5話 共闘への合意
引き返してきたゲジ男隊だがその中にカリスティルはいなかった。
ゲジ男隊の面々は俺と共にいる獣人に警戒していたが、とりあえず俺の生存を喜んでくれた、素直に嬉しい。
先生は無視してくれたがね。
「坊や、その状況でよく獣人との戦闘を回避できたわね――」
ハミューは珍しく目を丸く見開き驚いていたが、俺は「まぁね」とだけ言いお茶を濁すことにした。
『首筋に剣を突きつけておっぱい揉めばいいんだよ』とは言えない。
「それよりカリスティルの姿が見えないんだけど……」
話題を変えるために疑問を口にするとハミューは眉を顰めた。
「あの子はラディアルに騙されたとわかって一人で斬り込んでいったわ――助けようと思ったけど多勢に無勢、どうしようもなかった」
ハミューはそれを枕詞に成り行きを伝えてくれた。
ブエナビ村に入りその惨状を目の当たりにしたカリスティルは絶句したそうだ。
積み上げられた男の死体の山、女は裸同然の姿で奴属させられ、獣人は皆、痩せさばらえていたらしい。
ブエナビ村でレパス軍と合流したラディアルの態度は豹変し、ゲジ男に積んだ荷物を雑兵に運ぶよう指示を出し「ごくろうだったな」とだけ言って本営を構える建物の中に消えていったそうな。
そしてゲジ男隊の面々は周囲をレパス軍に囲まれ、切っ先を向けられてから「あれ? ユタカが見当たりません」ヨモギの一声でやっと俺がいないことに皆が気づいたらしい……やはり俺は存在価値は非常時のみか……
「ユタカと合流しましょう」ヨモギが提案した瞬間、ハミューの魔術で不意を付き赤帝はゲジ男を発進させたが、怒りに我を忘れたカリスティルはそのままレパス兵に斬りかかり逸れてしまったそうだ、うん、あいつはいつも考え無しだ。
ユーリカにいたレパス兵は四八、赤帝の情報だから正確無比だろう。
カリスティルは生きているか死んでいるか不明だが、どっちにしても力押しの奪還は不可能だ。、
話を聞いて状況はわかった。
「一応カリスティルの安否を確認するかな」
ヨモギもハミューも赤帝ですらも頷く、先生は相変わらず俺を無視し続けているがまぁいつもどおりだ。
あの赤髪がいないと物事がスムーズに進む――あれ? 何で助けに行くんだろう。
「我らもユーリカに用がある、腕輪奪還を手伝うなら共闘せんでもないぞ」
自然にルヒルデが俺たちの会話に入ってきた。てか聞き耳を立てていやがったのか、犬の耳だがよく聞こえそうだもんな。
よくわからんが大切な腕輪なのだろう、戦力が少しでも欲しいのは理解できる。
だが断る。
「俺たちはあくまで偵察だ、戦力差は歴然、戦うのは馬鹿げている」
数に差がありすぎて話にならない。
戦うなんていう自殺行為に付き合う理由はないのだ。
たかがおっぱい一揉みの対価でこいつらと運命を共にしてたまるかい!
「それで済むと思うのか?」
ルヒルデが軽く右手を上げるとそれに呼応した獣人八名が俺たちを取り囲む。
なんだろう、獣人って連中は使えるものは何でも使うって考えなのか?
それに反応してこちらも剣を抜き、赤帝、ハミュー、先生を中心に俺とヨモギが対角線上に守る陣形を組んだ。
前衛は俺、後衛はヨモギ、中衛に魔術師のハミューって形だ。
だがバランスが悪い。
ヨモギ一人に四人を任せるのは無理だ。
俺でさえ四人はきつい、不利を自覚し額に汗が滲む。
「これからユーリカに乗り込むんだろ? 戦う必要のない俺たちとやり合って人員を減らすのは愚策じゃねぇの?」
「貴様らは既に我が同胞を手にかけただろう、譲歩しているのはこちらだ」
思い返せば俺とヨモギは獣人を殺している、どうでもよくて頭の片隅にもなかったが、内心じゃ俺たちに腸が煮え繰りかえってるってわけだ。
裏を返せばそんな俺たちと共闘してでも腕輪が欲しい、まぁそういうことか。
「……なるほどね」
「これまでの事は水に流して貴様らの命は助けてやるが――交換条件だ、我々に協力しろ」
従うしか手はなさそうだが条件が悪すぎる。
勝ち目が薄い勝負に全力で乗る気はないからな。
「それでは応じることはできないな」
「貴様らに選択肢はない」
「そうかな、確かにお前らと俺らを並べればこちらが不利だ、だけどな、お前らだけじゃユーリカのレパス軍には勝てないぞ。無駄死にだ」
「貴様!」
ルヒルデが俺の態度にムカついたのか矛先を俺に向けて間合いを詰めてきた。
俺に対峙しているのは獣人の戦士が五名だ、圧力がかかり息苦しいが表情に出しては話にならない。
「だからよ、お前らと共に戦う気はないがユーリカへの襲撃は協力してやる、それでどうだ?」
「どういうことだ」
「正面からの攻撃は無理筋だ、やるなら奇襲、そこまではわかるな?」
「ああ――」
「最初の奇襲は合同で行う、だがそこからは別行動だ、俺たちは仲間の救出、お前らは腕輪を探せばいい」
「――む」
これが最低限の譲歩だ、そもそも腕輪がどんなものかも知らない。
奇襲で有利なのは僅かの時間だ、不確かなものの為に運命を共にする気はないんだ。
カリスティルを回収すれば素早く離脱する。
それでいい。
「俺はこれ以外の条件でお前らに協力する気はねぇぞ、どうするか決めろ」
「っ……」
「ここで戦うか、俺の提示した条件で共闘するかだ」
ここでやりあえば不利はこちらだが、獣人側としても俺たちと戦って得るものは何もないはずだ。
「よかろう、その条件を飲んでやる」
苦虫を噛み潰した渋い顔でルヒルデは承諾し矛先を収めた。
とりあえず最初の奇襲はそこまで難しくはない、周りは森林でこっちには赤帝がいるからな。
だが、そのことで一つ確認しなければならないことがあるが。
ゲジ男隊、獣人隊の合同作戦の内容を一時間ほど練った。
先行は俺たちゲジ男隊で索敵などを行う。
配置が完了後、先制攻撃は獣人の火矢で行う。
火の手が上がったところで切り込み開始、ハミューの魔術でレパスの新手を食い止める。
大まかな手順としてはこんなものだ。
赤帝に任せれば発見されることなく奇襲を成功させるのは容易だ。
だが――。
俺はゲジ男の手綱を握ったまま景色と化している赤帝の背後へ移動する。
面と向かって話していれば気取られる。
「振り返らずに聞け、お前の能力で接近や攻撃の配置を行うんだが――やつらにお前の能力を悟られないようにしろ」
「ふむ――」
余計な質問はしてこない、なんだかんだ言っても殆どの危機を俺と赤帝で乗り越えている。信頼関係かな?
「これは戦争に近い状態だ、下手に能力のあるところを見せると仲間に引き込まれるかもしれん」
「なるほど――」
「カリスティルを回収したらさっさとこの地域から離脱する、勝利も利益も不要だ」
「了解した」
それだけ伝えると俺は自分の準備の為に隔離小屋へ入った。
するとラディアルの積み込んでいた荷物の大半が残されていた……積荷を降ろす前にユーリカを離脱したんだね……
ひょっとして腕輪ってこの中にあるんじゃねぇの? と思ったが他言は控えた方がいいな。
下手に腕輪が見つかると獣人たちは引き上げ、俺たちゲジ男隊だけでカリスティル救出作戦を実行しなければならない。
手駒は多いほうがいいんだ。
うまく俺たちを戦力にしたと思っているのかもしれんが、こっちの方がお前らを捨て駒にしてやろうか?
眼下でいそいそと襲撃準備をしているルヒルデ達獣人を眺めて俺はニタリと笑った……




