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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
3章 エスターク王国編
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12話 救出もしくは誘拐

 

 白い太陽が天辺を指し公開処刑の開始時刻となった。


 場所は王宮近くにある大広場、本国から派遣されているエスターク王国第一王子マルケロス・エスターク総督を始めとした高官が閲覧席に横並びで腰掛けている。

 広場の周りには高さ一メートルほどの柵が処刑場を取り囲むように据えられ、数百の民衆がその様子を見ようと詰め掛けていた。


 大観衆が詰め掛けた背景として、公開処刑は処刑される者の身分が高い者ほどイベントとして価値があるのだ、だがそれを警護するエスターク兵の数は少ない。

 二〇人そこそこといった小規模な警戒態勢だ。


 アルディア残党と黒髪タイサ・アズニャルの攻撃予告がエスターク総督府に対して行われた煽りで市内各所に兵員を割いているからに他ならない。


 一時間程前、予告どおり市街地各所に放火が行われ攻撃予告が事実であると証明されたばかりだ。

 だが、僅かの不穏分子の為に市民に宣告した公開処刑を行わないわけにはいかない。

 エスターク王国の威信が問われるからだ。


 攻撃の規模、想定される対応、眼下の情勢を鑑みるに、全て予定通りに事は運んでいると言えた。


 (すで)に俺とヨモギは赤帝の誘導に従い、誰にも目撃されることなく配置についている。

 その赤帝は、計画に従いゲジ男と共に別行動で計画を遂行しているところだ。


 なお、俺は昨日一日がかりで髪を金に近い茶髪にまで脱色している、頭皮が今もピリピリと痛む――そのうちハゲるかもしれない。

 装いは黒の戦闘服、鼻から口にかけては黒のマスクで覆い準備万端だ。


 少し首を出して辺りを見渡すと――あらあら、エスターク高官に混じってマドリューの姿も見える、手柄を挙げて出世されたようでなにより。

 怒りはない、騙されるやつが悪い。


「ユタカ、カリスティルさんが出てきましたよ」


 隣でヨモギが囁く、呼び捨てが俺の胸をジクジクと刺すが拘泥している場合でもない、リハーサルなしの本番は目前、集中しなければならない。


 カリスティルは両脇を兵士に抱えられながら中央に設置された断頭台に向かって歩を進めていた。

 暴れる様子はなく淡々としたものだ。


 観衆はヒートアップしている、汚い言葉を吐いて大ハシャギしているが、こいつらは身分の高い人間が転げ落ちる姿を見たいだけだ。

 どの世界にもいる一般人、楽しそうで羨ましいぜ。




 カリスティルの首と手首が断頭台の固定板に収まり、公開処刑のセッティングは全て完了したようだ、作法はよくわからないが観衆が沸き立ったのでそう判断する、郷に入っては郷に従えってね。

 総督が巻物のような分厚い書面を携え、閲覧席が設置されている高台の前面に歩み出る。

 いよいよここからカリスティルの罪状が読み上げられ処刑が実行されるのだろう、だが


「いくぞヨモギ!」


 掛け声と共に上空から総督目掛けて飛び降りた。

 俺たちが身を寄せていたのは高台の上に張られていた幔幕の影、全ての配置が終わり全ての人間が総督に視線を集中する瞬間を狙った。

 演出効果を期待しよう。


 飛び降りると周りの衛兵が反応するより早く状況を作りにかかる。

「動くな!」

 俺は総督の背後に回り首筋に剣を突きつけながら周りのエスターク兵に一喝する。


 ヨモギは予定通りカリスティルに向かって駆け寄る。

 その道程にエスターク兵の姿はない、不穏分子の情報、とりわけタイサ・アズニャル出現の情報でエスターク兵の多数が出払っている。

 残党の中に俺の影武者を用意しているから計画の最後まで出払っているエスターク兵を引き付けてくれる予定だ。


 俺たちのリークした情報で『憎きタイサ・アズニャルの尻尾をついに掴んだぞ』とでも沸きかえりながらね。


 この場所では観衆を監視しながら要人警護、それだけで人数的には手一杯だ。


 断頭台周辺に配置されていた係の者も逃げ出して、ヨモギは処刑台に一人取り残されたカリスティルの首枷を外し足に繋がれた鉄球を取り除く。

 さえぎる者はいなかった、ここまでのところ全て計画通りだ。


 俺の周りにエスターク兵が群がり、各々切っ先を向けてくるが


「動くなと言っている! 動けばこいつの首はその辺に転がり落ちるぞ!」

 と、脅す。


「貴様、こんなことをして唯ですむと思っているのか!」

 薄い黄色の髪を振り乱し総督は背後の俺を怒鳴りつけるが


「静かにしろ……面倒だからよぉ」

 頬に剣を滑らせて刀傷を付けてやったら全身を強張らせて静かになった。


「おい、こいつらに騒ぎが収束するまでどこにも連絡を取るなと伝えろ」

 剣の刃をチラつかせ総督に凄む。


「わかった……お前ら、この者の言うとおりにしろ」

 総督閣下は俺のお願いを聞き入れてくれ、包囲隊形のまま手を拱いている兵士と行政官に伝えてくれた。

 総督は素直なお兄さんだったご様子、ありがたい。


 ハートフルなコミュニケーションをとっている間に、ヨモギが自由の身になったカリスティルを連れてきた。

 もっとやつれているものかと思っていたが奴隷市場で買った時よりも血色は良さそうだ。

 流石は王宮、地下牢でも待遇がよい。


「よし! じゃあこっちにこい!」

 俺が総督を引きずり移動し始めたその時。


「なんで来たのよ!」

 と、俺に向かって赤毛の女が怒鳴った。

 信じられない、ひょっとして――この期に及んで足を引っ張るつもりじゃないだろうな……


「そんなこと言ってる場合かよ!」


「こんなこと頼んでないのに! 早く逃げてって言ったのに!」

 嘘だ、逃げてとは言われていない、勝手に自分の過去を美化すんな!


「お前の仲間が都合がつかなくなったので俺が変わりにきたんだよ!」

 適当に返答した、こんな口論をしている時間はない。


「そんなのいるわけないじゃない!」

 赤帝に自分がついた嘘まで忘れたのかよ、辻褄合わせくらいしようとしろ。


「いいからついて来いよ!」


「いやよ! あたしにはもう何もないの! ここで王族として死ぬわ!」

 意味がわからない、そんな自己満足で拒否するとかふざけんなよ、お前の為にどれだけ危ない橋を渡ってきたと思ってんだ!


「ふざけんな! お前に我侭言う資格はねぇ! 文句言いたけりゃ金返してから言え!」

 俺たちは敵の高官多数に包囲され総督を人質に取りながら何を言い合っているのだろう、恥ずかしいわ正直。


「あんたってほんと信じられない――」


 カリスティルは苛立ちを見せるがこっちの方が頭にきている、毎回毎回足ばっかり引っ張りやがってふざけんな。


「こっちはハミューを拘束しているんだ、あの女の命が惜しかったら黙って従え!」


 最低だ、敵とはいえ大観衆を前にこの醜態、穴があったら入りたい……


「っ――」


 カリスティルが目を見開き絶句している、悔しいが自己弁護をする時間がない。


「カリスティルさん、従ってください」

 その様子を伺っていたヨモギが、カリスティルの耳元に顔を寄せて静かに告げる。


「ハミューさんはカリスティルさんにとって大切なお友達ですよね? 私も斬りたくありません」

 ヨモギが穏やかな顔をしたまま凄む、誰に似たんだこいつ?




 俺は総督に剣を突きつけたまま観衆を割って広場を抜け本通りに移動した、周りをエスターク兵が囲んでいるが手は出せない。

 手違いがあったのは言動だけで行動は予定通り。


 そこに手筈通りに赤帝の乗ったゲジ男がガラガラと爆音を響かせながら到着する。

 エスターク兵がゲジ男に対して排除行動を取ろうとするが


「動くな! 大切な総督様の首が転げ落ちるぞ!」


 と、やさしく忠告してやると警護の兵士は歯軋りしながらゲジ男の周囲から離れた。

 俺たちは総督を拘束したままゲジ男に乗り込み切っ先を向けるエスターク兵に告げる。


「総督は国境を越えた村、マクベストにて開放する、追撃はするなよ、お前らの姿が俺の視界に入ったら総督は殺す!」


 そう告げる、ついでに――。

「マドリューよ、計画の手引きご苦労だったな、お前も上手く逃げ切ってくれよ!」

 優男の顔を真っ直ぐ見据えながら大声を上げ、優男の出世の足を引っ張ってみた。

 

 俺たちが全員乗車したのを確認し、赤帝はゲジ男を全力で走らせ始める。

 ゴトゴトと音を鳴らしながら久々に体に伝わるこの振動、懐かしくて少しジーンとした。


 ゲジ男には総督も乗っている、俺たちの命運を握る大事な人質である。

 とりあえず不測の自体を避ける為にカリスティルとハミューは縄で縛って拘束しておいた、先生が念入りに。

 先生が自然にゲジ男へ乗り込んでいる理由が俺にはわからないままだが、もう城門を抜ける間際、しかも猛スピードで移動中だ、降りろとも言えない。

 名前も知らない上に俺の言うことを聞かない仲間が加わった。


「赤帝! エスターク兵の様子はどうだ」


「城門を封鎖しようとしておる、だがこのスピードなら十分間に合う、陽動で兵が分散しておるからの」

 淡々と状況を説明している赤帝も顔色が高揚しているのがわかる。

 天界の住人がどれだけ高潔か知らないが、それでも悪巧みは楽しいよなぁ。


 城門までの進路は期待通りエルターク兵の影はない。

 よしよしアルディア残党の皆さんも最後の仕事をつつがなく行ってくれたようだ。


 すまない、俺たちは君達と合流することなくアルディリアを去る。潜伏先に指定した廃屋は陽動としてエスタークにリークされる手はずだから放火を終え全員集合したところで包囲殲滅される事だろう――健闘を祈る。


 直進する先の進路にある城門では右往左往する城門警備兵の姿があったが難なく素通りし城門を抜けた。

 タイサ・アズナブル含むアルディア残党の討伐部隊、公開処刑場の警備兵などに人員を割き城門守備はおざなり、最後まで計画通りだ。

 



 俺たちは西方にあるマルキア連合へ抜けるメリル街道をマクベストに向かい西進し道中に広がる森林地帯に入ると――脇道に逸れて南方へ進路を取った。

 目指すはガナディア大陸中央に位置する獣人の少数部族がひしめく大湿林地帯。


 移動の間、エスタークの第一王子であるマルケロス・エスターク総督と何度も話し合った、カリスティルは総督を睨み付けウンウン唸っていたが亀甲縛りと猿轡で手も足も出ない。

 カリスティルからすればマルケロスを討ちたいところだろうが、そんな事をすれば俺たちは『王族殺しのお尋ね者』国際指名手配犯になってしまう。

 

 悪名高きタイサ・アズニャルもアルディリアで死んでくれたはずだ。綺麗な体で旅を再起動させないとね。


 それからの道中、総督閣下へ懸命に訴えた。

 俺の正体は奴隷商人のロリーティー・アグネストであるということ。

 アルディア王女カリスティルを西方の大国カサブリアの国王が奴隷として大層欲しがり、その命令を受けた俺たちがやむなく凶行に及んだということ。


 そんな降って沸いた事実を切実に訴えた。


 俺たちの気の毒な事情を真摯に受け止めた総督閣下は『貴様らの凶行を許すことはできない、しかし事情はわかった』と一定の理解を示して大湿林の入り口にあるマルボリの町で下車し、何故か少し仲良くなった俺たちは互いに手を振って別れた。




 アルディア王国はどこにも存在しない。

 

 カリスティルもいい加減に事実と向き合い全てを捨てるべきなのだ。

 嘆き悲しんだところで何も変わらない、時間の無駄だ。


 そしてハミュー、自己陶酔もそろそろ打ち止めといこうじゃないか……



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