10話 地下牢
カリスティル救出の段取りは整いつつありそれに向けた各種準備も進んでいる、俺が購入して放置していた廃屋、これをアルディア残党の潜伏先に指定した。
おそらく残党連中は下見に人を寄越すだろう、それを見越してゲジ男の荷台に放置されていたルーキフェア貴族の鎧や百年戦士の装備をこれ見よがしに展示した、あざといが武勇伝の物証だ。
戦利品は俺が数々の強敵を倒した歴戦の剣士という事実を雄弁に語ってくれる、過程は語らないからメッキが剥がれることはない。
色々な準備をした、ゲジ男を出番となれば直ぐにでも動かせるよう荷台には保存食と水を乗せ日用品も最低限だけ手元に残して全て荷台に詰め込んだ、計画が成功しようとそうでなかろうとこの国に用は無い。
アジトに戻ると小太りの男が「おかえりなさい」と、ヨモギに向かって笑顔で言った、俺と竜平は視界に入らないようだ、まぁいいけど。
「ただいま帰りました」
と、ヨモギは丁寧に返答する、二人だけの世界だ。
まぁ緑髪の殺人鬼が礼儀正しくなる分には悪いことではない。
部屋に入り俺と竜平が窓際のテーブルを挟んではす向かいに腰掛ける、ヨモギがベッドに横たわり、その横に小太りの男が腰掛けた。
ハミューもいるが部屋の隅で大人しくしている、何故かはわからんが空ろながらも落ち着いている。
「後はカリスティルの状況がわかればいいんだけどな」
俺は竜平へ話を振る、普通に考えれば王宮の地下牢に囚われているカリスティルの状況などわかるはずも無い。
「……」
竜平は押し黙ったままだ。
「当日になればわかるじゃないですか」
ヨモギが変わりに返答してきた。
「そうだけどな、カリスティルの状況次第では計画を実行したときに不都合がでるかもしんねぇだろ
「状況――ですか?」
「そうだ、逃亡防止に足首を切り落とされていたり、変な薬でラリってたりしたら土壇場で困るだろ」
場に嫌な空気が立ち込める、俺の発想はネガティブ要素が強いようだ。
「確認する方法は――ないでもない」
竜平が急に口を開いた。
「我が力があと少し戻れば思念体を飛ばしてあの女の状況を探ることもできよう」
「……あと少し?」
「そうだ、今はその小娘の魂を半分だけ借り受けてこの姿を保っているのが精一杯だ――だが、もう一回り大きな器を満たすだけの魂を我に預けるならあの女の状況を観察するのは可能だ」
急に饒舌になった、理由は二つ考えられるが一つは可能性から除外する。
「私の魂を全て使ってください」
ヨモギは即答で答えた、だが
「小娘、貴様の魂では我が器は満たせん」
そうピシャリとヨモギを制し竜平は俺の方を向き直した。
「北条豊、貴様は黒髪だ、貴様の魂を全て我に預けるならば可能だ」
そう俺の目を射抜きながら力強く言い切る、伝えた事も無い本名を呼ばれたがコイツのことだ、驚きは無い。
ヨモギは「ん?」と首を傾げている。
「俺の魂――かよ」
これは思案の為所だ、それで魂を全て預けた瞬間こいつが変形してでかくなって『フハハ、ついに我が力を取り戻したぞ』とか言って窓から大空へ羽ばたいていくエンディングかもしれん、正直怖いだろ――だが
「いいだろう、やってみよう」
そう俺は答えた、即答だった、裏切る可能性は今除外したばかり、怖いが信じよう、最適解であることも確かだ。
旧アルディア王国首都アルディリアの中央に位置するアルディア王宮、その地下牢にカリスティルは捕らえられていた。
監視の兵は十人以上、最深部の牢に辿り着くまでに三つの認証を受けねばならぬほどに厳重な警備、そこにカリスティルは投獄されている。
両手には壁から鎖が伸びて手錠をされ、両足には足枷が嵌められそこから鎖が伸び先には鉄球が繋がれている、。
公開処刑まで後八日、アルディア王国有終の美を飾るメインディッシュだ。
「久しぶりだな赤毛の女」
絶対の警備体制が敷かれた地下牢最深部に幽閉されたカリスティル、その前に男は現れた。
純白と呼ぶには神々しすぎるほど輝く白銀の羽衣を羽織り、髪は透明にも見える銀髪銀眼、美男子と呼ぶには女性的な柔らかさを感じさせる男、カリスティルに面識は無い。
「あなたは――誰」
カリスティルは呟く。
「我が名は赤帝龍王、知っておろう」
透けるほどの透明感を感じさせる男は彼女に告げる。
彼女の知る赤帝ではないがその言葉にはえもしれぬ説得力がある。
周りにはエスターク兵の姿がある、だが赤帝龍王を認識できていない、見えていない、違和感すら感じていない、神聖な王は姿を見せる価値のない相手にその姿を見せることはない。
「何を――」
彼女にはわからない、今の自分は突如として現れた赤帝を前に会話をしている、だが視界にはエスタークの守衛がいる、目の前にいるがカリスティルの声も聞こえていない様子、誰にも赤帝の姿が見えていないのだ。
「……ふむ、どうやら主だった欠損部分はないようだな」
目的である現状確認はあっと言う間に終わった。
拷問の痕跡も無い。
「あなたが――助けにきてくれたの?」
突如目の前に現れた赤帝に疑問を投げかける。
「今の我は思念体に過ぎん、現実に干渉はできぬ」
だが一部とはいえ更なる力を取り戻している赤帝は一目で全てを理解した、カリスティルの心情さえも、天上の存在である赤帝龍王に多少なりとも力が戻れば造作も無いことだ。
「……みんなはどうなったか、聞いてもいいかしら……」
眼を背けたまま細い声で尋ねる、ゲジ男隊を裏切ったという自覚がその態度に表れている。
「みんな――というのがアルディア王国の残党に対してのものなのか、それとも我らに対するものなのかどちらの事だ」
赤帝龍王は返答する、淡々と彼女に向かい言葉を紡ぐ。
「……両方よ」
消え入りそうな言葉だ、そして精一杯の配慮である、彼女の立ち位置からしたら『みんな』とはアルディアの残党だけなのだから。
彼女は自らの決断でゲジ男隊を切り捨てたのだ、それが事実だ。
「貴様の仲間は壊滅した、一人残らずだ、我らの方は一人も欠けておらぬ」
嘘だ、まだ数名は存在している、だが北条豊と認識を共有している赤帝龍王にはわかる、アルディアの残党は全て消えうせる運命であると、彼らは踏み込んではならない聖域に踏み入れたのだから。
赤帝はそれを咎めるつもりも無い、その聖域は自らにとっても聖域なのだ。
「そう、とうとう何もかも失ってしまったのね……」
「そうだ、だが我らは貴様を見捨ててはおらぬ、黒髪の男が貴様を救いに来るだろう」
「駄目よ!」
大きな声だ、だが周りで警備をしているエスターク兵にその声は届かない。
「――駄目とは」
「そうよ、駄目よ――あたしにはそんな資格はないもの、それに、最後の王族として死ねるの、そこまで悲しくは無いわ……」
「だがそれを聞くような男ではない」
「あたしは!――」
言葉に詰まったが一拍呼吸を整え。
「――あたしの事は、あたしの仲間が助けに来る予定よ……だから、あなたの助け合いらない……あの子にそう伝えて」
「貴様にそんな仲間が残っているとは思えんが」
赤帝龍王は全てわかった上で返答する、若干の引き笑いを浮かべてしまうのは旅の悪影響だろう。
「いるのよ! だから、あなた達には――もうこのアルディリアに用はないはずよ」
「貴様がそう言うなら、奴にそのまま伝えよう」
全て心情を理解した上で赤帝龍王は返答した、それ以外の言葉を目の前の女は欲しがってはいない。
「そうして……」
赤帝はそのまま霧が晴れるように薄まりその場から消えうせた。
カリスティルだけがその場に残され、今しがたまで赤帝が存在していた痕跡は一つも残されず全てが元どおりのままだ。
まるで夢であったかのように……




