6話 前夜
アルディア王国解放軍と名乗る残党組織の内部にエスタークの内通者が潜んでいることは明らかだ。
「相手は黒髪のタイサ・アズニャルだ、気を抜くな」
俺の眼下では完全武装した四人組のエスターク兵が街を哨戒していてその中の隊長らしき男が声を張り上げている。
俺が黄昏亭を追い出された翌日に『タイサ・アズニャル』の捜索が開始された、正体を知っているのはあの場にいたアルディア残党の面子のみ、情報の出所は明らかだ。
ちなみにタイサ・アズニャル捜索の指揮を取っているのはジャラスパだ、理由は色々と推測できるが……まぁ私怨だろうな、実は大物だったらしいが輝かしい経歴に泥を塗ったのは俺だ。
ハミュー曰く『エスターク三剣』の一人とか言っていた。
わざわざ本国から出張ってきたようだが竜平のスキルで回避余裕、残念だったな。
「タイサ、食事ができましたよ」
ヨモギがスープを持って窓際で周囲を伺う俺へ話しかけてきた。
ちなみに現在の隠れ家は名も無き男が暮らしている一室だ。
夜の街で、ヨモギをエサに一人暮らしのロリコンを物色し釣り上げて不法占拠している。
家主である小太りの男は手を縛り長めのロープで柱に括っているだけで非道な監禁していない。
ロリコン相手だから心は痛まないがロリコンだからという理由では殺さない、俺は優しいからな――ロープを切れば殺すと伝えてある。
ニューアジトは本通に面する五階建ての最上階、見晴らしは最高でエスターク兵の動向も把握しやすい。
「あぁ、そこの男にも食わせてやれ「ア~ン」と言いながら口元へ運んでやれば喜ぶぞ」
窓際に移動させたテーブルの上にスープを置くヨモギへそう伝え、俺はスープの器を口元へ引き寄せる、雑草の色ではなく白いスープだ、よかった。
「エスターク兵の動きはどうだ」
「我らを捜索している人数は四人組の五部隊、大した数ではない」
竜平は俺の対面で返答する。
「数が限られているのは知っているがそれでも少ないな」
「貴様の事など大事の前の小事なのであろう」
竜平の言っていることはわかる、アルディア残党への掃討作戦が近いのだろう。
ハミューは「蜂起が決まった」と言っていた。
だが残党の内部には内通者がいるのだ、エスタークへ筒抜けだろう、俺なら――いや、知っていれば誰でもアルディアの残党が集結するのを見計らって一網打尽にする。
「問題は……」
「その蜂起する日、時刻が我らにはわからぬことだの」
「……そうだな」
挙兵の作戦内容も俺に伝わっていなかった、竜平がいるから事態が発生すればわかる、だが現場に駆けつける頃には全て終わっているだろう、兵の流れを追ってもいいが俺は指名手配されている、ウロウロ出歩くのは自殺行為だ。
「あっちぃ!」
後方で男の叫ぶ声が響いた。
振り返って見ると小太り男の口が真っ赤だ、どうやら熱かったらしい、「フ~、フ~」が足らなかった、もしくは省略されていたのだ、ヨモギに乙女スキルはないと判明した、気をつけよう。
「少し席を外してくださる?」
黄昏亭の最上階の一室にいるカリスティルは周りを固める男女へ促がした。
監視のような人員配置も一気に緩み彼女を一人にすることへ誰も警戒心を抱かなくなった、不穏分子は去ったのだから。
カリスティルは豪奢なソファーへ腰掛けたまま屈みこむと「ハ~~ッ」と大きな溜息を漏らした。
彼女が下した決断はアルディア王国の同志を信じるということだ。
当たり前のことだ、長い月日を共に過ごし気心の知れた仲間と、不誠実を絵に書いたような行動を取り続ける目付きの悪い黒髪の少年。
比べるまでもない、わかりきったことだ。
少年に騙されたこともあった、尊厳を踏み躙られたこともあった、だが裏切ったり見捨てられたことはなかった。
緑の髪をした少女、追われる天界の龍、そしてただの乗り物でさえ常に守り通し、その望みどおりアルディリアへ自分を連れてきてくれた。
だが、自分は少年よりアルディアの仲間を選んだのだ。
「不誠実なのは――あたしだわ」
トントン、とドアが鳴った。
「失礼するわよ」
カリスティルの返事を待たず、ハミューはドアを開けカリスティル一人きりの部屋に入ってきた。
身分差を気にせず話せる間柄だ、数名いた気心の知れた友人も、生きているのはもはや彼女一人だけ。
ハミューはそのままカリスティルの対面にある椅子へ腰掛けた。
「坊や、出て行ったわよ」
「知ってる、あたしのせいよ」
そう、カリスティルは少年を切り捨てアルディアの仲間を選んだのだ。
「フフ、でしょうね」
ハミューには最初からわかっていた。
「無事にアルディリアを抜け出してくれたらいいけど……」
「逃げないでしょうね」
「……そう」
「かわいくてかわいそうな坊やだったもの」
「明日には全て終わるわ、そうでしょ」
「あらあら、それじゃ失敗するって言ってるようなものよ」
「――だって」
「坊やにはそう見えるから? 坊やがそう言ったから? 相変わらずかわいい子ね、カリスティル」
「どうゆう意味よ!」
「どうかしら」
「ハミュー、あなたはいつもそうやってあたしを煙に巻くのね」
「あなたはわかりやすいだけよ」
「……ねぇハミュー、あなたはどうするの?」
「私は魔術師よ、知ってるでしょ、魔術師は皆、契約によって縛られているって」
「あたしのせいなの?」
カリスティルが帰ってこなければアルディア残党が勢いづく事はなかっただろう、ならば原因は……
「いいえ、私はここで終わりにしたいの、そう思えるほど何も残っていないの……わかるでしょ?」
「あたしがあなたに生きてって言ったら?」
「カリスティル、私はあなたにこそ生きて欲しいわ、でもあなたは逃げないでしょ」
「でも」
「あなた自身はここのみんなを捨てて逃げる気が無いのに私には生きて欲しいなんて傲慢だわ」
「――うん」
ハミューは椅子から立ち上がるとカリスティルのソファーに歩み寄ると隣に腰掛け、そっと肩を抱き寄せた。
「カリスティル、今は二人だけよ、我慢しなくてもいいわよ」
「何も我慢してない!」
「フフ、そうなのかしら」
「――うっ」
「でもね、多分あなたは私とは死ねないわ」
「……なんで?」
「坊やにお願いしたの、カリスティルをよろしくって」
「――嫌よ」
「話してみてわかったわ、あの子はとても弱い子、あなたが言っていたよりもっともっと弱い子よ」
薄い笑みを浮かべたまま彼女はカリスティルの耳元でつぶやき続ける。
「嫌って言ってるのに!」
「フフ、あなたはいつも可愛いわ、私の可愛いカリスティル」
蝋燭の明かりだけが照らす室内でカリスティルを包むハミューのシルエットが揺れる。
「相変わらず泣き虫ね」
細かく震える赤い髪を撫でながらハミューは薄く微笑む。
「嫌よ、だってあたし、とても傷つけたわ……」
「でしょうね」
「あの子言っていたわ、内も外も敵だらけだって」
「そう――」
「でも、あたしはアルディアの仲間を信じるわ、信じるしかないの」
初めて必要とされた、望み続けていたものを放り出すことはできない。
「知っているわ」
ハミューはカリスティルを抱き寄せたまま赤い髪を撫で続ける。
むずがる子供をあやすように。
「……緑髪の子がいるよね、あの子の隣に」
「ええ」
「あの子、初めて見た時は奴隷紋をつけてた」
「……」
「でも、今はとても強く、とても楽しそう」
「そう」
「あたし、奴隷をいっぱい殺したわ、作業のように何も感じなかった」
「えぇ、私もよ」
「あの子が奴隷だったヨモギちゃんを変えたのよ、あたしの前でね」
「そう……」
「そんな子をあたしは信じてあげられなかった」
「そうね」
「あたしは助けてもらう資格はないわ」
「でも助けにくるわ――弱い子だもの」
「でもねハミュー」
「なぁにカリスティル」
「あの子があたしを助けるなら、あなたの事もきっと助けにくるわよ」
「……」
「だってあの子は弱いけど……あなたはそれだけしか、知らないわ」
「どういう意味かしら?」
「あなたはあの子を見ていたけど、あの子もあなたを見ていたはずだから」
カリスティルは知っている、少年の弱い心を守る黒い炎にも似た鎧を。
「……」
「あの子は弱いけど……とても酷い子よ……」
「ご主人様、召し上がれっ」
両手を丸めて猫手にし小首を傾げているヨモギがいる。
「そうそう、ヨモギちゃん、もう少し首の角度をこう……横にするともっと可愛くなるよ」
名も知らぬ小太りの男がヨモギに指示を出している。
その手に手枷は無い、いつのまにか外されていた。
まぁよい。
「エスターク兵が集結しつつある」
「そうか、いつ始まってもおかしくないな」
竜平の報告に俺は剣を研ぎながら返答する。
鋼の片刃剣、特注品だ、限りなく日本刀に似せて作らせた物だ、柄も鞘も木製、鍔はない、品質はわからん、俺にプロの目は備わっていない。
「晩御飯の買出しに行ってきま~す」
と、ヨモギがドアを開け出ていく、小太りの男を従えて、赤いツーピースのドレスを着て、正直オシャレをして外出する意味がわからないが、まあいい。
竜平と二人だけになったので今後の方針について話し合おうかな。
「もし事態が動いたら俺だけが動く、お前とヨモギは残れ」
「いや、我もいこう」
「でもなぁ……」
なんかね、今回の責任は俺にあると思う、このアルディルアに残り続けたのは俺のせいだ、何のメリットもない。
だからあんまり他人を危険に巻き込みたくないんだよなぁ。
「どの道、貴様を失えば旅は終わりだ」
そう言って竜平は外に視線を移した、話は終わったと言わんばかりの態度だ。
まあそう言われては是非も無し。
俺は砥石を脇に避け将棋盤と駒をテーブルに置いた……
プロットと設定を書き溜めたものと人物設定がフォルダごと消えたので本文と平行して書き直しです。
9話までは毎日更新できますがそこからは暫く不定期になるかもしれません。




