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4話 迷宮攻略中盤戦

 

 三一階層から先へ進むのが困難になってきた、三〇階層の階段を降りると周囲を覆う瘴気は一層濃くなり様相が一変したからだ。

 ヌルヌルした洞窟のような壁面は、遺跡のような構造に変わり魔獣の数は殆どない。


 だがここを進むのは困難だ、通路を塞ぐ体高で三メートル以上、全長は一〇メートルある巨大な影。

 金属のような鈍色の光沢を放つ鱗で全身を覆い、切り株のような逞しい四本足が巨体を支える、鰐みたいなシルエットだがそうではない、サイのような一本角。鋭い爪は銀色に輝き『龍』といったほうが正しい。

 名称はサットドラゴン、体内に天封石を宿している竜種だ。

 


「ここは龍脈の根源だ、魔獣もその影響を受けておるのだろう」


 赤帝は淡々と述べる、他人事みたいに言ってんじゃねぇよ。


「不思議パワーでお前の言うことは聞かねぇのかよ? 同じ龍なんだからよ」

「魔獣と我とは根本的に違う、意思の疎通などできん」


 自信満々に断言するなよ、どうするんだよこれ……

 現在三〇階層と三一階層の入り組んだ狭間にある空間で話し合っている。

 突入後に遭遇戦となり一戦交えたのだが、体表が硬すぎて剣が深く通らず、ヨモギの斬撃に至っては傷一つ付けられない。

 聖人さえ凍らせたハミューの魔術でも表面を凍らす程度だ。


 戦闘開始五秒で全滅の危機を察知し、ハミューの魔術で足元を凍らせ足止めしている隙に逃げてきたってわけだ。

 サットドラゴンは俺たちの隠れた空間の入り口付近をウロウロしている。

 その気になれば突入してこれる気もする。


「ここの壁とかブッ壊して乗り込んでくるかもしれんぞ」

「サットドラゴンは瘴気の濃い空間でしか生命を維持できないの――明確なテリトリーがあるみたい、こちらに向かってくる素振りがないわ」

「ユタカなら勝てますよ」

「お前は俺に死ねと言っているのか?」

「君は死んでもいいと思うよ」

「露出狂は引っ込んでろ!」

「なっ!」


 作戦会議のつもりが雑談になってしまう、いかんいかん。

 打開策を考えなくては。


「あんな巨体をどうやって維持してるんだろ、食い物すらないぞ」

「この空間に満ちた瘴気を取り込んでいるのであろう」


 迷宮の深部に生息する魔物は総じてそのようなものらしい。

 確かにロックリザードは迷宮外にも出没してたけどサットドラゴンは今まで見たことがなかった。

 深部の濃厚な瘴気の中でしか生息できない類の生物ってことだ。


「食わなくてもいいとか反則だろ」

「不都合な事実を嘆いていても仕方なかろう」

「まぁ、そうなんだけど……まいったなぁ」




 結局その日は退散し、以降はそれなりの作戦を立ててサットドラゴンに挑んだ。


 最初に試したのは酸欠作戦だ、薪を大量に準備して三一階層で燃やしてみた。

 こちらが危うく死にそうになった、瘴気の力で存在しているドラゴンにそもそも酸素は必要なかったみたいだ。


 迂回して進もうと敷き詰められた石の下を掘ろうともしたが、硬すぎてとても無理だった、普通のスコップではそもそも先っぽすら差し込めない。

「君の剣で試したらいいよ」とクソ虎娘が煽ってきたが当然却下した。

 毎日研いで愛着が沸きすぎている、もはや家族だ、パウリカよりも数百倍大切な家族。

 

 いずれも失敗して無為な時間を過ごしたが、今回の策は『ロープで体をグルグル巻きにしてボコってやろう』作戦だ。

 狭間の空間で準備を終えたメンバーに開始を告げる。


「手筈どおりいくぞ!」

「わかったわ――」

「これでダメでも、またがんばりましょう」

「君には何も期待してないけどね」

「皆、無理をするな」


 うん、最初から失敗するのが前程の空気、士気の上がらぬこと甚だしい。

 俺も「どうせダメだろうな」とか口に出ちゃいそうだけど我慢している。

 言いだしっぺだからな。


「まぁ、そういうことで……」


 ションボリした声で出撃した。

 俺、ヨモギ。パウリカは三方からサットドラゴンに駆け寄り、ロープを持って周回し始める。

 サットドラゴンの足元がハミューの魔術によって凍り付いていく。

 一周、二周、サットドラゴンにロープが巻かれて……


『ぶちっ』サットドラゴンが俺たちを伺い、体を少し動かしただけで体表の鋭いトゲにロープが引っかかり千切れた……

 状況開始一秒で作戦は失敗した。


「撤収だ!」


 俺はその瞬間に大声で指示を出す、開始前から『どうせ駄目だろう』と心の準備はできていたからタイムラグはない。

 ヨモギは表情一つ変えず、パウリカは若干の呆れ顔を浮かべ、踵を返して来た道を引き返し始める。

 

 だが、自由に動くサットドラゴンの尻尾がごぉっと唸りをあげてヨモギに振りかかって来た。

 

「くそっ!」

 

 それに反応した俺は剣を抜きながらヨモギを突き飛ばし、迫りくる尻尾を迎撃、上段から振りぬいた。

『ガキィ!』猛烈な金属音を響かせながら硬い鱗の表面に一メートル近い切り傷をくれてやったが、その並外れた膂力を逃しきれなかった俺は砲弾のように弾き飛ばされ、背中から鉄のように硬い壁が破片を飛ばしひび割れる勢いで壁に叩きつけられ、壁から跳ね返り石床に頭から落下した。


 何故か生きているようだが、目の前を星が弾け飛んでユラユラしている、鼻と口から血が吹き出し、俺の穴という穴は出口だけになってしまっている。

 ヤバイ、体を起こせない、動けない……

 サットドラゴンの攻撃をまともにくらえば原型を留めないほどグチャグチャに破壊されるだろう。

 追撃の前に避ける体勢だけでも作らないと――。


「ユタカ!」


 ヨモギが俺に駆け寄り、まるで布切れのように重さを感じさせることなく担ぎ上げると安全地帯の狭間に向けて駆け出す。

(馬鹿、お前だけでも早く逃げないと追撃が……)


 ――だがサットドラゴンからの追撃はなかった、ヨモギの背に揺られ背後を振り返ると、最初に放たれたハミューの魔術で、足元を凍らされ未だ身動きの取れない巨大な魔獣の姿があった。

 おかしいな、色々な違和感がある、だが今は……やばいな、意識が……

 まあいい、少し寝よう。

 何故かヨモギから若干いい匂いを感じながら、俺の意識は闇の中に吸い込まれていった……




 とんとんと大工仕事の音が聞こえて目が覚めた。

 どうやら村に引き返してきたらしい、村の中は人口増に対応すべく建設ラッシュだ、ガヤガヤと人の声も聞こえ、活気に溢れている。

 迷宮で竜と戦っていたことなど嘘のようだ。

 だが、この体の傷が事実だと告げて――あれ?


 傷がない、不信を感じてベッドから半身を起こし、体を捻りながら確認する……痛くない。

 包帯が巻いてある箇所もある、手当てされたのは事実のようだが、傷が治りきるほど寝ていたのだろうか。


 見ればヨモギが椅子に座ったまま、ベッドに伏して寝息を立てている。

 どのくらい寝ていたかわからない、俺がぶっ飛ばされてからの出来事をこいつに教えてもらおう。


 ――だが、せっかく気持ちよさそうに眠っているんだ、今じゃなくてもいいだろう。


 再びベッドに横たわった俺は、あの時に感じた違和感について考えてみる。

 

 まずサットドラゴンの表皮を僅かではあるが切り裂けたことだ、最初に戦った時には擦り傷程度しか届かなかったが、見間違いではなく手応えがあった。

 次に俺の体だ、凄まじい勢いで飛ばされ壁に叩きつけられた、水風船をブロック塀に叩きつけたように、俺の体が弾け飛ばなければ逆におかしいのだ。

 最後にサットドラゴンを封じたハミューの氷魔術、表皮しか凍らすことが出来ないはずだが、少なくとも俺の意識が落ちるまでその拘束は解けなかった。


 それが違和感の正体だ。

 魔獣でも調子が悪い時があるのだろうか? 無いという証拠もないが瘴気だけで存在している生き物が体調によって強さが変わるものかな。

 逆に俺が絶好調だったとしてもあんな勢いで壁に叩きつけられて生きているなんてことがありえるのだろうか……

 

 ハミューの魔術にしてもそうだ、日によって効果が違うものには思えないのだが、確かに俺はサットドラゴンが完璧に封じられているところを目撃した。


 魔獣が弱くなっている可能性ももちろんあるが、もう一つの可能性が高い。

 俺たちが強くなっているんだ。

 何を境に? 決まっている、迷宮に入るようになってからだ。

 だがその理由はなんだろう。

 

 なぜだろう、思考が纏まらない、もっと集中しなければな……

 辺りを見渡す、だが、荷物の入った箱以外に何もない部屋だ、ちくしょう、イライラする。

 視界にはベッド、荷物、そしてヨモギしかいない……子供だが……やむをえない!


 俺はそ~っとヨモギの首筋に沿って服の中に手を滑り込ませた。

 そこに膨らみがあろうが無かろうがこのさい不問にする、行為そのものが重要なんだ。

 ――若干ではあるが集中して物を考えられる精神状態になった。

 焦燥感は消え急速に頭の熱が引いていく。


 迷宮に篭りすぎて欲求不満になっていたようだ……



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