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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
3章 エスターク王国編
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15話 星空の下で

 

 眼を覚ますと真っ赤な日差しが降り注ぐ、どうやら赤い太陽の時間だ。

 辺りを見渡すと檻のような荷台ではなく俺の隔離部屋だった、手入れの行き届きすぎた鎖帷子が壁にかけられている。

 ふむ、いい香りがする、コンソメのような食欲がそそられる匂いだ。


「目が覚めた、よかった――」


 俺の顔を覗き込むようにハミューが顔を近づけてきた。

 ビクッと体が強張る、まさかの人選だ、俺を心配をしてくれそうなメンバーってヨモギの他には……

 ヤバイ、ヨモギの他に心当たりがない。

 切なくて胸がキュンってなる。


 気を取り直してハミューの様子を伺う――ふむ、血色もいいし、肌艶も申し分なく体調は万全のご様子でなによりだ……俺はまだ頭がボンヤリしているのに回復早すぎじゃね?

 まぁ、体がとんでもなく健康体なのかもしれん、そう思うことにしよう。


「お前は平気なのか」

「えぇ、問題ないわ――」

「まさかヨモギ以外の人間が俺の部屋に用もなく来るとは以外だ」

「坊やは人に避けられる人相と性格だから――」


 酷い人物評価を目の前でされた、何で起きて早々傷つけられなきゃならないんだ、俺に何か恨みでもあるのか――すっごくいっぱい思い浮かんでしまう。


「まさか! 腹いせに大人の悪戯でもする気なのか」

「腹いせ? それもいいわね――でも先にこれを飲みなさい」


 そう優しげに呟くと手に持った器からスープを匙すくい木製スプーンを『フー、フー』と二回息を吹きかけ俺に差し出してきた。


 これは……まさかのハーレ……などと思うわけがない、目元が優しすぎる、これはお母さんモードだろう。

 いや、待て、これは孔明の罠かも知れないぞ。


「あれだ、いや――これはなんだい?」

「見てのとおりよ――」


 そもそもだ、なぜハミューはこんなにピンピンしているのだろうか、俺の横たわるベッドの脇に椅子を設置しそれに腰掛けて左手にスープの器を持ち右手にスプーンを持って俺に『ア~ン』している。

 ハミューの動作に不自然な所はない、逆に俺は半身を起こしただけでクラクラする、何のトリックだ?


 それに黄昏亭で会った時の隠微な服装ではなく緑色に染め上げられてはいるがよく見かけるの布の服、下は足首まである花柄のスカート、普通の装いだ。

 胸元が少し空き気味で大きめの幸せ袋がチラ見できるくらいしか加点項目のない普通の服。


 悪くない、悪くないが態度がおかしい、カリスティルのように俺への態度を硬化させるのを想定していた。


 だが思考のさらに内側へダイブしてみよう、見てのとおりならスープだろう、だがそれを構成する成分に食材以外が含まれている可能性はないだろうか。

 全ての不自然を俺を油断させて報復する為のセルフプロデュースなのだと仮定すると真相に迫れるやもしれぬ。


 普通の奇麗めお姉さんを自己演出し理不尽に加えられた侮辱と屈辱への報復を決行しているのだ!

 その獲物はスプーンにすくわれ俺に差し出されているスープ、合点がいく。

 確かに俺がハミューに対して行った数々の所業は外道そのものだったろう、だが、それでも俺は!

 そんな計略には騙されない!


「ア~ン」


 気づくと俺はスープがすくわれたスプーンを咥えていた。

 長考は『ア~ン』の前には何の意味も成さない――もう飲んでしまった、後悔はしてもしょうがない、先ずは身体の状態確認だ。


 吐き気はない、身体は節々痛むが最初からだ、スープを飲んでから変わった点はない、コンソメスープなのがわかったくらいだ。

 だが油断できない、遅効性の毒物かもしれない。


「ア~ン」


 しまった! また飲んでしまった! タイムラグ無しでスプーンを咥えに首を突き出してしまった!




 そんなことを繰り返しているうちに器に注がれていたスープは空になってしまった。

  なんというか……ごちそうさまでした。

 外はすっかり日が沈み漆黒の闇が辺りを包む、遠くで焚き火の炎が揺らめいている、なぜ遠くなのかはわからないがいつもより倍以上遠くだ。


「何で、こんなことしてんの?」


 俺は何事もなかったかのように尋ねる、起きて早々の大失態だが開き直る。


「坊やがね――酷いからよ」

「そんなに酷いことをしたかな」


 いっぱい酷い扱いをした気がするが過去は振り返らない『ああああああああぁ』ってなるから。


「したわ――」


 だろうね、知ってる。


「それでどうすんの、復讐でもすんの?」


 一応聞いてみる、する気ならさっきのスープで死んでるだろうから心配はしていない、若干コミュ障気味の俺にはそんな受け答えしかできないだけ。


「――それもいいわね」

「やっぱり絶食はきつかったか」

「――私は平気だったけど――坊やが――」

「俺のせいにすんなよ、そういう約束だろ」

「――えぇ、わかっているわ、もう坊やの言うとおりにするわ」


 どういう意味だろう、いや待て!『言うとおりにする』と『何でも言うとおりにする』この二つには明確な差異がある。

 後者はフリーパスだろうが前者は拘束力が低い言葉だ、真に受けるな。


「言うとおり……とは」


 期待を込めて尋ねてみた、深い意味はある。


「私も、過去を捨てて生きるわ――」

 

 一瞬ガッカリしたがよく考えれば最初の約束ではそんな話だったな。

 一回限りの限定的な『言うとおりにする』だった、フッ、それだけの話さ。

 

「それにしても元気そうだな」

「ええ――私は魔術師だから」


 それから魔術師というものについて話してくれた。

 魔術師は全て国家に属していてその中でも特に第三契約の魔術師は大規模魔術を扱える貴重なもので国家契約魔術で雁字搦めに縛られているとのこと。

 ハミューはアルディアが滅んで大規模魔術は使えなくなったが死ぬまでアルディア王国が施した契約魔術は残るらしく自決防止の他にも逃亡や亡命を許さない契約魔術などで拘束されているとのこと。


 アルディアは滅亡しているから逃亡も亡命も関係ないらしいな、それに俺がしたのは人攫いだし。

 没落貴族の出自だから第三契約の魔術師ってステータスが失われたことでも凹んでいたらしい。

 まぁ知ったことではない。


 それに自決防止や事故死を防ぐため契約魔術で魔力が尽きない限り空腹などに効果はないが軽い負傷や衰弱は無意識下で魔術が発動して回復してしまうらしい……ってあれ?


「ちょっと待ってくれ!」


 少し納得できかねることがある。

 ハミューの言っていることが全て事実なら。


「どうしたのかしら?」

「その回復ってさ……」

「――」

「栄養失調とか脱水症状とかにも効果があるのかな……」


 変な汗が出てきた。


「もちろんよ――」

「……じゃあ、あの断食は……」

「お腹は空いていたわ――」

「そっか……」


 勝ったはず、だよな……

 俺の記憶が確かならだけど。


「ひょっとしてさ……」

「――ごめんね」


 先に謝ってほしくない、まだ確認作業中だ。


「辛くなかった?」

「凄くお腹は空いていたわ――」

「……あっそぉ……」


 死ぬ寸前まで我慢して我慢して我慢して勝ったという満足感で満たされて俺は眠りについたはずだった。

 勘違いだったのか。

 だがハミューは負けを認めたはずなんだよな。

 ……なんでだろ。


「あのさぁ」

「なぁに――」

「あの勝負ってさ、何で負けを認めたの?」

「――もう済んだことだわ」

 

 ハミューは顔を横に振って眼を逸らして遠い眼をした。

 言いたくなさそうだ、俺には理解できないがレディが言いたくないものを根掘り葉掘り聞くのは次世代のイケメンとして有り得ないことなのではなかろうか。


「辛くないのに何で?」


 聞いてしまった、俺はこの世界に来てもから何一つ成長していないようだ。


「坊やが酷いからよ――」

「そりゃ、酷い事はいっぱいしたけどそれと関係あるのか?」

「そうよ――」


 よくわからないが俺のせいなのだろう、なんでも俺のせいにすればいいさ。

 傷つくのは俺だけでいいってことなんだ、わかっている。


「具体的に言ってくれなきゃわかんねぇよ」


 胸の内に収めておくのは無理だった、俺の心は狭いのだ。


「だからっ――こういうことよ」


 ハミューは俺に覆い被さると両手を背中に回し抱きしめてそのままベットに押し倒した、病み上がりの俺は力が入らないからなすがままだ、いや、元気一杯でもきっと抵抗できないだろうな。


 そのまま顔と顔が触れるほど近づき、息を吹きかけたらダメだなぁ~とか思って息を止めていた――その流れのまま唇と唇が接触しそのまま軽く吸われる。

 頭の中はパニックに陥って脳内で丁丁発止の議論が巻き起こり採択された結論は『石になる』だった――が。


 さらに口の中に舌が進入してきた、ヌメヌメと舌を絡めとられる感覚で力が抜ける。

「ハァハァ」と息遣いが荒くなる、荒いのは俺だけではない様子だ。

 体はフリーズしてるのに顔と頭だけが熱くなり溶けそうな感覚、なんでこんなことになっているのかわからないが拒否の選択肢は頭の片隅にも出てこなかった……

 言い訳ができる状況で理性など仕事をするはずがない。


 ハミューさんが積極的で抵抗できなかったのだ、不貞行為を糾弾された場合の自己正当化は万全だ。


 その時、空が輝いた、俺の悟りが開けたわけじゃなく空に星が無数に(きら)めきだしたのだ。

 地球で見ていた星空とはことなり均一的な配置をした星々が人工的に見え『異世界』を意識させた。

 星空とは呼びにくい、イメージ的な表現で例えると水玉パンツがあるとするなら空がパンツの生地で星が水玉、そんな規則的な光景だ。

 

「大会戦が始まったのね――」


 ハミューが俺に跨ったまま空を見上げて囁く。

 少し残念な気持ちはあるが、理解できないままなし崩しもどうかと思うのでまぁこの終わり方でも納得しよう、場がシラけてはしょうがない。


 とりあえず嫌われていないことにホッとしたが好かれる根拠がわからない、だがハミューは俺を大人にするツアーのバスガイドではなかったという話だ、いい思い出として記憶しておこう。


「なんだか、落ち着かないわね――」

「うん……」

「またね――」


 そう穏やかな顔で俺に向かって微笑みかけるとベッドからスッと立ち上がり、スタスタと振り返ることもなく扉から部屋の外へ出て行った。

 俺は心臓が破裂しそうなほど脈動してんのに涼しげにされると経験値の差を突き付けられているようで悲しくなるよ。


「だが、まぁいいか」


 スープを飲んで時間が経ったおかげだろうか、体が歩けるくらいには回復している。

 俺は着替えをつっこんである箱から半袖で安っぽい上下とパンツを取り出し着替えながら再び空を見上げる。

 聞いた話ではこの星で術式とやらを組んで遠い地で修羅と聖人とやらが戦っているらしい。


「まぁ、がんばってくれ」


 なんとなく呟き、着替えをし始めると。


「やっぱりこのままじゃ眠れないわ――」

 

 ハミューが再び俺の部屋に扉を開けて入ってきた、許可もなく、遠慮もなく、俺が着替え中なのに堂々としたものだ。

 なぜだろう、先ほどよりも呼吸が荒々しく目が血走っている、本来は薄茶色の瞳が燃えさかりながら俺を視界に納めた。


「着替えの途中だったのね――丁度いいわ」


 そう言うが早いか俺をお姫様ダッコで抱きかかえるとベットに叩きつけるかのような勢いで押し倒された。


「ねぇ――」

 

 獣の目で俺――いや、僕を見据える。


「うん」

「責任、取ってよね――」


 責任? 何のことだかわからない、今の俺の状況、パンツと上着は着たがズボン履いてないままベッドに転がされているんですけど何か関係があるのだろうか……なんと返答すべきか……


「うん」


 結局そう答えた、こんな状況で言うべき言葉を俺は知らない。

 未知の期待感で呼吸が速くなりすぎてそれどころじゃないし。


『ビッ』

 そんな軽い音と共に俺が着たばかりの上着が片手で引き裂かれ毟りとられてしまった。

 普通に脱がせてくれたらいいのに何で破られたかわからない。

 だが突っ込めない、彼女から視線を逸らす事ができないし身体が動かないのだ。

 ハミューの呼吸音がおかしい「ハァハァ」と静まり返った夜に響く。


「こんな夜だし――いいでしょ」


 どんな夜かわからないが少しだけ怖い、だが緊張しているとか怖がっているとか思われるのは嫌だから見栄をはって冷静を装いながら。


「うん」


 やはりそう答えてしまった。

 不安半分、期待半分――いや、半分は恐怖だろうか、ハミューが普通じゃない。


「フフ――かわいい私の坊や――」


 俺に馬乗りになった彼女は自分の服に手をかけるとプロレスラーがガウンを脱ぎ去るかのように威勢良く自らの服を脱ぎ去り放り投げる。


 露になったその胸、その腰、その下腹部にムッチリとした尻が星の光にあてられて存在感を増す。

 その目は食い殺すような視線を俺に突き刺し血に飢えた獣のようだが……その美しい裸体を視界に納めていた俺は『別に今日死んでもよくね?』と思えた。

 

 


 下に藁を敷いて布を被せただけの簡易ベッドはハミューの作り出すビッグウェーブでメキメキバキバキと破壊音をあげなら揺れ、栄養失調がまだ癒えていない俺の身体は大波に翻弄される小船と化していた。


 空の星々からは幾何学模様にも似た陣がパッパッと現れては消え、遠くの地で世界の命運をかけた命がけの会戦が行われている事を表している。

 そんな中、俺は「ハァッン! あっ! ハァッ! あぁんっ!」と吼える野獣と化したハミューにされるがままになっていることに後ろめたさを感じていた。


 大人の階段を成すがままのエスカレーターで登りつつ思う。


 初めてってもっと感動すると思ってた……



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