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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
4章 大湿林編
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4話 二匹の蝙蝠男

 

 結局、数の暴力に屈しブエナビ村までラディアルを送り届けることになった。

 

 俺は赤帝の隣に座り、漆黒の闇を疾走するゲジ男が起す風を浴びている。ただの現実逃避だ。

 荷台に引きこもって体育座りでもしたいところだが俺の隔離小屋は荷物が満載で引きこもれない、まさに居場所がない状態だ。

 俺は左右を確認し、カリスティルが近くにいないことを認識した上で赤帝に小声で囁く。


「おい、なんで危ない橋を渡るんだよ、あいつは明らかに怪しいだろ」

「――うむ」


 赤帝は言葉少なに返答する、俺に対して申し訳ないって思ってるか?


「この旅はお前の力を取り戻す為の旅でもあるんだぞ、わかっているか?」

「うむ――」


 心なしかションボリしているような声色だ、わかってはいるんだろうな。


「あのラディアルって男に触れて正体を探ってくれよ、気持ち悪くてしょうがねぇ」

「――わかっておる、機会を見て実行しよう」


 とりあえずその機会は野営しないことには訪れない、だがブエナビはもう近くらしい。

(心配しなくてもいいのかな?)

 だが何一つわからないまま不審者と行動を共にしている情況は気持ち悪いのだ。

 ラディアルは何か隠している、それはわかるんだ、俺にはな。

 

 そのラディアルだがカリスティルとハミューが使っている荷台で楽しく談笑しているらしい、時折笑い声が聞こえてくる。

 どうやら先生とヨモギも荷台にいるらしい、僅かに声が俺の耳にも届く。


「けっ、なんだよ……」


 俺とヨモギで始めた旅だ、カリスティルを奴隷市場で落札し、赤帝を勧誘し、ハミューを拉致した。

 先生はヨモギに付いてきたんだが基本的には俺が集めた俺の仲間のはずだ。

 何でいつもこんな有様になるんだろう。


「貴様は自らの行動を省みる必要があるな」


 勝手に心を読んでんじゃねぇよ……




 そんな切ない俺の心情は味方も敵も考慮してくれることはなかった。


「後方から敵襲だ、数は九」


 赤帝が淡々と伝えてきた。

 もう少しでブエナビ村って話だが襲撃がしつこ過ぎるぞ。

 後ろを眺めると全員が炎を灯した騎兵だ、人員を補充してやがる。


「敵襲だ! 雑談をやめろ! すぐやめろ!」


 俺は叫んだ、絶叫だ、心の叫びってやつだよ。


「またなの!」


 カリスティルが真っ先に荷台から躍り出てくる。

 なんでそんなに張り切ってんだよ!


「ブエナビまで後どのくらいだ?」

「もう少しだ」

「ならこのまま突っ走っていこう、全員で火矢からゲジ男を守れ!」


 俺はせめて親友(ゲジ男)だけは率先して守る、だから俺を見捨てないでくれよ。




 遠くに集落が灯しているらしき明かりが見えてきた。

 赤帝の報告どおりすぐ近くだ。


 だが追っ手は間近に迫っており火矢をゲジ男に向かって乱射している。

 主に俺、ヨモギ、カリスティルが奮戦して矢を弾いて対処しているが、たまにゲジ男の身体にカスって肝を冷やす。

 まだ刺さっていないのは俺がゲジ男の身体を暇な時ピカピカに磨いているからだろう。

 友情パワーってやつだ。


 相手は多数だ、ハミューの魔術に頼りたいところだがゲジ男が爆走している揺れのせいで詠唱できないみたいだ。

 言葉の他にも色々な作法があるらしい。


「絶対に逃がすな!」

「腕輪を奪われればブエナビの二の舞だぞ!」


 騎馬に跨り弓を放つ獣人は口々に叫びながら我がゲジ男隊に攻撃を加えてくる。

 強盗、物取りの類とは思えないほど必死だ、絶対におかしい。

 だがゲジ男に害を及ぼす者は全て敵だ。どうしようもない。


 ラディアルは弓から身を守るため荷台の影に身を潜めていた――だが、その金髪でいけ好かない男に火矢が飛んできた。

 周りの連中は目の前しか見えていないが俺だけは目撃した。


 自らに飛んでくる矢に反応したラディアルは腰の剣を抜くと蝿を払うような動作で矢を叩き落とした。

 飛翔する矢に剣で対応したのだ。

 何が商人だ! 明らかに武人のそれだ。


 皆が矢に対応している中で俺はラディアルに駆け寄り胸倉を掴む。


「おい、お前何者だ!」

「なんのことだ、俺はレパス王国の商隊長だ。それ以外の何者でもない」


 ふざけんなよ、三文芝居もほどほどにするんだな。


「さっきの動き、他の奴は見ていなかったようだけどあれは武人の動きだ。商売人が飛んでいる矢を剣で落とせるわけねぇだろ!」

「――っ」


 ラディアルの視線が鋭くなる。

 へっ、化けの皮が剥がれてきたようだぜ……


「さてと、ちょうど周りに誰もいないことだし本音で語ろうじゃないか――ん?」


 俺は片刃刀の切っ先をラディアルの喉元に突きつけて凄む。


 だがその刹那、火矢がゲジ男に突き刺さりゲジ男が大きく揺れた――クソッ俺の持ち場だったところだ!


「クッ」


 衝撃で落ちるのを回避する為に伏せてしがみ付こうとしたその時……ラディアルの蹴りが俺に向かって飛んでくるのが見えた。

(やっぱりコイツは……)

 だが今更思い知ってもどうしようもない。


 顔面に受けた蹴りの衝撃で俺はゲジ男のツルツルした体から滑り落ちた。


 みんな自分がゲジ男から落ちないよう踏ん張るのが手一杯、俺のことなんか見ていやしない。

 俺はそのまま地面に叩き付けられてゴロゴロと転げまわった。

 全身に激痛が走る。


(痛がっている場合じゃない、これはヤバイ)


 服がボロボロになり破れたところからは血が滲んでいる、だがそれどころじゃない。

 振り返って後方を見ると、ゲジ男の姿は豆粒みたいになって遠ざかっていく、俺の不在を誰も認識していない……見渡せば周囲には武装した獣人が九人、どうやらゲジ男への追撃は諦めたようだがこれは危険な状況だ。


 うん、ゾロゾロと馬から降りてきやがった。

 手から変な汗が出ている、これは死ぬかもしれねぇな……


「殺すな! 腕輪の所在を吐かさなければならん!」


 俺を取り囲むように周回しつつ中心の男が皆に促す。

 一際大きな体躯、二メートルはあるだろう、鋼のような体ってやつだ。全員が槍と弓、剣は持っていないな。

 魔獣の毛皮らしきものを着ているが腕とか脛とか毛がワッサワッサ生えていやがる。

 顔が人間と大差ないから種族の違いだけで人間なのだろう。


「勘違いしないでくれ、俺は奴らに囚われていたんだ!」


 咄嗟に嘘をついてしまった、だが俺の嘘は常に迫真の演技でコーティングされている。


「嘘をつくな! 最初の襲撃で貴様を見たぞ!」


 取り囲むうちの一人が叫んだ。

 ちくしょう、ハミューが無双した現場にいたやつか。記憶力のいい野郎だぜ……いや、野郎じゃない、よく見れば女だ、だが顔が俺好みじゃない、敵として認識するのは可能だ。


「しょうがない、だがな――」


 あえて危険を冒し俺を取り囲む獣人集団の背後をチラ見しながら続ける……


「――俺が一人だと何時から錯覚してた?」


 全員が『バッ』と後ろを振り返った、全員がだ、コイツら正直者過ぎる。

 

 俺は『ダッ』と地を蹴りその集団の一人に飛び掛かり、そのまま剣を首筋に当て体を引き寄せながら「動くな! 動けばこいつの首が跳ね飛ぶぞ!」と……うん、卑怯者だ、わかってる。


「クッ」


 獣人たちは俺を憎しみMAXの瞳で睨む、これは俺が悪い、許容するしかない。

 しかも、偶然にも俺が人質にした獣人は女だ。さらに偶然は重なるもので体に回した左手は背後から右おっぱいを鷲掴みしている。

 本当に偶然なんだ! 灰色の髪、そして首筋から仄かに香る匂いは――汗臭い、俺は正気に戻った。


「いいか、落ち着いて話を聞け、俺はお前らと敵対する気はない」


「そんな言葉が信じられるか!」


 そりゃそうだ、今騙したばかりだからな。だがそれでも聞いてもらわなければならない。

 交渉が決裂すれば戦闘だ、包囲されている俺が死ぬ。

 他人の命ならどうでもいいけど俺の命にはスペアはない。


「ならこの女を見殺しにするか? お前ら獣人は仲間を大切にすると聞いたぞ」


 嘘だ、そんなことは一言も聞いていない、だが遠まわしに誉められて気分はいいはずだ。


「そうだ、俺たちはメリーヌを見殺しにはできない」


 俺を包囲している奴の一人が矛先を上にして『戦う意志はない』アピールをした。

 ほら、いい気分になって釣れたろ。


「最低でも俺は殺しあう気はないんだ、まずは話し合おうぜ。場合によっては力になれるかもしれん」


 俺はあえて無表情で提案する、こういう場面で俺の笑顔が良い効果をもたらしたことはあまりない。俺の笑顔は胡散臭いからな、悲しいことに。


「いいだろう――私はこの隊の指揮をまかされているルヒルデだ、まずはその剣を下ろしてもらおう」

「いや、お前らの矛先を収めろよ。こっちは一人だ、用心させてくれよ」


 俺の言葉に暫し逡巡したがルヒルデは素直に矛先を上にして槍を地面に突き立てその場にドッカリと腰を降ろした。

 それに合せて他の獣人もその動作に倣った。


「――行っていいぞ」


 俺は捕獲していた女から剣を離して開放した、灰色の髪をした獣人は俺から飛び下がると仲間の元へ逃げ去った。


「お前らが追っていたのはレパス王国のラディアルだろ、何があったんだ」


 地面に腰掛けることはぜず、方膝を立て、すぐに飛び下がれる体勢のまましゃがんで、ルヒルデに尋ねる。


 ルヒルデは少し悩んでいたがポツリポツリと話し始めた。


 レパス王国は大湿林を抜けた南西にある国だ、大湿林は豊富な資源がある地域だが自然が厳しい、何よりルーキフェアに認可を受けた獣人族の領域の為、レパスだけではなく他の国々も野心は示さなかった。

 だがこの度の大会戦で異変が起きた、妖精を従える神を名乗る黒髪の女が大会戦初日に乱入、ルーキフェア帝国の威信が揺らぐほどの力を見せ、与力として参加していた国々の兵もその様子を目撃した。


 世界の秩序を維持していたルーキフェアの力に対して疑念が生まれ、抑えられていた欲望に歯止めが利かなくなっている。

 レパス王国は大湿林への野心を剥き出しにして、獣族の力の象徴であり長であることを証明する腕輪を狙った。大軍を編成し腕輪を管理していた獣人族の集落を襲ったわけ。

 腕輪は難を逃れてルヒルデなど犬科の獣人が暮らすユーリカへ運ばれたが商隊に偽装したレパス王国軍――まぁラディアル達に奪われ、それをルヒルデ隊が追っていた。

 まぁそういうことらしい。


 ちなみに――。


 ふむ、街道の南側から土埃りを巻き上げながら近づいてくる生き物が見える。早かったな。

 細部まで見なくてもわかる、どうせ我がゲジ男隊だろう。


 ――ちなみに腕輪を強奪する為にレパス軍に襲われたのはブエナビ村、今はレパス王国軍の駐屯地になっているらしい。

 逃げ帰ってきたんだね、わかるよ。


「いわんこっちゃない」


 思わず内心が漏れてしまった。


 さてカリスティルから自己弁護と謝罪を聴くことにするか……

 

 

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