7話 壊滅
焦っているのは自覚している、窓下を覗き込みながら貧乏揺すりが止まらない。
竜平の探知で大まかな情報はあるが、具体的に何が起こっているのか詳細はまるで掴めないからだ。
「エスタークの大部隊が遠巻きに黄昏亭を包囲している」
「もう攻撃は間違いないだろうな……」
「断続的に包囲の輪を狭めておる」
「――でるぞ!」
「待て! 周囲にエスタークの小隊がいる、貴様を探しているのだろう」
「――突破できるだろ――とは思うが……」
「見付かってしまえば増援を呼ばれる、あの女を救出どころの騒ぎではないぞ」
最初は態度がデカイだけだった竜平も随分と冷静沈着さと状況把握能力が高くなってきた、俺からの悪影響だろうが助かる。
特に俺が冷静さを欠いている時は。
「そうだな……」
黄昏亭の方角にまだ異変はない、もっともカリスティル達も異変に気づいて既に脱出している可能性だってある、だがこちらにそれを知る術はないのだ。
「タイサ、いつでもいけますよ」
ヨモギは俺に催促する『蹴散らしてしまおう』そう顔に書いてある、服は俺とは色違いな白の戦闘服、よかったよ赤のドレスじゃなくて、だが色的に俺の上官のように見えるのはいただけない。
「まだだ」
「間に合わなくなりますよ」
「今出ても途中でやつらに見付かれば余計に遅くなる、竜平が道が開けたと確認できるまで待て」
俺はヨモギを制す、勘違いしては困る、勇敢と死にたがりは別だ。
目的はカリスティルの回収、自らを危険に晒してエスターク兵を斬ることではない。
一人の為に一人が欠けては意味がないのだ、先ほどは俺も焦りにまかせて突撃しようとしていたが。
その時、黄昏亭方面の空が赤く染まった、遠くに見える町並みが炎に包まれたのだ、早すぎる。
「竜平、どうした、何が起こった!」
怒鳴るように尋ねる、まだエスタークはヒッソリと包囲の最中だったはずだ。
「内部から火を放ったようだ、どうやら内通者は複数で連携に齟齬があったらしい」
「こっちにいるエスターク兵はどうしてる」
「どうやら本通りに検問を設置してアルディアの残党を包囲網の内部に包囲する選択をしたようだ、奴らとしても計画に狂いが出ておる」
「本通りに検問なら裏通りから抜けていけるか?」
竜平は瞑った目を開け立ち上がると。
「……検問を抜けるルートはわかった、いくぞ、付いて来い」
竜平がハイテンションかつアクティブだ、素早くドアを空け、階段を駆け下りる。
「ヨモギ! いくぞ!」
俺はヨモギと共に竜平の後を追う!
「ヨモギちゃんいってらっしゃい」
小太りの男が後方で手を振り見送る!
「ハイ、行ってきます!」
ヨモギが小太りの男に返事をし俺の後方を駆ける!
……あれ? 何かおかしい……だが今、拘泥している暇は無い!
真っ暗の裏路地を竜平に付いて駆ける。
エスターク兵も混乱しているようだ、包囲が整う前に内通者が勇み足を踏んで段取りが狂ったからだろう。
兵を細かく分け残党を取り逃がさないように陣形を組み直している、その姿をわき目に俺達三人は黄昏亭に向かって進む。
「アルディアの残党は分散しながら逃れようとしておるが……」
走りながら竜平が状況を報告してくる。
「なんだ、どうした?」
竜平は走りながらも遠くの黄昏亭付近を探知しつつつぶやく。
「所詮は烏合の衆じゃ、簡単に各個撃破されておる、これは……全滅までに間に合わぬぞ……」
正規軍とお貴族様ではやはり話にならないだろうな……
「最短で黄昏亭までいくぞ、全滅していた場合は……それから考える、見つからないよう誘導頼む」
「わかっておる!」
俺達は裏路地を縫うように走り、所々に詰めているエスターク兵を素通りで駆け抜ける。
近づくにつれて赤味を増す空が焦燥感に拍車をかける。
「カリスティルの居場所はわかるか?」
「わからぬ、少数がチリジリに散っておるが黄昏亭で殆ど討たれてしまっておる、固体の判別まではできぬ」
だろうな、知ってるよ。
「予定通り黄昏亭に向かう、誘導頼む」
「殆ど全滅してしまっておる、生きている者は僅かだぞ……」
「死体でも見つかる可能性が一番高いだろ」
「貴様はやはり冷血だのう……」
「可能性の問題だ、分母が多い方が確率が高いだろ」
「僅かの可能性に縋るのが人間なのではないか?」
「なんで人外に道徳を語られなきゃなんねぇんだよ!」
俺の為に神様がサイコロにイカサマを仕組んでくれたことはねぇよ。
黄昏亭が見える位置まで辿り着き物陰に隠れた。
残党のアジトは全焼しきって焼け跡と化している、到着が遅すぎた、ブスブスと音を立て燻る燃えカスは闇を照らすこともないほど鎮火している。
アルディア残党の半数以上はここで討たれたと判断できる、転がっている頭数を眺めての概算だ。
「酷いものだ」
竜平が眼前に広がる死屍累々の光景に口元を引きつらせる。
「そうか? こんなもんだろ殺し合いなんざ」
男は殺し、女は犯す、戦場の様式美そのものだ――武力蜂起、殺し合いを仕掛けるってのはこういうことだ、性善説などドブに捨てちまえ。
「ここに残っている敵は六名だな、それに――」
竜平が小声で俺に報告する。
残党の殲滅戦に散ったのだろう、ここに残っているエスターク兵は六人か、俺の目にも六人全てが見えている、松明を持ったエスターク兵も含めて一箇所に固まっているからな。
こいつらがいなくなったらカリスティルの死体でも捜すかな……
「ここに生き残りはいないか?」
動く影は無いが一応聞いてみた、みんな死んでいるなら他を探した方がいい可能性も少しはある。
「あそこにいることはいるが……」
竜平はエスターク兵が集まっているまさにその場を指差した。
ってことは、まぁそういう事なんだろうな……尻を丸出しにした男を他の五名が取り囲んでる、その景色から奴らが何をしているか一目瞭然――だが奇襲をしかけるには好都合。
「ヨモギ、あいつらに仕掛けるが段取りはわかるな」
ヨモギは黙ってコクリと頷く『皆殺し』のサインだ。
「敵は皆殺しにしろ、騒がれたらかなわん」
口に出してみた、以心伝心は当てにしない、碌な事が無い。
(いくぞ)
小声で囁き。
駆け出す――なんてことはせずこっそりと松明を持つ男の背後に忍び寄り
「うわぁああっぁあぁっ!」
「どうした!」
松明を持っていた男が叫ぶ、いきなり腕ごと松明を落としたのだから驚くのは当然だ。
そのまま隣にいる男を背中から袈裟切りに剣を振りぬく
『ズシャァ』
俺に斬られた男は電池が切れたように崩れ落ちる。
斬撃音がない、切れ味最高だ。
「あぁぁ、腕……俺の……」
スッと腕の無い男の胸に剣を吸い込ませる――カルマを纏っているなら腕はくっ付くんだろ、その程度の覚悟も無い奴が殺し合いの場に出てくるな。
「があぁ!」
ヨモギに背後から刺された男がのた打ち回りうめいている、浅かったようだが戦闘不能だから上出来だ。
『バン』羽子板のようなスイングでズボンを摺り下げたまま屈みこんでいた男の首を跳ね飛ばした。
さぁ二対二だな、最近は竜平のおかげで先手を取れる。
こちらも命がかかっている、素直にありがたい。
残り二人の男は飛び下がりながら剣を抜き、俺に切っ先を向ける。
俺は片手で切先をエスターク兵に向けながら。
「我が名はタイサ・アズニャル、さっさと逃げてジャラスパに俺が待っていると伝えろ!」
俺は吼えて目の色を邪悪に染める。
凄く上から目線のセリフだと自分でも思う。
だが使えるものは自分の悪名でも使うさ、ハッタリで楽が出来る。
「クッ」
エスターク兵は俺にビビったのか不利を悟ったのか、もしくはジャラスパに俺を見つけたら報告するように指示を受けていたのかは知らないが――踵を返して走ろうとした。
(逃がすわけ無いだろう)
俺はエスターク兵が振り返るタイミングを狙い撃ちで飛び込み、背後から袈裟切り一閃。
肩口から脇腹まで切り下げ一人で二つの合体ロボに変えた。
夜空に血飛沫が舞う。
「うあっぁ!」
残りの一人はヨモギの一突きで倒れ、新鮮なエビのようにピチピチ跳ねた。
ヨモギは引き抜いた剣をそのまま払い、エスターク兵の首を跳ね飛ばした。
そしていつもの柔らかな微笑、だから怖いって……
「……あら……坊やなの?」
地面に仰向けに横たわっている女の影からか細い声が漏れ聞こえた。
ハミューの声だ。
元は華やかだったはずの服は引き裂かれ所々流血も伺える、半裸ではなく四分の三裸といった有様だ、何があったか聞くまでもない。
周りにも無数の男の死体に混じって女性らしき姿もあるが全て死んでいる。
「ねぇ……」
ハミューだけが生き残った、運の問題ではなく順番待ちの結果だろう、美人は得だな。
「私を……殺してちょうだい……」
空ろな目をして俺に懇願する……ひょっとして美人は損なのかもしれない。
「――カリスティルはどこか、わかるか?」
「お願い……殺して……」
「いいから答えろ!」
思わず怒鳴ってしまった、恐らくとんでもない心の傷を負ったばかりの女性に、まぁいい好感度なんかクソくらえだ。
「……お願いよ……」
ハミューの厚ぼったくリニューアルされた赤い目尻から透明な雫が流れる。
どうしていいかわからず眼を剃らした……
「本隊らしき部隊が掃討戦を終えた、ここに集結する気だ」
竜平が助け舟――ではなく周囲の状況を俺に伝える、引き際だ、わかっている。
「まだカリスティルさんが見つかっていませんよ」
わかりきっている事を口に出して追い詰めないでくれ!
「あぁああっ!クソォ!」
俺は苛立ちを吐き出しハミューを抱きかかえると路地に駆け出した、竜平とヨモギも呼応する。
「撤退だ! このままアジトに引き返す」
「うむ、あの女も生きているはずだ、機会を伺おう」
「なんだぁ、最近の天界の龍様は気遣い名人にでもジョブチェンジかよ」
竜平の慰めに対して意味もなく八つ当たりした、路地裏を駆けながら徒労感が胸に迫る。
「ほざくな小僧」
本気で不機嫌になったようだ、まぁ俺が悪い、すまない。
「タイサ! 急いでください」
ヨモギが急かす、こっちだって人一人抱えたまま全力で走っている、お前が速すぎなんだよ!
「もう……殺して……」
腕の中の女がなんか言っていてムカツク!
ブチッ「うるっせぇえええっぇ!」
『ガン! ガン! ガン!』
腕の中にお姫様だっこでハミューを抱きかかえたまま振り回し、彼女の頭を思いっきり路地の壁に叩きつけた、三回もな――静かになった、気絶したようだ。
「き……貴様……」
「タイサ……」
二人揃ってドン引きのようだが俺を追い詰めたお前らが悪い。
「さぁいくぞ!」
そう臆面もなく号令し、一言も発することなく駆け出す。
カリスティル達アルディア王国の残党は……
勝てる組織ではなかった、知っていた。
内通者がいた、知っていた。
俺はエスターク軍の動きすら知っていた。
それでも後手に回った、全て知っていたにもかかわらず。
……俺の体はカルマに覆われ強化されている、ハミューは俺ぐらいの身長でこの世界では女としてでも小柄だろう。
それでも無力感が体感重量に上乗せされボロボロになっている腕の中の女が重く感じられる。
最初からわかっていたのに、この有様だ。
いったんアジトに帰って冷静に行動計画を練るんだ。
全てをリセットして考えろ、なんでこんなに後手を踏んだ?
生まれて初めて出来た仲間に酔っていたのかもしれない、こんなことでは何も掴めない。
本来の俺を取り戻さなくては……




