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撃剣使いの異世界冒険譚  作者: 寿ふぶき
3章 エスターク王国編
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8話 強さと正しさのリカバリ

 

 結局カリスティルを見つけることが出来ぬまま小太り男が待つアジトに引き返してきた。

 道中誰も俺に話しかけようとしなかったのは意識を失い俺の腕の中で眠るハミューの額から滴る流血のおかげだろう。

 元から傷だらけだったんだから少しくらい増えてもいいじゃないか! とは言えない。


 だが今は緊急事態、心を一つにして事態にあたらねばならない。


 俺は久々に荷物から引っ張り出したフード付きのローブを羽織りながら「竜平、俺とお前で情報収集に出るぞ!」と目を見て誘う。


「あぁ……うむ……」


 返事のトーンで友情にヒビが入ったと自覚するが仕方がない。


 ヨモギも俺たちと共に外へ出ようとするが「お前はここに残れ、ハミューが目を覚ましたときに誰もいないとマズイ」と制止した。


 ヨモギは俺の指示に顔をしかめ露骨に難色を示したが「わかりました、気を付けて」と、返事した。

 気まずいから押し付けたと思ったのだろう、否定はできない。


「もしハミューが錯乱したら……棒で殴って気絶されろ」


 そういい伝えて俺と竜平は再びドアを開け階段を駆け下りた。




 俺たちは壁際に張り付きながら影と同化し監視の目をやり過ごしている。

 周りにはエスターク兵がワンサカ、まさに強行偵察だ。


「なんとかここで情報を集める」


「ここは相手の数が多く危険だ」


 竜平は危険だと主張する、俺たちがやってきたのは白く輝く王宮が一望できる絶好のロケーション、敵地のど真ん中だ。


 隠れるにしても相手が多すぎるからその危惧は当然、俺も同感だがエスタークに捕縛されている場合しかカリスティルが生きている可能性はない。

 あいつはカルマが多いだけで弱いからな、血路を開いて逃げ切ることは不可能だろう。

 エスターク兵に聞き出す方が手っ取り早いと考えたわけだ。

 

「フードで顔を隠しているとはいえ貴様が接触すればさすがにバレるぞ」


「だろうな、内通者がいるんだ、詳細な特徴を掴んでいるだろうしな」


 おそらく一六二センチの身長が一番目立つ、この世界は大柄な奴が多い、帯刀しているチビは珍しいだろうな……だがそれに腹を立てるのは後回しだ。


 壁際から首だけ出して辺りを見渡す、俺の視界から見えるだけで十人前後のエスターク兵を確認した。


「竜平、数はわかるか?」


「正門前に八名、堀の周辺に四名、この正門前広場に四名の小隊が二つ、合計で二十人だ」


 ……目分量は当てにならない、十人も目溢ししていた。

 しかも小隊同士の間隔が近い、一個ずつ相手にするのは無理だろう。

 今はヨモギすらいない、実質戦力は俺一人。


「仕方ない、今から街に引き返して情報を収集しよう」


「貴様は落ち着くのが先決だ、いつもの貴様と違い冷静さを失っておる――一旦休め」


「……あぁ、わかっている」


「仮にあの女が捕まっていたとして貴様一人でこの数相手にどうするつもりだ」

 いちいち言う事がごもっともだ……


「……」

 言葉がない、まさか俺がこんな醜態を晒すとはな。


「悪い、引き帰す……」

 結局俺と竜平は無駄なジョギングで汗を流しただけで引き返した。

 正に無駄足だ。



 

「タイサ、どうでしたか」


 帰ってきた俺に対しヨモギは駆け寄って尋ねてきた。

 あえて報告できることはカリスティルの死体はみつからなかったくらいだ。

 帰りの道すがら各個撃破されていた残党の亡骸を見てきた。

 だが、全て確認できたわけではない。

 街はエスターク軍の残党掃討作戦が続行中で自由に動き回れなかった。


「何も……」


 それだけ言うとベッドに転がり着の身着のままで目を瞑った。


「タイサ……」

 ヨモギが何か言いたそうにしているがそんなことを気にするからこんなことになった。


 布団に眼を伏して考える、後手を踏み続けた自分を省みる――

 眼が曇っていたわけじゃない、全ての危険を把握できていた。

 組織の穴も。

 計画の杜撰さも。

 内通者も。

 今から考えれば内通者の目星もつく。

 だがそれに対して対策も行動も取れなかった。

 何故か――

 


 ――答えは簡単だ、生まれて初めて出来た仲間だ、思いつく行動全てが人道的ではないものだった、その為に実行を躊躇し無為に時間を使った。


 要するに外道な所業を仲間に見せて嫌われたくなかったのだ……くだらない。


 組織の穴、改善できたさマーキンを斬ってな、適当に裏切り者の汚名を着せて堂々と殺すこともできた、俺なら陥れることが可能だ。


 計画の杜撰さ、これもなんとかなった、俺が指揮し竜平に誘導させれば総督を暗殺した上で守備隊の家族を人質に取り子供から順に殺して脅し各兵の連携を乱して各個撃破が可能だ。


 内通者、こんなものは考えるまでも無い、俺がカリスティルの部屋に押し入ろうとした時に完全武装で待ち構えていやがった連中だ、エスターク兵に俺の特徴を教えて襲撃させたのも俺を尾行していたのもこいつらだ、これに関してはもうわかっていた。


 だけど言えなかった、あいつの前であいつの仲間を吊るし上げることができなかった。

 

 ヨモギや竜平、そしてカリスティルに嫌われるのを躊躇した、今更な話だ、まったく俺らしくも無い――子供かよ。


 歳だけみれば大人ではないのかもしれんが俺の人生で子供らしく生きて得をしたことは無い、子供は愚かで損なだけだ、飽きるほど身にしみた経験則だ。


 そして――それはこの世界でも正しい、それなのに俺は仲間との楽しい時間にかまけて後手を踏んだ、最低だ。


「ぐっ――」

 奥歯が砕けるほど力が入る、情けない――

 

 ……自分の馬鹿さ加減を見つめ冷静になれた、後悔は時間の無駄だが教訓は手に入れた。

 過ぎたことは取り返しが付かない、カリスティルが生きていようが生きていまいが受け入れよう。

 情報を精査し、もし生きているなら奪還、死んでいればこのアルディリアに用は無い……


 もう寝よう、疲れを取るんだ……起きていても結果に対して何の足しにもならん……


 

 

 白い太陽が昇り日差しで眼が覚めた。

 今日この日から再出発するんだ。


「タイサ、起きました?」


 ヨモギが朝の挨拶をしてきた、すぐ隣で、なんで俺の横で寝ているのか知らないがまぁいい。

 その隣で小太りの男が寝ていることも不問にしよう、俺の心は揺れない、正常だ。


「くっ……」

 

 ふむ、ハミューが部屋の隅で両腕を後ろ手に縛られたまま柱に括り付けられている。

 苦しそうな呻き声を吐きつつ俺に恨みがましい眼を向けている、だからなに? って感じだ。


 ところどころ血が滲んでいる、ん? 新しい傷もあるような……床には若干赤い血の付いた棒切れが転がっている。

 あぁヨモギが殴ったのか――まぁ俺の指示だし仕方が無いな、俺の心は揺れない。


「やぁ、気分はいかが?」


 俺はベッドから降り、ハミューに歩み寄る。


「――坊や、この手枷を外してちょうだい」


 言葉は優しいが表情は剣呑だ、だが俺は揺れない。


「カリスティルと一緒じゃなかったの?」


 俺は優しく、いや優しくは無いかな、平坦に聞いた。


「坊や、手枷を――」


 とりあえず右手を振ってみた『パーン』といういい音が響き渡る。


「こっちが聞いている、カリスティルと一緒じゃなかったの?」


 ハミューは答えず鋭く睨んできたので笑顔を返してみた、俺の心は揺れない。

 感情に左右されては何も出来ない、全てを景色のように眺めよう。


「坊や……あなた……」


 俺の眼を見て何か愕然としている、何かついているのだろうか? 

 まぁいい、質問に答えないので右手を――おっぱいに伸ばした、割と大きい、俺の手が小さすぎるのだろうか? だが心は――揺れた、酷く安らいだ、うん、冷静ではないが正常ではある。


「いいじゃん、減るもんじゃないし、どうせ死ぬ死ぬ言ってるんだから――アハッ」


 とりあえず煽ってみる、俺にはわかる、死にたいって人に言える奴はただの構ってちゃんだって、本当に死にたい奴は人に頼んだりしねぇよ、何で俺はこんな女に気を使ってたんだろう、やはり俺は弱くなっていた。


「もう一度聞くけどカリスティルって一緒じゃなかった?」


「あの子を助けて私を殺してくれるなら答えるわ……」


「いいよ、だから教えて」

 俺はアッサリ答えた、おっぱいの先っぽを人差し指で捏ねながら笑顔で教えを請う。


「あの子は王宮に幽閉されている、はずよ……」


「根拠とかってあるの?」


「アルディアの王族は全て公開処刑されているの……最後の王族であるあの子も当然そうなるでしょうね」


「なるほどね、ありがと」

 俺はハミューのおっぱいから手を離すと踵を返し外出の支度を始めた。


「ねぇ……約束よ……」

 

「ハァ~! 知らねぇよそんなこと~、人に頼むなら自分でなんとかしろよ~」

 俺はせせら笑うように冷たく言い放ち自分の心が揺れていないのを確認した。


 ハミューは絶望一色の表情だ、空ろな瞳に涙を貯めて――あっ零れた、なんかエロイな。

 大声で罵倒し始めるかと思ったが静かなもんだぜ。

 本当に死ぬ気ならとっくに死んでるだろ、勇気が無いからって人に押し付けるのはよしてほしいね。


「エヘヘ」

 俺はつい笑い声を漏らしてしまいながら上機嫌で服を着替えていたが――

『ガッ』と襟首を捕まれた、竜平だ、子供の体で無茶するぜ。


「貴様! 非道もいいかげんにしろ!」


 まるで人間様のような言い草だ、天界のなんとかがそんな熱血漢で大丈夫かね。


「大丈夫だって「死ぬ、死ぬ」言っているやつなんて構って欲しいだけなんだよ、悲劇のヒロインゴッコだ、死にたいなら自分でとっくに――」


「あの女はアルディア王国の契約魔術師だ、しかも第三契約のだ」

 

「わからねぇよ、だから何だってんだ」

 そんな単語も内容も知らん、常識のように語るな。


「魔術師の育成は莫大な金がかかる上に素養のある人間でも地獄の苦しみゆえ半数以上は死ぬ、魔術師、しかも第三契約なのだ、当然保険がかけられておる」


「保険ってなに?」


「発狂、錯乱、いかなる状況に陥っても決して自ら命を絶つことのできない契約魔術だ、国家が資金を投入して育成するのだ、当然の対策だろう」


「……へぇ」


「故にあの女は自決などできん! なのに貴様は――」


「――あぁ、わかったから待て、それ以上言わなくていい」


 俺は竜平の腕を握って振り払い背を向け着替えを再開する。

 胸の辺りが痛い、心が揺れるなんてもんじゃない、パンクしそうだがそれでは駄目なのだ。

 感情は必要ない。

 

 最善最適に自分を削る必要がある。

 今は邪魔しないで欲しい。

 揺れていては同じことの繰り返しだ。


 親父のように全てをコントロールするのは無理だ、俺は混ざり物の失敗作、余計なものにリソースを裂ける器じゃない。

 目的だけを達成する。


 俺は振り返ることも無く準備を済ませる。

 何故か準メンバーになっている小太りの男に後の始末とハミューの世話を頼む。


「いくぞ……」

 竜平は思うところはあるようだがコクリと頷く。


「行きましょう、タイサ」

 といつものように返答する、ヨモギは揺れないな。


 ドアを開ける前にハミューの方へ振り返ると両手で顔を覆っているので表情をうかがい知ることはできなかった。

 約束を反故にした不誠実が原因だがそれでも殺してやる気はない。

 それに対する罪悪感など今は抱える余裕が無い。


 俺はドアを開け階段を下り竜平、ヨモギもその後に続いた……

 


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