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9話 蚊帳の外

 

「この気配、そしてこの紋章、やはり貴様だったか赤帝龍王」


 全て黄金、瞳の無い目で赤帝を見下ろしながら、ルシファルは苦々しく顔を歪め吐き捨てる。

 明らかに赤帝と仲が悪そうだ。

 まぁ俺には関係ない、赤帝も自分の領域なら天帝でも手が出せないとか言っていたから信じよう。

 信じて気配を消していよう。

 やつが黒髪を嫌いなことだけはルーキフェア帝国においての様々な出来事で明白だ。


「久々だな、ルシファル」


 赤帝は旧来の友人に語るような口調だ。

 だがフレンドリーというより、復活した自らの姿を見せびらかすような態度に思える。

 長い付き合いだからな、わかるさ。


「この領域を覆う天界の力を使った結界――貴様はこの世界すら掻き乱すつもりか!」


 天帝は赤帝を睨みつけ憎々し気に吐き捨てる。

 第三者としては過去の因縁とかを持ち込むのはご遠慮願いたいところだ。

 その天帝さまだが、怒声を放ちながらも陶磁器のような真っ白い顔でなんだか笑えてくる。


「貴様が神の真似事で整えた、この世界は醜く歪んでいる。やはり貴様は神にはなれぬ。その器ではない」

「おのれっ!!」


 天帝は金色に輝く目そのものを燃え上がるように立ち昇らせ、怒りに身を滾らせている。

 沸点の低い御仁のようだ。

 怒りと共に襲いかからないのは、この領域は赤帝に支配されているからだろう。

 

「神は世界を導かない、我も貴様もそれに反し最下位層世界へ落とされた。それゆえに貴様はこの世界で理想郷を作ろうと考えたのであろう、自らが世界を牽引しようとな」

「この俺を愚弄するか!! 龍ごときが!!」

「一つの意志で世界を統べることは世界を歪めることに他ならない。我は二六〇〇年の永きに亘り歪んだ世界を眺めて得た結論だ」

「今さら神に組するか!! 恥知らずが!!」


 激昂する天帝と涼やかな赤帝。

 再び座り込んだ俺は、人外同士が並び立つ上空を眺めている。


「神から見放されたこの世界で神にすがるつもりはない」

「一介の龍ごときが俺の世界で何をするつもりだ!!」

「見てのとおりだ、今以上のことを成すつもりは無い。我は友の望みを守るため、貴様の歪んだ世界から我が領域を切り離す」

「友だと!?」


 天帝は周囲を睥睨し、暢気に観戦していた俺たちを始めて視界の端に捉えた。

 どうやら俺たちのことなど気にも留めていなかったらしい。

 目が合った俺は『どうも~』って感じで会釈しておいた。


「なっ……」


 すると、俺の体は光の粒を周囲に霧散させながら霞みはじめた、なんだこれは……俺が、消えていく……


「ハッ」


 いつのまにか立ち上がっていた。

 俺は体の各所をベタベタ触り異常が無いか確かめる、しかし変化はどこにも無い。

 夢……ではないようだ。

 左右のヨモギやハミューも俺を見上げながら愕然としている、俺が消えていたのは記憶違いではないようだ。


「我が領域で貴様の自由にはさせぬ」

「ちいっ――」


 上空で交わされる人外同士のやり取りを観察して得た結論は、天帝が俺を消そうとし、赤帝がそれを防いだと理解できた。

 不都合なものは認識しただけで、電球みたいに点けたり消したり出来るってのかよ……


 神の意思を示す力ってやつなのか?

 それを制する赤帝も含めて住んでいる世界が違いすぎる。


 だから再び座りこむ、騒いだり逃げたりするだけ無駄だ。

 肩膝を立てて座った俺の両手をヨモギとハミューが握ってくれた。


「坊や――平気なの?」

「大丈夫ですか?」


 二人とも俺を心配して尋ねてくるが、自分自身でも大丈夫かどうかわからない。わからないので――。


「フッ、脅かしすぎたようだな」


 と、俺の自作自演としておいた。


「なんだかんだと理屈を捏ねてはいるが、その男は黒髪ではないか!! 世界の混沌を望むのか!!」


 うん、やはり黒髪がお嫌いのようだ。毛先の方はまだ茶色が残っているのだが、最近は染めていないのでほぼ真っ黒だ。


「その男には世界を変える意志も力もない」

「虚言を吐くな!! ならばそこにいる黒髪に問おう!!」


 相手にしたくないのだがご指名のようだ。


「貴様は黒髪の女を知っているか!! 悪魔のような眼をした女だ」

「まさか……」


 ……心当たりはある、あいつが生きているのか? あの射殺すような三白眼……


「自らを、美を司る女神と名乗り、天空に銀河を描き、山河を砕く破壊の化身だ!!」

「そんなやつは知らない! 知るはずがない!」


 人違いだった、そんな人外と接点があるはずないだろ。

 一瞬知り合いかと思った。


(とぼ)けるな、黒髪の出現でこの世界は狂い始めている! 赤帝! 貴様が黒髪をこの世界に招いたのか!?」


 意味はわからんが俺が闘える存在でもなさそうだ、赤帝に任せてだんまりを決め込もう。


「我の力は今しがた戻ったばかりだ。神の子など呼び寄せられるはずもなかろう。その前にあの男は神とは無関係だ」

「ならばどのようにして貴様は人間どもを従えた?」

「従えてなどおらぬ、言ったはずだ『友』であると」


 どうやら知らぬ間にフレンド申請は受理されていたようだ。いつ申請したのか知らんがまあいいだろう。

 馬鹿正直に否定して消されてはたまらん。


「仮にも天界にいたものが人間ごときと馴れ合うか!!」

「力を失ったことのない貴様にはわからぬであろう」


 端から見ても話し合いの余地はなさそうだし、赤帝にはルシファルと分かり合うつもりはなさそうだ。

 俺が仲介に入っても、ややこしいことにしかなりそうにない。

 様子を見守ろう。


「坊や――大丈夫よ――」


 俺の手をぎゅっと握ってハミューが励ましてくれている。

 しまったな。オロオロする演技を挟んでおけば、おっぱい触りまくれる展開に移行できたかもしれない。


「もう少し地上に下りてくれないと、剣が届きそうにありませんね」


 上空を浮遊する人外を相手に、ヨモギは攻撃する隙を伺っていたらしい。

 まず勝ち目はない、ぜひやめてくれ、巻き込まないでくれ。


「隙は俺が探る、お前は合図があるまで待て」


 遠回しに待機を命じておいた。




 しばらく赤帝とルシファルのやり取りを眺めていると。


「あのアナグラムは誰の仕業かしら?」


 唐突に上空から聞き覚えのある声が響いた。


「我が領域にどうやって……」


 赤帝が天蓋を突き抜けて現れた人影を、驚愕の表情で見上げている。


「出たな、黒髪をもった邪悪の化身……」


 同じく黒髪の女を見上げながら、ルシファルが悪意を吐き捨てる。


「ちっ……やっぱり生きていたか……てか、久々の再会で、空飛んでんじゃねぇよ……」


 愕然としつつも俺の口から最初に出たのはそんなクレームだった。

 まさかこんなタイミングで出会うとは思わなかったな。


「貴様がリーリンを圧倒したという黒髪の女か!」


 天帝が、癖ひとつない黒髪をなびかせる少女へ、怒鳴るように問い掛ける。


「リーリン? そんな名前の人、会った事がないわ」


 女は躊躇することなくそう答えた。やばい、嘘だと直ぐにわかる。

『素直』と『自己中』を履き違えた女だと直ぐにわかる。

 俺の幼馴染だと直ぐにわかる。


「あゆむか!?」


 気づけば立ち上がり黒髪の女に問いかけていた。

 気配を消して石になろうと思っていたのだが、無意識ってのは恐ろしいな。


 黒髪をなびかせ、白いイブニングドレスに装飾はなく、武器も靴も持ち合わせす、ただ宙を舞う少女。

 少女は俺の顔を見ると驚いたように一瞬目を見開き、慌てて表情を取り繕って真顔になる。

 そのまま表情を強張らせて告げた。


「いいえ、私の名は……アルテミス・ヘラ・アフロディーテよ」


 はっちゃけ過ぎだろ……

 


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