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7話 黒竜討伐

 

 巨大生物の枠を越えた建築物のような体躯の黒竜、その吐息は岩盤をカレーシチューに変える紅蓮の炎、黒光りする鱗は鋼鉄の卸金とでも表現すればいいのか、まぁギザギザで痛そうだ。

 その逞しい尻尾は少女を弾丸のように弾き飛ばすことも実証済み。

 少女によっては生きているが……


 俺は寸でのところで少女を跳ね除けた上、壁に叩き付け貞操の危機を脱し、現在は作戦会議を行っている。


「ユタカ……酷いです」


 少女は、恨み節を吐きつつ緑色の瞳に涙を溜め、額のタンコブを擦っている。

 よくもまぁ被害者顔できたものだ。

 俺の涙を返して欲しい、いったい人の心をなんだと思っているんだろう、さすがの俺も傷ついた。

 男の純情に比べれば女の愛情など紙切れ同然、抗議の声は受けつけない。


「あの吐息(ブレス)は脅威だ、何か対策はあるか?」


 俺は面子の顔を見回す、ヨモギは無言のまま被害者面をキープしている、ハミューはヤレヤレと言いそうな引き攣った微笑を、パウリカは俺に見向きもしない、赤帝は押し黙ったままだ……どいつもこいつも非協力的過ぎる。


「誰かいい案を出せよ……」

「それを考えるのは貴様の仕事だ」


 赤帝は俺に堂々と言い放った、ビックリした、なんという丸投げ。

 今までの作戦は全て俺が考えたものだ、全て俺がだ。最近ではテントの設置も、焚き火に火をつけるのも、腹を出して寝ている奴に毛布をかけるのも俺の仕事だ。なぜだ、なぜオカンになった。


 そこで考える、なぜここまで弛んでいるのだ。

 わかっている、リーダーシップの不在だ、ここには集団を統率できる牽引力をもった人物がいないのが問題なのだ。

 だがカリスティルを呼ぶわけにはいかない、このレベルの戦いに巻き込めば間違いなく即死だろう。

 ……なんか一人だけ必死になるのが面倒になってきた……


「とりあえず、英気を養う為に、寝るか……」

「いつまでたっても終わらないわよ――」


 薄茶色の瞳には明確な呆れが浮かんでいる、ハミューでさえ『フテ寝』という案は論外の様子だ。


「いや、だってマジで眠いんだもん、明日考えよう……うん、寝る」


 俺は、話は終わりだと言わんばかりにメンバーの輪から立ち去ると、荷物から毛布を引っ張り出してそのまま体を包み込み、丸まって目を瞑った。

 

 俺なら良案が浮かぶとでも思っているのか? あんな化け物に、答えの出ない問題を考えていると眠くなるんだよ。仕方ないだろ、生きているんだから……


 ……俺が寝ている間にお前らも考えてみろよ……


 ……眠くなってきたろ……


 ……生きてるんだから、誰だって眠くなるんだよ……


 ……そうだろ……


 ……。


 ……あっ!


「まだ手はあるぞ!!」


 俺は飛び起きた、名案かどうかはわからんが。一つもカッコいいことはないが、試してみる価値はあるはずだ。

 毛布を払いのけすくっと立ち上がった俺は身を翻し。


「聞いてくれ! それはな! ……」


 おいおい、まさかな……

 俺の周りには包まった毛布が三つ。

 

 一つはヨモギ、その隣にハミュー、もう一つは赤帝とパウリカだ……

 ふざけんなよ、俺が毛布に包まって夢の中でさえ善後策を考えている間に、こいつら爆睡していやがった……

 俺の大声にも無反応だ。


 全員叩き起こしてやろうかと思ったが……寝息を立てるハミューの服に上から手を突っ込み、掌に広がる幸せで我に返る……みんなもう何日も寝ていなかったな……

 しょうがない、俺の作戦を実行するのは皆が充分に休息を取ってからにしよう。




「これはきつい!」


 思わず愚痴が口を突いて漏れる。

 一〇〇階層の入り口から迷わず階段を囮場まで全力で駆け上り、そのまま身を伏せる。

 その直後、頭上を熱風が通り過ぎる。

 なんとか退避に成功したようだ、ブスブスと煙を上げる頭上の壁を眺めて安堵の溜息が漏れる。

 粘りすぎて間に合わんかと思ったぜ……


「それは、まぁ、魔獣とはいえ生物だからな……」


 俺の質問に赤帝はそう返答した、計画の勝算を得た俺たちは黒竜に対する討伐作戦を実行している。

 今は俺の当番だ、ドラゴンブレスを受け流して退避できる敏捷性を持っているのは、俺、ヨモギ、パウリカの三名だけ。

 よって三交代制、現在は俺の順番ってわけだ。


 俺はいったん九九階のキャンプまで戻りハミューに凍らせてもらっている岩石を拾い上げた。

 まだ休憩中のヨモギが毛布から顔を出して話しかけてきた。


「ユタカ、黒竜の様子はどうですか?」

「結構動きが緩慢になってきた、凍った岩石でも動かなくなってきたら軽く斬りつけてみる」

「無理をしないでくださいね」

「お前こそ次の当番だろ、まだ寝ておけ」


 そうヨモギを嗜めると、俺は再び階段を下りて一〇〇階の入り口に忍び寄り、中の様子を覗き見る。

 先ほど俺に向かってブレスを放った黒竜は一〇〇階層空間の真ん中で体を丸めていた。

 岩をぶつけまくる俺にぶち切れて駈け寄り、ブレスを放ってきたものの、疲労で弱ってきたのが伺える。

 

「へっ、どうやら作戦はうまくいってるようだな……」


 壁際に張り付きながら口を歪めて薄笑いが出てしまう。


 俺の作戦は、寝る間も与えずちょっかいを出し続け、疲労と睡眠不足で弱らせた上で昏倒したところを囲んでボコボコにしようって計画だ。ん? 卑怯? かっこ悪い? 知るかよそんなもん。


 相手は畜生だ、頭脳戦と持久戦で人間様に勝てるものか。


 俺はハミュー特製の岩石を黒竜に向かって放り投げた。

『ゴン!』という音が響き渡るがまだ動かない、睡眠欲が勝っているのだろう。

 凍っている岩は黒竜の背に張り付き、おそらく溶けて冷水が体表に流れ落ちている。

 絶対に気持悪いはずなのにそれでも動かない、だが俺は容赦しない。

『ガン! ゴン!』と魔獣へ向けて岩石をぶつけている、恐らく俺の顔は満面の笑みを湛えているはずだ、楽しくてしょうがない。


『グアアアアアアアアオオオオオッ!!!!』


 俺の執拗な嫌がらせに耐えていた黒竜は、ついにぶち切れて巨体を起し、俺に向かって首を振り上げる。

「よっしゃ! きたぁ!!」


 俺は一目散に出口から駆け上がり、躍り場に伏せる。

 先ほどと同じように熱風が頭上を通過し、辺りをブスブスと黒焦がす。

 うん、予定通りだ。

 

 それから十回ほど同じように黒竜に嫌がらせをしてヨモギと交代した。

 最初は俺たちが姿を見せただけで張り切って攻撃してきた黒竜も、ちょっかいを出さないと相手をしてくれなくなってきている。

 もう十日、一睡もさせていない。

 岩をぶつける、斬りつける等を弱りきって動かなくなるまで続けるんだ!

 巨体ゆえ、通路の内側に追ってこれないのが運の尽きだぜ、フハハハハハ!




「準備はいいか?」

「ええ――いつでもいいわ」

「いよいよですねユタカ」

「敵とはいえ、僕は黒竜に同情しているよ……」

「皆、油断するな」

「赤帝の言うとおりだ、本来の力は強大な敵だ、細心の注意を払って挑もう。もし反撃する動きがあれば即時撤退だ! いいな!」


 全員が俺の言葉に無言で頷く。

 思い返せば黒竜討伐は長期戦になった。

 現在の作戦を実行し始めてはや一ヶ月、巨大な体躯、王者の偉容を湛えていた黒竜の面影も今は昔、身動ぎ出来ぬほど弱りきった肉の塊が一〇〇階層空間の中央に身を横たえている。

 最近では深く斬りつけでもしない限りピクリとも動かないほど弱体化している。

 

 今回は嫌がらせではない、総攻撃による決戦だ。

 

「いくぞぉ!!」


 号令と共に俺たちは黒竜に駆け寄る。

 前衛として俺を中心にして左にヨモギ、右にパウリカという布陣で広がりながら殺到する。

 支援としてハミューの氷魔術が発動、俺たちの間を縫い無数の大蛇が津波のように黒竜の巨体に襲い掛かる。

 

 竜はその身を横たえたままピクリとも反応せず――直撃。

 その体を白く染め上げていく。


「よっしゃああぁぁっ!! 先手を取ったぁ!!」


 そのまま大上段に剣を振りかぶりつつ一閃!

 黒鋼さながらの硬く被われた鱗を力任せに切り下げた。分厚い表皮の内側から赤い体液がだくだくと床を浸す。

 黒竜はビクッと反応しつつも地に伏したままだ、目論見どおりの衰弱ぶり――いけるか!?


「このまま一気に倒しきるぞおおおおおぉぉぉっ!!!!」


 半狂乱に剣を振る。肉を引き裂く音と床の鮮血を踏み散らす音がバシャバシャと室内に響き渡る。

 ヨモギは各所の腱や間接部をスピードに任せて切断し、パウリカはその巨体を食い千切り、ハミューの魔術で黒竜の体は各所が凍結し砕けていく。


 ……まだ動かない、さらに攻撃を加える。


 黒光りする竜を切り刻みながら首を叩き落そうと剣を振りかぶった。


『グルゥウウウウゥン……』


 力ない呻きにも似た鳴き声を上げながら、辛うじて首を浮かせた黒き巨竜と視線が重なった。

 黒目の無い銀色だけが満ちた瞳からは透明な液体がこぼれ落ちている、なんだこいつ泣いているのか?


 胸が痛いからやめてくんない。


「おらああああああああああああ!!」


 俺は竜から視線を逸らすと研ぎ澄まされた剣を大きく振りかぶり、渾身の力を込めて振りぬいた。

 数々の激闘を共に潜り抜けてきた愛刀は肉厚な竜の首を掻き分けるように切り裂き、両断した。


『ドガン!』と落石のような轟音と共に、四メートル近い大きさがある巨竜の首が転げ落ちる。


 ……ここまでやってもまだ動かない……


 俺はさらに剣を振り、鱗に被われた竜を切り裂き続けた、ヨモギも剣を翻し存分に斬りかかる、パウリカもブチブチと音を鳴らして竜肉を引き裂く。

 ハミューも手を緩めることなく黒竜の血肉を氷の塊に変えていく。




 猛攻を三〇分近く加え続け。


「おぬし等、そろそろ手を休めよ」


 戦闘が終わるまで身を隠している予定の赤帝が、いつのまにか歩み寄ってきていて、背後から声をかけられやっと我に返った。

 黒竜そのものは細かく刻まれ、もう原型を留めていない。

 数個に分かれた真っ赤な肉の塊だけが目の前に転がっていた。


 どうやらとっくに倒しきっていたようだ……


 胴体部分には巨大な天封石が肉の隙間から顔を出している。

 今まで採集してきたものが三〇㎝程度のサイズなのに対して一m近くある特大の宝石。

 黒く透き通る六角形の鉱石、価値は良くわからないが金目のものは頂いておく。当然だ。


 力任せに天封石を竜の肉の隙間から抜き取る。


「なんだ?」


 その刹那、広大な空間にガラスのようなヒビが広がり……

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