどうするの」

「そうかよ……」


 どうやら我儘な生活をしてるようだ。

 薄々感づいてはいたけれど、ゲジ男を引き取っていった少女は明らかに怯えていた。

 俺に? いや違う、あゆむに対してだ。

 あゆむなら誰に対しても、恐らく悪気が無くても酷い事をするだろうし、悪気があった場合はさらに酷いことをしているはずだ。

 長い付き合いだ、それはわかる。


「誰もいないんじゃ観光にならないんだけど……」


 当然な感想を漏らしてみた、商店は全て閉まっている、何も食べれない。

 物音一つしない町で俺とあゆむの二人だけだ。

 ひょっとして貸切状態で俺が喜ぶと思っていたのだろうか……凄まじい感性だ。


「ユタカは私に会いにきたのでしょ?」


 まぁそうだけど。

 そうなんだけど、正門で出迎えてくれたあゆむを見て『自分の町を案内してくれるんだろうな』と思っていた。

 てか、普通はそう思うだろう、うまい食い物、珍しい観光資源、まぁなんでもいい。

 そういうものを紹介してもらいながら町を巡ると思っていた。

 人の気配のない、やたら立派な街道を二人だけで歩くだけとは思いもしていなかった、予想外だ。

『おもてなし』の意味を履き違えている。


「まぁ、そうなんだけど……これからどうするんだ?」

「私の館に案内するわ」

「そうかい……」


 一直線に女の子の家へお呼ばれしちゃった……嬉しくない。

 別に彼女ではない、あゆむはカテゴリーで分類すれば友人だ、元いた世界ではたった一人の……な。

 お家にお呼ばれしたわけだが、本来なら活気に溢れる街道から市民を排除、露店商店の経済活動を凍結して行われるイベントではないはずだ。


「少し小腹が空いてるんだが……軽く食えるものがあればいいな……」


 遠回しではあるが、経済活動を全て凍結し、町全体を貸切にしていることに抗議してみた。


「そう、世話が焼けるわね」


 あゆむは俺の言に軽く唇を歪め、


「ミルール!」


 と、誰かを呼んだ。

 その声を聞きつけたのか、小さな少女? いや、ノームは小柄だからもう成人しているかもしれないが、可愛らしい女の子が街道の脇道から小走りに駆け寄ってきた。

 いつ呼ばれてもいいように待ち構えていたのかもしれない、物音一つ立てずに。


 俺たちの目前まで駆け寄った少女は、膝を地につき、目を伏せたまま「お呼びでしょうか、アルテミス様」と言った。

 忠実な下僕としか表現しようがない。

 

「メリリールの店に行くわ、準備させておきなさい」

「畏まりました、アルテミス様」


 あゆむの指示を受けた少女は青い髪を靡かせながら駆けていった。

 どうやら俺の余計な一言で、他人に迷惑をかけるイベントが発生したようだ。

 


 

 あゆむに先導されて到着したのは一軒の屋台だった。

 現在、その店主なのであろう、青色に白髪混じりの小柄なおばちゃんは、ケバブに似た具材を白い生地に包んだ食べ物を必死に作ってる。

 おばちゃんの顔色は真っ青だ、絶対に熱いわけでゃないだろうに大量の汗を額に浮かべている。

 本当に酷い事をした、心が痛む。


「あんたも絶対『おいしい』って言うはずよ、絶対だわ。そうじゃなきゃおかしいもの。ねぇおばさま、私に恥をかかせたら許さないわよ、わかっているでしょうけど」


 静まり返った町に、ジュージューという鉄板の音とあゆむの声がこだまする。

 おばちゃんの顔色はますます悪くなり、青から土色になってしまっている。

(おばちゃん、心配するな。どんな味かは知らないが、例えどんなにマズくても笑顔で『美味しい』って言うつもりだ)

 目に涙を浮かべながら調理を続けるおばちゃんに心でエールを送った。


「ほかに思い残す事はない?」

「言葉のチョイスがおかしいだろ! ここで腹を満たしたらお前の館とやらに直行するよ」


 これ以上被害者を増やすつもりは無い。

 俺たちはおばちゃんが命がけで造ったケバブのようなものを食し、あゆむの先導に従って街の中央に聳える宮殿に向かった。


 結局『おいしい』と伝えることはできなかったが仕方が無い。

 二人で食べ始めたところで、おばちゃんが極度の緊張状態に耐えかね、号泣の末、発狂してしまったからだ。「マドレール!! リメール!! 母さんがいなくても生きて!!」などと、おそらく肉親らしき名を絶叫しているところを、どこからとも無く現れた衛兵と思われる数名に(なぐさ)められながら、どこかに連行されていった。


 俺が「腹が減った」とあゆむに言ってしまったが故の悲劇だった。




 それから適当な雑談を交えつつ、宮殿まで進んだ。


「ついでだから、他に案内してほしいところがあるなら言ってみなさい?」

「無い、全く無い。早く二人っきりになろう」

「そんなに二人になりたいの? 嫌らしいわね」

「ははっ……もうそれでいいや」


 寄り道の提案は全て却下した。

 このまま街を散策しているだけで悲劇が増えていくだけだ。

 



 宮殿は……なんというか、直線的でモダンな外観の十二階建て、白の外壁、土台は焦げ茶色のレンガで固められ……まさにマンションだ……


「ここの最上階に住んでいるの」

「そ……そうか……」

「下の階は私の下僕――お友達が住んでいるわ、今は出て行ってもらっているけど」

「他にも住んでるやつがいるんだ……」

「セレブは最上階に住むものでしょう、下の階は必要ないわ」

「わかった……」


 こいつにとって支配者とはマンションの最上階に住んでいる奴のことなんだ……

 誰もあゆむに意見を述べたりしないのだろう。

 

 俺の人格も歪んでいる自覚はあるが、あゆむの精神は完全に破綻しているからな。

 まともに会話が成立するのは俺と親父くらいなものだった、昔から。


 性格が悪いんじゃない、気が狂っているのだ。

 腐った家庭環境から高潔な自我を保つために手に入れた剣と人格。

 心技体を鋭く研磨して出来上がった一之瀬あゆむという存在そのものが、誰にも理解できない境地に達してしまっているのだ。

 近寄れるのは俺だけだ。

 だから俺を呼んだ、そうだろ。


「ところで、これはなんだ?」


 壁を隠すように覆う布を指差して、あゆむに尋ねる。


「知らないわ」

「ここに来るまでにも壁を覆う布を見かけたが、この下には何があるんだ」

「知らないわ」

「この中、見てもいいか? オリアサグの街では必死の形相をした警備兵に隠されてしまったからな」

「見たら殺すわ」


 平静を装ってはいるがあゆむの三白眼は俺を真っ直ぐ射抜いている、本気だ。

 この態度はあゆむが恥ずかしがっている時の態度だ。

 人前で恥ずかしがる姿をさらすくらいなら、羞恥に身をよじらせる代わりに他人を苦痛でのた打ち回らせる事を選ぶ女だ。

 現在この場にいるのは俺とあゆむの二人だけ、強引に壁を覆う布をめくれば俺は死ぬだろう。


「わかったよ、見ないよ」

「えぇ、わかればいいのよ」


 壁は無いものとしてさっさと最上階まで向かおう……

 なお、建物の中央は吹き抜けになっている、螺旋階段は備わっているがエレベーターなんか当然ない。

 普通の人間なら最上階へ登りきるまでにヘトヘトになるだろう。

 

「明らかに設計ミスだろ」

「ん? 何の事かしら?」


 あゆむはふわりと浮き、最上階まで飛ぶ。

 何てことでしょう、自分のことしか考えていない。


「早くきなさいよ」


 静まり返ったマンション型宮殿の吹き抜けにあゆむの声が反響する。

 最上階の手すり越しに下を覗き込みながら俺に言う。

 俺の身体能力はかなり強化されているから、ジャンプすれば最上階でも届くかもしれない、しかし床は負荷に耐え切れず割れるだろう。

 あゆむは無神経にキレるはずだ。


「階段から登るさ」

「早くしなさいよ」

「建物を壊したら怒るだろ」

「飛んできなさいよ」

「できねぇよ」


 俺はトテトテと螺旋階段を登り始めた。

 

「うおっ」


 吹き抜けから降りてきたあゆむが唐突に俺の襟首を掴み、そのままお姫様ダッコで抱えて飛んだ。

 フワフワとした感覚で、なるほど、ジャンプしたりする感覚ではないな。重力を感じない。

 

「なんでこんなこともできないのよ、だらしないわね……」


 俺に人外スキルを求めるな。

 それと頬を赤らめ照れてんじゃねぇよ、この場面でお姫様ポジションは俺だぞ。


 すーっと飛翔するあゆむに抱きかかえられている状況で、意味も無くあゆむの尻を撫でてみた。


「なにしてんのよ……」

「何のことだ? 自意識過剰が過ぎるぞ」

「そう……気のせいだったみたいね」


 そのまま最上階まで飛んだあゆむは、階段の踊り場に俺を下ろした。ぽいっと。

 まぁ転がり落ちたわけだ。


「何しやがる!」

「ようこそユタカ、歓迎するわ」


 得意げな表情で、あゆむは俺のクレームを無視し、扉の前でそう告げる。

 一枚板に金の装飾が施された扉、その扉には金のプレートが貼り付けてある。


 一二〇一号室……

 アパートかよ……

 

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