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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
1章 ルーキフェア帝国編
7/85

6話 サバイバルビギナー

 朝の支度もそこそこに、昨日六人と戦った場所へと移動する。

 馬車は少し練習したらそこそこ運転できた。

 映画とかで見た記憶を脳みその皺から掘り起こし、見よう見真似で試しただけだが、歩かせるだけなら何とかなりそうだ。

 乗馬は最初から諦めている、まず跨る事ができない。


「タイサ……なぜまたここに?」


「昨日の野菜を取りにきたんだよ、食い物は必要だろ」

 ヨモギは、裸に剥かれた男六人の死体に対して、眼を伏せつつ聞いてきた。

 すごく気分が悪そうだ。

 だが意地悪で来たのではなく必要だから来たのだ。




 畑からの略奪を終えて川に向かって移動を開始する。

 ヨモギの顔を覗き込むと、遠くなっていく城壁を眺めていた。

 今まで住んでいた土地を離れるのだ、感慨などもあるのだろう。


「色々あったのだろうが……故郷を離れるっていうのは辛いか?」

「いいえ……ベラミー家に売られたのは先月の事で、それまで別の場所にいました」


「……」

 会話が噛みあわない、なんで俺は適当な事を言うのかねぇ。


「いや、何か遠い目をしてたもんだから勝手に解釈しただけだ」

「すいません……」

「どうした? 」


「私ここにきて、もう、ここで、こんな所でこんな人たちに玩具のように扱われて、あきられたらゴミみたいに捨てられて死んじゃうんだってずっと思ってました」


「まぁ、わかったから、生きてたらいいこといっぱいあるぞ、多分」


 俺は、肩をポンポンと叩こうとして、手を空中で停止したまま固まってしまった。

 ヨモギはポロポロと涙を零してしゃくり上げている。

 何があった? また俺はなにかしたのか?


「私、生きていてよっかたことなんか一度ももないです、生まれたときからずっと、奴隷でした、逃げてもすぐ捕まって、ずっと奴隷でした、生きててよかったことなんか……」

 

「おっ! 鳥が飛んでるぞ、あれはコウノトリかなぁ? 知ってるか? コウノトリって子供をさらうんだぞ」


「だから、前のマス――ヤグディヌ様がタイサにやられちゃったっときも、私、役に立たないとって思ってたのに、何も出来なかったから……怖くて、役立たずだから死んじゃうって、怖くって。だからっ、タイサについて行って――でもタイサは、私が迷惑そうで、だけど――」


「わかった、涙は心の汗っていうから、いくらでも泣けばいい。でも俺は汗臭いのが嫌いだから程ほどにな」


「すみません……この町を出れる、なんて、そんなの夢みたいなことだと、思っていたので……」


 ヨモギはしゃくりあげて溢れる涙をガマンしている。

 どうせ俺のせいなのだろうが、こういった空気は苦手だ。

 背中がムズムズする。


「えっと」

「はい」


「なんというか、重い話は苦手なんだよな」

「重い、ですか」


「重いって言うか、うん、聞いているとこう、胸の辺りがモア~ってなる暗~い話っていうかさ」


「……はぁ」


「あれだ、俺ってさ、説明しようのない遠い場所から来たんだ、こことは全然違うとこ」


 ヨモギはヒックヒックとしゃくり上げつつも、俺の顔を覗き込み話を聞いている。


「だからよ、さっきヨモギが話していた奴隷がどうとかっていう話もさ、辛いんだろうなぁとかは思うんだが、正直な話、現実感がわかないんだよな、俺の世界に奴隷はいなかったから」


「違う場所?」


「そう、違う世界だ、説明は出来ないし、俺が説明して欲しいくらいだ、だけどな、お前が生まれた世界だから悪く言うのに躊躇するが、あえて言う、ここは人、特に俺の命が軽すぎる。到着十秒で命を狙われるとか狂っている」


「……」


「お前が思ってる日常って俺の日常とは全然違うものだと思う、だからよ、想像してわかっている振りもできないんだよ。マジで申し訳ないんだけど、俺にはお前の話が小さい子供がする話として重量オーバーなんだ」


「……」


「だから、過去はもう変わらないんだからよ、これからどうしたいって事でも考えたらどうだ? 我ながらいい考えだ、うん、不幸話はヤメ、な」


「……」


「さて、話が変わったな、助かったよ俺は、で、質問だがお前はどうして俺についてくるんだ? 目的は? 」


「タイサの奴隷として生きたいです」


「ダメだ」


「えっ……嫌……捨てないで、タイサ……様」

 少女は瞳の色を絶望に染め直し、すがるように俺に媚びる。

 その卑屈な態度がガマンできない。


「それがもう全然ダメなんだよ、なんで目標が最底辺なんだよ、志が低すぎる!」


「ううっ」


「いいかよ、よく聞け、聞くだけじゃなくて、ちゃんと俺の言いたいことを理解するようにしろ。昨日俺が言った事を覚えているか?」


「はい」


「ならわかるよな、俺はお前に今までの自分を捨てろと言った、それはな、あの男の奴隷をやめて俺の奴隷になるってことではないんだぞ、その奴隷根性の染み付いた今までの自分を捨てろってことだ」


「わからない……です。」


「いいから聞けよ、仮にだ、奴隷をやめたらお前は何になるんだ? 将来の夢とかないのか、何になりたい、どうやって生きていきたい? 俺はそういう話をしている」


「生きていけないです」


「それは奴隷としてしか生き方を知らないだけじゃねぇのか? 本当に何も無いのかよ? 誰かの真似でもいい、何でもいいけど、なりたい自分とかないのか?」


「わからない、わからないです。」


「わからないならわからないでもいい、けどな、それを見つけるようにして生きろよ。奴隷が最低なのはお前だって、本当はわかってんだろ」


「……」


「それで何になりたい? わからないならそれを見つけろよ。いつまで俺についてくるのかも自分で決めろ、俺は知らん。だけど俺に奴隷はいらない、役立たずもいらないが奴隷はいらない。わかるか?」


「どうすればいいのですか?」


「今決めろってわけじゃないから自分で考えて決めろって、なんでもいい、適当ないい男を見つけてお嫁さんでもいい、手に職をつけて職人でもいいし、会社員でもいいし、漁師や、左官屋、ヨーヨー釣りのおっさんとかいろいろあるだろ? ハハッ、いい女に育ったらいずれ結成されるであろう俺のハーレムの一員でもいいぞ」


「でも、やっぱり考えちゃうんです、次に捨てられたらって」


 あぁ、もう面倒くせぇなぁ、過去の不幸話とか聞くの嫌だな。


「ならこう考えよう。いいか、まずな、お前は……そうだな、英雄ドクダミアンの娘って事にしよう、そのドクダミアンがな――」


「タイサ……」

 大切なのは設定じゃない、勢いだ。


「いいからまぁ聞け、ここから盛り上がるから! その、ドクダミアンが、大魔王ブロッコリン率いる一億の軍勢と戦ったわけだ。そして激闘の末にドクダミアンはブロッコリンを倒したが、ドクダミアンも致命傷を受けてしまう。どうにかして娘を助けたい一身で命を繋ぎとめていた所へ、たまたま偶然通りがかったのがこの俺――」


「あ、あの――」


 いいぞ、このまま押し切る!


「最後まで聞け! そこでたまたま通りかかった俺、タイサ・アズナブルに、お前の父であるドクダミアンは言った! 「どうか娘を守ってください」とな、そこで正義感の塊である俺は答えた、「まかせておけ、お嬢さんは必ず守ってみせる」ってな、それがお前の過去であり俺との出会いだ! それ以外の過去は全て捏造された記憶であり嘘だ! わかったな!」


「タイサ……意味がわかりません+」


「それ以外の過去なんか俺は知らない! いいな!」


「はい」


 俺は上体を翻しヨモギを指差した。


「では復唱してみよう、ちゃんと聞いていたか?」


「わ、私は英雄ドクダミアンの娘で、父は死んじゃう間際、タイサに私を託した……で、よいですか?」


「うむ、満足だ、シナリオに穴がある場合は自分でその都度修正しろよ」


「……」 

 いきなり俺に過去を改竄されたヨモギは、難しい顔をしてウンウン唸り始めた。

 狙いどおりだ。

 どんなこと考えているかは知ったことではないが、グズグズ横で泣かれるとめんどくせぇからな。

 少女を無為な思考の袋小路に追い込めたようだ、さすが俺だ。




 ついに河川敷付近まで到達した、後方の城壁は全く見えないほど遠くなっていたが、追撃は一切なかった。


 そもそも城壁の中に、どのくらい人が残っていたのかも知らない。

 ひょっとしたら、あの中にいた戦力は七人で全てだったのだろうか?

 最初に襲ってきたメンツに混ざっていた女は、七人に加わっていなかった。

 男手が七人ということなのだろうか、? だが今更引き返して確かめようとは思わない、藪を突いて蛇を出す必要もない。


 河川敷に降りると、河原はジャリで埋め尽くされていて、馬車では入れなさそうだ。

 仕方なく土手の近くに馬車を止め、二人で川の近くまで歩いていくと


「すげえ綺麗な水だな」

 感嘆の声が口をついた。

 川の水は、自然遺産に指定されていても不思議ではないほど澄んでいた。

 遠くの水底までクッキリシッカリ見える。

 まさに清流だ、一点の曇りもない。


 それを口に含むのが躊躇われるのは、余りにも綺麗過ぎて生命活動がまるで感じられないからだ。

 魚も見えない、水草も一切ない、川に足をつけてみたが川底は一切ヌルヌルしない。

 綺麗過ぎて気持ち悪いので水筒の水が尽きるまで様子見だ。




 その時、突如置いてきた馬車の方から、馬のけたたましい嘶きが響き渡った。

 嘶きの方へ振り返ると、馬車に繋がれた馬が嘶きながら飛び跳ねている。

 馬車もそのリズムに合わせて、ガコンガコンと衝撃音を打ち鳴らしながら踊っていた。


「またトラブルかよ! クソッ!」

 俺は短刀を抜き、馬車に向かって駆けだした

 せっかく馬車の練習をしたのに、このままだと馬車が使用不能になってしまう。

 バスも電車も見つかる可能性が無いからには、移動手段をなくすのは不味い。


「おいおい――」

 土手を登ってみて少し呆然としてしまった

 特大サイズ、猪ほどもあるサイズの兎が、馬車に繋がれて身動きの取れない馬に襲いかかっているのが見える。

 数は二匹、ピョンピョンと馬の周りを跳ね回っている。


 焦げ茶色の体に長い爪、狼のような鋭い牙、長い耳がなければ兎とは思わなかっただろう。

 馬は飛び跳ねて逃れようとしているが、馬車に繋がれているので逃げ出せない。

 巨大兎が噛み付くたびに大きな嘶きを上げ、ロデオのように暴れまわっている。

 その様は、カップルが浜辺で戯れているようにも見え……ないな。


 いかんいかん、俺は頭を振って我に返ると兎に向かって駆けだす。

 短刀持つ手に力が入る。

 この世界にきてから日は浅いが、人を斬った、何人も斬った、嫌な感触だが、手に人斬りの感触は経験として残っている。


 まずは突いてみよう。

 刺さる感触しだいでは切れるはずだし、切っ先で突いても弾き返されるようではとても斬れないだろう。

 ――覚悟を決めて踏み込む――


「あああああああああああああっ!」

 気合を込めた咆哮を吐き出し、短刀の先を兎に向かって突きだした。


 兎は俺に気づくと横っ飛びに跳ねて、俺の突きを回避した? 回避したというよりも俺の声でビックリして飛んだだけのような気もする――大声出すんじゃなかった。


 だが気にしている暇はない。

 飛び込んだ弾みで体勢が悪い。

 前方へ体が流れていて踏ん張りがきかない。

 俺は前方に両足を並べて着地すると、そのまま後ろに飛んだ


 そこにもう一匹の兎が俺に向かって飛びかかってきた。

 くそ!

 まだ両足とも地面についていない。

 体を移動させて回避する事はできない。


 半ばやけくそで短刀を振り、飛びかかってくる兎を払うように薙いだ。

 地面を踏み込めていない明らかな浅手だが、兎に対して短刀の刃が吸い込まれる手ごたえがあった。


 ジャッ!

 音と共に兎の脇腹あたりが斬れ、血の花がパッと咲いた。

 俺の服にもタップリと飛び散った。

 うへぇ汚ねぇ。

 兎はピギイイイイイッ! という鳴き声を上げる。


 よかった、こいつ斬れる。

 それと兎って鳴くんだなぁ。

 いや、俺の知っている普通の兎はわからんが、この世界の兎は鳴くようだ。

 何の役にも立たない知識が増えた。


 不安を取り除けた俺は二匹のデカイだけの兎を簡単に切り捨てた。

 いや、普通ならもっと大変なはずなんだ。

 兎とはいえ猪並に大きいし、噛むし、爪長いし、だがスパッと簡単に切れた。

 今なら最初に会った化物――修羅とか呼ばれていた奴ももう少し簡単に仕留める事ができるんじゃないかな?

 まぁ兎をしとめるのは余裕だった。

 

 兎を斬る時、俺の体からも少ないが白く光る玉がフワフワ飛んでいた。

 そして兎を斬ったときにも兎から白いやつが飛んでいった。

 何か関係があるのだろうが解説役もいないのでわからない。

 まぁ適当でいこう、仕方が無い。


 短剣の血を拭って馬車を確認すると、積荷はメチャクチャに散乱していた。

 まぁロデオ状態だったからどうしようもない、六人の男達から剥ぎ取った武器とか鎧とか、その他モロモロが、畑から略奪したオレンジ色の実と混ざり合いグチャグチャになっていた。


 これは掃除が大変だな、と、馬車の馬を見ると、兎にかじられたところの肉がグズグズに剥けて骨が見えている。

 とても馬車を引くのは無理だ。


 とりあえ馬車の止め具から馬を開放して、そのまま放置しておいた。

 馬は脚をやられると生きていけないとは聞くが自分の手で安楽死とか無理だ、かえって残酷なのであろうが足を引きずってでも、どこかに逃げ延びて欲しいな。




 馬車も動かせなくなって絶望的な状態だが、まず先にすべき事は川で俺の服を洗う事だ。

 だって血とかすげぇついて服に染み込んでいるからベタベタする。

 う~ん気持ち悪い。


 上着を脱いで川に浸して洗っていたが少女がなかなか帰ってこない。

 そう思い後ろを振り返ると土手の上のほうで少女が兎を引きずりながら川に向かってきていた。


 何の為に運ぶのか理解は出来ない。

 だが一つだけ言えることが在る。

 見た目は兎とはいえ、この兎はとても大きい。

 十歳ほどの小さな少女では運ぶのは無理だ。


 いや、あれだ「仕方ねえなぁ、持ってやるよ」「わぁっ、タイサは力持ちなんですね」という会話が欲しいわけではない。

 重そうだから持ってやるだけ、うん、善意だね。

 仕方なく、あくまで仕方なく俺は少女の下まで走りよると


「仕方ねぇなぁ、持ってやるよ」

 と言って少女の代わって兎の耳を掴むと川に向かって引きずり始めた。


 ぐぬぬ、くっそ重てぇ――。


 だが調子に乗って代わってしまったからには完走しなくてはならない。「やっぱり無理だわ」ではカッコ悪い。

 俺は可能な限りの無表情を作りつつ、力を振り絞って兎を引きずる。

 今更やめる訳にはいかない、もう引き返す道はない。


「タイサ……大丈夫ですか?」

 心配そうにまぶたを細めるヨモギ、ちくしょう予定と違う。

 俺は平気そうな顔を気合でキープし、川岸付近まで兎を引っ張った。


 俺は汗だくになりながらも川岸まで兎を運ぶと少女に自然に目配せした「これでいいかい?」という感じだ。

 息を切らしている素振りは見せない。

 

 俺が兎から手を離すと、ヨモギは兎の傍らにしゃがみこみ、懐から使いこまれたナイフを取り出し、何の躊躇いもなく兎に突きたてた。

 ドロリと血が流れ出る。


「……!」

 息が整っていないのに心臓にドキンという衝撃が加味され、胸の鼓動が変則のドラミングを奏でる。

 ヨモギは突きたてたナイフを手際よく滑らせて毛皮をはいでいく。

 そして……うっ!




 そこから先は見ていない、うん、川に駆け込んで胃の中身を思う存分吐き出し尽くし、ズブ濡れのまま川からあがり、ヨモギから二十メートルばかり離れた場所に体育座りをしたまま、流れるような手際で兎の解体作業をするヨモギを眺めていた。


 いやいやこれはなんと表現すべきか。

 当たり前のように獲物を解体しているその少女の後姿が、なんだか夢のように感じられる、現実感がわかない 

 いや、頭ではわかっているんだよ、これが正しいってさ。

 食料もなく彷徨うなんて無理だよ。

 うん、わかるわかる。


 ヨモギは兎の皮を剥ぎ、血抜きらしき作業を終えると周辺に転がる木々を拾い集めて何に使うかわからないが、木々を縦横に組みながら物干しのような物を二時間ほどかけて組む。

 その木組みに、兎の肉をブロック状に切った物を竿に引っ掛けていく、おそらく日常的に行っている作業なのだろう、一つ一つの行動に何の迷いもない。

 

 本来なら俺も何かをすべきなのだろうが、何をしていいかすらわからん。

 何の指示もないので、邪魔をしないように見守るのが正解なのだと思うことにした。


 結局、白い太陽が沈み赤い太陽が登りきるまで、ヨモギは作業をひたすら続けた。

 肉は内臓と骨を残して殆どが物干しに干されている。

 風に煽られ揺ら揺らと靡いているが、風流でもなんでもない。

 離れた場所にいる俺でもわかる、すっげぇ生臭い。




 その作業が終わると、ヨモギは川から少し離れた場所にある、木々がポツポツと生えている雑木林に向かって歩き始めた。

 それまで眺めていただけの俺だったが、短刀を腰にかけヨモギの後についていくことにした。


 たいした意味はないんだけどさ、だって、また変な生き物が出てきたら危ないじゃん、いや、知らない土地だから一人だと――

 いや、それ以上の理由は何一つないがヨモギの後ろを追って雑木林に入った。


 結論から言えば落ちた木の枝拾いだった。

 ヨモギは木の枝を抱えるように抱きかかえると来た道を引き返し始めた。

 ふむ、なんだかわからないが木が必要なようだな。

 俺は運びやすそうな枝を折って木の束を作り、一塊にしてヨモギの後を追って河原に引き返した。


 ヨモギは河原に木の枝を下ろすと、後を追うように引き返してきた俺の両手に抱えている木の束を眺めて、怪訝な目を向けている。

 なんだろう?何か問題でもあるのだろうか?


「タイサ……あの」


「なんだ? 何か問題あるのか?」


「いえ、その――」


「なんだよ、早く言えよ」


「……」


「何かあるならさっさと言えよ、気になるだろ」


 ヨモギは視線を下に向け、手足を落ち着かない感じでフラフラさせながら逡巡していたが、意を決したように


「タイサ、乾いている枝じゃないと……燃えません」


「おっおう」


 どうやら燃えそうな枝を集めていたようだ。

 俺が抱えている枝は、生きている木の枝を折って集めていたものだ。

 瑞々(みずみず)しい……これでは使えない。


 


 結局雑木林の入り口付近で、俺はヨモギが近づかないように牽制しつつ、怒っていないこと、手伝えることは手伝うということ、俺には出来ないことが多いということを、なるべく侮られないように上から目線で説明することでヨモギからの接触を逃れた。


 俺にはいろいろ出来ないことがあると告げると、ヨモギが若干うれしそうな顔をしていた、馬鹿にしていやがるなこの野郎。

 むかっ腹が立つが事実だから仕方がない。

 今度襲撃されたらコイツ見捨てて逃げてやろうかな




 それから赤い太陽が沈み始めるまで、薪拾いをこなし、俺たちは川岸で肉を炙る為、薪に火をつけた。

 そこでやっとわかったのは、ブロック肉を炙って干し肉にする気なのだということだ、調味料も何も使用しない乾かして燻すだけの干し肉か……味は望むべくもないだろう。

 

 ちなみに、火を点けるところを見たが、どうやって点けたかは理解できなかった。

 ヨモギの手には何の道具もなかった。

 不可解極まりないが、子供に物を尋ねるのは気が進まない。

 そのうち誘導尋問的な会話の中で自ら進んで語らせよう。


 赤い太陽が沈むと、月はおろか星一つない夜がやってくる――

 雲一つない晴天だったが、日が沈むと真っ暗だ。

 明かりは、釣り下げられた肉の塊に煙を吐き出す焚き火のみ。


 この世界には星はない。

 まぁどれだけ天気がよかろうが、星空を眺めてロマンチックな気分に浸ることはもう二度とないのだな。

 そんな場面には生まれてこのかた一度も遭遇したことはないが、俺の人生語録に「月に代わっておしおきよ」が加わることはない。


 そんなセンチメンタルな気分に浸る俺を尻目に、ヨモギは黙々と作業をしている。

 焚き火の明かりを頼りに、川で何かを洗っているらしいが、こちらからでは後姿しか見えない。

 

 そんなヨモギの背中を眺め「働き者だなぁ」と感心しつつも、ふと思う。

 休憩無しで、ずっと働き詰めだが大丈夫なのだろうか?

 

「なぁ、疲れてないのか?」

「はい、平気です」

 そう言いつつ振り返ったヨモギは、空ろな目の下に真っ黒なクマを貼り付けた、ホラーな笑顔を俺に向けた。


 正直漏らすかと思った。

 明らかにオーバーワークだ。

 何を考えてんだ。


「もう少しなんで待っていてください」と弱弱しい声で語るヨモギを抱きかかえて、干していた兎の皮を河原に敷いて、ヨモギの体を寝かせた。

 乾ききっているとはいえ兎の皮は生臭いが、ヨモギからも同じ臭いがするので問題ない。


「明らかに無理してんじゃん、休めよ、死ぬぞお前」


「でも、出来る事でタイサの役に立たないと……」


「そんなもん気にしなくていい、疲れたら休めよもう! ちょっと待ってろ」


 俺は井戸の水を汲んできた水筒を手に取った、が、水筒の中身は空だ、よく考えるまでもなく俺が全部飲んだ覚えがある。

「クソッ!」

 水がない! これはピンチだ、俺は川の水を水筒に汲んだ。

 例の不自然なほど綺麗な水だ。

 危険な気はするが背に腹は代えられない。

 乱暴な手つきで川の水を汲むとヨモギの元に足早に駆けていく。


「ほら、飲め」と、水筒を差し出した。


「ありがとう、タイサ――――」

 ヨモギは何の躊躇いもなく、その水をゴクゴクと喉を鳴らして胃袋に流し込んだ。 

 我慢していたのだろう。

 水筒の水はアッと言う間に空になった。


「いいから今日はもう寝ろよ、それからあまり無理をするなよ、わかったな」


「――はい、タイサ」


 水を飲んで一心地ついたのだろうか、ヨモギは小さく寝息を立て始めた。

 俺はしばらくの間ヨモギの頭を撫でてやっていた。

 よく見れば顔が小さくなっている。

 丸顔なのではなく、今まで腫れていたのだろう、垂れ目だが悪くない。


 少女の寝顔を眺めつつ俺は考える。

 無理をさせたのはおそらく俺なのだろう。

 どうやらこの小さな少女に妙な危機感を与えていた。

 反省しなくてはならないな。


 ヨモギは完全に眠ったようだ。

 水分だけでも補給して顔色も良くなっている。


 ――まぁそれはどうでもいい――


「どうやら特に問題ないようだ」

 俺は安心して、川の水を水筒に汲みなおすと、ゴクゴク喉を鳴らして水筒の水を全て飲み干した。


 少々不安だったが、この川の水は安全らしい……



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