5話 人は見た目で損をする
ひょっとしたら俺は、命のクソ軽いこの世界にきて、返って弱くなっているのかもしれない。
カリスティル共にアルディア王国の残党と行動していたら行き着く先は破滅だ。
ヨモギや竜平も巻き込み、我がゲジ男隊は壊滅の憂き目を見るだろう。
だが今日もアルディア残党のアジトである黄昏亭から町に繰り出し、何食わぬ顔で帰ってきてしまうのだ。
昔の俺なら逃げていたと思う、断言できない理由はそもそも仲間なんかいなかったせいで日本時代の行動予測はできない。
あえて仲間と言うならあゆむだが、あいつなら俺の助けは必要ないはずだ。
……笑える、足手纏いでお節介な五二歳のババァを見限れないってさ。
「おい、追けられているぞ」
いつものように遊び呆けていると竜平が急に声のトーンを変えて緊急事態を告げた、だが口の端にソースが付けている。
「またいつもの尾行か……暇なんだな」
「アルディアの人間ではない、入れ替わるように別の人間に交替した、全部で四人だ」
「気のせいじゃないのか?」
「連携していると見て間違いない動きだ」
「……よし、路地に入って相手を確認する、竜平頼むぞ」
俺達は商店の隙間から路地に入り一斉に駆け出した、さぁついて来い。
「くっ、どこへ消えた」
「もしや感づかれたか」
「いや、奴の情報が例の小僧に漏れているのかもしれんぞ」
尾行していた奴らは路地の突き当たり、袋小路で行き止まり慌てている、俺達は壁伝いに開いていた二階の窓へ不法侵入し、身を潜めながら追跡者を観察する。
「ジャラスパ殿は心配しすぎだ、赤茶色の髪をしたポメラニアンとかいう聞いたことも無い小僧だって話だぞ」
「アルディアの王妃と一緒にいたと報告にあるタイサ・アズニャルってのは黒髪だろ、ルーキフェアを単身で突破したとかいう」
「案外、眉唾かもしれんぞ、ジャラスパ殿が失敗の理由付けで黒髪を利用した、とかな」
「ハハッ、まぁ相手は赤茶色の髪をしたチビだって話だ、計画の邪魔になりそうだから始末しろってさ」
見ればわかる、エスタークの兵だ、どうやらタイサ・アズニャルを追っているわけではない様子だ、だが何故俺を狙う?
……聞いてみればわかる。
ヨモギに目配せする『一人残して後の3人は始末する』と眼で語って眼下の路地でウロウロしているエスターク兵に飛び掛る。
飛び降りながら上段を一閃。
『サシュッ!』
という抜けた音を残して脳天から真っ二つにした。
近くで血飛沫が舞っている。
ヨモギも一人斬ったようだ、さすが俺の分身。
「なっ!」
残った二人は驚きつつ剣を抜く、が、体勢を整えるまで待たない。
『ザァッ』土埃を纏い飛び込みながら胴払い一閃。
「あがぁあああああ!」
三人目もアッサリしとめる、ピンク色の内臓がこんにちわ。
よし、計画通り。
「うぐっ!」
ああっ! ヨモギが四人目も袈裟斬りにしている……アイコンタクトが伝わっていなかった。
全員斬ったら誰に事情を聞くんだよ馬鹿!
「待てってば!」
俺は叫ぶがヨモギが斬った男は虫の息だ……クソッ!
最近のヨモギは有能すぎて俺の体の一部みたいなものだと錯覚していた、気のせいだった。
「おい! しっかりしろ」
俺は血と内臓を垂れ流すエウターク兵の両肩をガッシリ掴み揺さぶる、自分が胴払いで斬った男の意識を全力で繋ぎとめる、酷いマッチポンプだ。
「ぐっ……」
俺の願いも空しく、若きエスターク兵は俺の腕の中で息絶え全滅してしまった。
思い込みはよくない、心が通じている、なんてことを皆が信じるから離婚や不倫がなくならないのだ、勉強になった。
俺達は遺体の特定を避けるため、エスターク兵の装備と服を剥ぎ取り川に捨てた、少しは時間を稼げるだろう。
金貨袋は頂いておいたが所詮は町の兵士、たいした量の所持金ではない、それはいい。
問題は黒髪ではない俺をピンポイントで狙ったということだ。
唯の客分である『ポメラニアン』としての俺をだ、どこからの情報だ? 考えるまでも無い、俺を邪魔だと思う人物、つまりアルディア王国残党の誰かだ、他の人物に接点は無い。
しかも襲ってきたのはエスターク兵だ、内通者がいるということに他ならない。
「非常にまずいぞ、これは」
「貴様の察したとおりだ、事態は切迫しておる」
さすが竜平、俺に触れて思考を素早く共有している。
「タイサ、新しい靴が欲しいです」
さすがヨモギ、敵とはいえ人間を殺したばかりなのに日常への復帰が早すぎる。
「買い物は中止だ、黄昏亭に引き返しカリスティルと接触する」
俺は吐き捨てると同時に走り出していた、なんだろうこの焦燥感。
黄昏亭に辿り着いた俺はそのまま階段を駆け上がる、制止の声がかかるが知ったことか。
カリスティルの部屋の場所を聞いていないが竜平を仲間にもつ俺には筒抜けだ。
ゼェゼェと息と涎を吐き出しながら階段を駆け上り、五階の躍り場にさしかかる。
そこにはマドリュー・パーセナルと完全武装した七名の男が立ち塞がっていた。
「君はカリスティル様を惑わせる、会わせる訳にはいきません」
マドリューは相変わらず穏やかにそう告げると剣を抜いた、細腕には似合わぬ大刀。
それに呼応して武装した騎士七名も剣を抜いた。
狭い通路で合計八名の切っ先、剣なのに槍衾とはこれいかに。
「カリスティル! 聞こえているなら出て来い!」
俺はマドリューらの頭越しに、カリスティルがいると思われる突き当りの部屋に向かって呼ぶ、俺は帯刀こそしているがほぼ私服、この人数差で突破は無理だ。
「騒ぐのはお止めください、我々は忍んで機会を伺っているのです」
切っ先で圧迫されながら俺は後退する。
あっ、マーキンが部屋から出てきた、が、期待できそうに無い、家柄だけで場数が致命的に足らない男だ、態度でわかる、オロオロするだけの役立たずめ。
「カリスティル! 早くでてこい、最悪の展開だ!」
『キン!』
ジリジリ圧力をかけてきている騎士たちと距離が縮まり、とうとう切っ先が火花を散らすようになった。
「なに事!」
カリスティルが扉を蹴り開けて廊下に踊り出てきた、腰に男一人をしがみ付かせたままだ、男のタックルをものともしない脚力、ブルドーザだな。
「よく聞け! 俺は今しがたエスターク兵に襲われたぞ! ヨモギと竜平もだ!」
「えっ……竜平って誰?」
クソッ、そこからかよ!
「いけませんね、エスターク兵にみつかったままここに来られては、我々の計画に支障が出ます」
マドリューは話を聞く気がないらしい、俺を敵認定でもしてやがるのか?
「俺はここではポメラニアンを名乗っている! だがそのポメラニアンに襲撃がかかった!」
「出ていきなさい、君は我々を危険に晒す存在です」
「そんな名前、ここの連中しか知らない、この中に内通者がいるんだ!」
「そんな……」
「姫様、この少年は貴方が目当てなのです、聞いてはなりません、同志は我々だけなのです!」
「いいからこんな奴ら捨てて逃げろ! 皆殺しになるぞ!」
マドリューは俺から背を向けカリスティルに向かって真っ直ぐに歩み寄る。
そのまま傅き頭を垂れ、俺を見据えたままのカリスティルへ決断の言葉を迫る。
「姫様、我々はアルディア王国復活の為に心を一つにしている同志です、その我々よりあの少年を選ぶと言うのであれば構いません、この首を打ち、姫様の思うままにお生きなさいませ、ですが私は、いえ、私たちは貴方の旗の元、最後の一人になれども付き従う覚悟であることをどうぞ心に留めて置いてください」
ちくしょう芝居懸っていやがる、クソッ! よく見れば優男のイケメンだ、チビで目つきの悪い俺は分が悪い。
「グッ」
集中できていない、騎士の牽制のような切っ先を回避し損ね、腕を浅く裂かれた。
「やめて! お互いに手を出さないで!」
カリスティルが叫ぶ、それよりも俺を信じろよ馬鹿野郎め!
「それには姫様のご決断が必要です」
マドリューは膝を付いたままカリスティルへ促す、絶対服従の姿勢だ、アピール力はハンパねぇ。
「我々の結束に彼は不要です、二度と会うなとは申しません、ですが、事が終わるまで彼等との接触はご容赦頂きたい」
「聞くな! 内も外も敵だらけだ、こんなもん失敗以外ありえねぇ! 今生の別れになるぞ!」
自分でも理解できないほど胸が締め付けられる。
剣の壁が迫る、押し込まれているが手の出しようが無い、こっちは俺とヨモギだけの7対2。
「でも……」
「姫様! ご決断を、我々の覚悟を無にしないで頂きたい」
マドリューも声を荒げ始めた、イケメンは得だ、第三者から見れば目を血走らせて怒鳴り散らしている俺が悪者にしか見えないだろう。
「ごめんなさい……」
カリスティルは呟く、デカイ口を空けてカツ丼でも喰ってるのがお似合いの女が弱々しく呟く。
「タイサ……今までありがとう、でも、もう、さようなら……」
それだけだ、それだけ言い残すとカリスティルは自室に飛び込みドアを閉めた、俺達よりこのアルディア王国の残党を選んだのだ。
俄かに周囲がどよめいたのは俺がタイサ・アズニャルだとバレたからだろう……最後まで配慮に欠ける女だぜ。
初めて俺の名を呼び、その一言で足を引っ張りやがるとはな……
「ここまでです、追い討ちはしません、カリスティル様の大切なご友人です、どうぞお引取りを――」
勝負ありだ、状況は元より劣勢、その上カリスティルからサヨナラのプレゼントだ、どうしようもない。
マドリューは大刀を収め、他の騎士にも「これまでだ、お互い剣を収めよ」と告げた、悠々とした姿が様になってやがる。
まさに敗者だ、スゴスゴと荷物を三階の自室で纏め俺達は黄昏亭を後にした、赤い太陽はまだ登り始めたばかりだ。
「タイサ、大丈夫ですよ」
「何がだよ……奴隷の建て替え代金は未回収のままだぞ」
ヨモギは表情一つ変えない、何故だろう、襲撃された上に害虫扱いで放逐されたんだぞ、もう少し何かアクションがあるべきではないかい?
「だってカリスティルさんはどうせ助けるんでしょ?」
「……へ?」
「タイサならなんとかするに決まってるじゃないですか」
「……」
なんてことでしょう、何の根拠もなかった。
「この町を出るか?」
竜平は俺に聞いてくる、が、どうせ分かってんだろ。
「――いや、しばらく潜伏する、あの中に内通者がいるなら俺がタイサ・アズニャルだってエスタークにも伝わるだろう、アルディリア周辺にある身を隠せそうな森林へ逃げ込むには距離がある、追っ手がかかれば途中で隠れる場所が無い」
「なるほどのう」
「しばらくはエスタークの連中もアルディア残党への対策で忙しいだろう、潜伏して機会を伺う」
「フッ、苦しい言い訳に聞こえるのう」
竜平は口を歪めニタリと笑った、勝手に改名されてから悪い意味で表情豊かになった気がする。
もう潮時だ、わかっている、カリスティル達の蜂起は失敗する、俺は集団から放逐され見守ることしかできない。
この街に黒髪タイサ・アズニャルが潜伏しているとエスタークが察知するのも時間の問題、逃げるが勝ちってのは正しい諺だ。
このアルディリアに留まることにリスクはあってもメリットはない。
俺は弱くなっている、それでもこの街から逃げ出さないんだからな……




