3話 数の暴力
急いで馬車が撒き散らした荷物を纏めて出発したものの、すぐに追っ手が現れた。
獣人の騎馬が十騎、真っ暗なので詳しくはわからないが各々が炎を灯している。
仲間を集めて再挑戦ってことだろうな。
経験則で騎馬の方がゲジ男より足が速いことを熟知している。逃げ切れないことはわかっている。
「赤帝、ゲジ男を止めろ!」
「迎え撃つのか」
迎撃ともう一つで選択肢は二つ。
「場合による、あの金髪男を引き渡した方がいい気もする」
「あんたは人でなしだわ!」
だが考える時間はなかった、炎の正体は火矢だった。
辺りに赤く燃え盛った鏃がびゅんびゅんと風きり音を残して突き刺さる。
訳のわからん客のせいでゲジ男が怪我をしてしまう!
「いいから止めろぉ!」
俺は抑えきれずに怒鳴り、赤帝が手綱を引くとゲジ男はガリガリと街道を削りながら停車した。
「いくぞ!」
そう言い放ち俺はゲジ男から飛び降り後方に駆け出す、続いてヨモギが追いついてきた――俺についてきたのはヨモギだけか……あ! 後方でハミューも降りてこちらに向かってくるのが見える。涙が出そうだ。
「俺が前に出る、ヨモギは俺の後ろに回り込もうとする奴を斬れ」
指示を出しながら待ち構える、すると俺の背後にハミューが駆けつけてくれた。つい目頭が熱くなる。
「私が先制するから坊やは私を守って――」
指揮権は奪われたが安堵した、体だけの関係じゃなかったのだ。
『冬の精霊へ第一を告げる 交わされし盟約の数を糧とし、我が手に凍てつく刃を宿せ』
八枚の剣のように鋭く薄い氷がハミューの周りを旋回すると追ってきた騎馬に向かって放たれる。
『ビュワン』と風を切り音を上げてつつ竹とんぼのように回転し馬だけを切り刻んだ。
凄いけど人は狙わないんだね、だがもんどりうって凄まじい勢いで落馬した動けない獣人が―――六人か、凄惨な現場だな。
しかしチャンス。
俺とヨモギは落馬した内、動ける残り二人に飛び掛りそれぞれを討った。
――ついでに金貨袋を回収したがそれはもののついでだ。
どうせ大した額じゃない、俺のクセのようなものか。
無傷で残った二人は動揺していたが、よせばいいのに下馬して槍の穂先をこちらに向けてくる。まだやる気かよ。
「逃げるなら追わないから見逃してくんない?」
一応提案してみた、今回は本当だ、全滅させる意味がない。
俺個人に獣人に対する悪意はないのだ、これからしばらく大湿林の移動が続く。獣人の領域を通過するのに敵対するメリットがないのだ。
「腕輪を返せ!」
「あれを失うわけにはいかない!」
腕輪? 何のことだろう?
「何のことだ? 詳しく話してみろ」
とりあえずどんな民族でも言葉は通じるんだから意志の疎通を図るべきだろう。だが――。
「あぶない!」
いつのまにか追いついていたラディアルが獣人の片割れに剣を振った、これは――。
「今、話をしようと――」
俺は文句を言おうとしたが。
「早く逃げましょう! 一箇所に留まり続けるのは危険です」
と、ラディアルは述べる。苦笑いを浮かべるハミューにだけ、俺は無視のご様子だ。
多勢に無勢を悟ったのか獣人は素早く馬に跨ると北側に駆け出した。あっ、落馬してた連中も無事だったらしく一斉に森の中へ退散していく。
「腕輪って何のことだ!」
俺はラディアルの襟を掴み尋ねたが。
「知らない! 獣人の言葉に耳を傾けるなんてどうかしている!」
と、変なキレ方をされた。
明らかに怪しい、もうコイツを斬ったほうがいいんじゃないかと思ったが、俺の心境を察したのかハミューが首を振った。
隣に寄ってきたヨモギは小声で「斬りますか?」と聞いてきたが……
「やめておこう、どうせブエナビ村までそんなに距離はない。疫病神とはそこでオサラバだ」
そう返答した。ハミューが居なかったら斬っていたと思う。
「私もラディアルさんは何か隠していると思います」
なんと! ヨモギが意思表示をした。
しかも俺の意見に賛同っぽい、希望が湧いてきた。
ブエナビ村に到着するまで我慢しようと思っていたが――ここは攻勢あるのみ。
ゲジ男に乗り込み、再び走り始めたところで俺は仲間全員をゲジ男の頭に集めた、総勢六人だ、窮屈で仕方がない。
「なんなのよ!」
カリスティルが俺に吐き捨てる、何故か俺が悪者だがまあよい、俺は一人じゃない。
「とりあえず、俺はラディアルが信用できない、直ぐにでもゲジ男から降りてもらおう。俺が斬ってもいい」
「あんた! まだそんなことを――」
詰め寄ってこようとするカリスティルを掌を突き出して静止しながら続ける。
「待てよ、力任せの強権を使おうってわけじゃない」
「なんなのよ!」
「ここは一つ多数決といこうぜ」
「何をよ!」
「決まっている、その男――ラディアルを降ろすかブエナビまで送り届けるかの多数決だ」
「そんなの!――」
カリスティルの反論を制し続ける。
「今のところ俺とお前しか態度を表明していない、仲間の意思を確認すべきじゃないか? あ?」
俺は引き裂くような笑みを浮かべて問い掛ける、俺の言っていることは珍しく耳障りのいい意見だ、奇跡的に民主的提案だ、断れまい。
カリスティルは助けを求めるようにハミューに視線を送るが――。
「坊やの意見も一理あるわ――みんなの意見を出し合いましょう」
「そんな……」
カリスティルは狼狽したような声を出す……
「私はあなたに賛成するわ、大丈夫よ――」
ハミューはカリスティルを安心させる為なのか不明だがカリスティルに賛成を表明した。
予定外だ、俺とヨモギでおそらく二票、カリスティルとハミューで二票――五分五分になってしまった。
さっきハミューは俺と一緒に獣人の迎撃に参加した、そのことで勝手に俺の味方で同意見だと確信していた……
「うん――わかったわ! みんなの意見を聞きましょう――赤帝の意見はどうかしら!」
ハミューとの友情パワーで自信を取り戻したカリスティルは、ゲジ男の手綱を握る赤帝に射殺すような視線を送る。
ん? 剣の柄に手がかかっているよ、何でかな?
「我は――その男を見捨てるような非道には、賛成しかねる、な――」
ビビリやがった、若干どもってやがる。普段の上から目線な態度はどうした! 元は神の使いのくせにヘタレすぎるだろ!
ヨモギは穏やかな表情で眺めているだけだ! 本当に俺の味方なのか?
「僕はカリスティルさんに賛成です」
先生が聞かれてもいないのに態度を表明した、俺に反対したいだけだろあんた!
ヨモギも何か言えよ……
「みんな……ありがとう……」
カリスティルが感激でウルウルしている、なんだこの茶番は! 誰だよ多数決とかって言い出した奴は!
こういうのって数の暴力って言うんだぜ!
クソっ、こっちは俺だけだ、勝敗は決した……
明確な味方が出来て気持ちが高ぶってしまったのが原因だ、百万の味方を得た思いだったが数にすれば一人だったってことさ。
「でわ多数決を取りましょう!」
カリスティルが誇らしげにデカイ胸を張って宣言する、その顔は自信に満ち溢れていた……そりゃそうだろ。
「いや……もういいや、ブエナビに行こう……」
俺は肩を落としそう告げた。
脱力感がハンパない、これは地味に堪えた。
ボッチだと思っていたが味方がいたと錯覚した、そこで浮かれてしまった。孤独に慣れすぎてしまっている。
一人じゃなかった、二人だったはずだ――だが少数派だった……あれ? 二人だったっけ?
ヨモギが力無くしゃがみこんだ俺の背中をギュッと抱きしめ慰める。
優しさが胸に沁みるが……どこかマッチポンプの香りがする、なんでだろう。
「やっぱりダメでしたね、ユタカ」
やっぱりってなんだよ……




