13話 前哨戦
総督に別れを告げ街道を南進し始めた俺達はしばらくしてまた別の横道に進路を変えて潜伏場所を確保し身を隠している。
しばらく大手を振って移動せずにほとぼりが冷めるのを待つことにしたのだ。
国境を越えたとはいえアルディリアでは派手にやりすぎた。
エスターク王国は総督を賊に拉致されるという失態をやらかした手前もある、手の届く範囲に網を張っていることは間違いない。
そう判断し大湿林手前の森林地帯で潜伏しているわけだ。
何故かメンバーが増えた。
まず、北条豊と名乗る事になった俺、まぁ本来はこれが本名なんだけど……、そしてヨモギ、俺が気絶している間に復権していた赤帝龍王、ここまでは固定メンバーと言って差し支えない。
残るは情緒不安定気味のカリスティル、そして未だに名前は知らないが先生と呼ばれている小太りの男、そして幽霊のように空ろな雰囲気をかもしだしているハミューだ。
気づけば総勢六人の大所帯となってしまった、しかも過半数が俺のことが嫌いだ、参ったぜ。
俺の側から気に入らないのは一人だけ、ハミューだ。
カリスティルはまあいい、俺以外の人間には普通態度で接しているからメンバーの雰囲気を悪くしない――俺が我慢すればいいだけの話だ。
先生も様々な特殊技能があるからまぁ許す、それに先生はカルマを全く帯びていないから加齢で茶色いウエーブヘアの頭頂部がちと薄い、意地悪すんのは可哀想だ。
だがハミューは違う、不幸なのはまぁ認めてもいいが雰囲気が暗すぎる、俺は重い空気が嫌いなんだ、そのためにヨモギの過去すら改竄するほど苦手だ。
ハミューをやっつける必要性を感じる。
そんな訳ですっかり拘置所と化していた新設の三両目荷台からカリスティルを釈放してハミューと俺の二人きりだ。
木の棒を並べて柵のように囲ってある荷台は先生の作品だ、俺達がアルディリアで悪巧みをしている間に作ってくれていた。
要するにまだ壁を作れてない未完成品だが牢獄的な雰囲気が出て丁度良い。
居酒屋にすれば丸の内OLとやらのスイーツが押し寄せるはずだ。
「あれだ、落ち着いたかな」
「そうね――」
ハミューの拘束はしていない、我がゲジ男隊の拘束は先生による亀甲縛りが正式採用されているがまだ先生の出番ではない、話をしているだけ。
「綺麗だよ」
「そうね――」
ハミューは俺と――ていうか誰ともコミュニケーションを取りたがらないんだ。
イラつくぜ。
「金髪にしてみたんだけど似合うか?」
「そうね――」
空ろな目をして空虚な言葉を吐く……
その眼には何も映っていないようだ。
「先生にまた縛ってもらってもいいんだぜ」
「どうぞ――」
心ここに有らず、てか何処にも無さそうに返答する、イラつくな。
「そんなに死にたいのか?」
「そうね――」
「娘が一人生き残ってるって話だろ、そいつに会いたいとは思わんの?」
人情に漬け込んでみることにした。
「――もういいわ」
「もういいってこたぁねぇだろ、全部失ったとか言ってもまだ残ってんじゃん」
「そうね――」
「どこにいるんだよ、会いに行ってもいいんだぜ」
「あの娘はバラディ男爵の家に嫁いでいったわ」
「そっか、今はどこにいるんだ」
「あの娘の主人であるマニー・バラディ卿がエスターク側へ寝返りアルディリアは落城したわ、もう会えない……」
「――おう」
そっか、篭城戦中の裏切りでアルディアは滅んだって聞いた気がする。
娘夫婦の裏切りで王国滅亡か……
……確かに俺は地雷を踏んだ、だが俺の足は地雷くらいじゃビクともしない、足の皮は厚い……いや、この場合はツラの皮かな。
「あれだ、ある意味じゃ愉快な人生じゃん、何にも無いってことは何でも有りってことってなんかの歌詞で見た気がする」
「そうね――」
「てか本当は俺に構って欲しいだけなんだろ?」
「いいえ――」
そうねって言って欲しかった、ちゃんとお話を聞いてくれてるのね。
「俺にして欲しいことって何かある」
「私を斬ってくれたらうれしいわ――」
「――いや、もっと愉快な提案が欲しいんだけど……」
「坊やには何も出来ないわ――」
……少し腹が立ってきた、だががんばる。
「そんなことわかんねぇじゃん」
「そうね――」
「五二歳っておばちゃんだろ、悲劇のヒロインには年齢制限があるんじゃねぇの?」
「そうね――」
まぁカルマで加齢すら回復しちゃうからピチピチのお姉さんにしか見えないんだけど。
「俺は何があってもそんなに絶望しねぇよ」
「坊やだからよ――」
……いい加減にキレそうだぞ。
「その坊やが思うんだけどあんたの絶望は軽いと思うぜ」
「そうね――」
このババァなめんなよ――。
「もし、俺の試練というか試験をクリアしたら……」
「……」
「俺が殺してやってもいいよ」
「――本当?」
「あぁ、俺は約束を破ったことがない」
「――――」
売り言葉に買い言葉――いや、何も売られていなかった、俺が売っただけだが一勝負することになった。
だけど、俺は逃げる形でしか自分では死ねないと思う。
強い決意を持って死ぬ? 意味がわからない。
強い心は死ねない、弱い心は砕ける、思い込みなど簡単に曲がる。
俺が薄っぺらな覚悟なんかヘシ折ってやろう。
外は漆黒の闇が広がっている、お馴染みの星一つない夜、俺は荷台を出ると唯一の光源である焚き火の近くで剣の素振りをしていたヨモギを捕まえて指示を出した。
簡単な事だ。
「俺はしばらくハミューと同じ荷台に寝泊りする――」
そう言ってから色々細かく指示を出した、傍らでカリスティルが聞き耳を立てようとしていたので
「あっちいけよ、どうせ邪魔するだけなんだから」
と言って追っ払う。
「ハミューに酷いことをしたら許さないわ!」
そんな脅しにもならない言葉を吐いているが無視する、俺がヨモギに頼んでいるのは食事のことだけだ。
焚き火を囲みながらヨモギにこれから荷台に篭るハミューの献立を説明した。
散々追っ払ったにも関わらずカリスティルはまだ俺の周りをウロウロしている、うっとおしい。
「いい加減にこっちの事はほっとけよ」
カリスティルには俺がヨモギを抱き込んでハミューに変な嫌がらせを企んでいるようにしか見えないのだろう、飢狼のような鋭い視線で俺を睨み付けている。
「お前が気にするような話じゃねぇよ」
「いつまでも檻に入れておいてよく言うわ!」
お前は出してやっただろ、勝手に吹っ切れて自らの手で髪を肩の長さで切り揃えてスッキリした顔してたじゃねぇかよ……
「お前は『アレ』があのままでいいと思ってんの?」
「ハミューは……時間が癒してくれるわよ、もっと優しくしてあげなさいよ!」
無理だと思う、だってよぉ……
「それじゃいつまで経ってもあのままだと思うぞ」
「なんでよ!」
「うるせぇな! 邪魔すんな」
俺は話は終わりだと言わんばかりに怒鳴ってやった、カリスティルは納得していない。
だけどな――自力で過去を吹っ切れるお前とは違うんだよ、ハミューは弱いんだ、だから明確な区切りをつけてやらねぇとな。
「どうせハミューにいつもみたいな底意地の悪い罠に落として傷つける気でしょ! わかってるんだから!」
本当に五月蝿い、元気が有り余ってるなら森で食料調達でもすればいいのに。
「わかったよ、俺が耐えれる範囲でしかお前の言う意地悪はしない、するのは勝負であって意地悪ではないがまぁいいだろう」
「何するつもりよ!」
「見ればわかる、その代わり絶対に邪魔をするなよ、俺の耐えられないことはハミューにもしない、それは約束してやる」
仕方ないが俺まで俺の試練に耐える事になった、カリスティルがゴチャゴチャと喧しいからだ。
まぁいいだろう、俺はヨモギに食事を二人分用意するよう指示を変更した。
――俺のゲジ男隊に死んだ目をしたメンバーはいらない。
参加するつもりはなかったかもしれないが――縄で縛って荷台に放り込んで強制連行しただけなんだが――だが結果として加わってしまった以上そんな態度は許さない。
強靭な意志を持っていないと死ねない。
そんな勝負をしてやろう……




