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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
1章 ルーキフェア帝国編
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4話 撃剣使いと修羅

 見た目とは裏腹に化物の動作は素早かった。

 振り上げた棍棒は『ゴゴォッ』と風切り音を響かせながら高速で振り下ろされ、俺は体を捻って避けるのが精一杯だった


『ゴガアアアアアアアアアアアアアアン!』

 地響きをブレンドした炸裂音が響いた。 

 そしてその攻撃を体を振って避けたと同時。

 飛び散る破片で三メートルほど吹き飛ばされた。


「なっ」

 一瞬で右目が塞がるほど頭部から出血していることに気が付く。

 棍棒が振りおろされた地面がユニットバスほどの大きさで吹き飛んでいた。


 ジャリのような石つぶてが、棍棒の振り下ろされた衝撃で四方八方に飛び散り、その一部が俺の頭に当たったのだろう。

 とてつもない破壊力だ、直接当たれば勿論終わりだが避け続けてもこれではジリ貧だ。


「無理だろこれ!」

 俺は後ろを振り返りながら駆け出した。

 闘う選択をするには相手が悪すぎる。

 逃れられるものなら逃げたほうがいいだろう。


 ただし過度な期待はしていない。

 やつの素早い動作は確認済み、俺の脚力では逃げ切れないだろう。

 

 だから俺も走りながらもずっと後方に目を向けつづけていたし、化物が助走をつけならジャンプし、俺に棍棒を振りかぶっているのもしっかり確認していた。

 俺は直角に進路を変更し、地面に転げながら飛び散るジャリをかわす。


「クソッタレぇ、やっぱりかよ!」

 逃げることはできない。

 そのことを確認できただけでも収穫と思うしかないだろう。

 緊張で呼吸が浅くなってハッハッハッと刻むようにしか空気が吸い込めない。

 息苦しい。

 短刀を握る手に力が入りすぎて爪が白くなっている。


「死んでたまるかよ!」

 決意を口に出し、やや横薙ぎに棍棒を降ろうとしている大男の逆手側に、俺は駆け出す。

 そして化物のふくらはぎをバットを振るように短刀を叩きつけた――


 『グガキィイイイイイン!』

 鈍い炸裂音が響く。

 その背後から猛烈な爆裂音、棍棒の一撃だ。

 俺はまた吹き飛ばされてゴロゴロと転げた。


「い! ぐぁぁあがぁ!」

 背中に猛烈な痛みが走る。

 呼吸が詰まる。

 たまらず咳き込むと血が混ざっていた。

 背中に大量のジャリを浴びたのだ。

 内臓の出血で血を吐いたのは人生で初めて経験した。

 今日という日は、俺の人生の初めてがいっぱい詰まっている。

 いい加減にしてほしい。


 化物に視線を向けると、ふくらはぎから血を流しつつも平然と立っていた……ふざけんなよ、痛みは感じないのか?


 俺は悠然と佇む化物に向かって駆け出した。

 棍棒を振りかぶる前にさらに一撃ふくらはぎを斬りつける。

 よろめきつつも化物は倒れない。

 俺に向かって棍棒を振り回そうとする。


「ふっざけんなゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァ! うらああああああ!」


 俺は叫びながら化物の足首とふくらはぎをメッタ撃ちにした。

 傷口は生物を斬りつけているとは思えないような炸裂音を撒き散らす。

 赤い花が咲き乱れるように、黒ずんだ鮮血が世界を彩る。


「うああああああ! あああああああああ! ああああああああああ!」

 喉がつぶれて呼吸音をヒューヒュー言わせながらも、叫ぶのも、斬りつけるのもやめない。


 俺が斬りつけるたびに化物は、ロボットダンスのようにカクカクその体を揺らし、それでも棍棒を振り被ろうと体勢を整えようともがく。


 間違いなく斬りつける手を緩めたら棍棒で叩き潰される!

 恐怖が俺の攻撃を後押しする。

 体の節々がオーバーヒートで悲鳴をあげ、抗議活動をしているが全て無視する。

 生き残れたらいくらでも聞いてやる。




 最低でも百回は斬りつけたはずだ。

 とうとう傷は腱にまで達したのか化物はついに崩れ落ちる

 その刹那、地面につくと思われたやつは、右掌を広げつつ、肘から半円を描くように振りぬき俺を弾き飛した。


 推定で縦横一メートルサイズの特大ビンタだ。

 俺は竹とんぼのように回転して左肩から畑に落ちた


「グハァ! いってぇええええええなぁああ!」

 意識的に大声で叫ぶ事によって意識をつなぎ止める。

 勢いよく立ち上がってみたもののフッと足の力が抜けそうになる。


 だが立ち止まっては単なる的だ。

 やぶ蚊のようにペチンとされて試合終了だろう


「ゴプッ! うぉおあああああああああああああ!」

 叫ぶ事によって体中の細胞を強制労働させる。

 鼻血と吐血で顔がポカポカと温かい。

 ほどよい痛みと重なって、睡魔が唐突に友達になろうと耳元で甘い言葉を囁いている。

フラフラと揺れる視界をなんとか確保しようと目を細める。




 その先には這いつくばった化物が緑色の髪をした少女に手を伸ばそうとしていた。

 「バッカやろぉ!」

 あのガキどうしてそんなところにいがるんだ? さっさと逃げればいいものを。

 ……いや、待てよ、ガキに気を取られている間に俺だけなら逃げ切る事ができるんじゃないか? そもそもあんなガキを連れていたところで、自分のことも面倒見きれない。

 そもそもの話、子供にかまっている余裕が、俺にあると思うのか?

 いいじゃないか、あのガキ自身も言っていただろう、役立たずはいらないから殺される、とな。

 マスターとか呼んでばれていたあの変態男も言っていたじゃないか「裏切り者は死刑」だと。

 それならば最初から無い命と思って、最後は俺が助かる為に少女の命を使うことができたら、本人にとっても本望なのではないだろうか


 そう考えていると、何故か俺は少女に向かって伸ばされる化物の手首に、血で赤く染まった短刀を振り上げていた。

 ……不思議な事もあるもんだ。


「うあああああああああ!」『ガキン! 』

 引っ掛かるような手応え!

 短刀の根元から刃が無くなっている。

 振り返ると、化物の手首に折れた刃先が突き刺さっていた。


 俺は柄だけになった短刀を投げ捨て、這い蹲っている化物の背に飛び乗り

 、ベルトに刺していたナタを引き抜き

 化け物に叩きつける


 フンッ! フンッ! フンッ! フンッ! 

 声にならない荒い息を吐き出し、コミカルなほどリズミカルに化物の後頭部をメッタ撃ち。


 化物はビクンビクンと痙攣しながらも残った手足で俺を振り落とすため暴れようとする。

 だが後頭部の断続的なダメージで思ったように動けないだろう、フラフラ揺れるだけだ。

 延髄蹴りを編み出したアントニオ猪木は正しい。

 化物の動きは緩慢で俺を振り落とすには至らない。

 

 延髄部分が破壊されると人間と同じように生命活動が維持できないのだろう。後頭部に叩きつけるナタがクチャクチャという音を鳴らし始めた頃に化物はピクリとも動かなくなり、その体からフワッと光の粒子が立ち上っていった。


 光の粒子のいくつかがハァハァと息の荒い俺の体にも吸い込まれていったような気がする。

 化物に跨っていた為にそう見えただけなのだろうが、あまり気持ちのいい事ではない。




 両手を見る

 ナタを握る両手は真っ赤な血に染まって、指を動かすとネチャネタャと粘り気のある音がする。

 よく見れば血ではない別の赤黒いものもチラホラと自己主張をしていた。

 制服も紺色のはずがワインレッドにカラーチェンジしている。

 全身ベットリだ。


 俺に心の震えはない。

 体全体がガタガタ震えているがじきに収まるだろう。

 まだ人を殺したわけではない。

 ただ、この手で人ではない何かを斬り殺した……殺しただけだ。




 化物を倒した俺は、何故かおれの近くから逃げ出さない少女の手助けを受けつつ、日が暮れるの待ち、夜闇に紛れて城壁から離れた小屋に移動した。

 月も星も無い真っ暗な夜。

 何も見えない。


 少女が照らすほのかな明かりが無ければどうしようもなかっただろう。

 この明かりを照らすシステムも理解できないが、受け入れるより他ない。




 小屋に着いた俺を、少女はまた不思議な力で治療してくれた。

 少女がもつ傷を直す力、血統魔法というらしいがそこまで強力なものではないらしい。


 薄皮が張った傷口から痛みは十分に伝わってきている、骨もおそらく折れないまでも深刻なダメージを受けている。

 体中からの発熱と痛みで意識が朦朧としているが、城壁の中にいる集団も気になる。

 寝ている場合ではないのだが、それを理解していても体は動かない。

 

 ズタボロの体も少女が布で拭いてくれたが、清潔そうな布ではなかったので破傷風が心配だ、が、なすがまま、されるがままだ。

 いやらしいイベントは一切なかったことも明記しておく。


 少女がどこからか持ってきた雑草のような食材で作ったスープがこの世界での始めての食事になった。

 雑草のような見た目の具材からは雑草の味がした。

 本当に雑草を煮ただけじゃないだろうな?

 少女も食べていたので毒殺を疑う必要がないだけでもマシだと思うことにしよう。




 傷の手当を終えて藁のベッドに横たわり、夜の闇を雨戸越しに眺めながらボンヤリと考える。

 少女にはいろいろ聞きたい事もあるが、今は明日に備えて一秒でも体を休めるべきだろう。


 聞きたい事は少女の身の上話などではない。

 どうせ聞くもおぞましい地雷原なのだろう。

 こちらから聞く必要は無い。


 知りたいのはこの世界の事だ

 それは死んだら知る必要の無いことだ

 なんとしても明日を生き残る……




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