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10話 女神と撃剣使い

 

「ひょっとして私のストーカーかしら? 知らない人が馴れ馴れしく話しかけてくるわ」

「いやいや、思い出せよ。よく事件を起こしたお前を交番まで引き取りにいってやったろ」

「いやだわ~おじいさんったらすっかり()けちゃって、ご飯は先月食べたでしょ~。皆さんすみません、うちのお爺さんがいつもご迷惑を……」

「しらばっくれるなよ、何がアルテミスだよ。美の女神? お前は暴力の化身じゃねぇか」


 さてと、赤帝も天帝もヨモギやハミュー、パウリカさえも唖然としている。

 俺もそうしたいところだが突っ込まざるを得ないだろう。

 幼馴染が空を飛び、天使の結界を突き破り、自らを『美の女神』と自称しているのを目撃したら?

 ……スルーできるわけもない。 


「豊。あなた生きていたのね」

「あぁ、おかげさまでな」

「あんたは死んだと思っていたわ」

「俺はお前が死んだとは思っていなかったけどな。無数の死体の真ん中で、一人笑っていると思っていた」

「ハハハハハ」「ウフフフフ」


 声を合わせて笑ってみた。

 意味はないがなんというか。いつもの癖みたいなものだ。

 空気がギスギスしているのも普段どおり。


「やはり根は同じであったか」


 ルシファルが怒りに声を震わせ俺の見下ろしている。

 先ほど『そんな女は知らない』と断言したばかりだ、騙すつもりはなかったんだがな。

 さすがに幼馴染が世界を混乱させるほど暴れているとは思わないだろ。

 だが……


「まぁそういうことだ。悔しいかよ」


 なんていうか。

 あゆむだと確認した上で『他人の振り』はしたくなかった。

 危険極まりない人外相手でもな。


 俺がルシファルに煽りをくれているとあゆむがこちら側に降りてきた。

 眉をひそめて怪訝な顔だ、なんだろう……


 あぁそうだ、俺はヨモギとハミューに手を繋いでもらったままだ。

 俺が異世界でハーレムを作ったとでも勘違いして、叩き壊すつもりかもしれない。

  

 ふわりと地上に降り立ったあゆむは、俺の顔をまじまじと眺め。


「私が異世界で美少女狩りから逃げ惑っている間に、あんたは楽しく過ごしていたってことね」

「美少女狩りなんて職業は始めて聞いたぞ」

「何も知らないのね、馬鹿なのね、チビなのね」

「最後の部分を言いたかっただけだろお前!」

「で、豊。この女たちは何なのかしら?」


 待ってましたとばかりにヨモギは一歩前へ歩みだし。


「私は――」

 

 何か言いそうだったが左手で口を塞ぎ後方へ下がらせる。

 頼むから大人しくしていて欲しい。


「私は坊やの――保護者のようなものよ――」


 やれやれといった様子でハミューはあゆむに対して臆面もなく告げる。

 肌であゆむの危険性を察知した、さすが年の功。

 どうでもいいが大人の余裕と色気がが滲み出ている。

 

「彼女ら二人は、この世界でたまたま再会できた俺の……お袋と妹だ」


 とりあえず話に乗ってみることにした。

 真実なんか何の意味も無い。

 上空ではルシファルがこちらに向かって怒鳴り続けているが、その相手は赤帝に任せて無視する。


「初めまして、私は豊の飼い主でもあり、この世界で美の女神をしているアルテミスよ」


 あゆむも乗ってくれるらしい。相変わらずで嬉しいよ。

 表情一つ変えずハミューに向かって挨拶しやがった。


「アルテミスって――異世界とはいえ臆面も無くよくも名乗れたよな」


 率直な感想を述べた。

 

「この世界に来て初めて会った子に言われたの『あなたは私たちの女神アルテミス・ヘラ。アフロディーテですね。そうに違いありません、違うと言われるのであれば私は死にます』ってね。あの子たちの為に私はアルテミスを名乗ることにしたの。世の為人の為に私はアルテミス・ヘラ・アフロディーテであり続けるわ」

「そのエピソード、本当かよ」

「もちろんよ。あんたが私を疑うなら身の潔白を証明するために、あんたが納得するまでその顔を殴ってあげるわ」

「へっ、いつでも俺はお前を信じているよ。お前が俺に嘘をつくはずがないからな」

「そうね。あんたは嘘ばかりだけど」


 酷い言いがかりだ。

 俺はあゆむに向き直り、両手を広げて訴える。


「俺は! 昔からお前だけには誠実であり続けると誓っている。あゆむ、お前だけはわかってほしい」


 必死に潔白を主張する。若干芝居がかった口調になったがそれでいい。

 

「――そうね、あんたが私を騙したことなんか一度もなかったわ」


 はっきり言ってこの世界に飛ばされてきてからあゆむのことは忘れていた。

 混乱の中で敵と戦いながらヨモギと出会い、その後、カリスティル、赤帝、ハミュー、先生など昔の俺からは考えられないほど多くの出会いを繰り返してきた。

 日本であゆむと二人ぼっちで過ごした。他には無関係で空虚な人々、クズのような大人に囲まれていた。その日本での生活からは考えられないほど濃密な時間だ。

 

 この世界で俺の生活は殺し合いと騙しあいに彩られたものだったが、人格を疑われるのを覚悟の上で言えば『楽しかった』のだ。

 この世界の命の軽さすら心地よかった。

 だからそれまで傍らに寄り添っていたあゆむの存在は、記憶の片隅にも無かった。


 だが出会ってみてわかった。

 こいつと話しているのは楽しい、何一つ真実の無い殺伐とした会話。

 だが全て通じている感覚。

 有体に言えば午が合うのだ、第三者から見れば虚言癖(きょげんへき)が二人して騙し合っているようにしか見えないとしても。


「相変わらずでよかったよ」


 素直にそう思った。


「あんたは相変わらず過ぎるわね。チビのままだわ」

「お前だって相変わらず貧乳じゃねぇか」


 本当に何一つ変わっていない。

 最後に別れた時、交差点で地に飲まれたあの時と、まるで変わらない。


「ユタカを悪く言うのは許さない」


 ヨモギが剣の柄に手をかけた。やめろ、殺されてしまう。

 反射的にヨモギの前に体を割り込ませ、制する。

 昔からあゆむは武器など持っていなくても危険な生き物なんだから。


「そんなにかわいい子をはべらせているなんて生意気ね……あっ、豊の癖に生意気だぞ」

「言い直してんじゃねぇよ。それにロリコン扱いすんな」


 あゆむは腑に落ちないといった表情で小首を傾げる。

 

「ロリコン? 何の事かしら」

「さすがに子供に手を出すほど落ちぶれちゃいねぇよ。俺は日本の法律を遵守している。手を出していいのは中学生以上だ」

「その子ってもう高校生くらいじゃない?」


 何を言っているのだろう?

 だが嘘をつく時のあゆむに比べてなんだか自信なさげだ。

 人を騙したり陥れたりする時のあゆむはもっとイキイキしている。


 どういうことだ? 確かにあゆむは人を見る目が無いが、ヨモギのような少女を高校生っておかしいだろ。

 俺は背後にいる筈のヨモギに振り返る。


 緑色の透き通るような髪はいつの間にか腰にまで達し、頼りない垂れ目だが目線の高さは俺と同じくらいだ。

 子供っぽさは残るが幼さは無い。


 なぜか呼吸が苦しくなってきた俺は、目線を下に逸らす。

 

 すらりと伸びる白い足、寸胴だったはずの体は服の上からでも凹凸のある女性らしいラインを浮き立たせ、何より……

 胸が膨らんでいる、明確なおっぱいだ。


 何かの術だろうか……

 赤帝の力か? ハミューの魔術におっぱいを大きくする術があるのか?

 なぜ急にそんなことになっている?

 わからない。


「誰だ……お前……」


 髪や目の色、声や立ち位置でヨモギであることは一目瞭然だが、それでも疑問が口をつく。

 

「ヨモギですよ、ユタカ……」


 明らかに失礼、てか傷ついても仕方ないような言動なのに、大人びたヨモギはむしろ嬉しそうな笑みを浮かべている。


「やっと向かい合えたのね――」


 ハミューは半ば呆れているような態度で肩をすくませながら呟く。

 向かい合うってなんだ?


「いつ大きくなった?」

「ユタカの見ていない間にです」


 口を尖らせて不貞腐れたように答える。

 意味がわからない。


「私たちだけが成長していないの、髪も爪も伸びるけど成長はしないの。何故かはわからないけどね。あんたは気づかなかったの?」


 あゆむがこめかみを人差し指で掻きながら俺に言う。

 半ば呆れているような態度だ。


 おかしいとは思っていたんだけどな。

 俺の服は同じサイズで何一つ不自由していなかったのに、ヨモギは頻繁に服を買い換えていた。

 オシャレさんなのだろう。そんな風に考えていた。

 仄かにいい匂いがするようにもなっていたが、『気のせいだ、俺はロリコンじゃない』と思考停止していた。

 思えば頻繁に巻き込まれる事件に翻弄され、時間の概念が抜け落ちていた。

 この世界に来てからいったいどれだけの月日が流れたのだろう。

 見当もつかないが、小さな子供が、肩を並べるくらいに成長するだけの時間が流れたのだ。

 気づかないうちに……


「そうか……寝ている間に、ついヨモギの胸元に手を突っ込んだりしてしまっていたのも、もう法的に解禁されていたからなのか……」

「坊や――」

「ユタカ……」


 気づけば地に膝を付き、崩れ落ちていた。

 そうか、ヨモギはこれからも成長しやがて大人になる。

 それはおろか、先生が管理している幼女たちもやがて大人になっていく。

 だが俺はずっとこのままなんだな……


 物理的永遠の十六歳、チビなガキのままか……笑えないな。


「私たちってことは、お前も十六歳のままなのか?」

「そうみたいね」


 事も無げに答えるあゆむはやはり俺とは違うな。

 本当に強い女だ。

 

「豊には残酷な話かも知れないわね、ずっとチビって確定しちゃったんだから」

「おまえだって局地的にチビだろ」

「じゃあそろそろ失礼するわ、下僕たちに『私が帰るまで寝るのは待って』と伝えてあるの、早く帰ってあげないとあの子達が徹夜になってしまうわ」

「あの子たち?」

「ええ、優しい私の世話をさせてあげている子たちよ」

「そうか、幸せそうだな」

「……ねぇ、豊……」

「なんだよ」

「私はポッシビルって町に住んでいるの。できるだけ早く来なさい。いいわね」

「どこにあるのか知らんぞ」

「大陸の南端にあるわ、急ぎなさいよ」

「それって遠くねぇか?」

「飛べばすぐよ」

「飛べねぇよ!」

 

 当たり前のスキルみたいに言われてもな。


「二人きりで話したいこともあるのよ」

「考えておく」

「命令よ」

「命令かよ。……命令なら、仕方ないな」

「そうね。じゃあ私は帰るわ」


 くるりと背を向けると、あゆむはぽんと飛び上がりそのまま宙高く舞い、そのまま赤帝の領域から抜けて飛んでいった。

 空間を切り取るとか言ってたが、赤帝の力もあゆむの前では何の意味もないようだ。


 その赤帝と傍らにいるルシファルも、消えゆくあゆむの後姿を呆然と見送っている。

 理屈はわからんが、その態度であゆむの格が抜きん出ていることはわかった。


 話か……

 そういえばあの日の夕方も、話を聞いてやれていなかったな……



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