8話 True value of teacher
俺がブエナビ村に駐留するレパス軍が、本営を構える豪奢な建物に突入してから、既に三十分近く時間がたっている。
急いで階段を足早に下りて玄関ホールを駆け抜けると……十人以上のレパス兵の死体、凍って崩れたレパス兵だったものが転がっていた。
「坊や――カリスティルは? あの子は無事だったかしら?――」
「あぁ無事だ、待たせた……すまない……」
土気色、では既になく死人のような顔色のハミューが壁にもたれながら薄い笑顔で出迎えてくれた。
薄茶色の髪から空ろな目が覗いている、充血して濁り、光が無い。
もう限界だ、見ただけでわかる。
俺はくわっと振り返り指示を――。
「ハミュー! 大丈夫! しっかりして!」
指示を出す前に赤い髪の足手まといが叫ぶ、お前がモタモタしてるからだろ。
馬鹿はすぐに思考停止するからお仕事を与えて余計なことを考えなくさせる。
「カリスティル! ハミューを運んでくれ、ヨモギはハミューとカリスティルを守れ、俺が血路を開く!」
周りの様子を確認しながら感心した。
やはり魔術師は拠点防衛力においては別格だ。
おそらく足元に転がる死体は、ヨモギの牽制で正門に近寄れず固まったところでハミューの餌食になったのだろう。
凍っているから金貨袋を盗めないのが難点だ。
そして今、遠巻きに囲んでいる連中は当初の作戦を切り替え、一定の距離を保ったまま持久戦に持ち込んだと思われる。
根拠はないが俺ならそうする。
ハミューに魔術を無駄打ちさせて消耗を誘うだろう。
「あんた、片手なのに無茶よ!」
カリスティルは青息吐息のハミューを抱え上げながら俺に背後で叫ぶ。
「他に誰がいるってんだ!――あっ」
すぐ目の前をレパス兵に追われる獣人が駆けていく。
少し手負いだが、まだ使い物になりそうだ。
「おい! こっちにこい!」
俺は目の前を通り抜けようとしていた獣人を大声で引きとめる、その獣人は俺の顔を見て露骨に嫌そうな表情をしたが、背に腹は変えられぬと判断したのか俺たちゲジ男隊に合流した。
「お前は真ん中の二人を守れ! ――ヨモギ! 作戦変更だ、最速で移動しながら背後を取ったら誰でも斬り捨てろ!」
可能な限り大声で指示を出す、俺の声で「ひぃっ」ビクついているのは獣人の女……そう、俺に人質にとられた挙句おっぱい揉まれていたやつだ、どうやらトラウマを植えつけてしまったらしい、お前らが悪い。
獣人たちが腕輪を発見できたか知らないが、この女は仲間とはぐれたようだな。
「犬女! お前は俺の後ろにいる赤髪の馬鹿と薄茶色の髪をした女を守れ! そいつらが斬られたら八つ当たりでお前を斬る! わかったな」
怯える獣人女に脅迫を追加しておいた、こいつが指示に従わないとヨモギが自由に動けない。
本人の意思など関係ない、どうせ他人だ、俺の役に立つかが重要。
現状において左腕しか利かない俺は戦力としては不十分だ、だが相手も六人、敵からすれば数では五分にみえるだろう。それで充分だ。
「おあぁ!」気合と共に近くにいたレパス兵の懐に飛び込む。
俺の正面にいたレパス兵はスッと下がり、体勢の崩れたふりをした俺に左右の兵が剣を振り上げる。
それを見て俺は後ろへ飛び、回避行動を見せる――
当然のように左右の二人は俺への追撃で更に踏む込んで剣を――。
踏み込んできた二人のうち、右翼側の男が脇腹から鮮血と大切なものを飛び散らせながら崩れ落ちる。
単独で二動作も前進すれば突出した形になる、俺の分身であるヨモギが狙わないわけがない、そうだろ。
残る一人の突きは剣で裁いて回避する。
俺は最初から攻撃動作を取っていない、片手で振りぬくことは出来なくても一人の突出した攻撃を捌くのは余裕だ。
「また、一人減ったなぁ~」
そう言いながら俺に突っかかってきた兵が引く動作を読んで膝を払う、片手だが当たれば充分。
『ザァ!』と飛び下がる瞬間に左足を撫で斬りにされた男は尻餅をついて後ずさりしていく。
追う余力が今の俺にはないが「どうしたい、逃げるかぁ?」と笑い、余裕を見せる。
「逃げても咎める奴はいねぇぞ~、お前らの大将や仲間はそこで尻出して死んでるからなぁ~」
親指で本営三階をチョイチョイと指差して優しく……いや、薄笑いを浮かべて提案する。
現場は見ていないだろうが、俺がレパス兵が常駐しているはずの本営から単独で出てきた、これは事実だ。
その事実が何を示すかアホでもわかるだろう。
仲間が次々死んでいくのを目撃している人間が、弱気を抱えていないはずがない。
「クッ、怯むな!」
その空気を察した隊長格らしき男が左右の部下を鼓舞するが――。
「下っ端じゃなくお前が来い、ビビッって人任せにしてんじゃねぇ、一騎打ちしてやるよ――さぁこい」
間髪入れずにそこで煽って選択肢を一つに狭めてやる、馬鹿め。
「小僧ぉ!!」
臆病風に吹かれる部下を鼓舞するため、隊長らしき男が気合満載で飛び込んでくる、が、一人だ、そりゃあこの流れで一緒に飛び込むやつはいないだろう。
上段から振り下ろされる剣撃を左の片手剣で受け流す!
「ゴボァ……」
男は脇腹に突き刺さる鈍色に輝く剣を不思議そうに眺めながら『ドサッ』と横倒れに転がり口をパクパクさえせている。
俺は足元に倒れた男の首に剣を突き立て絶命させた。
ヨモギは剣を一振り、血を払い飛ばしている。
右腕が利かない俺が一騎打ちなどするわけがない。
俺に一人で向かってきて背後をがら空きにした馬鹿を予定通りヨモギが始末しただけ。
狩りみたいなものだよ。
「逃げた方がいいんじゃないか?」
残った三人に獣人女を追っていた一人、合計四人のレパス兵へ親切心からの提案を試みた、ユタカ君は優しいって近所でも評判なのさ。
指揮官は不在だ、数だけ見れば六対四でやつらの方が少ない、雑兵ばかりでは不安だろう。
「俺は逃げも隠れもしない、さっさと数を集めて来い! 最終決戦といこうじゃないか」
頬が裂けるほど口を歪めながら男らしく提案した。
よく考えるまでも無く口からでまかせだ、だがレパス兵たちは剣を構えちゃいるが、その目は雨に濡れる野良猫のように不安げだ。
そんな極限状態で――例えば『俺たちは卑怯者に騙された』と言い訳できる材料を用意してやれば――。
「いったん本隊と合流するぞ!」「図に乗りやがって、後悔するなよ」口々に俺の餌に半ば気づいていながら全力で乗ってきた。
腰が引けている、かわいいもんだ。
悪態を吐き出しきるとレパス兵は我先に駆け出していく。
逃げたとは言わない、彼らの名誉の為『戦略的後退をした』と記憶してやる、フヒヒ。
「さぁ、我ら卑怯者はさっさとずらかるぞ」
残された死体から風の速さで金貨袋を回収する。
そのまま足早に駆け出しブエナビ村を抜け、赤帝とゲジ男、そして先生が待機している合流地点まで急いだ。
ブエナビ村から少し離れた街道の脇道で、身を隠しながら待機していた赤帝、ゲジ男、先生ペアに異変があったことに気づいた。
何でだろう、ゲジ男の隣にもう一匹キャタピラポッドが止まっている、増えたのか? 何で増えた?
もう一匹の手綱は引き締まった表情をした先生が握っている、その瞳に宿る充実感は一体……
「これは……」
一刻も早く出発しなければ本隊と合流したレパス軍の追撃隊に追いつかれてしまう、にもかかわらず俺は足を止め絶句してしまった。
先生が乗っているキャタピラポッドの荷台には猫耳獣人の小さな子供が四~五人保護されている、全員四~七歳ほどの女の子。
俺たちが命を賭けた死闘を演じている間も先生は先生であることをやめなかったってことさ。
おそらく出血で意識が朦朧としているせいだろう「ハハッ……」切ない笑いが不意に漏れた。
まぁ……あれだ……逃げようか……




