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2話 雨の日々

 

 迷宮に篭る日々が続いていたが、数日で終わると思っていた迷宮攻略が中止になったのは雨季の到来だった。

 雨水が迷宮内部にも溜り、深い水溜りや沼地と化した部分が多数出現し攻略が困難になった為だ。


 二ヶ月間ひたすら豪雨が降り続く雨季に乗じて俺たちは集落を広げることに時間を費やした。

 どうやら迷宮攻略は長期戦になる。

 人数が増えたこともあり食糧事情も悪い、どうやらカリスティル達もその意見『には』同意らしく雨季の間に壁の範囲を広げる作戦を実行することになった。


 なお、もう一つ俺が提示した案『迷宮攻略にエルフや獣人の混成部隊を投入する』ことは否決された。

 理由は『獣人たちは女子供だけ』『エルフに戦うことを強要するのは残酷』という理由だ。


「使い捨てにできる人員が欲しいんだけど……」


 迷宮攻略班として現実的な意見を述べたつもりだ。

 最近は大湿林から逃れてくる獣人や、単独で身を潜めていたエルフも、この集落に流れ着いてきている。

 数は増える一方だから少しくらい使ってもいいだろ。


「最っ低!」


 カリスティルの一言で切り捨てられた。

 エルフは男もイケメンだがカリスティルの後ろに隠れ、涙目で俺を睨んでいた。

 好感度をドブに捨てて手にした結論は『エルフは戦場で役に立たない』というものだ。


 村では獣人とエルフの子を身篭っている女性も出現した。エルフはヘタレだがイケメン揃いだからな。

 猫耳エルフとか意味不明生物の誕生も近いかもしれん。

 化学反応で狂戦士が生まれることを期待しよう。


 森から追い出されたエルフは、草食動物のように闘争本能をどこかに置き忘れてきたらしい、ゲジ男隊のみで迷宮に挑むしかないようだ。




 そんなわけで土砂降りの雨の中、ダスラディア高地を下り、雑木林でゲジ男をはじめとしたキャタピラポッド部隊に木材を乗せている。

 木材を乗せる人員は俺、ヨモギ、カリスティルの三人だ、キャタピラポッドの運転手として赤帝と獣人が加わっているが木材の伐採、積み込みには参加させていない。

 カルマを帯びていない他の非力なメンツでは、木材の搬送と運搬は過酷な上、邪魔にしかならん。


 拠点防衛の切り札としてハミューはアルディア村に残している、なお、アルディア村とは俺たちが滞在している集落のことだ。

 いつの間にかカリスティルに実権が集まり、いつの間にかその呼び名が定着してしまった。


「お前、まさかアルディア王国を復興するつもりか?」


 そこまで執着しているのだろうか?


「そんなつもりは毛頭ないわ、あたしの名前がカリスティル・シル・アルディアだからいつの間にかそう呼ばれているだけ」

「本当かよ」

「あたしは人の上に立てる器じゃないわ、みんなを不幸にしちゃうもの」


 何の拘りも見せない態度だ、本心なのだろうか。


「しっかたねぇなぁ~、ここは俺がハーレム王国にでもしちゃうかな」


 軽く唇を歪めカリスティルは相手にしていないかのような口調で、


「わかったから仕事しなさいよ」


 といいながら木材をゲジ男の荷台に乗せると、そのまま次の木材を拾いに歩き出した。


「本気だったらどうすんだよ」

「あんたにそんなことは出来ないってわかってるもの」


 信用されている? いや、そんなはずはない。よくわからんが見透かしたようなことを言われるのは業腹だ。馬鹿の癖に。


「言ったな、覚悟しておっぱいを洗って待っていろ」

「あんたは自分から転げ落ちるから人の上に立てないわ」

「なんだよその評価は、俺がマゾヒストだって言ってんのか?」

「どう言えばいいのかな……あんたは自分のことが嫌いだからでしょ」


 林の奥に消えていくカリスティルの後姿を見ながら、あいつの言葉の意味を考えてみた。だが、すぐに考えるのをやめた。

 木材を拾い上げている赤頭の後姿を見ながら思う、胸がデカイのは承知していたが尻の肉感も凄いな……

 おっぱい以外にも目がいくってことは――俺も大人になっているのかねぇ。




 アルディア村まで材木の数が充分集まるまで運んだ。

 それを使って壁を徐々に外側に拡張させながら村を広げていく、周りは岩まみれの荒地だが、壁の中ならエルフが勝手に木々や野菜を育ててくれるだろう、無理をさせてでもエルフをがんばらせよう。

 どうせ俺はエルフの美人さんから嫌われている、デスマーチさせても心は痛まない。


 雨季は魔獣も沈静化しているが例外もある、迷宮の魔獣だ、あいつらは豪雨の中でも迷宮から溢れてくる。

 一応迷宮の最終到達点を封鎖していたのだが、この雨で崩れてしまったらしく雨季の終わりごろから、アルディア村近郊にロックリザードが出現するようになってしまった。


 ロックリダードがウロウロし始めたあたりで村の拡張は中断、塀の補強に勤め雨季にやるべきことは終わった。

 村の面積は四倍以上に広がり、農地は三倍に増えた。

 俺たちが村の拡大に精を出している間に先生主導で居住区造成が行われ、カリスティル、ヨモギ、ハミュー、赤帝&パウリカに一室づつ宛がわれた、俺の個室はなかった。


 先生に嫌われているからな、仕方ない。

 

 俺はゲジ男に積んでいた荷物をヨモギの部屋とハミューの部屋にそれぞれ置いてもらい、間男のような生活をする事に決めた。

 災い転じて福となしたわけで満足だ。

 普段はヨモギの部屋に転がり込み、お呼ばれした時にハミューの方にいく、うん、悪くない。 




「まだ無理かしら」

「無理ってよりも、よい関係を作れないならやらない方がいい」

「どういうことよ」

「相手は国家だ、小国とはいえ一万人以上の国民とそれに付随する軍がいるんだろ? 対等ってわけにはいかんだろうし――まだ時期尚早ってやつだ。下手にこちらに財があると勘ぐられたら軍を派遣されるリスクが高まる。今の段階で相手にしていい規模は大湿林の少数部族くらいじゃね?」

「そう……なら、一般の商人として交易ではなく行商並みの小規模で派遣すればどうかしら」


 お色気タップリの日常が送れない理由は、毎日のように行われるカリスティルとの密談があるからだ。

 町の中心にある行政府(仮)でカリスティルやエルフ、猫耳側の代表として先生は会合を行っているが、俺は参加できない。

 嫌われ者だからな、エルフの女の子は俺と目が合っただけで泣くんだ、勘弁して欲しい。


 だが今までのことで懲りているカリスティルは、会合の議題を俺に精査してほしいらしく、今日もカリスティルの部屋に呼ばれているわけだ。

 最低限の家具しか設置されていない殺風景な部屋で、四人掛けテーブルを挟んで椅子に座って話し合っている。

 今日の議題は交易の話だ。

 エルフは果実や野菜の生産を主に行っているが、先生を中心としたグループは服や生活雑貨などを作り始めている。

 先生は器用な上に知識があり、裁縫や木工もできるからな。あと亀甲縛りも。


 カリスティルは徐々にこの村の規模を拡大して、エルフを始めとした土地を追われた人が安心して暮らせる村、いずれ町、最終的には都市を目指すと、俺に言ってきた。

 馬鹿の夢物語に過ぎないが俺に相談するとは成長したものだ、だからまぁ暇だし「話ぐらいは聞いてやる」と言って今も協力しているわけだ。


「まだ村の規模は百八十人ほどだ、行商するにも護衛を出さなきゃならん。だが武力として役に立つのはせいぜい俺とヨモギくらいだ、拠点防衛の関係でハミューを村から動かす事はできんからな、パウリカなら聖人にも太刀打ちできるかもしれんが、あいつは赤帝の傍を離れない。性格があてに出来ない。交易は迷宮を攻略して護衛に人数を割けるようになるまでは自重だな」

「そうね、確かにその通りだわ」

「資源とか、領土の大きさとかもあるが、軍事力が発言力だ。やっぱり数は力だ。食料の増産と居住区の拡張が第一段階だろう。エルフとかすぐに増えそうじゃん。それに……」


 エルフの数が鼠算的に増えるのは間違いない。

 来年には出産で五人増えることは間違いないからな、血統魔法で治癒スキルがあるエルフは出産で死ぬことが殆どないらしい。

 今まで連中は小さな村で身を寄せ合って暮らしていたが、壁を広げて村を拡張している、となると、増えるだろう。

 ヘタレなのに精力強いもんエルフ、獣人の女の子もエルフと仲良くしているし……てか、ゲジ男隊は皆に恐れられているから実感する機会はないが、俺たちを蚊帳の外に楽しくイチャコラ暮らしている。

 

「人が増えるのは、まだまだこれからでしょ」

「そうでもねぇぞ、多分な……十倍や二十倍はすぐに増えるだろ」

「村の人だけじゃそこまで増えないでしょ、だって、村の女の子だって誰でもいいってわけじゃ……」


 カリスティルが頬を赤く染めながら伏目がちに返答する、まったく、何を考えてるんだよ。


「そうじゃねぇよ。周りは戦争をしてるんだ、戦火を逃れた難民はこれからもっとアルディア村に逃れてくる。お前が無作為に受け入れる限り嫌でも増える。だから力をつけるまでは自重すべきだ、それまで国家相手には存在も知られるべきではないな」

「うん……」

「迷宮を潰せば赤帝の力が戻るんだろ。その力がどんなものかはわからんが、力の及ぶ範囲ならルーキフェアの天帝でも手出しできないって本人が言ってたからな。それに期待する」

「あんたがそう言うなら従うわ……」

「随分と素直だな、変な物でも食ったのか?」

「あたしには、わからないもの……」


 なんか気持ち悪いな。


「おっぱい触らせてくれたら、もっといい考えが思い浮かぶかもしれない」

「それはダメよ」

「片方だけでもダメか?」

「うん……」

「そうか……」


 お互い言葉を発しなくなった室内に叩きつけるような雨音だけが響く。


 こんな感じで雨季を過ごしていた……

 

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