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11話 和を乱す癌細胞

 

 自称、美の女神、アルテミス・ヘラ・アフロディーテは去った。

 

 微妙な空気の中で俺たちは気を取り直して並んで座り、赤帝とルシファルの様子を眺めていた。

 どうやら落ち着いた話し合いらしく、話の内容は断片的にしか聞こえない。

 龍脈から力を得ている赤帝の領域では、天帝といえども力を封じられている。

 最初はエキサイトしていたルシファルも遠目には冷静に見える。


 もっとも、あゆむの登場で気勢を削がれたのが一番の理由だろう。

 

「あゆむに勝てる奴がいるとは思っていなかったが、天使より格上の存在になっているとは思わなかったな」


 ぽつりと小声でこぼすと、


「先ほどの女性はユタカにとってどういう存在ですか?」


 ヨモギが俺の顔を覗き込んで聞いてきた。


「説明しにくいな……」

「坊やにもあんな子がいたのね――」

「別に俺のものじゃない」


 あいつは誰のものでもない。俺は常に近くにいただけだ。

 お互いわかり合っている自覚はあるが、分け合っている関係ではない。

 二人だけで孤独のキャッチボールをしていたとでもいうか……うまく言葉で説明できない。


「剣を共に学んだ間柄だな、家が近くて幼馴染でもある、高校も一緒だった。そんな付き合いだ」

「もっと深い関係に見えましたが」

「浅いよ、深い関係は気持悪いんだ、俺たちはな」


 俺とあゆむの関係は薄っぺらだ。

 本音を語り合うこともなく。いつも無駄話、嘘、欺瞞を積み重ねてきた。

 幼少期から青春まで、膨大な時間をドブに捨てながら、互いが互いを息の詰まる生活の捌け口として苛立ちを投げつけ合ってきた。

 

 まったく、なんて居心地が良かったんだろう。


「あの子は坊やにとって――特別なのね」


 何を思ったか、ハミューが菩薩のような顔で俺の頭を撫で始めた。

 意味がわからないのでハミューの胸を撫で返してみた。

 表情は曇り、苦笑に変わってしまった。


「とりあえず、あっちの話も終わるみたいだぜ」


 話を切り上げて空を見上げる。

 赤帝とルシファルはいつしか談笑を始めていた。

 

 きっと昔話と互いの近況報告でもしてやがるんだろう。

 最初の雰囲気でわかりきっていたことだ、ルシファルにとって俺たちは虫けらみたいなものだ。

 だが赤帝が『友』と断言してからは手を出す素振りも無くなった。


 全て丸く収まるだろう。

 

「旅もここで終わりだな……」


 根拠は無いが確信はある。

 それがそのまま口に出た。

 

「私はいつまでもユタカについていきます」


 そう俺の目を見ながらヨモギは言って、俺の手をぎゅっと握り締めた。

 でも、平穏な世界では俺についてきても何もいいことがないんだよな。

 平和は俺も好きだ、だが平和な世の中ではボッチになるんだよなぁ、俺は……

 

「せっかく平穏に暮らせるんだから、お前も好きに生きたらいいと思うぞ」

「私はユタカみたいになりたいんです」

「そうか……」


 ……俺の気持は固まった。


「さぁ、村に帰るか……」


 俺はすっくと立ち上がりそのまますり鉢状の斜面を登り、丘の上まで辿り着くとそのままアルディア村に下った。

 ヨモギは俺についてきたが、ハミューは赤帝を待つべくその場に留まった。

 何かを感じ取ったのだろう、うん、年の功だね。




 帰りの道中一匹も魔獣を見かけることもなくアルディア村に到着した。

 近寄っていく過程で気づいたのだが村の規模は大きなものになっている。

 中身はまだまだだが、それでも建物の量や田畑の数は目に見えて増えていた。


 白い太陽が昇ってわかったのは、荒地だったダスラディア丘陵は緑豊かな草原へと変貌し、魔獣は消え去り野兎などが息づく豊穣の地になっていることだ。

 これも赤帝の力なのだろう。他の心当たりは無い。

 

「あんた、連絡もせずに迷宮に篭りっぱなしってどういうことなのよ。心配してたんだから!」


 村の変貌に呆けていた俺とヨモギにカリスティルが声をかけてきた。

 仁王立ちで腰に手をあて真っ直ぐに俺たちを見つめている。


「ヨモギちゃん……大きくなったわね……」


 そう言うとヨモギの体を抱き寄せ頭を撫でた。

 うん、確かに大きくなった。身長が俺と変わらないもん……寂しい話だ。




 赤帝が力を取り戻して一日が経過し、色々なことがあった……らしい。

 世界の一部では有るが広大で肥沃な大地を有し、正式に国家として『アルディア教国』が誕生した。

 女王としてカリスティル、赤帝は守り神として存在し、迷宮が存在していたダスラディア丘陵に城を構えた。

 物質具現化能力とはすごいもんだな。


 国家体制は俺が組んだ。

 神輿のカリスティルは決定事項の認可を下すだけ、宰相は置かず各部門の代表を選出し、代表者会議によって全体の方針を定めるよう義務づけた。

 その会議を監視するのはハミューを長とした公安組織だ。

 権限は不正の取締りのみでそれ以外の権限は付与しない、代表者会議側の査察もある。要するに互いの足を引っ張り合う組織体系だ。

 尖った方針は何一つ決められないシステム。

 

 ルーキフェア帝国の認可はすぐだった、村の中心にある行政府には天帝ルシファルの姿もある、建国申請も認可も二つ返事。

 赤帝と積もる話もあるようで、まだ滞在中だ。


 余談だが、カリスティルの話では、俺たち五人は迷宮に四年近く潜ったままだったそうだ。

 迷宮の深部では時間の流れが外界とは異なっているらしい。

 体が成長する時間は変わらないのが納得できないが、俺がどう思おうが事実は事実だ。


「なんであたしを王族に仕立て上げたのよ、今更そんなもの望んでいないのに!」


 現在、俺の隣に座って絡んできているのはカリスティルだ。

 権威主義者と思われているのが心外のご様子で、丘の斜面で昼寝をしている俺を見つけて文句を言いにやってきた。

 

「都合がいいからだよ。お前の主義主張など知らん」

「あんたが上に立てばいいのに……」


 俺は上には立てないよ、知ってるくせに。

 まぁ知っているからぼそぼそと小声で言うだけに留めたのだろうがな。


「赤帝の力でこの国の平和は保障されている。そんな環境で俺の出番など回ってこないだろ、必要とされない自信がある」

「あんたを必要としている人間は、いっぱいいるじゃない!」


 そんなことを言われても困るんだがな。

 俺の人格は変えようがない。

 

「まぁしばらくは、お前らでがんばったらいいんじゃねぇの? 俺は問題がなければ何もしない駄目なやつだからな」


 とりあえずそう言ってお茶を濁す。


「あたしは駄目な人間よ、どうせまた、みんなの邪魔をするだけだわ」


 俺の隣で膝を立てて丸まり弱音を口に出す。

 まぁ今まで足ばっかり引っ張られてきたからな、ざまぁみろという気持ちも当然ある、が。


「もう大丈夫だろ、思うようにしたらいい」

「駄目よ……」


 駄目じゃない。安全で平和な世の中なら、こいつみたいな奴の方が正しいんだ。

 確かに俺は、いつもカリスティルの尻拭いをしてきた。

 悪意に満ちた世の中で敵や魔獣から身を隠しながらでは、この赤頭みたいな直情的な馬鹿は損ばかりをする。

 だが、そうじゃない世界なら――上に立つのは優しい奴がいい。


 そのカリスティルが俺に対してコンプレックスを持ち、自信が持てないっていうのなら。

 俺こそが不要だ。

 言動や行動から敵の悪意を拾い集め、薄笑いを浮かべながら弱い心につけ込む。

 そんな奴に誰もついてこない、ついてくる奴は嫌われて不幸になるだけ、当然だ。

 正しさは得はするが幸せにはなれないし、誰も幸せにできない。

 他人を幸せにできるのは、馬鹿で優しいやつだけだ。


「まぁがんばってみろ」


 俺は跳ねるように身を起こし「待ちなさいよ!」というカリスティルの声を背に浴びつつ、手を軽く上げ左右に振りながら。


「じゃあな……」


 と、優しい赤頭に別れを告げ、村に歩いていった。


 


 ようやく俺の部屋も準備してもらえ、荷物は全て自室に納められている。

 結構ゴミみたいなものも沢山あるのだが。


「まぁ、いいか」


 必要なものは大した量ではない。

 

「ユタカ、掃除ですか?」


 ヨモギはなぜか俺の部屋に入ってくる、薄着で。

 暇なのだろう、俺の隣にいるからコイツには友人ができない。

 年頃の女の子だ、寂しいはずなんだがそれを態度に表さないのは、嫌われ者の俺に気を使っているからだ。

 ボッチにならないように女の子に配慮されている俺、うん、かっこ悪い。


「掃除ってか、整理だな」

「珍しいですね、いつも私が片付けるばかりなのに」

「……血塗れの衣類を下着とまとめて突っ込むのはやめてくんねぇかな……」


 血が固まってパリパリになったパンツを上着から剥がしながらぼやく。


「エヘヘ」


 エヘヘじゃねぇよ。


「まぁ、俺は少し忙しいから自分の部屋に帰ってろ」


 ヨモギは少し剥れた顔をしたが「じゃあユタカ、おやすみなさい」と言って俺の部屋から出て行く。

 その後姿に。


「お前も少しは村の連中と仲良くしろよ」

「ユタカがそうするなら私もそうしてますよ」


 笑いながら返答してきた。

 遠ざかる足音を感じながら「う~ん、俺には無理だな」と渇いた結論が口からこぼれた。




 真っ暗な空に煌々と輝く六芒星(ヘキサグラム)、ここが天界の龍、赤帝龍王の領域であることを示している。

 その光の真下、龍脈の根源に赤帝の居城がそびえ立つ。

 聖なる泉が湧き出し、麓に聖流として流れていく。


 ルーキフェア帝国の帝都ルシファルドも聖流が巡っているそうだが、天界の住民の感性なのだろうか。

 まぁよい。


 俺は深夜に身支度を済ませ、ダスラディア丘陵を登って、赤帝に望みを叶えてもらう為にやってきた。

 もう俺の望みは叶っていたそうだから、別のお願いだ。


「やはり来たか」


 赤帝は告げる。

 俺が来るのを察知していたのか、わざわざ城の入り口で待っていた。

 一緒に住んでいるはずのパウリカの姿は無い、あいつは俺のことが嫌いだからな。


「そうだ、お前ならわかっていたろ」

「わかっているがあえて言わせて貰おう、それでよいのか?」

「これが最良だからな」

「貴様が全てを受け入れ、変わりさえすればよいのではないか?」

「今さら無理だな……それに、このままの俺を必要としている奴が待っている」

「そうか」


 念のために聞いておこう。


「俺の望みってなんだったんだ。なんとなく納得はしてみたんだが……一応な」

「貴様の旅の目的は、緑髪の女が幸せに暮らせる世界に辿りつく事だ、それを探して旅をして我に行き当たった。だが、我が力を取り戻した時、既に貴様は赤髪の女を要とし、穏やかな時間の流れる国を造り上げていた。我に出来ることは何もなかった」

「信じられんな、俺としたことが随分とお優しいことだ。ひょっとしてお前、嘘ついてんじゃね? 俺の夢は美少女ハーレムだったかもしれんぞ」

「それが貴様の本心なら叶えてやってもよいぞ、容易いことだ」

「……やめとくよ」


 赤帝はニヤリと笑いながら事も無げに言う。やれやれとばかりに両手を挙げた俺に向けて。


 そろそろ本題を切り出す。


「まぁ、ゲジ男を引き取りに来た」

「そうか」

「それとな……」

「うむ」

「願いを叶えて貰いに来た」

「であろうな……」

「お前に頼む俺の願いは――」


 まぁ俺の事などお見通しなのだろう。

 さてさて、争いも無く、優しい世界にとって害にしかならない不純物に退場を願おうか。


「旅の仲間から、俺と関わった全ての記憶を消してくれ」


 

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