2話 信用されぬ者
犬耳の襲撃者は去った。
車輪を砕かれ使い物にならなくなった馬車と、襲撃の難を逃れた透き通るような薄い金髪の男が残されている。
男は一八〇前後の身長で端正な目鼻立ち、大きめな瞳は青で睫が長い。イケメンだ、おそらく俺の敵だろう。
「助けて頂きありがとうございます、私の名はラディアル・カーピース、レパス王国直属の行商隊に所属しております。本国の依頼で物資を搬送中、獣人の一団に襲われまして――この有様です」
そう言ってラディアルは破壊された馬車へ向かって指差した。
「それは災難だったわね! 心中お察しします」
カリスティルの対応は丁寧だ、言葉も優しい、恐らく相手がイケメンだからだ。
タイプは違うがイケメンのマドリューを信じてカリスティルが俺たちゲジ男隊を裏切った事を俺はまだ忘れちゃいない。
「じゃあ、さっさとこの場を離れようぜ」
俺は片手をおざなりに上げ『じゃあなバイバイ、達者でな』という心情のままに吐き捨てる。
このまま獣人が襲ってこない補償はない。獣人の巣窟である大湿林に入ったばかりだ、ここを抜けるまでまだまだ長い道のりを踏破しなければならないのに最大勢力相手に敵対行動を取るのは悪手だ。
「彼をこのまま置いて行く気なの!」
「だってさぁ……トラブルの原因もわかんねぇんだぜ」
人は見た目が九割だ。認めよう。だが目の前の男はイケメンというだけでまだトラブルの原因も述べていない。
頭から人は被害者で獣人は加害者って結論付けるには早すぎる。
まぁ思い込み全開のカリスティルが主張するようにラディアルが被害者だったとしても、俺たちがリスクを犯して助ける義理はない。
「あんたは非道すぎるわ! こんなところに一人で残していくなんて死ねと言ってるようなものよ!」
確かにそうだろう、移動手段もなくこのまま放置すれば先ほどの獣人が襲撃してくるかもしれない。
来なくても、飢えて終わりだろうな。
「助けても俺たちに何の得もない――」
「人は利益だけで動くものではないわ!」
俺ではカリスティルを諌めることはできない。
そう判断し助けを求める為に周囲を見渡す。
赤帝は星空を眺めていた、ロマンチストなフリをして逃げるな!
ハミューはカリスティルの顔を眺めながら『仕方ないわね』と顔に書いてある。
ヨモギは優しく微笑んでいるだけで景色と化している。
先生はそもそも俺のことなど見ていない。
ちくしょう! 味方がいない。
孤独感で俺が押しつぶされている間にカリスティルはラディアルに歩み寄り。
「お怪我はありませんか? 私たちでよければお力になります」
そう優しげな声色で囁いた、俺には向けられたことのない母性タップリの優しげな眼差しで。
「ありがとうございます、親切な方なのですね」
ラディアルは膝まづきカリスティルの手を取るとその甲に口づけした。
そしてカリスティルの顔を見上げて微笑みかけた。口から覗いた歯が僅かに光る。うさんくせぇ。
「私の仲間が街道を南に移動したところにある集落、ブエナビに滞在しているはずです、そこまで私と積荷を運んで頂ければ助かります」
「ちょっとま――」
俺は会話に割り込もうとしたが――
「わかりました。私たちが必ず貴方を仲間の元に送り届けて差し上げます」
リーダーシップの差が如実に現れてしまった。
俺が反論を封じられている隙に全てが決定し、もはや異論は挟めない。
いや、今から横槍を入れて方向性を示せばいいのだろうが俺にこの空気を覆せるほどの話術がないのだ。
カリスティルの理論は人道的な見地に立った理論だ、人の心を打つ。
俺は利己的で排他的なロジックで生きている、この流れで反論を捲くし立てても決定は変わらず俺の印象が悪くなるだけだ。
「さぁ荷物を積み込んでブエナビ村までいきましょう!」
カリスティルの声が響き渡る、見まごう事なきリーダーシップ、少し俺に分けてくんない?
馬車の積荷をゲジ男に積み込み――なぜか俺の隔離小屋が荷物置き場に決定されたがそこは割愛する。
まだ荷を運んでいる途中だが確認しなければならない事があるのだ。
「少し聞きたいことがある」
俺は笑顔を浮かべてゲジ男隊の面々に愛想を振りまくラディアルへ話しかけた。
「なにかな?」
クソッ!少々態度が横柄だ、見た目で判断してやがるんだろうな。二〇センチ近い身長差も影響しているのだろう。
「何で襲撃を受けたんだ。積荷の中身はなんだ?」
「獣人が人を襲うのに理由などあるわけがないだろう、荷はレパス王国から直接輸送を依頼されたもので中身は知らない」
そんな答えで納得するとでも思っているのか? いや、俺を納得させようとは思っていないのだろう。主導権はカリスティルにあると判断しているのだ……まぁ事実なんだけど……
「そんなもんなのか?」
「獣人と人が相容れないのは子供でも知っている、君は母親の寝物語すら聞かされずに育ったのかね?」
「……ちっ」
つい舌打ちをしてしまった。
『違う世界から来た』などと電波なことは言えない。
その前にお袋に絵本など読んでもらった記憶もないけどな。
後一つ気になることを聞いておくか――。
「その腰の物、商人とは思えないほど使い込んでいるように見えるけど」
俺は顎をクイックイッと動かしラディアルの腰で存在感を放つ剣を指した。
両手は荷物で塞がっているからな。
「――長い距離を輸送することもある、身を守る物には拘りがあって当然だろう」
一瞬顔を歪めたのを見逃さなかった、だがラディアルは話は終わりだと言わんばかりに荷物を抱えゲジ男へ足早に向かっていった。
なんか胡散臭いんだよなぁ……
散乱した荷を全て荷台、てか俺の隔離小屋に積み込んで再びゲジ男は土埃を上げて出発した。
行き先はブエナビ、猫科の獣人が暮らす集落らしい。
俺はゲジ男の頭で手綱を握る赤帝の隣に腰掛けている。俺の隔離小屋が使用不可能になってしまったので居って場所がないからだ。
「赤帝、ラディアルって男は怪しい、接触して正体を探ってくれ――」
「――ちょっと! あんた、疑り深いにも程があるわよ!」
俺が赤帝と密談をしていたところ、赤い髪をした馬鹿が真っ赤な顔をして割り込んできた。
なんて奴だ、俺の行動を監視してやがる。
クソッ! 赤帝もこの考え無しのアホに何か言ってやってくれ!
「我は今、手が離せぬ――」
クソッ! 天界の龍だとか偉そうな肩書きがあるくせにカリスティルの形相を見て日和りやがった!
なんて頼りにならない龍王だ!
「ちくしょう! 覚えてやがれ!」
俺は時代劇の雑魚みたいな捨て台詞を吐いて退散するしかなかった。
ガタガタ揺れる荷台に逃げ込み体育座りをして落ち込んでいると、いつの間にかヨモギが沸いてきて頭を撫でてくれた。情けない。
「ユタカ、いつもの行動が原因なので見た目で差別されているわけではないですよ」
ヨモギは穏やかな顔をしたまま言葉のナイフで俺の心を抉った。
いつの間にか星が消えている、大会戦も終わったようだ。
真っ暗な夜が俺の心境を反映しているかのようだ……




