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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
4章 大湿林編
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1話 凍る大湿林

 

 ガラゴロと土埃りを巻き上げながら我がゲジ男隊は南進を開始した。

 一定のラインを超えると急に蒸し暑くなった理由は、大湿林の中は常に熱帯気候だかららしい、原理はわからんが異世界だから考えるだけ無駄なのだろう。


 ガナディア大陸のほぼ中央に広がる大湿林、ジャングルと呼ぶべき森林地帯に多種多様な獣人族が少数部族に分かれて各地に点在していると聞いた。

 まだ獣人なる種族に遭遇したことがないので半信半疑だ。

 情報源がカリスティルだけなら嘘だと断定できるがハミューも同じ事を教えてくれたので事実である可能性が高い。


「集落はここらにあるか?」


 ゲジ男の手綱を握る赤帝に尋ねた。辺りはまだ漆黒の闇で規則正しく配置された星星が人工的な光を放っているが、どれだけ暗くとも赤帝には周囲の気配がわかる。

 見掛けは身なりのいい僕ちゃんだが頼りになるメンバーだ。


 集落を探す理由として、そろそろ補給しないと食料と水が心許ない。

 ボロくてもいいから服も欲しい、ハミューに毎回破られ過ぎて着替えが目減りしている。


「脇道の奥に集落は点在しておる――」

「獣人は友好的な種族ではないの! 迂闊に接触するのは危険だわ!」


 カリスティルが聞いてもいないのに割り込んできた。

 赤い髪で赤い眼、胸が大きいことだけが取り柄の女だ。殆どの事件でこいつが足手まといになっている。

 唯一の長所でもある大きな胸も俺が触れなければ無用の長物だ。

 つまり長所はない。


「お前が言うと獣人ってのはフレンドリーな民族だと確信できてしまう」

「なっ!」


 赤い眼に炎を宿して俺を睨み付ける、俺に信用されることを何か一つでもしてから反抗して欲しい。


「坊や、お姉さんもカリスティルに賛成よ、確かに獣人は危険だわ――」

「うん――」


 ハミューがそう言うならそれが正しいのだろう。五二歳なのに自分をお姉さんと呼ぶことにも異論を挟まない、挟める大きさだけど異論は挟めない。

 ゲジ男の疾走が作る風に煽られ薄茶色の髪からいい匂いがする、それで十分だ。


「ユタカ、食料は補充できていますよ」

「あぁ……」


 薄黄緑の髪をなびかせ優しい目をしながら俺に食料はあると報告した女の子はヨモギだ。旅の最初の仲間で俺の相棒でもある、垂れ目の殺人鬼でもある。

 こいつのいう食料とは魔獣の肉なので下手に鵜呑みにすると最終的に食材は肉だけになり栄養学的にも食卓の彩り的にも大変なことになる。


 俺とヨモギはしばらく髪の脱色を続けている。

 タイサ・アズナブルはアルディリア死んでくれたはずだ。後は黒髪に戻さずホトボリが冷めるまで時間が経つのを待てば、新しい人生を始める事ができるだろう。

 

 そのまま俺はしゃがみ込んで爆走するゲジ男の背、なのか頭なのかわからんが身体をポンポンと叩いて問いかける。


「ゲジ男、お前はどう思う?」

「――――」


 ゲジ男は返答することもなく驀進を続ける、俺は盆栽に話しかけるお爺ちゃんの心情を理解できた。




 森林を縫うように伸びる道をひたすら南進していると。

 

「ユタカ、道の前方で集団同士が争っています」


 前方に火の手が上がっているのを赤帝が確認したらしく――ヨモギが隔離部屋で寂しく刀を研いでいた俺に報告してきた。


 非常事態だ、そうでない場合は他のメンバーで話し合って事案が処理されるシステムがゲジ男隊で構築されている。

 俺は非常時以外はボッチだ――最近のヨモギは先生と仲良く行動を共にしているから、尚更その傾向に拍車がかかっている。


 ハミューはカリスティルとセットで行動している時が多く、テンションが高まった時しか俺の所に来ない。

 実は照れ屋さんなのだ。涼しい顔を装っているが内に秘めるタイプで、我慢しながら必殺技ゲージを貯め、ゲシュタルト崩壊したときだけ俺を捕食にやってくる。


「わかった、すぐ行く」


 俺が部屋を出るとゲジ男は道の隅に泊められ、その影に全員がしゃがみ込んで静かに密談していた。

 そういうのやめて欲しい、他のメンバーだけで仲良しグループ作られると胸が痛いんだ……


 武力を伴うトラブル以外の案件で俺は呼ばれない、よかったよ殺伐とした世界で。


「赤帝、状況はわかるか?」

「どうやら商隊と獣人が戦闘をしているようだ、詳しくはわからん」

「……そうか、状況がわからんなら、ここから逃げた方が無難だよな」

「でも! 人が獣人に襲われているのよ!」


 カリスティルが大声で叫んだ、物音一つにも気を使いながら小声で話していた雰囲気が台無しである。

 しかも獣人が悪いって断言しているようなものだ、証拠もないのに。


「お互いの動機もわからないし俺には双方の立場も興味がない、逃げれば無傷ってことだけは確かだ」


 そう、俺は争い事が本来嫌いなんだ。争い事がなくなれば誰からも話し掛けられなくなり、ハミューのハリ型としてしか生きる道がなくなってしまうが、それでも本来は戦いを好まない。痛いから。


「そんなの決まってるわよ! だって獣人だもの!」


 人類の王族だからなのだろうか、それとも馬鹿だからだろうか? 聞く耳をもってくれない。マジで面倒くさい女だな――胸は大きいけど。


「偵察してきましょうか?」


 ヨモギがそう言いながら俺の顔を伺う。マジで最近のヨモギは天使だな、快楽殺人鬼だけど。


「本来は逃走一択なんだけどなぁ……」


 だがそう言いつつも偵察するより他に方法はないだろう、カリスティルが大騒ぎするに決まってる。

 後々まで車内で暴れられるくらいなら御座なりにでも偵察してお茶を濁した方がいいだろう。


「よし、偵察にいこう――俺と赤帝、ヨモギで探る」

「私もいくわ!」

 

 足手まといが立候補を表明した、チームの隠密性が著しく毀損する提案だ。


「カリスティルがいくなら私もいくわ――」


 我儘ボディのハミューさんも立候補した、なお『我儘』は制御不能って意味だ。


「ヨモギちゃんがいくなら僕も――」


 先生も出撃を表明した、お荷物が増えた、やったね!


「……もういいや、行きたい奴は全員ついて来い」


 俺は返事を待たず火の手が上がる街道へ駆け出した、これ以上話をしていたらゲジ男までついてきそうだ。




 火の手が上がっている地点に到着し、木陰に身を隠しながら遠目に状況を確認する。


「襲われているのはレパス王国の商隊だわ!」


 カリスティルが歯軋りしながら呟く、襲っているのは獣人だな、犬みたいな耳と尻尾がついている、毛皮製のワイルドな服装だ。

 武器は手作り感溢れる槍を各自が持っている。獣人は七人だな。


「なんかもう終わりそうだぞ、商隊の生き残りは一人だ」


 獣人たちは周りを取り囲むように残った一人を追い詰めている。

 周囲には倒れている人影が三つ、ピクリとも動かない、


「助けなきゃ!」


 カリスティルが飛び出して行く!

 「待て!」と右手を――大きな胸に伸ばすが間に合わなかった。

 赤毛の猪は、一人の男を取り囲む獣人の集団へ剣を抜いて駆ける。

 

「仕方ないわね――」


 ハミューはそう呟くと――。


『冬の精霊へ第二を告げる、交わされし盟約の数を糧とし、我を遮る全てを凍て砕け』


 掌を翳し呟くハミューの周りには、ギシギシと軋むような音を鳴らす白く輝く空気の渦が巻き起こる。直ぐ傍にいるにもかかわらず寒さは感じない、全てハミューを取り囲むように発生した円の中で収まっているようだ。


 大気の流れが白い線を引いているように目視できる。煌く様はTVで観たダイヤモンドダストの映像を思い出す。


 空気の渦は濃縮し無数の蛇が這い進むよう『ブオッ』と前方に向かって伸びる。

 白い蛇の群れは辺りを凍て付く大地に変えながらカリスティルに対応しようとした獣人に襲い掛かった。


「くあっ」と驚きを内包した悲鳴を上げ、横っ飛びで獣人はその魔術を回避したが、ハミューの繰り出した破壊の痕跡に皆愕然と口をあけている。


 ハミューから放射状に伸びた白く光る帯びは草も木も岩も全てを氷の彫刻に変えていた。

 バナナで釘が打てるってレベルじゃない、バナナも釘も砕けるレベルだ。

 俺はこんなの相手に意地悪しながら同じ荷台で寝泊りしてたのかよ……



 

 獣人たちは突如沸いてきた俺たちへの対処を放棄したのか四方に霧散し逃走した。

 一人でも捕獲して尋問すれば状況の把握ができたのであろうが、俺は棒立ちで指示を出すのも忘れていた。


 いやはや、薄々気づいてはいたけど魔術師って危険な兵器だわ、そりゃ国家規模で徹底管理するわな。

 ジャラスパが必死で魔術師を守っていた理由も今更ながらよくわかったよ。


 とりあえずハミュー先生の一撃で戦闘にならなかった……

 



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