9話 梟雄
隠れ家を出た俺達は街中をくまなく見て回った、情報収集と街に点在するエスターク兵の状況を把握する為だ。
竜平が大まかな索敵、俺が目視にて各部隊の把握、ヨモギも金貨袋を持たずに真剣モードで聞き込みに従事していた。
情報収集の結果、アルディア残党が十数名潜伏している為エスターク軍は部隊を街全体に配備していること、そして何よりカリスティルは捕縛されていて処刑は九日後に決まったらしい、カリスティルの情報は簡単に手に入った、公開処刑の告知が街中になされていたからな。
だが王宮の地下牢に助けに向かう気はない、自殺行為だ。
俺たちが探すべきはアルディアの残党だ、共闘する気はないがこちらが一方的に使う分には問題ない。
不愉快で嫌いだったとしても人手はいる、とりあえず相手は一国家の正規軍だ、俺たちだけで出し抜けるはずもない。
「竜平、周辺で戦闘らしき様子を察知したら教えてくれ」
「今更やつらに味方するのか?」
竜平は俺に触れていないから認識を共有できていない、簡易レーダーサイトと化して意識を集中しているからな。
「反対か?」
俺はニヤリと笑い竜平に問いかける。
「無論だ、奴等の愚かさ故の現状だ」
竜平はアルディアの再興に価値を見出していない、仲間と共にトラブルに巻き込まれただけの被害者という立ち位置だ。
「それはもちろんだ、だが数が必要だ――責任も取らせるさ」
「タイサ、大丈夫ですか?」
ヨモギは俺がおかしくなったと思っている、だが今の俺が本来の姿だ、そうでなければならない。
「心配すんな、全てうまくいく」
俺には竜平もヨモギもいる、必要なのは使い捨てる手駒だけだ。
「この方角で戦闘だな」
路地裏で息を潜めていたところで竜平が異変を察知した。
「近いか?」
一応確認する、下手に遠いと全滅してから到着してしまい余計なリスクを抱え込むからな。
「近くだ、行くぞ!」
「おっ――おう」
リーダーシップが奪われてしまっているがまあいい。
「ヨモギ、いつもの手順だ」
「はい、タイサ」
有体に言えば背後からの襲撃だが言い方一つでスマートな響きに聞こえる。
「ここだ」
「ち!――近すぎるだろ」
一瞬大声で突っ込みかけたが自制する、走って三〇メートルほどの距離だった、裏路地逆側の出口、奥に走って角一つ曲がった先だ、角の向こうで手前にアルディア残党、奥にエスターク兵って配置だ。
アルディア残党は三人、剣を抜いているが腰が引けている、対するエスターク兵は四名、数にそこまで差は無いが覚悟と実戦経験で優劣は一目瞭然。
「今、出て行けば恩に着せられない、正面から戦う必要もない――ヨモギ、背後に回りこみにいけ、それからだ」
「はい、タイサ」
ヨモギは来た道を引き返し大通りから逆側の路地に向かう。
「……回り込むのを待っていたら間に合わぬのではないか?」
竜平は小声で囁いてくるが目的はアルディア残党と共に戦うことではない。
「いや、ヨモギに背後を突かせて楽に仕留めたい、それまでに一人か二人生きていれば問題ない」
「貴様は他人には本当に厳しく残酷よな」
「こいつらがカリスティルを神輿に担いだから俺等が現在迷惑を被ってんだ――こんな奴等、死ねばいい」
「そうか――」
俺に触れた竜平は全てを把握したのか俺を責めることはしなかった。
「があぁ!」
そうこうしているうちに戦闘が始まりアルディア残党が一人刺された、肩を貫かれ流血を抑えながらジリジリと後退している、ざまぁみろ。
「あぁぁっ!」
二人目も斬られた、肩口から鳩尾まで斬り下げられている、斬られたアルディアの残党は前のめりに崩れ落ちる、こりゃあかん致命傷だわ。
「まだ出ぬのか? 間に合わぬぞ」
竜平の目にも敗勢が明らかなのだろう、だがまだ一人無傷、もう一人も死なない程度の手傷だ、問題ない、残り一人になったらヨモギを待つまでもなく救援に飛び込むがまだその時期じゃない。
助ける義理はない、一人残れば十分。
「きたぞ」
竜平は路地の向かい側にヨモギの気配を捉え俺に告げる、さてと出番だ。
「ぐあぁ!」
俺が助けに向かおうと飛び出す寸前だった、無傷だった男が刺された。
胸を貫かれ背中から切先が抜けている、これは致命傷、ヒーロータイム寸前で脱落か、ついてない奴だ。
「待てぃ!」
俺はわざとらしく大声を上げ路地の角から躍り出てエスターク兵に走り込み切先を向けて構える。
「よう、俺はタイサ・アズニャルだ、知ってるよな」
そう大物感溢れるセリフを余裕ぶりつつ名乗った。
四人いるエスターク兵は俺を囲みながら口々に何かを吐き捨てる。
「貴様がそうか!」
「囲め、仕留めるぞ!」
あぁそうかい――
「あがぁ!」
包囲の真ん中にいたエスターク兵の腹から切先が突き出る。
犯人は背後に回り込んでいたヨモギだ。
『グッチィ』と、粘り気のある音を立て刃を捻り引き抜く。
「んな!」
背後から襲撃を受けたエスターク兵達は動揺し視線を俺から逸らす、お馴染みの動作。
もうゲームのボス狩り程度に慣れてきた。
『ジュブッ!』
その隙に振り下ろされた俺の剣はエスターク兵の側頭部に吸い込まれ首筋から胸にかけて斬り下げ――
そのまま隣の男めがけて横薙ぎに剣を振る!
――『バシュッ』っと炸裂音も少ない切れ味抜群消音使用な俺の剣、さすが特注品。
一ターンで二人を仕留めるコンボが決まった。
あっとゆう間に一人になったエスターク兵は俺に切先を向けているがその剣はカタカタ揺れている。
「相手をしてやろう、お前を殺すのはタイサ・アズニャルだ――光栄だろ?」
大物ぶるってのは最初だけは気持ちいいが二度目からは結構恥ずかしいもんだな……
「あぁっん……」
だが最後のエスターク兵もそんな気の抜けた断末魔を残して首を転げ落とした。
背後にヨモギがいるのも忘れて俺に集中してんじゃねぇよバーカ。
「おっ……お前等……」
肩口の傷を抑えながら片膝をついて俺を見上げているアルディア残党は……サロンに呼ばれた時に俺を先導した青い髪の男だった、名前は知らん、覚える気もない。
「間に合ってよかったです」
俺はそう声をかけた、あたかも急いで駆けつけてきた勇者のようにね。
青い髪の男は名乗ったが礼を言わなかった、無礼者の名前は覚えてやらん。
男は「こっちだ」と同行を促し俺達を隠れ家へ案内した。
隠れ家的居酒屋ではなくガチの潜伏先、汚い三階建ての建物の地下にある隠し部屋だ。
壁は塗装が剥がれ床は汚水まみれ、周り一帯もそんな感じで不衛生極まりないエリアだ、スラム街なのだろう。
その掃き溜めで酷い匂いのする隠し部屋に入ると八名の男女がたむろしていた、マーキンの姿も見える。
コイツ、生きていやがったか。
「貴様――タイサ・アズニャル」
一気に緊迫した空気に包まれた、変に有名になってきたな。
目撃者は全員消しているから悪名に磨きがかかることはないはずだが何故か不愉快な方向で知名度は赤丸急上昇中だ。
マーキン、俺はこいつが嫌いだ、偉そうなくせに能無しのこいつが! このカスが下らない組織を作ったせいでカリスティルは捕まるし俺は再びエスターク兵を敵に廻すことになっている。
「ご無事でなによりですマーキン殿」
俺は可能な限り愛想よく振舞った、これで爵位でも覚えていたら完璧だろうが記憶の片隅にもなかった、だが喧嘩を売りに来たわけじゃない、こいつらの兵力がいる。
「うむ、貴様もな」
えらそうに、能無しが俺を顎の先を下げて労ってくれた。
「こちらには詳細がわかっていません、何が起こったのですか?」
だがなるべく好印象を与えるように穏やかに状況の説明を促す、好印象になりきらないのは俺の顔の造型に問題がある、どうにもならない。
「そうだな――」
マーキン達は黄昏亭に火の手が上がってからの顛末をとうとうと語り始めた。
時に声を荒げ、時に悲嘆に嘆き口調に熱が篭っていたがこいつの心情などどうでもいいので簡潔に纏めると。
裏切ったのはやはりマドリュー・パーセナルとその一派だ、わかりきっていた。
やつ等は背後から切りかかり建物に火を放った、その混乱を収集してマドリュー貴下の騎士と戦闘になった時エスターク兵が乱入し残党はチリジリに敗走したらしい。
こいつらはカリスティルが捕縛された様子を見なかったらしい。
勝手に神輿として担ぎ上げて敗色濃厚になったら、安否を気にかけることもなく逃げたのだ。
クズ野郎だがここで感情に任せると駒を失う。
「そうですか……心中お察しします」
そう言って慰めてやった、優しいだろ。
「それで、この後の計画は――」
「それは……人員を増強できしだい……」
こいつらはお貴族様の残党だ、家柄だけで集まった集団だ、宗教団体や思想集団と違い人員の補充なんかできるわけがない、セックスしまくって増やすつもりか? 時間が掛かりすぎる。
なんてな――こいつらは誰に対してかは知らんが言い訳がほしいだけなんだ。
危険なカリスティル救出に動く気がない『自分たちは精一杯がんばったが無念にも力及ばず……』とか言いたいだけのカスだ。
だがそんなことは問題じゃない、こいつらを動かさないとな。
「残念ですがそんな時間はないですよ、カリスティル王女の処刑は九日後です」
責める気はない、確認作業だ。
「……」
「残念ながら増員を待っては間に合わないでしょうね――」
「しかし……」
家柄だけで自分を立派だと勘違いしているやつは総じて臆病者だ。
「ですが、この数だけでも起死回生の一手は打てます」
「それは、本当か――どんな手だ」
「公開処刑当日、町の至る所で火を放って頂きたい」
「何の効果があるんだ? 処刑が中止されるとは思わんが……」
「エスターク兵が浮き足立ってくれさえすれば良いのです。俺たちがカリスティルを救出します」
「不可能だ、数十人の警備兵がつくはずだ、貴様の他は子供だけの三人ではないか!」
「失礼ながら、俺はタイサ・アズニャルです、百年戦士三人を討ち、エスターク三剣のジャラスパも敵ではありませんでした、陽動によりエスターク軍の指揮系統を混乱させてもらえるなら間隙を縫って計画を成功させることができます」
大風呂敷を広げる、畳む事は考えない。
「しかし万一の場合……」
「そこは任せてください、この計画の為に潜伏先を既に用意しています」
「……」
「マーキン殿とアルディア王国解放軍は市街に火を放ちその潜伏先に集まり俺が王女救出に成功した場合に備え王宮奪還の為、装備や兵器などの準備をしておいてください、俺も成功すれば合流します。俺が万が一事を仕損じた場合にはそこに留まるもよし新たな潜伏先を探すもよし、お好きにしてください」
危険は俺が全てかぶり退路まで用意してやった、さぁ釣れろ!
「……」
「王女救出に動かなかったという結果になれば組織を維持するのに致命的な打撃だと思うのです。再起は不可能でしょう」
最後の追い込み。
「――うむ、わかった、貴様の案に乗ろう」
予定通り食いついた、面子の為に救出に動いたという事実は欲しかろう、その作戦なら失敗しても死ぬのは俺たちだけだ。
その通りに作戦が実行されればの話だがな。
「では話を詰めましょう」
それから半日以上かけて計画を詰めた。
もちろん俺の頭にあるプランとは異なるが俺の都合がいいように動いてもらう為、計画は練りに練られた。
俺の知名度を使い、メンバーの一人の髪を黒く染め影武者を作ること。
放火は公開処刑時刻の十分前、各メンバーの行動予定及び移動ルートまで煮詰める、適当に動かれて事前に捕えられては計画が水の泡だ。
細かく熱心に計画を立案し行動理由を提示しながら理解を求める。
残党は徐々に俺を取り囲むように話に聞き入り最後は計画の成功を疑うものすらいなかった。
なんてチョロい連中だ。
親父はもちろん取り巻きにもこんなに馬鹿な連中はいなかった。
ボンボンはどんな教育を受けようとも性根の甘さは変えようがない、使用人や奴隷に囲まれての暮らしは楽しかったろうよ。
敵と敵みたいな身内に囲まれて成長してきた俺にはわからん。
無神経に俺の庭に手を突っ込んで身勝手に掻き混ぜたクズども。
俺の為に戦い俺の為に死ね……




