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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
4章 大湿林編
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7話 強行突破

 

 ブエナビ村は南北に伸びる街道を左右から包むように広がる集落だ。

 周辺は森林に覆われ奇襲を仕掛けるのは難しくはないし、赤帝の能力を借りれば簡単に実行できる。


 実際に今回の初撃は容易に成功した。


 獣人は東側から火矢を射掛け、村の彼方此方で火の手が上がっている。

 思った以上にレパス軍が混乱している要因は、奴隷化した猫科の獣人にあるだろう。


 殆ど女子供しか残っていないが人数的にはレパス軍の兵士よりも数が多い、よせばいいのに捨て身で逃走したりレパス兵に攻撃を加える者が多数いるみたいだ。

 子供が斬られたりするのを見るのは精神的に堪える。


 だがヒーロー体質ではない俺はスルーだ、これ幸いに本営へ直進する。


『冬の精霊へ第二を告げる、交わされし盟約の数を糧とし、我を遮る全てを凍て砕かれん』


 ハミューの魔術で凍っている者もいる、俺は前方だけに集中しているから援護はありがたい、しかしハミューの顔色はどんどん悪くなっている、赤の太陽が昇っている間はマナが降り注ぎ魔力も回復が早いが今は夜だ。

 魔力は使えば減ったまま回復しない。

 だがヨモギも俺も多数を相手にして闘っている、移動砲台としてがんばってもらうしかないのが現状だ。


「くっ」


 俺はというと本営に向かって前進しているが相手が多すぎる。


 敵がハミューの魔術を避けるため横っ飛びに逃れたところを、着地の刹那を狙って鎧の隙間から、厚手の皮の服もろ共『ザン』斬撃音を鳴らし胴払いでしとめる!


 火の燃え移った同僚を救うため水桶を持って走っている雑兵を一突き!


 逃げた獣人を斬ろうと追い掛け回していたしていた兵を後ろから袈裟斬りなどでしとめたが。


「ぐぅっ! やばいな……」


 行く手を三人に阻まれて初めて立ち止まった、混乱は収束しつつあり東側で奇襲を仕掛けた獣人も押されているのだろう。


「三班は東側に回れ!」「森林に逃げた敵は追わなくていい!」「日の出を待って攻勢に移る、無理をせず隊形を維持せよ」などと指揮系統が回復し始めたのを実感する怒号、号令が飛び交い始めている。


 前方を塞ぐ三人のうち一人が、剣の先を翻し上段からの振り下ろしが飛んでくる。

 それを剣先で流しながら体ごとぶつかり、レパス兵へ頭突き!

『ゴォン!』と鈍い音を響かせながら鼻血ジェットで後退した隙をつき、碌に狙いも定まっていないが剣を横に払いながらバックステップ!


「目がぁあ!」


 偶然だがけん制代わりに振りぬいた切っ先が、レパス兵の両目を横薙ぎに斬りさいた、その男は残り二人の間で両手で顔を覆いながらゴロゴロとのた打ち回っている。


 正面のレパス兵が同僚の惨劇に目を奪われた隙に飛び込む、ハッとしたレパス兵は俺に切っ先を向けようとしたが、その剣を持つ両手を払い上げで切り落とした。『ボトッ』という小さな音が一瞬の静寂を生み、これに呼応する叫びが、木魂するほど大きな効果音として周囲に鳴り響く。


「ぎゃああぁあ!」


 だが――件を降りぬいた体勢の俺へ、その隙に残った左側の男が俺に向かって剣を振り下ろしている。

 体を捻りながら後ろに下がるが切っ先が、俺の服の胸部分と鎖帷子をもぎ取り、鮮血が飛び散り、少しずれているが俺にも胸の谷間ができた。


「いってぇ――」


 だが一対一なら負けない自信がある、新手が来るその前に時間をかけず飛び込む!

 そのまま相手の切っ先に剣を滑らせながら懐に飛び込み上体を反らすように剣を払い上げた。

 レパス兵の脇腹に吸い込まれた剣腹は俺の手に『ブッ、ブッ』と繊維が切れるような感触を伝えながら、そのまま肩まで斬り上げ両断した。

崩れ落ちたレパス兵だった肉塊を足蹴にしながら俺は更に前進する。


「ヨモギ、無事か! 俺から逸れるなよ!」


 背後は仲間に任せて省みない、前進しながら問い掛ける俺に「はい、いけます」と後方で返答があった。

 ハミューもなんとか無事のようだ、ヨモギが健在ならハミューを守っていると信じることができる。


『冬の精霊へ第二を告げる、交わされし盟約の数を糧とし、我を遮る全てを凍て砕かれん』


 目の前の本営から吐き出された新手を狙い撃ち、一気に五人が氷像と化した、ハミューも歴戦なのだろう。

 魔術師ゆえ敵に接近されると終わりだが、俺たちとの連携が機能している。

 しかしハミューの顔色が土気色になっている、大きな魔術を連発しすぎなのだがこっちもギリギリだ、休ませてやれない。


「俺が一人で本営に切り込む、ハミューは入り口を! ヨモギはその周辺を動きながら牽制しろ! 絶対に止まるな!」


 そう指示を出し入り口を塞ぐ氷の塊を蹴り砕き、俺は本営の入り口から内部へ突入した。

 



 内部に入った俺は各部屋を見て回りながら順調に敵を討っていった。

 通路は狭く包囲できない、一対一で俺に勝てる使い手は不在のようだ。


 背後から敵が追ってこないのは挟撃の心配が無くありがたい。

 ハミューとヨモギが唯一の出入り口を封鎖していてくれるからな。

 

 だが二階に登った刹那、頭上から剣を振り被ったままレパス兵が飛び降りてきた。

 重力を上乗せした咄嗟の一撃に対処が遅れる。


 苦し紛れに剣を頭上にかざした俺をあざ笑うかのように、その一閃は力任せに俺の剣を弾き飛ばし、剣先は俺の右肩付近を切り下げ脇の下を抜けた。


「があああああああああぁっ!」


 叫ぶ、痛みで視界が点滅しやがるが目の前に着地した男を蹴り倒しながら後方へ飛び下がる。

 剣を握っていた右腕が垂れ下がり感覚がないことに気づいた、相当の深手だ……


「馬鹿なガキだな、わざわざ死にに来るとはな」


 耳鳴りでグワングワンと雑音が響いているが、この声は覚えているぞ。

 奥歯が『ギシリ』と音をたてて軋む。

 

「ラディアルか――」


 金髪で軽薄なツラと、その――。


「あいかわらずオカマみてぇな声だな」

 

 その声は忘れない。


「ガキの遊びにしてはやりすぎたな……お前の命だけでは割にあわないが、あのキャラピラポッドには忘れ物があったからな。それで満足してやろう」


 パンパンと服を払い起き上がるラディアル、偉そうな物言い、女の前では見せない醜悪な顔だ。気に入らない。

 残された左腕を確かめる。

 当然動く、問題は剣が振れるかどうかだが、利き腕ではない左手で骨を絶つような一閃を放てる自信は無い。


 右肩の傷は右手が動かなくなるほどの深手だが痛みはそれほどでもない。

 アドレナリンってのは大したものだ。

 とりあえず目の前のクズを始末しないとな……腹が立って仕方がない。


「あの馬鹿は簡単に騙せて愉快だったろ?」


 俺もせせら笑うように語り掛ける。本当にあの馬鹿はどうしようもない、こんな奴にコロッと騙され、同情して、親切心をすぐに発生させる。

 迷惑な話だ、いつだってそのツケは俺やヨモギが流血で払っている。


「あ~お前らなんであんな馬鹿女を連れて今まで生きて来れたんだ?」


 気分が高揚しているのかラディアルは歌うように返答する。

 俺の傷をみて自分には余裕がある、有利だ――そう錯覚しているのだろう。


「もういいや、時間が惜しいから始めるぞ」


 そう呟き左手で剣を構え中段の構えを取り、そのままラディアルに飛び込んだ。

 ラディアルは俺の血を吸って赤く染まった剣を俺の胸あたりを狙い、突きを放つ――。


(だろうな!)


 俺は剣を振ることなくラディアルの突きに剣腹を合せて滑らせながら懐に飛び込むとそのままの勢いで――

 ――ラディアルの喉笛に噛み付き――食い千切った――。


 『グブチョーーッ』と、肉が食い千切られ引き裂かれる音はグロそのものだったが、不思議といい気分だった。


「消えろよ、お前……」


 そこから先の自覚は薄いがラディアルの『両手両足を切断した』『峰でメッタ打ちにした』『悲鳴にもならない声を聞きながら体を切り刻んだ』ところまではなんとなく覚えている。まあよい。


 俺は肉の塊を飛び越えて二階を散策した後、三階へ向かった。




 三階は幹部の部屋だった様子で、しかも襲撃に気づかぬほどの別世界だったらしい、部下に丸投げで油断しきっている辺境の方面隊などこんなものか。


 部屋のドアを空けるたびに上等な軍服を着たレパス兵と、裸にされた獣人らしき猫耳の女の子がいるからそう判断しただけだ。

 童貞だったら危険な状態だったろう、ハミューに感謝だ。

 全く心が揺れなかった。


 女の子は我先にといった様子で裸のまま逃げていった、無事に逃げ切れるといいな。

 残ったレパス軍の男はズボンを履く前に皆殺しにした。


 突き当たりの部屋に向かい、ドアノブに手をかけた。

 おそらくレパス王国に占拠される前は村長の執務室だったのだろう、扉が一際(ひときわ)豪奢な造りだ。

 この扉を開ければ本営の個室は全て網羅したことになる、これでカリスティルがいないなら多分――死んだんだろう。


 そんな覚悟を持ってドアノブを握り、力の限り激しく開け放った。

 左手しか使っていないが反動で右肩の流血が促進される。

 大量出血で意識が飛びそうになったが目の前の光景が意識を繋ぎ止めた。


 おおぅ、村長とはいえ集団の長、やはりそれなりの調度品が飾られた部屋だ、木製だが丁寧な仕事で作られたとわかるインテリアが整然と配置されている、まぁそれはいい。


 部屋の奥ではしゃがみ込んで見知らぬ金髪男を押し返しているカリスティルがいた。

 首輪を鎖で繋がれ、赤い髪はバラバラに乱れ、服はズタズタに引き裂かれているがパンツはまだ履いている、間に合ってしまったようだな、やれやれ。


「何者だ貴様!」


 金髪の男はズボンを引き上げながら叫ぶが――

 そんなものを待つ筋合いは無い、一足飛びに男の懐へ飛び込み腹に剣を捻じ込んだ。

 ついでだから返答してやる。


「死神だよ――お前を迎えに来た」


 名前も知らない、おそらくこの村のレパス兵で一番偉い男はズズっと内臓を零しながら崩れ落ちた、何かブツブツとほざいているが知ったことではない。

 血溜りでビクンビクンと脈打つ男がなんだか苛立たしくて、脳天に切っ先を突き立てた。


「なんで……なんで来たのよ……」」


 赤い頭の足手まといが目に涙を貯めて俺に何か言っているが――何故だろう、フワフワした感覚で心が揺れない。

 そのカリスティルを窺うと布の服はボロボロで大きな胸が零れ落ちている。

 思い返してみれば今まで生で見たこと無かったんだなぁ……


「あたし、足手まといよね……」


 本当にそうだよな。


「ごめんなさい……」


 消え入りそうな声でそう聞こえた――だがそんな空気は苦手だ、背筋がゾクゾクするほど耐え難い。

 カリスティルは唇を噛み締めながら何かを堪えている、トイレかな? なんてな……

 目を合わせたら負けな気がするので俺の眼は明後日の方に向いたまま、赤頭の表情そのものはわからない。


「ねぇ……なんで……」


 剣が俺の左手から『カラン』滑り落ち、手ぶらになった左手を、そのままカリスティルの胸に伸ばしてみた。

 抵抗はしなかったし殴られなかった、それが物足りないと思える俺は気が狂っているのかもしれない。


「このために来た」


 俺の全力、破格の笑顔でそう言った、他人からどんな風に見えるかは知らん、だが左手から生きる力が湧き上がってくる。


「あたしの為に、そんな怪我――」

「――そんなことより!」


 カリスティルの言葉を遮る、視線の先にある俺の剣は血だまりに落ちて赤くコーティングされている。あっ、柄に巻いてある布も真っ赤に染まっている。握りにくくなるかも――。


「でもっ!――」

「――そんなことより! ……これ、ちょっとだけ吸ってもいいかな?」


 少し大きな声がでてしまった、カリスティルの言葉を黙殺して左手を捏ね回してみると、左手に吸い付くような弾力が――


 『パーーン!』炸裂音が響き、いきなり視界が歪み床に倒れてしまった――どうやらカリスティルに殴られてしまったようだ、元気になって何よりです。

 さて、こんなことをしている場合ではない、さっさと撤収しよう。


「なんでっ! 何であんたは! 誰とも向き合おうとしないのよ!」


 この馬鹿……敵地ど真ん中で、大声で騒いでいられる場面かよ!

 無視して赤頭に巻きついている首輪の鎖の繋ぎ目に刀の切っ先を捻じ込んで外す。


「とりあえずここを出るぞ!」


 俺は真っ赤に染まった剣を握りなおし、一瞬で金髪男の懐から金貨袋を抜き取る、俺くらいの上級者になれば一目で金貨袋の場所はわかる、金目の物の発見は容易い。

 

 そのまま立ち上がりドアに向けて駆け出す。


「あたしのっ! あたしの目を見て答えなさいよ! 卑怯者!」

「後で聞いてやるから早くしろ!」


 わけのわからん口論している場合ではないのだ。


「そんな生き方しかできないなんて――」

「――うるせえぇ! いいか! 入り口ではヨモギとハミューが命がけで敵を食い止めてるんだ! 無駄口叩いている間に死んだらどうするつもりだよ!」


 俺はドアを開け、首を出して左右を伺い敵兵の有無を確認する、赤毛で足手まといの目なんか見てやらん!


「いいから、お前もその男の剣を拾って付いて来い! まずはここから逃げ切ってからだ!」

「――本当に弱虫、あんたって……」


 何とでも言え! カリスティル救出を果たして俺は階段を駆け下りる……


 

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