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6話 黒竜と狡猾な女

 

 なんていうかね。

 常に必勝の布陣で戦に挑むのは当然の事だ。常に最善手を打ち続ける、その積み重ねを結果として表したのが『常勝』って単語なのだ。

 その最たるものがいわゆる必勝パターンってことになる、良い結果が出ているのに余計な手間、その逆で手抜きを加えて危機に陥るなんて事はあってはならない。


『相手を料理する』よく聞く言葉だが的を射た言葉だと思う。

 折角のレシピをダメにするのは何時だって素人のアレンジだ、だから気持を切らず、機械のように正確な行動を取らなければならない。俺たちは命のやり取りをしているんだ、より慎重を期すべきなのだ、だが――。



「ユタカ、私たち必要ですか?」

「うん……」

「僕はもう退屈だよ」

「――次は出番があるかもしれないだろ」

「そうでしょうか?」

「いつかは……な」


 俺とヨモギとパウリカは話している、てか俺が不満をぶつけられているだけなのだが。

 三一階層を突破した後の攻略は順調だった。手順は三一階層を突破した時から変えずにきている。魔獣を発見し、前衛の俺たちが三方向から接近し、ハミューの魔術を援護に斬りかかる。そういう段取りだ。


 問題はハミューの氷魔術の威力が高すぎて、着弾すると同時に戦闘が終了してしまう事だ。

 物陰に隠れて間合いを伺い、息を合わせて飛び掛る、しかし魔獣に斬りかかろうとした時にはもう氷の塊になっている。三一階層を突破してから現在地の六五階層まで前衛の俺たちは敵に一太刀も浴びせていない。


 先制攻撃で全てが終わってしまうからだ。

 六〇階層から出現するようになった魔獣は、やたら手が長く表面がツルツルしている十メートル級の竜種『グラブドラゴン』に変わっているのだがハミューの魔術一撃で終わることに変わりはない。


 現在は芯まで凍り尽くしたグラブドラゴンの解凍待ちである、天封石を採集しないと勿体無いからな。

 そんな時間つぶしの合間に俺は前衛二人娘の愚痴を聞いているわけだ。


「そろそろ最下層に着かないのか?」


 荷物をまとめて置いている壁際に、体育座りをしたまま風景化している赤帝に話を振る、話題を変えようの合図だ。


「わからぬ」


 ぽつりと呟く赤帝はなんだか寂しそうだ、自慢の探知が効かない今、ただのお荷物だからな。

 最近は外見に中身が引っ張られているのか妙に子供っぽいし、うん、当てにならない。


「ハミューは疲れていないか?」

「えぇ――なんだか体が軽いわ――まだまだいけそうよ」


 三一階層から下の階は魔獣一匹づつしか出現しなかった、それゆえハミューさんの一撃で戦闘が終わる。

 命がかかっているのだから危険は無いに越したことは無い。

 だがこの『俺らっていらないんじゃね?』って状況もこれはこれでまた胸にくるものがある。


「まぁ、迷宮がどこまで深いのかわからんが危機は必ず訪れるだろ、気を抜かないようにな――」


 俺はみんなに適当な活を入れて、荷物から砥石とその他道具を取り出し剣を研ぐことにした。

 いずれ訪れる死闘に向けて……


 ……結局一〇〇階層まで俺たち前衛の出番は無かった。

 要根、いわゆるボスだ。




「ここが要根、迷宮の要だ。なるほどのう、竜脈の最深部が迷宮と同化しておる。」

「そうか……」


 まぁ見た瞬間ここがクライマックスだってのは理解できていた。

 地下とは思えない、野球ができそうな程の広大な空間、緑色の管が空間全体を覆い、中心部に向かって集まり束ねられている。

 ひょっとしたら誰かが暇なときに模様を書き込んでいたのかもしれないが、部屋そのものが脈打っていることから、もしこれが絵画なら絵心がありすぎだと思う。


 空間そのものが生きているようだ、東京ドームよりもっと大きい空間が――そういえば大きさの表現方法として東京ドーム何個分とか面積の単位として使われることがあるが、大阪ドームと比べてどちらが大きいのだろう。どうでもいいか。

 

 その地下とは(にわ)かに信じがたい広大な空間の真ん中には一匹の竜。


 体高二〇メートルは下らない巨大な体躯、全身は滑り台として使えば尻はおろか腰までなくなりそうなほど鋭い黒鋼の鱗で覆われ、背には蝙蝠のような翼が六枚、極太の二本足と飾りのような前足。西洋竜、黒竜だ。

 水銀のようなギラギラした目をこちらに向けて、口を裂いてグルグルと重低音の効いた唸り声を上げ、俺達を威嚇している。


 対する俺達は最下層の入り口で固まっている、今までのように不用意に突撃したらとんでもないことになりそうだ。

 人は見た目が九割だが魔獣は十割だと思われる。


「どう見てもあれが迷宮の主って感じだな」

「主じゃないよ、要根だよ」


 くだらないチャチャを入れてくる虎縞(とらじま)の馬鹿がうっとおしい。


「名案があるぞパウリカ! お前は今からあいつに突撃してこい」

「それでどうなるんだよ」

「お前のぶっ飛ばされ具合で敵の力量を測る」

「それは捨て駒じゃないか!」


 くそっ、感づいたか、名案だと思ったのに……


「今までの手順でいきませんか?」


 躊躇して足踏みしている俺にヨモギが提案してくる。俺、ヨモギ、パウリカの三方から飛び掛り、ハミューが魔術で先制攻撃、その流れて俺たちが斬りかかる作戦だ、今までその手順でここまできた。

 まぁハミューの一撃で終わっていたからコンボが決まったことはないけどな。


「皆の意見はどうだ?」


 俺は他のメンバーを見渡す、メンバーは平等に扱い意見を求める。パウリカに発言権はないがな。


「このままじっとしていても仕方ないわね――」

「あ~ん」

「うむ」

「弁当食ってんじゃねぇよ」


 どうやら『攻撃あるのみ』が総意のようだ。

 覚悟と共に生唾を飲み込み皆の意志を統一する。


「では今までの手順で仕掛ける。だがゴリ押しはダメだ、段取りの枠から外れる事態になったら、すぐこの通路まで引き返す。わかったか?」


 ヨモギはきりっと表情を引き締め俺に向き直り頷く。

 ハミューは「ええ――いきましょう」と優しげに微笑み、パウリカはぷいっと俺から顔を逸らした。

 完成されたチームの形がここにある。


「1・2・3……いくぞ!」


 カウントを取ると通路から飛び出す。

 全力で駆け寄る、ハミューの魔術が三方に広がった俺たちの隙間から追い抜き、無数の白き大蛇が黒竜に殺到する……が……


 黒竜は駆け寄る俺たちを見初めると首を大きく逸らせ息を吸い込むような仕草、

(なんだ? 何かはわからないが――嫌な予感がする)

 

「ヤバイ! 散開しろぉ!!」


 根拠もなく叫んだ、一応俺も歴戦の勇士の自覚はある。背筋が粟立つ感覚が絶叫として吐き出された。

 俺の声に反応してヨモギ、パウリカは突撃を中断、黒竜から距離を取る。


 黒竜は散開した俺たちを意に介することなく首を振り下ろし大きく吸い込んだ息を吐き出し――いや、息ではない――。


 俺たちがいた場所に真っ赤な炎を吐き出した、固形物のような質量を伴っていそうな深紅の熱線。

 黒竜の首の動きに合わせて横にスライドした炎は、白い大蛇を飲み込み大音量の水蒸気爆発を伴い、鋼鉄のように硬質な床を長さ五〇メートルほどの溶岩プールに変えた。

 

「……!」


 あまりの光景に声が出ない。

 これは一時撤退だ、痺れた声帯に活を入れるため「あぁっ!!」と大声を吐き出し、


「撤退だ!」


 だが、もうヨモギが黒竜に回り込みつつ一撃を放っていた「ヨモギ、撤退だ!」慌てて叫んだ。

 黒竜の猛威にびびってしまって若干指示が遅れてしまった、ちくしょう。


 ヨモギの一撃は竜の背後から肩口を切り裂くも、明らかな浅手、単体ではどうにもならない。


「ヨモギ、逃げるぞ!!」

 

 俺の指示にヨモギは縦首し、風のような速さで黒竜の足元から離脱し、煮立った床面を人間離れした跳躍力で飛び越えた。

 だが黒竜はその着地の瞬間を狙っていた、少しだが知能が備わっているらしい。


 まさにヨモギが着地する刹那、黒竜の体の回転で遠心力を加えられ横殴りに降られた尻尾が、ヨモギをピンポン玉のように二〇〇M近くはなれた壁へ弾き飛ばす。

 弾かれたヨモギが弾丸みたいな勢いで壁に叩きつけられ、スローモーションのように床に転げ落ちた。

 尻尾に叩かれた炸裂音と壁への衝突音がほぼ同時に聞こえた、並みの人間ならバラバラに弾け飛ぶような一撃だ。


「ヨモギィ!!」


 あまりの光景に視界が歪むような感覚のままヨモギに駈け寄り、力の抜けた小さな体を抱え挙げると――「くそったれめ!」そのまま横っ飛びに回避運動をする。


 先ほどまでヨモギが転がっていた床が炎の沼地に変わる。

 黒竜はさらに首をもたげて追撃に移ろうと力を溜めているようだ。

 これはどうにもならん。


「みんな! いったん九九階まで退避だ!!」


 駆けながら叫び、たて続けに放たれるドラゴンブレスを回避し、そのまま階段を駆け上がった。

 規格外の化け物だ、仕切りなおす他に打つ手は無い。




「ヨモギ! しっかりしろ!」


 九九階の躍り場に駆け込んだ俺は胸の中で身じろぎ一つしないヨモギに声をかける。

 不規則な鼓動で息苦しい、目がぼやける――。


「ユ、ユタカ……」


 ヨモギの緑色の瞳が微かに開かれ俺の呼びかけに答えた。


「大丈夫……なのか」


 掠れそうになる声をなんとか制御して問いかける。

 膝が震えて倒れそうだ。


「私、ユタカに会えて……幸せでした……」


 ヨモギは震える手を揺らつかせながら俺の頬に当て、優しく微笑みかける。

 ……よせよ、そんなことは聞きたくない。


「大丈夫だ、だから――」

「聞いてください……私、ユタカに出会ってから……」


 俺の声を遮り、力なくも俺に目線を合わせ、語り始める。

 胸にじくじくと焦燥感が広がり、体の震えが止まらない……


「ユタカのこと、ずっと見てきました……私を、私を助けてくれたユタカを……いつか役に立てるよに、今度は私がユタカを助けられるようにって……」

「あぁ、今でも、充分助かってるよ、これからも助けてくれ……」

「私、まだ……ユタカと、一緒にいたい。これからもずっと一緒に……」


 苦痛の中、うめくように言葉を吐き出し、必死に語りつづけるヨモギ、抱きしめている、両手に力が入る。

 目が熱い、あぁこの世界に来てから一度も出なかった涙が出始めた。何でだ、まるでヨモギが死ぬみたいじゃないか……やめてくれ!


「そうだよ、これからもずっと一緒だ、頼むから……頼むから俺から離れないでくれ……」


 今までのヨモギとの旅を思い、涙が止まらなくなってきた。

 いつからだろう、ヨモギは俺の分身であり、ヘマをしたり後手を踏んだりして怪我をしたり、まして死ぬことなんてないと思い込んでいた。

 それに、俺自身がこんなにヨモギを大切に思っているなんて考えもしていなかった。

 こんなことになってから気づいても、もうどうしようもないのに……自責の念と後悔で胸が張り裂けそうだ。

 

「ユタカ……」

「頼むよ……一人にしないでくれ」


 腕の中に包み込んでいる宝物をきつく抱きしめる。

 いやだ、失いたくない……


「ユタカ、愛してる……」

「あぁ、俺もだ……」


 ヨモギは俺の首に両腕を回して引き寄せた、ヨモギの緑色の瞳が優しく微笑んでいる。

 さらに距離縮め、唇と唇は重なった。


(ん?)


 少女の呼吸は荒くなり、俺の口をこじ開け、舌を伸ばしてぬちゃぬちゃと艶かしい音を響かせる。

 滑らかな緩急を加えた舌使いに頭の中身が蕩ける。

 俺の息遣いも呼応するかのように荒くなり……あれ?


 なんでこんなことしてるんだ?

 とりあえず、落ち着こう――あれぇ? こいつ力強え!

 体を押しのけようとしてみたら、パワフルにホールドされていて身動きが取れない。

 

「ちょっとまっ!」


 唇が離れたところでヨモギに静止を促そうとしたが。


「うぁうっ」


 首筋を舐め上げられ変な声が出てしまった、え? 何これ?

 周りを見渡すとハミューも赤帝もパウリカも呆気にとられている。奇遇だな、俺も意味がわからん。


 わからんが俺の腕の中にいるヨモギ、よく見たら外傷が見当たらない。

 え? あの衝撃を受け止めるような受身を敢行したのだろうか、細部まで確認したいところだが口の中や首、胸、腕、脇などを縦横に這いまわる舌の感触と粘着質な音で思考が定まらない。

 いつのまにか上着が脱がされている、侵略すること火の如しだ。


「ユタカ……ください」


 ギャラリーに囲まれている状況でこいつは何を言っているのだろう。

 

 ただ一つだけ、朦朧とする意識の中でも思い出せたことがある。


 そういえばヨモギは狡猾な女だったな……


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