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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
1章 ルーキフェア帝国編
6/85

5話 アニバーサリー

 

 朝日が昇るより早く目覚めた。

 ここが病院なら、ベッドの上でバカンスを楽しめるのだろうが、武器を持った集団に追われる身の上としてはノンビリしていられない。


 ナタをベルトに差し込み、昨日のうちに準備しておいた手作り感溢れる木刀を手に取り、寝具代わりにしていた藁の上から立ち上がる。


 すると体育座りをしてこちらを見ていた少女と目が合った。

 相変わらず小汚いが、昨日より随分マシになったようだ。

 昨日、肩を借りつつ小屋に移動する際「体が臭い」「服が汚い」を連呼したおかげだろう、それなりに気を使って体と服を洗ったようだ。

 一歩間違えれば、俺はとんだ恩知らずだが事実だから仕方が無い。


 少女はこちらを見つめたまま微動だにしない、昨日に比べればその眼に怯えは少なく映る。

 俺に対して心を開いている様子はないが、こちらも開いていないのでお互い様だ。

 心の距離は離れている、お互い明日をも知れない身の上だ、それでいい。


「グッドモーニング子猫ちゃん」

 と、ナチュラルボイスで声をかけた。

 少女は何の反応も示さない、ますます心の距離が開いた気もするが、明日をも知れない身の上だ、それでいい。 



 俺はそのまま小屋から出て、城壁と反対方向にある川に向かって歩きだした。

 この場から距離を稼ぐほど身の安全が担保されると思えば、体の痛みにも耐えられるというものだ。


 太陽はよく目にする眩しい白いやつ、昨日の赤い太陽はなんだったのだろう? 

 まぁ、それも明日になればわかることだからどうでも構わない、今日を生き残れないなら太陽の色なんかピンクでも問題ないのだから。


 少女は俺のすぐ後をついてきている、俺が話しかけても無視しやがったくせに図々しいガキだぜ、ひょっとしたら勘違いしているんじゃないのか?


 テレビで勘違いした女が「胃袋を掴んだら勝ち」とか言っているのを耳にしたが、昨日の雑草スープで俺の胃袋を掴んだと思っているのだとしたら勘違いも甚だしい。

 俺の胃袋は雑草で掴めるほど安くない。


「勘違いしてんなよガキ」

「え、ごめんなさい」

 と、少女は困惑と狼狽の表情で謝罪してきた。

 何のことかわからなかったのだろう、悪い事をした。


「なんでもねぇよ」

 食い物の話をしたせいか腹が減ってきた。

 思い返してみれば午後は部活で汗を流し、夕方は殺し合いで血を流したのだ。

 雑草スープでだけ食欲が満たせれるわけがない。


 特に理由は無いがたまたま辺りを見渡すと、たまたま偶然にも道沿いに畑が広がっていた。

 偶然だ。


 俺は畑に駆け寄ると、どのような作物が栽培されているのか確かめた。

 トマトのような形のオレンジ色の実がなっている、学術的な興味で口に含んでみると悪くない味だ、しかも作物は畑一面に沢山の実をつけている。


 確かに俺は現在、猛烈に腹が減っている、だがしかし、この作物を丹精こめて育ててきたお百姓さんの気持ちを考えてみてはどうだろう。そろそろ収穫だ~楽しみだな~と、畑にやってきたら手塩にかけて育てた作物が食い荒らされているのを目撃したお百姓さんの気持ちを! きっと悲しい気持ちになるだろう。


 だがもう食ってしまった、しかも考え事をして無意識の間に十個以上さらに食べてしまった、左右のポケットにもチャッカリ入っている、無意識だからしょうがない。


「仕方がない……」


 俺はツルから実をもぎ取ると少女に向かって投げた。


「食えよ」

「でも……」

 少女はオロオロしながら果実と俺を交互に見返している。

 俺はなるべくやさしい声色で


「いいから食えよ、今度はいつ食えるかわからないんだから」


 食べるように促した、少女はガリガリに痩せているのだ、子供は特に栄養を取らなければならない。少女は実をしばらく見つめていたが。


「……はい、頂きます」

 意を決したかのように食べ始めた、我慢していたのだろう、貪るように食い尽くす、俺は少女が腹いっぱいになるまで実を渡しつづけた。

 これで共犯だ。




 満腹になって、少しばかり畑に面した道沿いに座り休憩していると、後方からパカラッ、パカラッと馬が駆けるような音が聞こえてきた。


 後方を振り返ると、騎馬が二騎、馬車が一台向かってきていた、馬に乗った男にも馬車の御者にも見覚えがある、昨日俺を囲んでいた連中だ。


「食事に時間を取られすぎたか! 」

振り返ると少女は口を手で塞ぎながら震え、涙を溜めた瞳は絶望に歪んでいた、その顔はもう見飽きている、ムカつくぜ。


「邪魔だから逃げろ」

「でもご主人様のお役に立たないと」

「俺をご主人様と呼ぶんじゃねぇ!」


 会話を楽しんでいる暇は無い、俺はイラ立ち紛れに怒声をぶつける!


「な、なら、どのように呼べばよろしい」

「いいから今は隠れていろよ! 邪魔にしかなんねぇんだよぉ!」

「でも」

「そうだな、名前なら生き残れたら後で教えてやるよ」

「私にも何か」

 いい加減イライラしてきた、わかんねぇガキだな!


「出来る事なんか何もねぇよ! 少なくとも敵に立ち向かう勇気がないうちはな! 腕力だけじゃねぇ、お前には全く何もねぇんだ! だから自分も他人も守れねぇんだよ! 」


「!」

「いいからあっち行ってろ! 役立たず!」


 少女は二~三歩後ずさった後、意を決したように走り始めた。

 あぁ、少女が逃げていく後姿を見て、やっとなんであんなにもイライラムカムカしていたのかわかった。

 相手の顔色ばかり気にしてビクビクした眼がムカついていたんだ。

 まるで俺みたいだ。




 あのガキは逃げたことは逃げたが、こいつらきっと俺を狩ったらあのガキも和気藹々とくびり殺したりするんだろうなぁ~だってクズみたいな顔してやがんだもん、と脳内で毒ついていると馬と馬車から男達は降りてきた。

 総勢六人か、茶髪男の姿は無い、負傷退場ザマぁミロだ。


 俺は木刀を中段に構え、ジリジリと摺り足で包囲されないよう牽制しつつ「あれぇ? 茶髪の姿が見えないけど怪我でもしたのか? 」と言葉で先制してやった、戦略的意味はない、くやしがる顔が見たかっただけだ。


「このっ!」

 金髪の男が短刀を振り上げて向かって来る。

 俺の体から、ほんの僅かだが白い胞子のようなものが漂っている。

 なんだろうこれ? だが疑問は脳細胞の最適化の前に気にはならなかった、目の前の敵に十割の意識を傾けている。

 

 短刀を持った金髪が、顔を真っ赤にして俺に向かって飛び掛ってくる。

 さすが原始人、沸点が低い。


 俺は木刀を一閃。

 金髪頭に渾身の面打ちを放った。


 『ゴガンッ!』

 男は血しぶきと僅かに光る玉を揺らめかせながら、糸の切れたマリオネットよろしく崩れ落ちた。


 また僅かばかりの光る玉を体に取り込んでしまったような気がするが、いったいなんなのだろう、だがそんなことより相手がアホで大助かりだ。


 まだ五人いるが、今日の俺はいつになく体が軽い、変な笑いが出るほど精神が冷えている。

 昨日の怪我で、むしろコンディションは悪いはずだが、周りの敵に援護の暇を与えず一人打ち倒して追撃を許さず体勢を整えた。


 現状が不利なのは変わらないが、相手の心から余裕は消えたはずだ、動揺は視野を狭くする。


 こいつらの顔色を伺いながら思う。

 仲間の影を踏みながら弱者をいびる事で、自分を大きな強者であると錯覚しているのだろう、態度でわかる。

 自分は危険な場所に立たず、仲間の誰かが正面に立つのを期待して、みんな俺から見て側面や背後に回ろうとする。

最初から穴が空いているのに包囲なんか出来るわけがないぜゴミどもが。


 後ろに回り込もうとした短髪。

 その男から、俺はさらに回り込み木刀を横殴りに振りぬいた。


 『バカン!』

 炸裂音が辺りに響き渡る。

 今日の俺は、無意識の加減すらしていないようだ。

 小男は頭から血と光の玉とそれ以外の別物を撒き散らして崩れ落ち、ビクビクと痙攣している。

 恐らくさっきの金髪共々死んでいるだろう。

「へっ!」


「キサマ、黒髪のくせに!」

 マスターと呼ばれていた男が、たまりかねたのか顔を真っ赤にして吐き捨てた、知らんがな。


「ベラミー卿! 下郎の挑発に乗ってはいけません」

「バーニ、ジュワルツ両名は卑しい黒髪の挑発にまんまと乗ってしまったのです、陣形を整えて確実に仕留めましょう!」


「わ、わかっておるわ! やつらの無念はわし自身の手で晴らしてみせる!行くぞ!」


 俺は、自分に酔っている三人の会話を聞きながら、注意すべきは真ん中に陣取るマスターとか呼ばれている変態ではなくその両脇の鎧を着込んだ男達であると悟った。


 真ん中の図体だけがデカい男、声は大きいが本人は俺に近寄ろうともしない。

 先日、俺に竹刀でのされたことがトラウマになっているのだろう、腰が引けている、アンパイだ。


 そして後ろに回り込もうとしている小男二号もアンパイだ、チラチラと味方をチラ見してばかりで俺の方を見ていない。


 俺は正面の鎧に警戒をしつつも左側に振り向き

 『ガン! 』

 余所見をしている小男ザコの頭を横殴りに叩き割った。

 自分の体ではないように軽く感じる、これは確変みたいなものだろうか?


 鎧の男達は、真ん中の役立たずのお守りで忙しいのだろう、俺が仕掛けるのを感じているにも拘らず、それに対応する事はなかった。

 俺からすればラッキーなのだが、そんなに子供に手をだす変態が大切なのか? お前等が自らを盾にするほど大切な存在かよ、無性に心がささくれる。


「おいおい! 偉そうにできるのはガキ相手の時だけかよ~クソ変態! 俺は一人だぞ、しかも俺は平凡なザコだ! サコにビビってお仲間の影に隠れて震えてんなよカスゥ~!」


 俺は煽る、精神攻撃は基本だ、無傷で三人を始末できだ、上出来を通り越して神懸かっている。

 二匹目でも三匹目でもドジョウは掬えるだけ掬い居たい。


 だが今度は誰一人動かない。

 情況は三対一のままで睨み合っている。

 真ん中の口だけ変態番長はプルプル震えながらも立派な剣を構えて動かない、笑えるくらい顔を紅く染めている


「貴様! そう簡単には殺さないぞ! 」「黒髪の下郎が! 」

 変体大男が喚いているが、後ろに引っ込んだまま前に出てこない口だけのザコだ。

 てか大柄男は、おめかしして出直してきていた。

 全身ピカピカした鎧で体を覆い、死にたくない光線を全身から乱射している、それでいて大口を叩く姿が滑稽で笑えてくる。


 しかし両脇の二人は雑魚とは違い切っ先に迷いがなく手が出せない、昨日の修羅ほどではないが体に光の玉を漂わせている、理屈はわからない。


 年齢的には両脇の鎧の年齢は二十歳前後に見える。

 真ん中のザコの方が老けて見えるが鎧男の立ち振る舞いは歴戦を肌で感じさせる。

 大きいお荷物がいなければ、一人づつでも危険な相手なのだろう、常に大柄男を守る仕草が見受けられ、俺にかかる圧力を減らしている。


 この二人相手に木刀は不利だ。

 斬撃を受け損なって木刀を失えばナタしか残っていない。

 俺は真後ろに飛びのく。

 そして素早く金髪が持っていた短刀を拾い上げ木刀を捨てた。


 武器の調達に動いた俺の一瞬の隙を、両脇の二人が反応、ピクリと動いたが、自重して体勢を整えた、思った通り真ん中の男を守るのが最優先の様子だ。

 お荷物は有効活用しないとな。


「若っ……ベラミー卿! 我々二人で追い込みます、ベラミー卿は後方で指示を!」


 ヤバイ! お荷物に下がられたら致命的に不利だ。

 実力者二人を相手に出来ると思えるほど、俺は自信家でも夢想家でもない。

 無修正でなければオ○ニーもできないほどのリアリストだ。


「おっ、おう! お前等に手柄を上げる機会を与えてやる!」


 待ってくれ! それはまずい! 心の中で舌打ちする。

 この二人は腕が立つだけではなく馬鹿の扱いにも慣れていやがる!

 クッソ! 俺は馬鹿の馬鹿さ加減に期待するしか手がないのに!


「クッハハ! すげぇよおっさん! 馬鹿の扱い超うめえええええええええ! そりゃそうだよなぁああ! デカイお荷物にウロウロされたら目障りだもんなぁああぁ!」


 ――大柄のアンパイは足を止めるとこちらを鬼の形相で睨み付けた、両翼の鎧の顔に失望が刻まれている。

 俺は煽るだけ煽る、現状から逆転の目はこれしかない! 及び腰になるな! 嘲るように罵れ!


「いいぜ~その逃げっぷり 実はビビって小便漏らしてたのかな~~~なんかあれだよなぁ~これっていつものパターンってやつなの~~ひょっとしてさ~~そうやって人の背中に隠れてさあ~~~! デカイ図体した能無し~!」


 ザッ、と土を蹴り上げる音が響いた。


「がぁぁぁあ! 貴様ぁああああぁ!」

 釣れたあぁ!

 大柄男は顔を真っ赤にして、二人組みの間をかき分けるように俺に向かって突進してきた。いらっしゃいませ~。


「お下がりください、コヤツは危険です!」

「やつはチビですが見た目に騙されてはいけません! 小型とはいえ修羅をしとめるほどの使い手です! 」

 

 その馬鹿を諌めようと、俺から見て左の鎧は身を翻し

 右の鎧はそれを見て狼狽している

 左の鎧は大男の正面に立ち塞がる


「死ねぇえ!」

 隙は見逃さない、俺は飛び込む!

 背中を晒す鎧男の首目掛け、懇親の力をこめた横薙ぎの一撃を放つ!


『ボウンッ!』

 首に吸い込まれた短刀は、鎧男の頭をシャンパンコルクに変えて上空に弾き飛ばした。


 その刹那、後方に視線を向けつつも、俺の接近に気づいた右の鎧男が、俺の腹に横薙ぎに剣を振ってくる。

 不測の事態に出遅れたはずの一刀は俺の脇腹を薄く削り取った。

 振りぬいた剣の先っぽに学生服の切れ端がはためいている。


 痛っ! ぃてぇえ! 

「あ゛あ゛っっ!!」

 

 気合一発、俺は距離を取るべく後方に飛び短刀を中段に構えなおす。

 苦痛に構っている時間はない。

 痛みはアドレナリンの放出が収まるまで出番無しでよろしく。


 あれっ?

「爺ぃぃいいいいいいいいいいい! 」

 大男が叫びながら飛んでいった鎧男の頭部に走り出した。

 なんだそりゃ。




 情況は、右鎧男と一対一になった、捨て身でもなんでも、今行くしかない! 

 俺は上段に構えたまま飛び込む。

 鎧は同じく上段から剣を振り下ろしてきた。


 俺は剣を縦気味で振りぬかない。

 鎧男の斬撃を受け刀腹でグイッとを右に流しながす。


 そのまま踏み込み鎧男に更に飛び込む。

 体ごと叩きつけるように頭突きをした。


『グジャッ!』

 粘着質な音が俺の額から響く。

 最初からそのつもりで飛び込んでいた。

 長剣相手に短刀で面の取り合いなんかするもんかよ! 

 卑怯でもなんでもない、これは殺し合いだろぅ!


 頭突きは鎧男の顔面と直撃し、やつは鼻から猛烈な鼻血を吹いてたたらを踏み、のけぞった。

 俺は、頭突きの勢い余って、兜で切れた額の流血を気にするより先に、鎧男の喉に突きを放つ!


 男は目に溢れる涙で俺の突きは気付きもせず、俺の短刀が吸い込まれる。

 鎧男は喉に短刀を突き立てて絶命した。

 

 これで一対一だ! と、大柄男のほうに視線を向けると、鎧男の首を抱きかかえたまま呆然と立ち尽くしていた。

 公共広告機構の雨の中で猫を抱きかかえるCMを思い出し、不謹慎にも笑いが噴出しそうになった。




「お~い、絶好の一騎打ち日和だなぁ~」

 俺は大柄男に陽気に話しかけた、不謹慎でかまわない。


 客観的に自分を眺めてみよう!

 出血と返り血で、赤を超えた真紅に染まって薄笑いを浮かべている俺。

 殺し合いをしているのだ、正気でなんかはいられない。


「貴様は絶対ゆるさっ――!」

 大柄男は鬼の形相で振り向くと、俺の顔を真っ直ぐに睨んだが…… あ~最後まで怒鳴れなかったか、残念だったね。


 その顔は見る見る歪んでいった。

 情況は理解できたかい? 最初に会ったその時から嫌悪感は持ち越しているぜ。

 さぁ残酷に殺してやるよクソ野郎。


「フヘヘッ」

 俺は冷血な笑いを浮かべて、大柄男に短刀をゆらゆら揺らしながら近づく。

 もう構えるまでも無い。

 大柄男は足の裏を地面に張り付かせ、瞳だけをカタカタ揺らしている。

 それを眺めながら、俺はゆっくりと歩みを進める。


 大男は腰に下げていた長刀を抜くと横一文字に振りぬいた。

 俺は避けなかった、避けるまでも無い、大男は一センチも踏み込めていない、むしろジリジリ後ずさりしている、これで斬られるわけがない、届くわけないんだから。


「逃げてもいいんだぜ~もう誰も見てないんだからなぁ~~」

 俺は本来もっている優しさを怯える大柄男に開示した。

 っていうのは嘘だ、大柄男は全身鎧で固めている、走れるわけがない。

 もし背中を見せて逃げてみろ。

 ケツに短刀をぶち込んでやる!


 大柄男は助けを求めるように辺りを見渡し、ふと視線を止めた。

 顔が徐々に綻び始める。

 なんだ? 新手か? 俺は一歩だけ下がって辺りを警戒しつつ大柄男の視線の先を見渡した。


「おい――」

 そこには、緑色の髪をしたガリガリに痩せた少女が、こちらを不安そうな顔で眺めていた。


 はぁ? なんで戻って来てるんだよ、逃げろって言っただろ、いつからそこにいたんだよ、戻ってくるなら全部終わった頃にしろよ――まぁ俺はいつまでもこんなところにいるのは御免だから、さっさと身を隠す予定だったんだけどよ。


 大柄男が全身をガチャガチャ鳴らして少女の元へ駆け出した。

 その顔は、たまたま通りがかった繁華街で人気アイドルを発見した声優オタのようだ。 

 勘違い野郎の慣れの果てだ。

 だいたいあんなガキを人質にしても俺には何の影響も無い。

 ガキ諸共一刀に切り伏せてお終いだ。


 なにより最初からわかっている事だが、全身鎧の馬鹿が俺より早く走れるわけがない、俺は素早く回り込み、少女に向かって伸ばされるその手を、右手を


「見苦しいんだよてめぇえええええええええええええええ!」

 手首ごと叩き切った、いっぱい血が出ている、満足だ。


「あぎゃあああああああああ! 」

 大柄男はのたうち回りながら痛みをアピールしている。

 誰にだよ、知るかよ、そうやって大きな声で騒いでいれば、誰かが解決してくれる世界で育ってきたのだろう、そういう奴は俺の世界にも沢山いたからな。


「あはぁ、残念~」

 自分でもハイになっているのを自覚する、大男は左手に短刀を握り俺に向けているが。


「フフッ、くくっ」

 変な笑いがこみ上げてきた、いや~悪い悪い、相手は刃物を持っているのだったな、俺は「イヤ~ン」と猫撫で声を出して、大柄男の左手首を短刀で切り落とした。


「うぁあああああああああ、手があああああああぁ!」

 大柄男が叫ぶ、反対に俺は、自分が持つ熱がどんどん冷たくなっていくのを自覚しつつ告げる。

「悪りいな、そんな「僕は苦しんでいる可愛そうな子です」アピールに付き合っている気分じゃないんだわ……」


 緑髪の少女は、一連のやり取りを、腰を抜かしてへたり込んだ体勢のまま眺めていた。

 その眼は標準装備の怯えを湛えている……あっ! いい事を思いついた。


 少女に振り向き「まってろ」

 そう告げ、俺はわざわざ百メートル以上遠くにある小屋までダッシュで舞い戻り、ロープを数本持って再びダッシュで戻ってきた。

 元気なわけじゃない、疲れているし負傷もしているしボロボロだ。




 俺は、両手首が無くなった大柄男の両肘を後ろ手に縛り、両足も縛りつけた挙句、近くにあった枯れ木に大柄男を縛りつけた。

 面倒だから口にも残ったロープを巻いて叫んだりできないようにした。

 まぁうるさいのは嫌だからな。


「なぁ、こっちこい」

 俺は大柄男の前に座り込みながら少女に手招きしつつ言った


「はい――」

 少女はオドオドした態度でおっかなビックリ俺のほうに歩いてくる。

 俺の半歩後ろまでくると立ち止まり、そのまま俺の指示を待つ雰囲気だ。


「そこじゃない」

 俺は言うと横の地面を『タンタン』と踏みならし指差した。

 少女は『ゴクリ』と生唾を飲み込む音を喉から鳴らして、俺の隣に歩み出た。


「お前はどうしたいんだ?」

 俺は少女に言った、少女は目をキョロキョロ動かし黙ったままだ


「何とか言えよ、お前はこれからどうしたいんだ? ――言えよ」

 少女は目の前に縛られている大柄男と、俺を交互に見て俯き口篭もる、俺は許さない、少女に逃げ道は与えない。

 意思をもたない人間は人間ではない。


「お前は俺についてくるだけ、まだおまえ自身がどうしたいか聞いていない、何をしたいかどう思っているか聞いていない」


 俺は少女の顔を見つめる。

 自分の顔を確認する事はできないが、どうせ邪悪な顔をしているのだろう。

 目の前の大柄男は「うーうー」唸っているが、コイツにどう思われようが関係ない。


「むしろ優しいと思うぜ、俺はお前にとっては俺は鬼畜そのものなのかもしれないけどな、今、この場で、自分の意志で進む道を選ばせてやると言っている、お前の…… マスターだっけ? そのクソ野郎も目の前にいるわけだ、宣言しろと言っている、お前自身が自分で選ぶ道をなぁ!」


 少女は俯いてスーハースーハーと大きな呼吸音をたてているが、いくらでも待つさ。

 忌々しいことに時間は無限だ。

 門限も無いし宿題も無い、荷物も無い。

 幼馴染もみんなどこかに消え去った。


「お……」


「お?」

 思わず復唱してしまった。


「お、お名前… わかりません」


「ん?」「あっ」

 一瞬、意味がわからなかったが思い出した。

 名前か……生き残ったら教えるっていったよな。

 そういえば「ご主人様」も「マスター」もダメって言った。

 どうでもよすぎて忘れてたわ


「俺はな……タイサ・アズナブルだ、うん、そう、タイサ・アズナブル」

 つい偽名を使ってしまった――――

 だって、小さい女の子と一緒にいて違和感がない名前って、急には出てこないよ。

 本名がロリコンの汚名を帯びるのは御免こうむる。


「タイサ様に――」

「様はいらない! 呼び捨てでいい」


「えっ?」

「いいからそのまま呼べよ! 呼び捨ての方が格の上がる名前だってあるんだ」


 少女は膝を震わせながら俯きつつボソッと


「タイサについて、いきたいです……」

「それじゃダメだな」

 俺はそう言うと縛られて身動きが取れない大柄男の髪を掴むと上に顔を上げさせ。


「こいつの目を見て自分の言葉で言うんだ! お前なんか捨ててこの俺、タイサ・アズナブルを選ぶってな! さぁ言え、このクソ変態ロリコン野郎にお前なんかいらないと言ってやれ!」


 大柄男は顔を真っ赤にしてうめいているが知ったことではない。

 どうせ死ぬべきクソ野郎だ。


 少女は震える瞳で俺を見返した。

 だが助けない、闘犬の調教師のような目でリターンエース。


「私は、タイサにっ――」

「ちょっと待てよ、お前の名前なんだよ? 私は、じゃなくて名前で言えよ、そっちの方がアニバーサリーっぽくていい」


「私の名前は……チェアーです」

「チェアーって椅子じゃん、家具じゃん、親がつけたのか?」


「親から貰った名前は……覚えていません」

「まぁ本当はその名前がいいんだけど、忘れたならしょうがないけど、チェアーとかそんなクソみたいな名前を、自分でつけたわけじゃねぇよな?」


「この名前はマスッ…前のマスターがつけて下さいました……っ!」

 思わず蹴ってしまった。

 しかも大柄男をではなく、小柄でガリガリに痩せた少女を無意識で蹴ってしまった。

 さすがに謝りたい……でも謝らない、大きな子供でもかまわない。


 気づかなかったけど少女はもう泣いていた。

 いつからだろう、痛かったかな。

 いや、ひょっとしたら、少女がその昔に飼っていた犬が死んだ時の事を偶然にも今思い出したのかもしれない。

 

 大きめな声で胸に去来する罪悪感を自力で払拭するように吐き捨てる。


「こんなゴミに「前のマスター」とか言ってんじゃねぇよ! 何が「つけて下さいました」だよ、馬鹿かよ、怒れよ、拒否しろよ! 変な笑い浮かべて受け入れてんじゃねぇよクソッタレ!」


「ごめんなさい――」

 少女は起き上がりながらつぶやく、いや、お前別に悪くないじゃん。


「まぁいいや、じゃあ俺がとりあえず仮の名前でも付けてやるよ」

 そういって少女を眺める。


 顔は腫れていてボコボコ、金平糖みたいだ、緑色の髪の毛は茶色く汚れてヨモギみたい、体は痩せこけてゴボウしか思い浮かばない、服は薄汚れていて雑巾みたいだ、金平糖、ヨモギ、ゴボウ、雑巾しか思い浮かばない、最悪の四択だ。

 他に思い浮かぶ名前は無いのかな―


「そうだな、とりあえずヨモギでいいや、お前は今からヨモギ、わかったな!」


 思わず決定してしまった、これではチェアーで怒った意味がわからない。下手をすると、この世界で俺が一番のクズかもしれない、今からでももっといい名前を……


「ありがとう……ございます。今日からヨモギと名乗らせて頂きます」


 決定してしまったらしい、胸に抱える罪悪感がそろそろ定員オーバーだ、早く終わらせて眠りたい。

 罪悪感って溜め込むと死にたくなるらしいから、そろそろヤバイ。


「ならよ、そいつの目を見てはっきりと言ってやれ! いいか、変な遠慮や躊躇はやり直しだからな! 自分はこれからどうするのか、そのクズにハッキリと言い切れ、宣言しろ! そうしたら俺についてくることを許可してやるよ! 」

「まぁ逝くあてもない放浪者なんだけど――」


 最後に小声で事実を付け足してみた。

 これで法的責任は回避されアフターケアも万全だ。

 嘘は何一つ無い!


 少女は大柄男の前に立つと大きく息を吸い込み。

「ヨモギはタイサについていきます! もうあなたはっ……いらない……です」と言った、最後まで大柄男の目を見据えたまま言い切った。

 なんか最後の方、声がか細くなってきていたけどまぁ許す。


「よく言ったぞ、ヨモギ」

 俺は少女の頭を撫でてやった、汚れと油でネバっこい、後悔した。

 ――さぁアニバーサリーのメインイベントを始めようかぁ。



 俺は大柄男の正面に立つと、少女に短刀を握らせ、両手で包み込んだ。

 ビクッと振るえた少女は恐々俺の顔を見上げる。金髪碧眼の大柄の男は何かを訴えるようにジタバタしている。

 もう少しだからちょっとまってね~ん。


「ヘッ、いいか、これはイベントだよ、これを節目にして今までの人生全てチャラにしちまえ、そしていいか? 明日からは自分がどんな自分になりたいか考えながら生きるんだ、わかるか? なんでもする、とか昨日も言ったけど二度と口にするなよ、自分の為に出来る事をしろ、お前は俺についてくると言ったけど、それはお前が自分の為にする選択じゃないと、結局お前が幸せになれないんだよ、俺がそんなカラッポなやつに傍にいてほしくねぇからな! だから今日は記念日なんだよ、今までのお前を殺して先に進む記念日だ」


 俺は酔っ払っているかのように少女の頭を掴みながら語りかけると少女に握らせた短刀の先を大柄男の胸に押し当て、大柄男の涙目を見据えながら獰猛に笑った。


 「ケーキ入刀だぜ!」ヨモギの握った短刀を持つ手に力をこめて、切っ先を押し込んだ、血が吹き出てヨモギに降りかかる、俺にもチョッピリかかる


「ヒッ!」

 少女は背筋を伸ばしてのけぞる。

 震えで歯がガチガチ鳴っている。

 全て俺のせいだ


「いいからお前も押せよ! もっと深く刃をつき立てて、今までの自分を殺っ――!」

 こみあげてくる何かに声が詰まり『ゴッパハァ!』っと俺の口から先ほど食った果実が噴出する、わからない、いきなり吐いてしまった。


 俺の心がもうヤバイのかもしれないが、もっとヤバイのはヨモギだろう。

 ヨモギは俺の腕の中で短刀を大柄男に突き刺したまま、大男の血と俺の嘔吐物にまみれ、目の前では大柄男が胸から鮮血を撒き散らしながら痙攣している。

 小さな少女にトラウマのバーゲンセールだ。


「いいからもっと力を込めろよ! お前だけじゃねぇ、俺にとっても記念日だからよ、俺にとっては、そうだな……こんな世界に負けてたまるかよ! って記念日だ、ハハッ」


「はい!」

 ヨモギの思いがけないよい返事とともに、ズルッと大柄男に刺さった短刀を根元まで一気に貫通させた。

 その体から白い光がフワフワと立ち上る。


 何かが終わった気がした

 ヨモギもそう思っていることだろう……根拠は無い。





 俺とヨモギは、しばらくその場で呆然としていたが、赤い太陽が昇って我にかえり、戦利品である装備や衣類などを死体から剥ぎ取り、残された馬車に積み込んだ。


 欲しいものなど一つもないがRPGっぽいノリだ。

 現実逃避なのだろう、明日から馬車の練習しないといけないなぁ。

 ボンヤリと思う。


 城壁を見るが、男達が全滅したからか、城門は閉じられたまま人が出入りしている様子もない。こちらとしてもその方が都合がよい、旅の準備と体の回復が住んだらすぐに出ていってやるよ。


 体はあちこち痛いがすぐに直る予感がある、額の傷と脇腹の切り傷はまだシクシクと痛むが修羅と呼ばれていた大男に負った打撲やアザはもう無くなっているからだ。




 とりあえず小屋に戻って可能な限り井戸水で体を流す、とんでもないほど汚れたからな。


「お前もちゃんと体を洗えよ、くせぇから」

「はい」

 ヨモギは大柄男がいなくなったからか、もしくは俺のせいで最悪の地獄絵図を経験したおかげか、オドオドした素振りを少し見せなくなっていた。


 別に恨み言を言われたり殺気の篭った眼で見られているわけではないが、ヨモギに酷いことをいっぱい言ったのは事実だ。

 俺が逆に言われていたとしたら自殺しているかもしれない。


 酷い事もした、いっぱいした、ひょっとして俺に対して殺意や憎しみを抱えているかもしれない……枕元にナイフをしのばせておこう。


 小屋の藁の上で寝転がると、ヨモギは隅の方で体育座りをして俺を眺めていた。

「どうした?」

「……」


「なんか言えよ」

「その――」


「とりあえず眠いからお前も寝ろ、見られてたら寝れないんだよ」

寝ている所をブスリは嫌だからな。


「タイサ……」

「ん?」


「おやすみなさい、タイサ」

「おっ、おう、おやすみ」


 そう言うと、反対側の藁の山に寝転がり五秒くらいでスースーと寝息をたて始めた、俺は何故かキョドったが、まぁいいや、枕を高くして寝れるのはいいことだ。


 外はもう真っ暗になっていた。


 この世界は白い昼、赤い昼、黒い夜の三交代制なのだなぁとなんとなく思った……




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