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3話 迷宮攻略前哨戦

 

 アルディア村の人口は雨季が終わった頃に三百人を突破した。

 南方のリリーガ王国とエレシエル連合が同盟を結び、アフロディーテ聖教国って新興国に攻め入り、返り討ちにあい、リリーガ王国は吸収され、エレシエル連合は敗戦の影響で瓦解したらしい。


 恐怖で廃人のようになっていた亡命者からの伝聞だ。理解不能な言動で信用に値しないが、相手は一人だったそうだ。

 まぁ確認する術もないからそれはいいとして、カリスティルの馬鹿はそいつらエレシエルの亡命者も受け入れた。

 ちなみに吸血鬼だ、誰彼かまわず同情してんじゃねぇよ。コエーよ。

 移住を認める条件として、吸血で眷属を作る事での繁殖は禁止している、当たり前だ。




 まぁそんなでも現状やることは変わらない。

 雨季が終わってしばらくは再び村の周りを跋扈する魔獣を狩ることから始まった。

 前回の攻略は全て無駄になり、再び繁殖して迷宮から溢れ出しているロックリザードを狩らなければならない。

 

 選抜メンバーは、俺、ヨモギ、パウリカ、ハミュー、ゲジ男の運転手として赤帝だ。

 俺とハミューで話し合い、カリスティルは戦闘に参加させない事にしている。戦場よりも村の統治に必要となったからだ。馬鹿だけど。


 我欲や上昇志向がなければ『神輿は軽くてパーがいい』は事実だ。

 馬鹿でも善良なら酷い事にはならないからな。欲のある馬鹿を神輿に担ぐと、担ぎ手は悪党ばかりが揃いとんでもない悪政になるが、まぁ先生もいることだし大丈夫だろう。


 周辺に溢れたロックリザードを殲滅して再び迷宮に篭っている。いったいいつになったら最下層に突き当たるのだろう。

 下層に進むに従って感じる違和感が増してくる、赤帝いわく瘴気というものが迷宮を包んでいるらしい。

 この瘴気の中で育っている迷宮の魔獣は外界の魔獣と比べて格段に強い。

 卵から外界で育てればロックリザードもタダの雑魚だそうだ。


「ふむ、この下が最下層だ」

「もう聞き飽きたわ!」


 ちなみに今は一九階層である、大きな空間を感知する度に赤帝は『最下層だ』と主張するが、大空間は魔獣の卵部屋で探せば下に通じる階段が見つかる。

 赤帝には迷宮は瘴気が濃くて、大部屋の下は感知できないらしい。

 もう期待するのも面倒になってきた。


 まだ迷宮に通い始めて一週間しか経っていないが攻略のペースは早くなっている。

 第一にハミューの燃費が飛躍的に向上したことが挙げられる。

 瘴気の濃い迷宮で魔術を行使し続けることにより魔術を少ないマナで撃てるようになってきたのだ、理屈はわからんが一発に10必要だった魔力が3~4で使えるようになっているらしい。

 

 第二に俺とヨモギが魔獣を狩るのに慣れてきたってのもある。カルマの使い方のコツを掴むのに魔獣狩りは最適のようだ。迷宮の魔獣は外界のザコとは比べ物にならんほど早くて破壊力があるからな。


「やっぱり卵しかないじゃん」

「うむ……」


 赤帝の宣言とは裏腹に大部屋には卵がビッチリ敷き詰められている、足の踏み場もないほどに。まぁ踏んでもいいんだけどネチャネチャして気持悪いからな……

 壁とか天井にもヌメヌメとした卵が張り付いていて気持ち悪い。


 ゾロゾロと魔獣が待ち構えてるし、終わりの見えない探索にゲンナリする。

 

「ハミュー、よろしく――」


 白い蛇が這いずり床に敷き詰められている魔獣の卵を凍らせていく、それを阻止するべく四肢を広げて飛び掛ってくるロックリザードを俺とヨモギで薙ぎ払う、前衛ってやつだな。

 赤帝とハミューはパウリカが守っているから俺たちは盾として後衛を守る必要がない、ガンガン斬りかかって魔獣を床のシミに変える。

 慣れてきたせいか雑魚のようにサクサク狩れる、なんでだろう。


 仮にも聖獣のパウリカにはロックリザードは敵ではない、その牙にかけるまでもなく、鋭い爪の一振りでロックリザードを爆散させていく。

 そんな化け物に嫌われている俺の命は風前の灯火かもしれんが、今はあてにしている。


 パウリカ曰く『最初君に頼った僕が間違っていたよ、もう話し掛けないでくれるかな』

 

 そう言われたので目を合わせないようにしている、奴との決戦はまだ先の話だ、てか赤帝は天の使いで精霊の上位存在らしいから、パウリカが赤帝を守るのは当然のことだそうだ。

 なら最初から赤帝にお願いしとけばいいのにと反論したら『腕輪を君が持っていたからだ』だそうだ。

 俺の隔離部屋にあった積荷に腕輪も眠っていたから俺の他に頼れる奴がいなかった、それだけの理由みたい。


 腕輪はいつのまにか赤帝の腕に収まり、パウリカは獅子奮迅の働きを見せている。

 脱いでも凄くない虎娘など別にいらんからそれでいい。


「ハミュー、まだいけそうか?」

「えぇ――まだ余裕がありそうね――」


 そんなわけで階段を下りさらに下層に進む、いったい迷宮はどこまで続いているのやら。




 結局二五階層まで進んだところでハミューが力尽き、攻略地点の階段を塞いで迷宮を抜け出した。

 前回は一週間で九階層までしか進めなかったが雨季を挟んだ今回の攻略は一週間で二五階層まで進めた。

 順調なのだろうがゴールの見えないマラソンをしている気分だ。


「いつになったら要根ってやつとご対面できるんだ?」

「……」


 赤帝は何も答えない、真っ直ぐ前方を見据えて手綱を握っている、運転手としては何一つ間違ってはいないけどさ。

 

「まぁ、いいけどさ……じゃあな」


 面目無さそうに俯く赤帝に、嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、隣のパウリカが殺意を帯びた鋭い眼光を浴びせてきたので話を切り上げて退散し、ハミューの様子を見に行った。




 荷台の中に設置されているベッドに横たわるハミュー、その脇には椅子に腰掛けているヨモギが窓から見えた。

 中に入ろうとドアに手をかけたが何やら話し声が中から聞こえてくる――これは。

 なかなか珍しい組み合わせだ、ひょっとしたら俺の取り合いをしているのかもしれない!

 モテ男の気分を味わいたくてドアに耳を当て、中の会話を盗み聞きすることにした、誰でもそうするはずだ。


「気分はどうですか」

「さすがに疲れたわ――三日も気を張り詰めていたんだもの」


 ……三日も潜っていたのか、気にしていなかったが……いかん、意識したら眠くなってきやがった。


「ハミューさんは、ユタカの事を本当はどう思っているんですか?」

「そうねぇ――いつまでたっても坊やよね」

「坊や、ですか?」

「ヨモギちゃんも――本当はそう思ってるんじゃなくて?――」

「……」

「自分には向き合おうとしないくせに、いつも人の心を覗き込もうとしているわ――本当にかわいい坊や」

「私にはハミューさんの言っている事が難し過ぎて、わかりません」

「そうかしら、もしそうならヨモギちゃんが強すぎるからよ――」

「わかりません……でも私はユタカに求められていません」

「そうかしら――」

「……そうです」

「ヨモギちゃん、あなたの気持はとても大きいの――」

「……」

「あの子には受け止めきれないのよ――坊やだから」

「ハミューさんみたいに私もユタカに……」

「ヨモギちゃんは私とは違うわ――逃げない子だもの」

「わかりません、何一つ……」

「私は坊やに、坊やは私に逃げているだけ――坊やとあなたの結びつきは愛だわ、だから坊やは向き合えないの、臆病なのよ――」

「ユタカは強いです、私を助けてくれました」

「カリスティルやあなたは強い子、だから人に優しくできるの――坊やはとても弱い子よ、ヨモビちゃんを助けたのはあの子自身が傷つきたくないからよ――」

「なんで……」

「坊やは自分を信じたり好意を持っていたりする人を失うのが怖いの――ヨモギちゃんを失う、そんな大きくて深い傷に耐えられない子――だから必要以上に人と関わらないよう逃げる、関わって心が動くのが怖いから」

「……」

「だから坊やをどう思っているかという問いに答えるなら――心を見せられない弱い私のままでいられる坊やは居心地がいいの、坊やもそうでしょうね――」

「……」


 なんというか……出歯亀してまで聞くような話ではなかった、坊やを連呼されて凹むわ。

 てかヨモギは子供の癖に真に迫った話をしてほしくないなぁ、今のままでいいのになんで女の子ってのは背伸びをしたがるのだろう。

 聞いてもあまり理解できないし……

 

 俺はそのままドアの前から立ち去り隔離小屋に入ると、やることがないので砥石と水、ボロ布を用意し刀を研ぎ始めた。

 無心で研ぐんだ、明日もまた迷宮に潜る、目の前の事に集中しよう。


 煩悩退散、煩悩退散……


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