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12話 一人旅

 

 わけも分からず飛ばされた世界で、俺は命を狙われながら逃走し、一人の少女と出会った。

 神と同じ黒髪を持つ俺は疎まれ、弱者の象徴である緑髪を持った少女は、蔑まれ貪られ息をしているだけの存在だった。


 少女は俺の旅についてきた。

 誰一人味方もない状況では俺にすがるしか無かったのだ。

 ただ生きるために、媚びへつらい、愛想笑いで機嫌を取ろうとする。許せなかった。

 

 だが今は違う。

 俺の機嫌を損ねないよう、悲しい顔を見せなくなり。

 常に優しく俺に微笑みかけ。

 俺の役に立つ為、顔色一つ変えることなく敵を殺すようになった。

『俺のように生きるために』

 

 腐った世界では生きるために必要なことだった。

 少女は人に心を見せることはなくなった。

 他人と目を合わせることもなくなった。

『俺のようになる為に』


 だが赤帝の力で。

 優しく生きられる世界では。

 俺の傍ら以外に生きる場所はなくなった。

『俺のせいだ』


 俺がいる限り、少女は人を寄せ付けないまま生き続けるだろう。

 先生はヨモギの心を開こうとしていた、だから俺は先生を心の中で応援した、亀甲縛りもこなす先生を尊敬していたしな。

 だが、ヨモギは俺以外の人間に心を開くことはなかった。好意や善意も受け付けないヨモギは先生に見限られた。

 もう俺を教祖とした洗脳に近い。

 

「本当にそれでいいのか」

「あぁ、それが俺の望みだ」


 俺が消えれば、ヨモギは普通の女の子として生きられるだろう。

 本質は優しい奴なのだ、わかっている。

 俺の傍にいるために、全てを犠牲にしているだけなんだ。


「貴様の願いは叶えてやる」

「あぁ、悪いな」

「これからどうするつもりだ」

「南に向かう、ポッシビルだっけ。話があるらしいからな」

「あの女は……」

「あぁ、血の匂いがしてくるかわいいやつだったろ」

「あれは人間なのか。貴様の記憶にある女で間違いは無いのだが……」

「問題があるのか? 人格は確かに問題があるけどな」

「あの女がまとっていたもの。あれは(カルマ)ではない、祝福……だ」

「あぁ、そうかい」

「現人神、どうこう出来る相手ではないぞ」

「何もしねぇよ」

「神を相手取れば我の力をもってしても貴様を守ることはできん」

「必要ねぇって」

「全てわかった。貴様の思うとおりにしよう」


 赤帝は空に掌をかざした。

 六芒星(ヘキサグラム)が僅かに光った。

 それだけだ。

 たったそれだけ。


「……ヨモギ・ホウジョウ、カリスティル・シル・アルディア、ハミュー・リスキング、マイキー・ダグラスの記憶から貴様に関する事柄を全て消去した」


 あっという間だ、濃密な時間を共に過ごしてきたがPcの不要ファイルをデリートするようにあっけなく消えた。

 ありがたい、感慨なんか沸く暇も無かった。

 一つ気になることを質問する。


「マイキーって誰だ?」

「貴様が先生と呼んでいた男だ」

「そうか……そういえば名前すら知らなかったんだな。コミュ障も極まれりだ」

「……本当にこれで良いのか」

「あぁ、それでいい。ありがとよ」


 半笑いを浮かべつつ感謝を伝えた。

 アッサリ過ぎて笑えてくる。


「ルーキフェア帝国でモギ・ホウジョウとカリスティル・シル・アルディアは出会い、我と邂逅を果たし、ハミュー・リスキング、マイキー・ダグラスを仲間に加え、この地に辿りついた。そのように記憶を改変した」

「そうか、じゃあそろそろ行くわ。元気でな」


 俺は赤帝の肩をぽんと叩き、横をすり抜け城の中に入っていく。

 キャタピラポッドは殆どアルディア村に係留されているが、ゲジ男だけは赤帝に預けて城の中で飼われていた。

 それを迎えに来たのだ。

 さぁ初心に戻って一人旅といくかね。


「もし貴様が戻ってくることがあれば、あ奴等の記憶は元に戻せる。いつでも戻ってくるが良い」

「あぁ、わかった」


 背から聞こえる赤帝の声に返答する。

 なるほど、アフターサービスは万全ってわけね。


「皆が貴様の帰りを待っているであろう」

「そうかい」


 さっき記憶を消したばかりだろ。

 誰が待ってるってんだ、天の使いともあろう者が呆けてんのかよ。


「じゃあな」


 後ろにふらふらと手を振ってゲジ男の元へ向かった。




 赤帝の領域から抜けた時、既に出発から十日間が経過していた。

 ゲジ男は南へ向かい街道をひたすら驀進している、思った以上に広大な地域が赤帝の支配下にあるようだ。

 

「じゃあな!」


 誰も見ていない、ただの自己満足だが後方へ思い切り手を振った。

 あれだ、青春ドラマみたいでいい感じだ。


 空の六芒星(ヘキサグラム)が見えなくなると魔獣が出没するようになった。

 だが迷宮でやたらパワーアップした俺の相手にはならない、無料で提供される食肉のようなものだった。まぁ必要ないけど。

 摩擦熱で火をつけるのも簡単だから野営もできる。

 あえて問題があるとすれば……


「大丈夫か? 疲れてないか?」

「……」


 ゲジ男の体をぽんぽんと叩きながら労いの言葉をかける。

 当然返答は無い。


 一人で寂しいわけでもないが、言語機能を消失してしまわない為、定期的にゲジ男に話しかけているわけだが、うん、空しい。


 旅を続ける上で食料と水に困ることは無い。

 ゲジ男に乗せられているキラキラした食料庫と水瓶、薪の保管庫があるのだが、使っても減らない、暫くして疑問に感じ食料を抜き取って蓋を閉め、また開いてみると使った分だけ補充されていた。

 便利アイテムは赤帝のアフターサービスだろう、気の効いたプレゼントだ。

 

 てなわけで補給の心配をする必要も無く、ゲジ男の休憩&食事だけを気にすればいいだけの気楽な旅を続けた。




 テラート山地っていう山々を越えると、そこはアフロディーテ聖教国とかいう聞いたことも無い国だった。

 辿りついた町の名前はオリアサグ。

 赤帝印の凄まじく精巧な地図に町名はあるが、そんな国名は存在しない。

 地図にはアドラデル公国首都アリアサグと記載されている。

 幻術を使い、魔族と呼ばれる赤い眼と額の宝石が特徴の人たちの国があるはずなのだが……


 まぁ国名から推察するに、迷惑なやつの迷惑な所業で出現した迷惑な国なのだろう。


 オリアサグの町は筒のような形状をした土壁の建物が立ち並び、槍のような形の屋根は真っ黒に塗装されている。

 行きかう人々は地図の注意書きと酷似した外見の魔族、色とりどりのローブをまとっている、違うのは国名だけのようだ。

 路地は石畳によって整備され、アルディリアの数倍発展した都市に思える。


「あえて不信な点は……これだな……」


 城壁、町並み、逆側の城壁、町がホールケーキのように、鋭い刃物で切り分けられた感じで一直線に両断されている。

 数件が軒を連ねている屋台、その中で一番綺麗なお姉さんが店番をしている店舗を選んで、買い物がてらその原因を聞いてみたところ。


「アルテミス様の奇跡よ」


 と、いうことだそうだ。

 リリーガ王国というノームの国と同盟を結んでいたアドラデル公国はポッシビルに遠征軍を派遣。アルテミス・ヘラ。アフロディーテの怒りに触れた遠征軍は消滅、壊滅ではなく消滅。飛来した黒髪の女神による一閃でアドラデル公国は降伏。

 リリーガ王国共々、アフロディーテ聖教国に併合された。というのが真相だ。

 ……何をやってるんだあいつ。


 国名が変わっただけでこの国を治めていた三公家は健在、何一つ変わることなくこの地を収めているらしい。

 やるだけやって何の責任も取らない、極めてあいつらしい所業だ。

 

 しばらく町を散策していたのだがどうも視線を感じる、まあいいか。

 辺りをあちこち見て回ったら、繁華街のど真ん中にどーんと布をかぶせてある壁を見定めた。

 その周囲を武装した兵が二〇人ほど哨戒している……明らかに俺をチラ見しながら警戒している。

 なんだろう?


 布で何を隠しているのだ? 不信に思い近寄っていくと、二〇名全てが両手を広げて俺の進路を妨げた。


「近寄らないでください!」

「お願いです! 引き返してください!」


 涙目で懇願された、その壁には何があるんだ?

 それに、感じる視線が鋭さを増している気がする。俺も達人の領域に足を踏み入れたのかわからんが、背筋を伝う気配はどんどん厚みを増している。


「その布の下には何がある――」

「――言えません! 口が裂けても!」


 なんだろう、気の毒なほど必死だ。

 蹴散らしてその中身を確認することは容易いだろうが、そんなことをしたら彼らは自殺しかねない勢いだ。


「わかった……見ない、引き返す」


 そう目の前の兵に告げた瞬間、道を塞ぐ人々と共に、背後からの気配も一瞬気の緩みを見せた。

 今だ!


 俺は持ちうる全ての力と技を駆使して風をまきながら振り返る!

 俺を監視する視線の持ち主はどいつだ!


 消えた……


 仮にもドラゴンスレイヤーである俺の目にも留まらない圧倒的スピードでその姿は視界から消えうせた。

 白の服で黒い髪……微かにそう見えた気がするが定かではない。

 

 不審者による高速移動の余波だろうか、周囲を爆風が覆い、市民の悲鳴が木霊する。

 ソニックブームを発生させるほど素早く動ける怪物が俺を動向を伺っているのか……この旅も油断できないものになりそうだ。


 爆風が収まり、周囲の様子を確認した時、壁を覆う布が捲れあがって、その一部が見えた。

 紺色でヒダついたスカートと、俺の通っていた学校で女子が着用を指定されていたローファー靴のようなものが。

 だが正確に視認することはできなかった。


「見間違いかな……」




 一日だけオリアサグの町に滞在した後、再び街道を南下し続けたが、立ち寄る町には全て布で被われた壁が存在し、常に俺を背後から監視する目があった。

 二~三度、接触を試みようとしたが、その都度、爆風を撒き散らして逃げ失せる為、市民に迷惑がかかることから気にしないことにした。


 ポッシビルにたどり着くまで結局その視線の主は分からぬままだったが、旅には何の影響も無かった。

 本当に何もなかったと言っていい。


 道中に、盗賊の占拠する砦があると宿屋の主人が教えてくれたこともあった。

 しかし、俺が通過すると破壊されつくした瓦礫の山と、人の営みの残骸らしきものしかなかった。


 雨季に入り、しばらくは滞在している村から動けないなぁ~と思っていた。

 だが目を覚ますと街道上の空が引き裂かれており、そこだけ雨が降らないという超常現象が発生していた。旅足を休める必要もなかった。


 大河を跨ぐ連絡船を待つ為に、宿屋に滞在し、ベッドで寝ていたはずなのに、起きるとそこは大河を渡った先の街道で、ゲジ男の背にまたがったまま目を覚ましたこともあった。

「異世界なんだからそんなこともあるか」そんな感想を持ちつつも不自然なほど旅はスムーズに進み。


 二年くらいかかると思っていた旅路を、急いだわけでもないのに半年近くで踏破し、ついにポッシビルに辿りついたってわけだ。

 塀の外にも広がる広大な穀倉地帯、周囲に魔獣の影は一つもない。点在するクレーターから察するに、赤帝とは違い力技で全滅させたのだろう。

 果てしなく伸びる城壁の広さから察するに日本の大都市並みの規模と思われる。

 まだ塀の外だが街道を行き交う人の数は見えるだけで数百人はいるだろう、活気に溢れすぎている。


 多いのはノーム、いわゆる妖精人だが、多種多様な種族が散見される、大国家の首都だな。

 このポッシビルを視界に捕らえた辺りで背後に視線を感じることも無くなった。

 意味がわからないが、害も無い。気にしなくてもいいだろう。


「さてと、話を聞いてやろうか……」


 


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